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農園の王~チキンな青年が農業で王と呼ばれるまでの物語~  作者: 東宮 春人
第1章 『異世界で農業はじめまして』
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1-1. 高原のうさぎ

 世界が光に包まれている。暖かく柔らかな空気に包まれ、まるでゆりかごの中にいるような不思議な安堵感に包まれている。窓際のソファで微睡からさめたような気持ちだ。網膜があまりの光量を受け止めきれず、目を開くことができない。とっさに右腕で目を覆い、光を遮る。目は自然と受け入れる光の量を調整し、徐々に目に入る風景が見えてくる。はっきりとは見えないが目の前には青空が広がっているようだ。光に慣らしながら目を徐々に開くと純白の世界は徐々に水色へと色を変える。雲一つない青空。快晴という言葉がぴったりの天気だ。 ふと、草原の香りが風に運ばれて鼻に届く。つづいて深呼吸をするように、大きく息を吸うと土の匂いが肺を満たしていく。はたして、昼寝でもしていただろうか。というより、あれ、外で寝ているのか?


 慌てて上体を起こすと、体に違和感があることに気づく。あれ、と思うが体に痛みはなく、あくまでも動かしづらい程度の違和感なので、そのまま慎重に上体を起こし、周りを見渡す。辺り一面の草原、いや高原に近いだろうか。ところどころ岩肌が露わになっているところが見える。草原であれば草花の下には土が広がっているはず。しかし、この辺りの草花の下には土の代わりに岩があるようだ。


 ここに来て急速に思考が早まる。頭の中には様々な仮説が駆け巡り、一つ一つを検証しながら、同時に新しい情報を視界が取り入れようとする。なぜ、このような場所で目覚めることになったのだろう。周囲を見渡してもこの場所のヒントになるような情報は見当たらない。看板などの人工物やその土地の象徴的なものも存在しないようだ。仮に昼寝だとしても、高原の真ん中で目覚めるというのは異常事態といえるだろう。となると夢の中ということもあるだろうか。いや、これだけの光を夢の中で感じることはないはずだ。実際に眩しいという感覚があることから寝ているということは考えづらい。


 ふと、更なる違和感に気付く。自分がいる場所が柔らかいのだ。寝起きということもあり、最初こそ違和感がなかったが、高原の真ん中という状況を考えると非常におかしなことだ。改めて、下を見ると白いシーツが見える。芝生の広がる中にある真っ白なシーツは、周囲の風景からは完全に浮いている。緑色に浮かぶ純白のシーツの端を覗くと、ベッドのうえにシーツが敷かれているということが分かる。長方形のベッドはシングルサイズという表現が適当だろうか。柵などは付いておらず、ただ、マットレスの上に白いシーツが敷かれている。高原に寝ていたにもかかわらず、目が覚めた時に身体に痛みが無かったのはそういうことか。


 そして、続けて自分が亜麻色の服を着ていることが分かった。歴史に出てくる南国の人が来ている服とでも言うのだろうか。腰のところが帯で縛られている。一枚の布に穴を開けて、そこに頭を通して腰のところを縛ったような形だ。通気性に優れるようで、服の上からでも高原の空気が心地よく肌で感じられる。こんな服はもっていなかったはずだけど……


 そのような状況確認をしながら、周りへの警戒を継続して行う。周囲には物陰もなく、突然何かが飛び出すという事は無さそうだ。周囲には生物の気配が感じられず、虫すら飛んでいる様子がない。当然、ベッドの下も確認したが、足が付いているタイプではなく、物が入る隙間も無かった。遠くの岩の陰に誰か隠れていないか、目を凝らして確認したが、自分以外の人間の気配は感じられない。確認すべき場所が無くなるにつれて、徐々に思考のメモリが警戒から過去を思い出すことにシフトされていく。まずは現状整理から入ろう。混乱する頭をフル回転させて、なぜこのような状況になっているのか、改めて考え直してみる。


・ここまでの経緯については一切の記憶がない。

・目覚めた場所は辺り一面の高原。気温は穏やかな春の陽気で心地よい。

・高原にベッドという特殊な状況は人が作り出したもの。他に人がいるはず。

・しかし、これだけ特殊な状況にも関わらず、不思議と危険だという感覚がない。


 最後の一つだけは、主観的と言わざるをえないだろう。この状況の異常さは理解している。理解しているからこそ警戒行動を取っているものの、感覚的には安全な場所であることを確信している自分がいる。それゆえに、敵というべき存在を意識していない。最大の要因は犯人の動機が考え付かないというところだろうか。仮に、敵というべき存在が自分を痛めつけようとしているのであれば、高原のベッドに寝かせることに意味があるとは思えない。いや、そう思わせておいて、最後に下げるパターンかな。人を落胆させたいときは 『上げて、落とす』 が基本だからね。とは言え、危険を感じないことには変わらず、半ば無意識にその可能性を捨てる。


 状況の整理が付いてくるにつれて頭は冷静さを取り戻し、混乱が解消していく。そして、思考に振り分けられていたメモリが徐々に他の感覚にも振り分けられていく。心地よい春の陽気が感じられるようになり、風が土と草の匂いを運んでくる。改めて、とても快適な環境だな。慌てても仕方がない。ゆっくり状況は検証していくとしよう、と思う。


 しかし、落ち着いたのも束の間、目線を遠くから下に向けると想定外の変化が起きていた。気付くとベッドの端にうさぎがちょこんと座っているのだ。真っ白な体に赤い目の小柄なうさぎだ。突然の変化に驚き、後ろに仰け反ると、さらに信じられないことが続けて起こった。


「やあ、寝起きはどうだい?」


 うさぎのいる方角から声が聞こえてくる。周りの様子を伺ってみる。しかし、うさぎ以外の生物の様子は見当たらない。


「おーい、ベタなボケはやめて! と言いたいところだけど良い反応だね。君に常識がある証拠だからさ」


うさぎの方を直視するとうさぎの口の動きと声が連動していることが分かる。気づくとうさぎは立ち上がっている。


「うさぎが話すのをみるのは初めてかい?」 うさぎは両手を広げながら質問してくる。全体にとてもコミカルなうごきで、アニメを見ているような錯覚を覚える。


「ぁぁ」


 あれ、声は出るけど喉に違和感がある。長らく話していなかった後に声を出したような感覚だ。念のため首を縦に振り、同意を示す。


「はは、最初は声が出にくいよね? 無理に話さなくて良いからさ。さーて、なんでうさぎが話していると思う?」


 いや、うさぎが話すなんてファンタジーの世界でしか聞いたことがないぞ。ここは不思議の国か?と頭をよぎるが、そんなはずはないと自分で否定する。


「分かり……ません」


 掠れた声で答えながら、首を横に振る。この状況で知ったかぶりする理由もない。さらに、このうさぎからは不思議と敵意は感じない。素直に答えることにする。


「正解は、ここが第二階層だからでーす」


 うさぎは何の役にも立たない情報をさも正解かのように話す。全体的に人をおちょくるような話し方で、わざとイラつかせようとしているようだ。しかし、ほかに頼れる人もいそうにないし、ここは合わせるしかないか。


「第二階層とはなんでしょうか。そもそもここはどこでしょうか? お恥ずかしながら全く心当たりが無くて……」


 声の調子も戻ってきたようで、今度は普通に声を出せた。うさぎに対して、出来るだけ丁寧に質問する。最初は下手に行くのが処世術だ。定石通りに行こう。


「ふんふん、その物腰の低さは弟子としては申し分ないね! これからメンターになる身としては、メンティの態度は大事だからさ」


 うん、作戦は成功だったようだ。しかし、メンターとメンティってバイトの先輩と後輩の関係みたいだな。指導役のメンターと教えて貰うメンティだ。


「まあ、第二階層と突然言われても分かんないよねー。まあ、知らないことは分かっていたんだけど。じゃあ、先輩としてこの世界の秘密をざっと説明してあげる」


 いちいち、人をイライラさせる話し方だが、うさぎの説明はまとめると以下のようなものだった。


・ここは死後の世界で二界と呼ばれている。地球とは別の場所。

・転生の条件は詳しく分からないが、前世で条件を満たすとこちらの世界に転生する。

・転生時に前世の記憶は無くなるが、知識や経験は残る。だから、普通に生活は出来る。

・ここは転生者の受け入れの場所である。

・目の前のうさぎはメンターで、日常生活に慣れるまで面倒を見てくれる。


 にわかには信じがたいが、うさぎが喋るくらいだから、とりあえずは本当のことだと信じるしかないか。とにかく、話の内容に矛盾が無いか注意して、騙されないように気を張っておこう。そのようなことを考えながら話を聞いていると――


「ざっとこんなもんかな? じゃあ、君に名前を与えよう」


 名前を与えると言われた瞬間、強い嫌悪感を覚える。名前は自分を他と分けるアイデンティティの源だ。それを否定されることへの嫌悪感がとっさに全身を包む。しかし、それと同時に自分の名前が思い出せない事に気づく。


「そう。前世の名前は忘れているはずだよ」 こちらの考えを見抜いたようにうさぎが言う。 「君の名前はサトルだ! サトル、よろしく」


 呼ばれた名前は、不思議と違和感なく受け入れられるものだった。理由は分からないが、その呼び名はすっと心に染み込み、その名前こそが正解だと思えた。サトル、それならいいかな。自分の与えられた名前を吟味しているとうさぎが続ける。


「さあ、ガイダンスはこれで終わり。新しい世界へと足を踏み入れよう」


 うさぎは白いベッドから飛び降り、高原を駆けていく。その純白の体は、高原の緑の草や岩肌なかでもはっきりと見分けることができる。そして、少し進んだところに銀縁のゲートのようなものが現れた。ゲートの向こう側は真っ白な光に包まれ、その向こうは伺えない。うさぎはその方向に向けてまっすぐに進んでいるようだ。


「君、ちょっと待って!」


 いくらなんでも急展開すぎる! 聞きたいことがまだあるのに。何かを説明するときは質疑応答の時間を残しておくのが常識でしょ?


「あ、早く来ないとゲートが閉じるから。あと、ジャックと呼んでね。サトル! とにかく付いてきてよ!」


 うさぎがゲートの中に消えていく。ゲートが閉じる? 良く分からないけど、この状況で置いていかれるのはまずいぞ。俺は慌ててベッドを降りて、うさぎが消えたゲートへと飛び込んで行く。ゲートを通過する時に白い光に包まれて一瞬視界が無くなったが不思議と恐怖心は感じなかった。


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