3-1.突然の訪問
「失礼する!」
と言いながら、イトウが家に入ってくる。いや、在宅確認しろよ。そして、イトウの後ろにはナオが付いてきくる。なんだか神妙な顔だ。
「単刀直入に聞く。中央官庁からお前を王都に連れて来いと直々の連絡があった。何か大きな犯罪や違法行為をしたか?」
「いや、してないわ」 いきなりなによ。馬鹿なのかな?
「想定通りだな。しかし、一般市民、まして農民の王都への呼び出しなんて前例が無い」
そもそも想定通りとか、農民とか、見下しているようにしか思えないんだけど。まあ、犯罪行為をしない善良な農家だと言われているわけだから、褒め言葉として受け取っておこう。イトウの話し方にいちいち引っかかっていたら会話にならないからね。
「そう言えば、さっき回覧板で連絡が来たよ。転生者なんとか局って言ってたかな。王都に来て欲しいって」
2人が驚愕した表情になる。え、変なこと言ったかな?
「異例だ。全く理解が追い付かない。何が起こっているんだ? しかし、連れて行かねば命令違反でギルド長が処分される。とにかく、至急王都に行くぞ」
「いや、展開早すぎて置いていかれてるんだけど……」
ここまで一言も発さなかったナオが口をひらく。
「悪いけど、詳しくは道中で話すわ。表に馬車が停めてあるから急いで旅の準備をして!」
「イトウ、王都までの道のりは長く見積もっても6日間。招集日は8月25日ということは8日後よね。トラブルが起こることを考えても間に合わせられるだろうから、荷造りだけさせてあげても良いかしら?」
「承知しました」
ナオの口調にいつもの親しみやすさが無く、そこから緊急性の高さが伺えた。元々、行かざるを得ない状況だったので、すぐに準備をすることにした。
「ハルー! ミナミちゃーん!」
2人の弟子に声をかける。2人とも農作業を止めて、こちらに駆け寄ってくる。
「師匠、どうしたんですか? ギルドの2人がすごい勢いで家に入っていきましたけど、何か悪いことでもしたんですか?」
「いや、違うわ! ちょっと用事が出来たから3週間くらい家を空けるね! その間、農園をよろしく」
「分かりました。お師匠様が不在の間、命をかけて農園をお守りします!」
ハルは大げさだな。
「私がいればばっちりです!帰ってくるころには農園の規模が3倍くらいになってますよ」
「いや、農園の拡張計画は無いから。ミナミちゃんは冬野菜用の畑の耕し係ね。絶対に水やりとか収穫とか駄目だから! やったらクビにするからね。あとスライムの討伐をよろしく!」
ミナミちゃんに勝手にされたらめちゃくちゃになるのは目に見えている。俺は、この夏のあの惨劇を忘れない――
■■■
夏空の下、出来上がった野菜たちを収穫しながら、次に植える野菜を考えていた。冬に向けて白菜とか大根とかを植えようかな。冬キャベツもこの時期の植え付けがいいみたいだし、あ、雪の下に置いておく育て方とかあるよね。でも、雪降るか分かんないか。そんな平穏な未来を想像していると――
「ぎゃあああ、水が~、水が~」
「ハル! どうしたの?」 そういってハルの方に駆けつけると、耕したばかりの畑が水びだしになっていた。うわああ、なんじゃこりゃー。
「るーんるるん、る~んるるん♪」
水の出所を探っていくと、鼻歌を歌いながら、ミナミちゃんが貯水棟の水を大放出している。すっごく楽しそうだけど、それはあかん! 農作物に到達する前に処理しないと!
とりあえず、貯水棟の方に駆けつけて、蛇口を占める。ミナミちゃんがビックリした表情をしていたが、今はそれどころではない。それから、今撒かれた水が空に浮いて球体を作る姿を想像する。強く想像し、イメージをしっかりと持つ。まるで、本当に目の前で起こるように、鮮明に想像する。
地面に流れる水が徐々に集まり、宙に浮かんでいく。その水の塊はやがて球体になり、光を反射して空中で輝いている。畑に染み込んだ水が、その球体に吸い寄せられるように地面から揮発していく。集まった水はさらに大きな球体を作り、透き通った水は森の緑を含んで幻想的な風景を作り出す。
目を開くと目の前には大きな水の球体が浮かんでいた。よし、成功したようだ。そのまま、その球体が移動していく姿を想像する。よし、そのまま川まで移動するぞ。強いイメージを保ちながら球体の移動に合わせて自分も移動していく。魔法の行使範囲には限界があるからだ。
「わお、師匠! すごいです!」
そういいながらミナミちゃんが背中を叩いてくる。いたいな、と思うと同時に集中力が切れた。
「あ、やべ!」
球体の水は、自らのあるべき姿を思い出したように、一気に地面に向けて落ちていく。そんな球体の下にはハルがいた。美しい水の球体に見とれて近づいてしまっていたようだ。
「ぎゃあああ」
「ハル! ごめん!」
あとちょっとで川だったんだけどな。まあ、ここまで持ってくれば畑は大丈夫か。あと、ハルもカッパだし大丈夫だろう――
□
ミナミちゃんを広場に立たせる。それは、完全に子供を叱る親の気分だった。
「なんであんなことをしたの?」
「水はたくさんあげた方がいいかと思って」
「いや、野菜は水をあげすぎてはだめなんだよ! ミナミちゃんだって、何十リットルも水を飲まされたら死んじゃうでしょ?」
「はっ、確かにそうですね」
「分かってくれたなら良かったよ。これからは気を付けてね」
ミナミちゃんは大人っぽい話し方をするが、まだ子供なのだ。あくまでも見た目はだけど。でも、二界では俺よりずっと先輩なはずなんだけどな。
こういう時にどう接すれば良いのか、未だに掴めていない。
■■■
それからというもの、収穫や植え付け、水やりはハルの仕事。耕しはミナミちゃんの仕事になっていたのだ。たまに、ミナミちゃんが水やりや収穫をやろうとしているときもあったが、そこは俺がしっかりと止めた。
「じゃあ、行ってくるね」
二人に声をかけて農園を後にする。農園の入り口には馬車が止めてあった。それに乗って王都に向かう。森の小道を抜け、街道に出たところで、ナオが話しかけてくる。
「王都から呼び出しがかかることはほとんどないのよ。おそらく、この前の分体の件を報告したから呼び出しを受けたのだと思うわ。それ以外には考えられない」
「なるほどね。でも、結局何で襲われたのかも分からないままだからな。行っても意味が無いように思うけどね」
「あなたが盗難の犯人だと疑われていないことを祈るわ」
「ええ、それ無実の罪じゃん」
そんなので捕まったらたまらないわ。
「まあ、無実は証明できると思う。当時の状況は中央に報告しているし、事情聴取くらいだと思うわ」
「中央はそれだけ分体の件を重要視しているということだな」
イトウが馬車を操りながらコメントしてくる。
「ところで、私たちも王都に行くのは久しぶりよ。よほどの用事が無ければ行く必要がないのよ。相変わらず発展しているのでしょうね」
ナオの言葉に、王都ってどんなところなんだろう、と思う。それにしても王様がいないのに王都って不思議だよな。
首都じゃないのかね。そんなことをふと思ったが、まあ、気にしても仕方ないか。
王都までは6日間、長旅になりそうだ。安全な旅になることを祈ろう。