3-7.白鯨亭にて
昨日更新できませんでしたので、本日はもう一話投稿したいと思います。
<19時、白鯨亭にて>
伝えたいメッセージは明確だった。指定の時間まで2時間ほどあるだろうか。しかし、王都の広さを考えると早めに移動しておいた方が良いかもしれない。そこで、中央区から離れたところまで移動した後で町の人に聞く。
「白鯨亭ってどこですか?」
「え? まさか、その格好で行くんですか?」
「え?」
その後、しぶしぶ教えてくれた。まさかとは思うけれど、ドレスコードとかないよね。でももう新しい服を新調する時間は無いし、花の館の時点で、時すでに遅しということで諦めることにした。
教えて貰った道を辿って目的の場所に向かう。到着すると、その場所には宮殿のような建物があった。しかし、花の館とは違い、壁は白で統一されて装飾がされておらず、白鯨の名に恥じない姿でそこに建っていた。花の館のような豪華絢爛さこそないが、洗練された美がある。
少し時間が余っているようなので、周辺の町を散策して時間をつぶした。集合の少し前になったのを確認し、改めて白鯨亭の門へと向かう。うわー。入りたくないな。と内心で思っていると急に声を掛けられた。
「サトル様ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
その声に振り向くと、そこには少年がいた。その少年は案内するようなことを言っていたのだが、白鯨亭と思われる建物の方には歩かず、隣の民家に向かっていった。なんだ、庶民的な店みたいで良かったわ。
と、思ったのが間違いだった。いや、その民家に入ってすぐの部屋は普通だった。しかし、奥の本棚が隠し扉になっていたのだ。少年はそこから地下に向かう道へと案内する。
どれだけ歩くのだろうか。ある程度歩くと、案内人が変わった。ひとりひとりが、特定の区間を担当しているようで、端まで行くと別の担当へとバトンタッチするような形だった。そんなバトンパスが何度も繰り返される。これいつまで続くのだろう。
最初の少年から5人目の案内人が、6人目の案内人にバトンを渡したところで——
「誠にご足労をおかけ致しました。こちらが会食の席でございます」
ようやく着いた。長すぎるわ。
部屋に入るとここに自分を呼び出した男が席に座って待っていた。部屋は個室になっているようで、白いクロスの引かれた正方形の机が中央に置かれている。その机を挟むように2つの椅子が置かれている。
「おお、よく来てくれた!」
「遅くなってすみませんでした」
「あの異常に長い案内を見越して早めに時間を設定しているから大丈夫だ。この店は秘密主義を売りにしていてね。誰が誰と会うのかが分からないようにしている」
なるほど、それであんなに長い距離を歩かされたわけか。徹底しているな。
「あと、緊張しなくて良いぞ。ここでは、一対一の人間だ。俺のことを中央の人間だと思う必要はない。シュンスケと呼んで貰って構わない。さあ、席にかけてくれ」
そういって、手を椅子の方に向ける。その指示に従って、向かいの椅子に座る。
「ここの料理は本当に美味い。色々と話すことはあるが、ぜひ食事自体も楽しんでくれ」
「ありがとうございます」
「よし、会食を始めるとしよう」
そういって手を2回叩いた。すると、給仕の担当者が部屋に入ってきて、料理の盛り付けられた皿をテーブルに並べる。
「旬の食材を使ったアミューズでございます。コノスル州で採れたホタテのムースと厳選夏野菜のミニサラダを用意致しました」
皿の上には白いふんわりしたムースが乗っている。その上にはピンクペッパーが散らされており、赤と白のコントラストが美しい。その横には、選りすぐりの野菜を少量ずつ使ったサラダがある。
ムースはふんわりとした触感の中にホタテの甘さとうま味が凝縮されていた。ほんのり甘いピンクペッパーが程よいアクセントになっている。
そして、二界における暫定トップの課題である野菜だが——
「あれ? 美味しい」
「そうだろう! せっかくの機会だ。ぜひ堪能してくれ!」
やべ、口に出ていた。さすが高級なレストランというところか。野菜の味が濃く、農園の野菜を彷彿とさせる。そんなアミューズが終わったころに、シュンスケは本題に入るように切り出す。
「まず、君を王都に呼んだ本当の理由を教えよう」
「はい、よろしくお願いします」
「結論から言うと、君には“要経過観察”という称号が付いている。二界の転生者に稀にこの称号がつくことは中央では有名だ。なお、この称号は鑑定板には現れない」
「要経過観察ですか。健康診断に引っかかってしまったみたいですね」
シュンスケは大きな声で笑う。
「健康診断か、言い得て妙かもしれんな。確かに君は二界の検査に引っかかったと言えるだろう。まあ、あくまでも可能性でしかないのだが。過去に要経過観察者が反乱を起こしたこともあり、中央としては要経過観察者に注目をしているのだ」
「そもそも、なぜそのような称号がついてしまったのでしょうか」
「それは私にも分からん」
いや、分からんのかい。
「それなのに注目されるって結構理不尽なように思います」
「そうだろうな。本当は何か理由があるのかもしれないが、私の権限で知りうる情報では分からないのだよ。ちなみに、要経過観察者について、通常は観察するのみで、接触はしないのだが、その力を図るために攻撃的な接触を行うことが規定で認められている。それは、脅威となりうる者の能力を確認することが目的だ。そう、忍者の分体は私が派遣した。すまなかったね!」
「え、そうだったんですね」
さっきものすごく興味深そうに分体の話を聞いていたのだけれど、あれは演技だったわけか。
「全ギルドに、分体の盗難という重要通達を出したのは大胆な嘘だっただろ? あれだけ大きな嘘を付けば、誰も中央の人間が派遣したとは思わない。中央による活動であることは隠すように言われていたからな」
シュンスケにはよほどの胆力があるのだろう。そんな大胆な手段は俺には出来そうにない。
「その結果、君に類いまれなる魔法の才覚があることが分かった。そこで、一度直接話してみることにしたのだ。君が中央にとって脅威になり得る存在かどうかを知るために……」
「というのが建前だが、本当の目的はこの会食にある」
そうだろうな。そこまでの話だったら中央区の話で完結している。しかも、分体の件の裏側を話している時点で、中央の方針に反していることが明確だ。
「大変恐縮ではありますが、私がシュンスケさんに貢献できるようなことは無いように思うのですが……所詮は農家ですから」
「まあ、そう思うのは当然だろうな。まあ、少し話を聞いてくれ」
そういうとシュンスケはワインを口に運んでから続ける。豪快な飲み方に特権階級のお高く止まった人とは少し違う、庶民のような所作だなと思う。
「中央の官僚機構は縦社会だ。上司の命令は絶対である。組織内で企画・立案をする場合は稟議書を記載の上、局長の許可を取ることが求められる。つまり、何か行動を起こすにも、全てに許可が必要ということだ。分体の件も、今回の王都への招集も事前に上の許可を取っているのだ。この会食は別だがな」
そうか。ギルドの運営のスタイルは中央と同じなのか。というより、話を聞いている限りは中央の方が厳しく思える。
「その考え方は、中央の官僚組織とギルドの関係に対しても当てはめることができる。それは、言い換えればギルドに属するものは、官僚機構の上下関係の一部に取り込まれている、ということだ。しかも、現在の体制ではスキルの高いものはその上下関係に取り込まれるようになっている。ギルドに所属するということを通じて」
言われてみるとその通りだ。俺は最初のスキルがあまりに低かったからギルドに所属せずに農業をすることになったわけだが、潜在能力の高さに気づいたナオはすぐにギルドに入るように勧めてきた。強いものは自然に体制に取り込まれているのか。よく考えられている。
「よほど、悪い政治をしなければ反乱などそうそうは起きないものだ。中央の政策が上手く回っているうちはこの体制は崩れないだろうな」
確かに二界の政治体制は上手く機能している。これは、中央の政治手腕が優れていることの証明であり、同時に、強かさの証明でもあったということだな。
「ちなみに、役職は、統括官→局長→部長→室長→担当という順序で下がっていく。なお、部長以上には苗字を名乗ることが許される。苗字とはこの世界では貴族の証だ。私も苗字を名乗れる身分ではないな。役職が上がれば上がるだけ、入手できる情報の量も増える。そうすれば、要経過観察の称号がどのような理由で付くのかも分かるかもしれんな」
なるほど。機械のように、一人ひとりが歯車になるような仕組みができているということか。そして、貴族というのは、二界では中央の官僚機構の部長以上の人間のことを言うんだな。
「なお、中央の官僚になるためには2つの方法がある。1つは生まれながらにして選ばれる方法。2つ目は試験を受けて合格する方法だ。まあ、君は官僚になりたいと思っている様子がないから、この話は無しにしよう」
しかし、とても重要な情報をさらっと教えてくれたよな。その疑問をぶつけてみる。
「そうですね。しかし、なぜ今日出会った私にそこまで教えてくれるのでしょうか。規則違反ですよね?」
「理由はさっき言っただろう。君の潜在能力は驚異的だ、と。正直に言えばかなりのリスクテイクだが、得られるメリットが大きいと判断した。ギルドという中央の息のかかっていない、スキルの高い能力者は貴重だからな。したがって、私としては君とのコネクションを持っておきたい。誤解のないように言っておくが、反体制派として、という意味ではないぞ。私は中央の官僚機構の政治運営は高く評価しているからな。中央の官僚組織に対して反旗を翻すつもりは無い。今のところはな」
今のところは、という言葉にシュンスケが体制側に100%は傾倒していないことがにじみ出ている。ところで、さっきから何度か登場している言葉について確認してみる。
「そもそも反体制派っていうのは何でしょうか?」
「二界には官僚機構に反発する者たちがいる。その者たちを反体制派と呼ぶのだが、今はその活動がかなり下火になっている。中央の統制が厳しいからな。しかし、中央はつねに反体制派に目を付けている。くれぐれもそのような存在だと思われぬように気をつけることだ」
「はい」
いや、気を付けるも何も、職業柄そんな大仰な認定をされることは無いでしょ。
「ところで、組織で出世する人間ってどんな人間だと思う?」
「リスクを取らず、失敗しないように、上だけをみて行動する人でしょうか?」
「それは、中間管理職まで行くための処世術だな。トップになる者は、挑戦をして困難を乗り越えた人間だ。ただし、全てのチャレンジを成功させねばならん。一度の失敗が致命傷になり得る。したがって、あらゆるリスクを想定し、的確に対処できる人間でなければならない。結果的に失敗していないから、失敗せずに保守的にやっているように見えるかもしれないがな。官僚機構にはそのことを理解していないものが多い」
そういって、一息ついて顔を緩める。そして、続けた。
「それ故に、周囲と違う行動を取る俺は、中央で異端児と呼ばれるのだがな」
シュンスケには人を巻き込む力があるように思う。いざ、シュンスケが現体制に反旗を翻すとしたら、不思議とそちら側に付こうという気持ちにさせられていた。それだけ信頼に足る人だと感じたということだ。シュンスケは決して反体制派ではないと言っていたが、含みのある表現から中央の官僚機構に心酔しているわけではないことが伝わってきた。
そもそも、絶対的な機密情報である中央の情報を共有するというのは、ある程度自分のことを信じてくれている、という言外のメッセージでもある。まあ、そうはいっても貢献できることは小さいと思うけどね。俺がやることは、美味しいものを作るだけだし。
コースの料理もすでにすべて終了し、食後のコーヒーが運ばれてきていた。その香ばしい湯気が空間を包み込んでいた。