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農園の王~チキンな青年が農業で王と呼ばれるまでの物語~  作者: 東宮 春人
第3章 『新米農家 王都へ行く』
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3-5.農業……?

 翌朝は、とても良い目覚めだった。気づいたら昼もだいぶ過ぎていた。日差しが少し斜めに入ってきているところからそのことが伺える。


 さて、召集の日まで4日あるわけだ。最終日は中央に行かなければならないから、3日は自由行動。半日は眠るだけでつぶしてしまったけど。ということで、さっそく街中へと繰り出す。うきうきしながら、階段を下りて外に出ようとすると、ロビーにいたイトウが声をかけてくる。


「どこへ行くのだ?」

「せっかくだから王都を見て回るよ」

「道に迷わないように」


 いや、ならないわ。子供じゃないし。


「いや、本当に迷わないでね」


 え、ナオに言われると急に自信が無くなる。が、この衝動を抑えることなどできないのだ。


 どこから行こうかな? いや、八百屋でしょ。


 ということで城下町を歩き回り野菜を売っている店を探す。王都に入ったときに気づいたのだが、どうもエリアごとに売られている品物が違うようだ。すこし歩き回っていると、食品を置いている店が多いエリアを見つけた。さてさて、野菜の具合は——


 トマトが一つ、3ゴールド? さすが王都、扱っている品物のレベルが違うということか。さてさて、お手並み拝見と行こうか。


「トマト、一つください」

「ありがとうございます。どうぞ」


 ふむふむ。色合いは普通のようだな。では早速、と道に出ると早速一口齧る——


 ……いや、薄いよ。


 この値段を取ってこのクオリティはひどいぞ。いや、さっきの店がダメだったに違いない。


「トマト、一つください」

「最近王都にいらっしゃった方ですか? これからもご贔屓にお願いします。どうぞ! 」



 ……いや、薄い。次。


「トマト、一つください」

「毎度あり! どうぞ!」


 いや、薄い。次……


 そんなことを何度か繰り返していたらお腹が膨らんできてしまった。いや、おかしいでしょ。物価の差だとしてもこれはひどいぞ。


 思わず、今入ったばかりの八百屋に戻り、店番の女性に聞いてみる。


「いらっしゃ、あら、さっきのお客様じゃありませんか」

「この野菜はどこで作られているんですか?」

「え、うちで作っていますよ」

「うち? あ、農園をもってらっしゃるんですね」

「農園?」


 ん? 何だか会話がかみ合っていない気がする。農園っていう言葉が無いのかな?


「このトマト、とても美味しかったです。作っているところを見せていただけませんか?」

「え、本当に見たいんですか? 面白くないと思いますけれど……」

「いいえ、そんなことはありません!」


 少し怪訝な顔はしていたが、その勢いに押されたのか、店番の女性は店の奥に向けて声をかける。


「ねえ、ちょっと!」

「なんだ?」

「見学希望のお客様がいるんだけど……」

「は? 見学希望? うちの中をか?」

「いや、野菜を作っているところを見たいんだって」

「へえ、変わった人だな。まあ、減るもんじゃないし構わないぞ」


 いや、変わっている人って、全部聞こえていますよ。でも、見せてもらえるようだ。

 

 先ほどの店番の女性が上の階に案内してくれる。屋上で作っているのかな? しかし、その予想を裏切り、女性は二階に着くと階段を上るのを止めた。


「こちらですよ」 


 そう言って、一番手前の部屋にはいっていく。


 その部屋の中央には机が置いてあった。その周りを囲むように棚があり、そこには瓶がたくさんおかれている。理科の実験室という感じだ。瓶の中には多くの種類のものが入っているようで、粉だったり、液体だったり、果ては、植物だったりと、内容もバラバラだった。


「じゃあ、さっそく見て貰おうか」 


 さっき上から声をかけてきた男性だろうか。机の上に何やら色々とモノを出していく。そして、目をつむり——


 気付くと男の人の目の前にはキュウリが山のように出来ていた。


「……え?」 


 あまりの衝撃に、その時、お礼も言ったか言ってないか覚えていない。気づくと、王都の道に出て、ヤマネコに向かっていた。恐ろしく早足だったのだろう。周りの人が自然に避けていく。


 宿に着くとナオとイトウを探す。そして、食堂にいたナオとイトウに、強い口調で質問する。サマリネもそこにいた。


「何あれ? さっき、野菜を錬成するところを見たんだけど!」

「あ、そのことね」

「いや、あ、そのことね、じゃないよ。何あれ? あれが普通なの?」

「そうだな。あのやり方が標準的な農業だ。君が異端児だ」

「いや、何で教えてくれなかったのさ」

「それについては、色々と不慮の事故が重なったのよ。まず、不動産屋のご主人があんなにミラクルな物件を紹介すると思っていなかった」

「いや、それなら、途中で教えてくれれば良かったじゃん」

「私たちからあれを説明しようとすると、スキルについても話さざるを得なかったわ。それは規則上、説明しづらい立場だったの。そもそも、普通の人は先輩農家を探して、やり方を聞いたりするのに、あなたは町に出てこず、引きこもってしまったじゃない」

「う、確かに……でも、規則の1か月を超えれば話せたよね?」

「そうね。でも、あなたを警備していたギルドのメンバーから、野菜の芽が出て喜んでいるあなたの姿の報告を受けていたから、止めるがあまりに不憫だったのよ。そもそも、そんな昔のやり方が上手く行くなんて思っていなかったの」

「昔のやり方って……前世では普通だったよ」

「私の経験上もそう記憶されているわ。でも、今の二界では野菜の種の入手も難しい状況なのよ」

「種の入手も難しいって……」

「私は転生してきて200年経っているけれど、転生してきた当時からあれが主流だったわ」

「私はもっと前だが、残念ながらその時も同じ状況だった。理由は……分からない、がな」


 何てこった! 美味しいものを見つけるつもりが、この国の野菜が美味しくない理由を見つけてしまった。あんな作り方をして、美味しくなるわけがないじゃないか! いや、それは偏見かもしれないけれども……でも、現に美味しくないしな! 


 何だか、自分が滑稽なピエロにされていたような気持ちになり、恥ずかしさが怒りに変わっていたようだ。意識していないのに異端児になっていたなんて。しかも、それをみんな知っていて教えてくれなかったなんて。


「それより、もうすぐ晩御飯の時間よ。みんなで食べましょう」

「やってられるか! 今日は酒を飲むぞ!」 そういって勝手にビールを注文する。「どうせ薄いんだろうけどね!」


 ほかの人もそれに続いてビールを注文をしていた。


 ビールが届くと、乾杯の宣言を勝手して飲み始める。


「美味しくないな! 薄い!」

「落ち着きたまえ」

「何が、落ち着きたまえだ。偉そうに。いつも通りだよ!」

「サトル、本当にいつもと人が違うみたいよ。落ち着いて」

「みんなで騙してたくせに、落ち着けるか!」


 あまりの剣幕に二人とも黙ってしまった。そんな様子をずっとみていたサマリネが声をかけてきた。


「ねえ。部外者が言うのも何だけれど……」


 サマリネは少し間を置いてつづけた。


「あなたの作る野菜がとても美味しいって、ナオとイトウが言っていたわよ。美味しいものを作れているなら、多少効率が悪くたっていいじゃない?」 


 その言葉は、すーっと、荒んだ心に染み込んでいた。


 よく考えれば確かにそうなのだ。美味しいものを作れていて、そのお陰でみんなの笑顔が見られている。それなのに何で怒る必要があるんだろうか。他の人と違って何が悪いのだろうか。


 恥ずかしさで怒っていたはずなのに、逆にその怒りが恥ずかしくなってきた。


「ごめん、2人とも。これからも美味しい野菜を作るから遊びに来てください」


 気まずさを掛けながら、謝って頭を下げる。その言葉を聞いたナオとイトウの緊張が解けるのを感じた。


「うん、いつものサトルに戻ったようで安心したわ。私たちもごめんなさい。ところで、サマリネ、あの時、あのタイミングでヴェリトス州に帰ったあなたがそれを言うのね」

「それは手厳しいわ、ナオ」 


 そして、二人は顔を見合わせて爆笑していた。昨日まで犬猿の仲だったはずなのにな。昨日、自室に帰った後に色々あったんだろう。


 その後普通に食事をしたのだが、ナオとイトウが先に上がってしまったので、俺とサマリネだけが残っていた。色々とあったのでもう少し飲みたい気分で、俺は食堂に残ることにした。すると、サマリネが話かけてくる。


「あなたは、とても面白い人ね」

「え、そうかな?」


 どちらかというとつまらない善良な民、いや農民ですが。


「ええ、不思議と人を引き付ける何かがあるわ。それをなんと表現すれば良いのかは分からないけれど、あなたはきっと良い仲間に恵まれるような気がする。ナオに少し似ているからかも」

「ナオに似ている? 俺が?」


 それは意外だったな。ナオの方がしっかりしているし、リーダーっぽいから全然違うと思った。


「隠しているけど、意外と自分の感情に正直なところとか、人の喜ぶ姿を見て素直に喜べるところとか、かな」

「そっか。でも、ナオの方が遥かにすごいと思うけどね」

「そうね。私はナオのことを心より尊敬していた、いや、今も尊敬しているわ。その身体能力も、類まれなる人を引き付ける力も、心の優しさも」


 サマリネは遠くを見つめながらそう言った。過去の景色がまるで目の前で上映されているような、そんな目をしていた。


「でも、当時はその気持ちがいつしか嫉妬になっていたのね。彼女を裏切る結果になってしまった」


 そういって、彼女は少し昔話をしてくれた。昔、ナオとサマリネは同じ第12ギルドで訓練していた同僚だったということ。ナオがギルド長になったとき、みんなを守りたい一心でサミュエル州の税率を上げて、困った人を救済しようとしたこと。それが、商人やギルドの他のメンバーの反感を買って、仲間が離れて行ってしまったこと。その時に、サマリネが地元のヴェリトス州に戻る決断をしてしまい、ナオを裏切ってしまったこと。


「今思えば、当時は純粋に地元に帰りたいという気持ちでは無かった。当時、ギルド長として敏腕をふるう彼女を見て、私は嫉妬していた。彼女の方が、戦闘や政治的な才能があったからね。でも、私は商売だけは彼女に勝てたの。だから、ヴェリトス州で見返してやろう、と思ったのよ」


 確かに、どうしても勝てないライバルがいる時に、その道で奮起して頑張れる人もいるが、多くの人は諦めて別の道を進むだろう。それは仕方ないことだと思う。


 そんな意外な形で、ナオの過去を聞くことになった。あれだけ明るく気丈に振舞っているのに、そんな過去があるとは知らなかった。それを乗り越えたからこそ、今の彼女がいるんだろうな。やっぱり、彼女はすごい。


「ところで、サトル、と呼んでいいかしら?」

「もちろん」

「あなた、怒っているときの方が面白いわよ」

「それは忘れて……」


 頼むから、無かったことにしたい。




「昨日はイトウが酔った姿が見られなかった。久しぶりに見たかったのに」

「サマリネ、ふざけて飲ませすぎたりしないでね。世話する方は本当に大変なんだから」

「いや~、どうしようかな~」

「やったらHPがゼロになるまで削る」

「それはやめて!」

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