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農園の王~チキンな青年が農業で王と呼ばれるまでの物語~  作者: 東宮 春人
第3章 『新米農家 王都へ行く』
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3-6.この世界の管理者たち

 

 さて、王都での残りの2日は、町の中を見て回って過ごした。農業でこそショッキングな事実が判明したが、他にも武器屋や魔法道具屋などもあるので見ていて飽きなかった。


 実は魔法道具にはスキルを強化する効果があるとのことだった。転生してきた初日、ナオが、効果があることを言わなかったのは、あくまでもスキルの存在を隠すための発言だったようだ。


 さて、王都はとても広く、2日ではとても周りきれる大きさではなかった。滞在期間中、ヤマネコに帰るまでに5人くらいに道を聞いた。迷子ではないんですよ。いや、王都が広すぎるんだって。


 そして、召集の前日の夕方、ナオとイトウとヤマネコの前で集合し、中央から指示された場所に向かう。サマリネとは一時的にお別れとなる。


 2人に連れられて、中央からの指示通りの場所に行くと……いや、間違ってないよね。目の前に宮殿があるけど?


「ここで間違いないようね。メゾン・ド・フルール、花の館よ」 


 うわ~、ここだった。いや、俺、ここには入っちゃいけない気がするんだけど。なんだか出入りしている人も恐ろしく高そうな服を着ている。歴史の教科書に出てくる貴族たちが来ているような服装だ。今入っていったエルフの女性はシンプルながら高級感のある生地でできたドレスを着ていた。いや、とてもきれいだけど、そこまで豪華なものを着なくてもいいのでは? と庶民感覚が出てしまう。


 建物は、驚くほど大きいうえに、外壁の装飾も細部まで作り込まれているので、ここが王宮だと言われても全く違和感がない。花の館というだけあって、宮殿の庭には様々な花が植えられ、鮮やかな風景を作り上げている。


「さあ、行くわよ」


 ナオも心なしか緊張した雰囲気を出している。いや、それ余計緊張するから! ナオ、一応ギルド長なんだからね。


 意を決して、花のメゾン・ド・フルールに足を踏み入れる——


「そこの3人、ちょっと止まりなさい」 


 足を踏み入れたとたんに、すぐに呼び止められる。狼の獣人だろうか。言うことを無視したら噛み殺されそうな気配があった。


「ここは、君たちのようなものが入るところじゃない。帰った帰った」 


 さすがに失礼だな。典型的なお高く止まっているホテルのようだ。まあ、ある意味で王都らしいけどね。


「私たちは中央の転生者管理局からここに泊まるように指示されているわ」

「は、大変失礼を致しました。すぐにご案内します」 


 いや、恐ろしいほどの豹変だな。ただ、それだけに転生者管理局の偉さが分かる。


 それから、花の館では何から何まで代わる代わる色々な人が世話をしてくれたのだが、みんな揃って最初は怪訝な顔をした。 「何だ、この田舎者は?」 という表情だろうか。しかし、前任の担当者が耳打ちすると途端に表情が変わった。この人たち、ある意味分かりやすいし、ここまで行くと清々しいわ。

 

 その日の夜は豪勢なフルコースの料理が出た。野菜の味が薄いのは変わらずだが、味付けで上手くコントロールしているようで、とても美味しく仕上げられていた。ちなみに、魚や肉も味が薄い時としっかりしているときの両方があるんだけれど、もしかしたら、同じように錬成されたものがあるのかもしれない。でも、この店の料理も含めて、美味しい肉があるということは、それは生き物を狩って手に入れているということかな? この辺りも、バーニャに戻ったら調べて見ようと決めた。


 その日は豪勢な部屋に通されたのだが、一人の部屋としてはあまりに広く、落ち着いて寝ることが出来なかった。だって、天蓋付きのベットなんですよ。お姫様かよ。



 翌日、召集の日になった。中央からは昼過ぎの1時に王宮の正面口に来るように指示があったので、ナオとイトウに案内して連れて行ってもらおうと思い、ロビーで集合する。外にでようとすると——


「サトル様、王宮の入り口までご案内するように承っております。馬車を用意しておりますので、こちらにどうぞ」


 目の前には豪華な馬車があった。ガラスの靴が出てくる物語に登場するような、綺麗な装飾がされた馬車だ。いや、お姫様かよ。

 

 しかし、乗らないわけにもいかず、しぶしぶとその馬車に乗り込む。外を見るとナオが笑いをこらえたような表情をしていた。そこ、笑わないように。庶民が豪華な馬車に乗る時だってあるさ。しかも、好きでやっているわけじゃないんだからね。


 10分ほど揺られただろうか。馬車が止まったようだ。馬車から降りると、遠くから見えた高い城壁が目の前にある。赤いレンガが高くまで積み上げられていて、上まで見上げると首が痛くなるような高さだ。その堅牢な城壁の一部が門になっていた。門は、重厚な金属でできているようだ。門の上には大きな角の生えた生き物の紋章がある。

 

 門が閉じているので中に勝手に入ることはできそうにない。入口の門兵に声をかける。


「すみません。転生者管理局に用事があるのですが」

「お名前を」

「サトルです」

「お待ちしておりました。 門を開けよ! 転生者管理局に来客だ!」


 そういうと、鎖が引かれる音が聞こえ、徐々にその重厚な扉が上に開いていった。人が通れるくらいの高さまで上がったところで、門兵が声をかけてくる。


「この先に案内人がいますので、その者の指示に従ってください。くれぐれも勝手な行動はしないようにお願いします」


 その指示に従い、門をくぐって少し進むと、目の前に黒いスーツにベストを着用した紳士が現れる。今までの王都は中世ヨーロッパという雰囲気だったが、この人の服装は近代のアメリカという感じだ。少し服装に無駄が無くなり、スタイリッシュさを感じる。


「遠いところご足労頂きました。中央区に入る前に、注意事項がございますので、説明させていただきます」


 そこで受けた説明はこのようなものだった。

 まず、この先は一般市民には立ち入ることが出来ないエリアであり、特権階級と呼ばれる中央の官僚以外が入るのは特例であること。さらに、この中で見聞きした情報を外で漏えいさせた場合は、死刑に値する罪であること。


 最後に、それらの注意事項が列挙された紙を渡され、署名をされられた。最後の一文はこのように締めくくられていた。


<指示を無視した場合は、命を以って、その罪を償うことを承諾致します。>


 いや、怖すぎる。絶対に余計なことはしないようにしよう。署名をすると、案内人の紳士はその書類を受け取り、そして、さらに奥へと進んでいく。暗い廊下が少し続いたが、歩く先には光が漏れている扉が見えている。その先が中央区、この世界の管理者たちが住む町ということだ。


 紳士が光の漏れる扉を開き、中に入るように手招きをする。


 そこには案内人の紳士が自然と溶け込めるような、産業革命が終了する頃の、近代のアメリカの風景があった。1900年代の初頭、量産型の自動車が生まれたての時代の風景だった。そのことを象徴するように、屋根のない自動車が中央区を走っている。


 これまでの二界の雰囲気とは異なる世界に、頭が付いていけない。しかし、案内人がどんどんと町の中央へと進むため、付いていくしかなかった。そもそも、周りをきょろきょろ眺めていたら殺されるかもしれないので、風景を楽しむ余裕などなかった。たまに道を入れ違う人たちは、みな、俺の格好を見て怪訝な顔をしていた。それはそうだ。みんながスーツにベスト、ハットに杖、女性はドレスという格好をしている中で、自分だけが庶民のみすぼらしい格好をしているのだから。


 5区画くらい進んだところだろうか。転生者管理局の看板がかかった白い岩でできた建物の前で、案内人は歩みを止めた。案内人は、その建物に入り、ロビーのソファで待つように指示を出すと、すぐに外に出ていなくなってしまった。


 ひとりで置いて行かれたことに恐怖を感じ、周囲の声に耳を傾ける。


「また、あの異端児が変なことをしているのね。平民を中に入れるなんてありえないですわ」

「部長もよく好き勝手にやらせるものだ」

「局長のお気に入りだからな。全く、真面目にやっているこっちの身になってほしいね」


 何だか不穏な会話が繰り広げられているが大丈夫だろうか。俺のことを呼び出した人のことを心配していると、大きな声で後ろから話しかけられた。


「やあやあ。サトル君、よく来てくれた! 私が転生者管理局のシュンスケだ。遠くまでご足労ありがとう。とりあえず会議室に入ろうか!」


 その声の方を向くと、目の前には体格ががっちりした初老の男性がいた。頭には白髪が混じっている。しかし、その体は衰えている様子がなく、筋肉質で引き締まっているのがスーツの上からでも分かる。明らかに老い衰え始めるであろう年齢であるにも関わらず、圧倒的な力の差を自分に植え付けるような迫力があった。


 シュンスケと名乗った男は、俺を先導し、同じフロアにある部屋に入っていった。俺もそれについていく。シュンスケは扉を閉じると信じがたいことを言ってきた。


「ところでサトル君」


 こちらの表情を見定めるように、俺に視線を向けたまま、このように続ける。


「君の能力は驚愕に値する。私とともに、ぜひ、この世界に革命を起こそう」


 向かいにいるのはこの世界の最高権力者たる人々の1人だ。そもそも、権力を欲しいままにする彼らがなぜ革命を起こす必要があるのか。急で、思わぬ発言に、整理の付かない頭で、慎重に答えを出す。


「私は、農業に没頭しているので、そのような難しいことは考えたことがありません」


 その言葉を絞り出した後、男は少しの間、言葉を発さなかった。自分の心臓の音が大きくなり、頭に血が上る感覚がある。変なことを言ったら殺されるかもしれない、という恐怖に頭が支配されている。


 しかし、その恐れを裏切るように、男は急に笑い出した。


「はっはっは! いやはや、間違いの無い答えだな! すまんが君を試させて貰ったのだ。困惑の表情こそあったが、君はそんなことは考えていないという顔をしているな。君が反体制派レジスタンスでないようで安心したよ」


 とりあえず、間違った答えではなかった様だと安心をする。


「ところで、昔ながらの手法で農業をやっているようだね。この時代に珍しいことだ。今日はそのことについて聞きたくてね」

「そのことですね」


 まさか、誰もやっていないとは思いませんでした。


「君も知っての通り、二界では食料の供給が不足していて——


 その後、二界の食料事情に加えて、作物の育て方についてしつこく質問された。それは、それはしつこく。この人は農業マニアなんじゃないかと思うほどだった。また、加えて転生から今日までの経緯についても聞かれた。分体のことも含めてだ。


「いや、ご足労かけてすまなかった! とても参考になったよ。帰りの道はくれぐれも気を付けて!」


 そういって、シュンスケは入り口まで俺に同伴し、最初の案内人に引き渡した。案内人のスーツの紳士は、黙って城門へと先導し、そして城門を開くと念押しでこのように言ってきた。


「いいですか。くれぐれも、中で見たことは口外しないように」


 門から中に入ってから、3時間程が経過したところで、ようやく解放された。その3時間は、恐ろしく、永遠のように長く感じる時間だった。二界の特権階級である官僚たちの住む世界で、下手なことをしたら処刑されてもおかしくない状況だったのだから当然だろう。


 しかし、実は恐ろしさを感じた理由はそれだけではない——


「君が反体制派レジスタンスでないようで安心したよ」


 シュンスケがその言葉を発するときに、同時にその手が言外のメッセージを伝えていたからだ。


 まず、人差し指を下に向ける。

 次に、手のひらを耳に当てる。

 そして、人差し指を立て、口に当てる。


 そういって、一枚の紙きれを俺の服のポケットに差し込んだ。一連の動作が外からは見えないように細心の注意を払いながら。


 王宮の門からかなり離れ、人がいないところを見つけて、その紙きれを見る。そこには、次の短いメッセージが書かれていた。


<19時、白鯨亭にて>

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