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農園の王~チキンな青年が農業で王と呼ばれるまでの物語~  作者: 東宮 春人
第3章 『新米農家 王都へ行く』
26/90

3-8.作り話から出た真実

今日は更新予定はありません。

明日以降はまた21時~24時に更新していきます。


※作中に酒類を製造する描写がありますが、日本ではアルコール度数1%以上の酒類の製造は違法になりますのでご注意ください。


 コーヒーを啜っていると料理人と思われる人が部屋に入ってきた。


「失礼いたします。本日の料理を担当致しましたリンドールと申します」


 そう丁寧に挨拶をしながら、料理人の風貌の男性は軽く頭を下げる。


「本日のアミューズの夏野菜のサラダには、最近話題のカッパ農園の野菜を使いました。いかがでしたでしょうか」

「リンドールさん。こいつがカッパ農園の主ですよ。サトル君だ」

「おや、それはそれは。サトル様、お会いできて光栄です。私はこのリストランテに来て、半年ほどの若輩者ですが、シュンスケ様にはご贔屓にして頂いております。私も元々バーニャにいたのですよ」

「贔屓というか、頻繁に来ないと密会がバレるからな」

「そうでしたか。いずれにしても来ていたるのはありがたいことです。でも、それにしても毎晩来てくださるじゃありませんか」


 そこで、何となく、思ったことを口にする。王都に来るときに、実は少し期待をしていたことだ。


「もしかして師匠、ですか?」

「はて。弟子を取ったつもりはありませんが……でも、サトル様は昔ながらの手法で、とても良い野菜を作られていますよね。丁寧に育てなければこのような野菜は作れません。これからも買い付けさせて頂ければと思います」


 そういって、いたずらっぽく笑う。その発言と表情でこの人が師匠で間違い無い、と確信した。丁寧に育てるという表現は、二界の農業では考えられないものだったからだ。この人は野菜の育て方を理解して、その発言をしている。


 そして、同時にそれをひけらかさない態度に好感を覚える。別に、自分が準備したことを世間に公表するつもりはないよ、というような様子だった。


「ありがとうございます。こちらこそご購入頂いて大変光栄です」


 そこで、ここ最近悩んでいたことを相談してみることにした。


「ところで、リンドールさん、イーストってどこで手に入れれば良いんでしょうか?」

「はて、イースト……? パン、いや、もしやビールを作られるんですか? 少しお待ちください」


 そういって、部屋を出ていくと、すぐに戻ってきた。


「どうぞ。パンを作るイーストですが、ビール作りにも使えるはずです」

「そうなんですね!」


 それは知らなかった。


「味は、少し劣りますが。初めて作られるなら手頃に入手できるものの方が良いでしょう。こちらは差し上げますよ」

「ありがとうございます! 試してみます」


 そこで、会話に割り込む形で、思い出したようにシュンスケが言う。


「お、そうだ。サトル君、君はサムとトムの童話は知っているか? 知らないなら一度聞いてみると良い」


 そう言うとシュンスケは席を立つ。


「そろそろ時間のようだ。悪いが君と出るところを見られてはまずいのでね。ここでお別れだ。また会う機会もあるだろう。それまでに俺は出世しておく! 何か分かれば連絡しよう」

 

 そういって、シュンスケは俺と握手をした後、リンドールさんにお礼を言って、闊歩するように部屋を出ていった。豪快な人だったな、としみじみ思う。


 リンドールさんに別れを告げると、部屋を出ていく。帰り道も行きと同じく、何度か担当の案内人が変わりながら、建物の中を移動していく。どれだけ歩くんだよと思っていると出口についた。


「またのお越しをお待ちしております」


 いや、色んな意味で来られないわ。白鯨亭、この感じは恐ろしく値段高いでしょ。


 ところで、出た場所は白鯨亭からかなり離れたところにある小屋だった。いや、秘密主義にしても徹底しすぎだ。しかし、周りを見ると、宿屋ヤマネコの近くのエリアであることが分かった。こちらの行動はお見通しだったようだ。


 宿に戻るとイトウがロビーにいた。俺が帰ってきたところを見ると安心したようにため息をつく。緊張の糸が切れたようなため息だった。


「帰りが遅いから、さすがに心配していたぞ。ギルド長は王都の中央門の方まで行っている」

「ちょっと長引いてしまって」

「そうか。しかし、無事に帰ってきたようで良かった」

「心配かけてごめん」

「いや、謝罪には及ばん。君の責任ではないからな。ギルド長にも連絡をしておく」


 美味しい料理を食べていた手前、若干の罪悪感を覚える。二人が心配していた間に、美味しい料理を食べていました、とは口が裂けても言えないな。


 その流れで、サムとトムの話について、イトウに聞いてみた。なんでも知っていそうだから。でも——


「私はあの話が嫌いだ」 


 と取り合ってもらえなかった。何となく気まずくて、結局話の内容は聞きそびれてしまった。だけど、まあ、所詮は童話だし良いかな。


 さて、ナオは帰ってくるとイトウの比にならないような心配の表情をしていた。泣きそうな顔になっている。ナオは俺のことを見つけると、走り寄ってきてとっさに俺に抱きついてきた。


「良かった! 本当に良かったわ。あまりに帰りが遅いから心配したのよ」

「ごめんよ」


 そして、離れると両肩を叩きながらこう続けた。


「もう! 謝らなくて良いわ。とにかく、おかえりなさい、サトル!」



 翌日、久々の農園に思いを馳せながら、バーニャへの帰り道につく。麦はちゃんと芽を付けているだろうか。ここに来る前に麦芽の準備をしてきたのだ。麦芽から麦汁を絞り、師匠からもらったイーストを使って発酵させる作業が待っている。それで、晴れて手作りビールの完成だ。


 帰りの旅は順調だった。ナオの機嫌が良かったというのが最大の理由だった。あれだけ嫌がっていたシャルルの町も、サマリネとの復縁で少し苦手意識が薄まったようだった。また、サマリネも同じ馬車に乗っていた。曰く、「そろそろ私もヴェリトス州に戻るわ」 とのこと。


 再びシャルルの町に着くと、町の中央にある第7ギルドの支部に向かう。建物の上層階に上ると、重厚な扉のギルド長の部屋へと入っていく。


「また来たのね。あら、サマリネも一緒じゃない」

「はい、王都で偶然出会いまして。ところでパイロンさん、お願いがあります」

「いきなり、どうしたの? あなたがお願いなんて珍しいじゃない」


 サマリネは息を吸い込み、一呼吸置くとつづけた。


「私はヴェリトス州のギルドを脱退し、第12ギルドに仕官させていただきます」


 パイロンは相当驚いたようだ。椅子ががたっと揺れる音が聞こえた。横を見るとナオも絶句していた。


「あら。あなたはサミュエル州ではギルド長にはなれないのよ。それでも良いの? 」

「私はナオに付いて行くと決めました。ギルド長になる夢より、そっちの道の方が後悔無く生きられそうです」

「何て非合理的な判断なのかしら。あなたらしくもない」

「今までが偽りだったのです。それに気づきました」

「そう……ナオ、まさかとは思うけれど、あなたの手引きではないわよね? 他ギルドからの人材の引き抜きは協定違反よ」


 呆然と二人の会話を眺めていたナオが、急に我に返る。


「いいえ、サマリネからは一切相談を受けていませんでした。正直に言えば私も相当に驚いています」


 パイロンは睨みつけるように、ナオの表情を見ていたようだったが、少しすると諦めたように言う。


「嘘は付いていないようね。分かったわ、引き留めても時間の無駄でしょうから、あなたの脱退を認めましょう。脱退届は後日郵送で送ってもらって構わないわ」


 そして、感情の無い声でつづけた。


「今までお疲れさま」


 その表情はすでに他人を見る表情になっていた。形式的な言葉でしかないのが分かる。


「ありがとうございました!」


 そういって、サマリネは深く頭を下げる。パイロンの感情の無い言葉に対して、サマリネの言葉には気持ちがこもっていた。サマリネも第7ギルドには染まり切れなかったんだろうな。話していて思ったけれど、少しいじわるなところはあるが、この人はとてもやさしい人だ。短い間だけれど、それが伝わってきた。


 こうして、第12ギルドに新たな仲間が加わることになった。ナオはシャルルの町を離れて少し経ったところで、サマリネに抱き付いて喜んでいた。


「サマリネ、おかえり! 私、嬉しいわ!」

「ナオ、痛いわよ。大げさね」


 そう言いながらもサマリネがうれしそうな表情をしていたのを俺は見逃さなかった。


 サマリネが加わったこともあり、シャルルからサミュエル州までの道も順調に進んだ。ナオには敵わないと言っていたが、サマリネも相当な強者だった。


 そのお陰もあって、補助に徹していた俺も、行きのように徹夜の勉強明けの疲れではなく、6時間くらい集中して勉強した後のような疲れ程度で済んだ。それでも、げっそり疲れたけれど。


 その後も旅は順調に進み、農園の近くまで問題なく進んだ。街道から森の小道に入るところで、馬車から降りる。


「同行してくれてありがとう! 王都ではいろんな意味で勉強になったよ」

「とりあえず、お疲れ様ね。すこし休んだら、たまにはバーニャの町にも顔を出してね」

「サトル、また、夜を共に過ごしましょう。王都での熱い夜のように」

「え、いや……あの、ありがとうございました」


 サマリネさん、それは変な意味に聞こえるよ。しかも、綺麗な女性にそういうこと言われると、体がむずむずするからやめて。サマリネさんは大人の魅力というのだろうか、そういうセクシーさのようなものを纏っているのだ。正直、悪い気は……しない。


 ところで、王都からここまで、ナオもイトウも王都の中央区での出来事を一切聞いてこなかった。きっと関心はあるはずなのに、口止めされていることを見越してくれたのだろう。その心遣いに感謝する。言えないことをしつこく聞かれるのは疲れるものだからね。


 さて、家に帰ろう! 久しぶりの農園に安堵感を覚えながら森の小道に入っていく。


「ナオ、あの子可愛いわね」

「サトルのこと?」

「ええ。今度、農園にも顔を出してみようかしら」

「そういえば、あなたは問題を起こすのが好きよね。あまりからかい過ぎないように、ね」

「分かったわ。うふふ。」

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