2-8.農園の師匠
この話で第2章『新米農家の意外な才能』は終了です。
今日中に第3章の0話をアップする予定です。
さて、諸君!
「俺は二界で一つだけ許せないものがある。これだけは絶対に許せない」
「野菜泥棒でしょうか?」
「違う!」
いや、それも許せないけどね。
「師匠、それは何ですか? 早く答えを言ってください。面倒なので」
ミナミちゃん、そういうところは雑だよね。
「ビールだ!」 なんだ、あの薄い味は? 「ということで、この農園はビールの製造に乗り出すことにする!」
「何が、ということで、なのかは分かりませんが、師匠の指示に従います」
「お師匠様、私も異論はありません。カッパの口にもあの味は薄いと思います」
さて、何で急にそんなことを思ったのか? それは、収穫祭の翌日のことだった。
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ハルと一緒に収穫の準備をしているとき、遠くから少女が走ってくるのが見えた。その顔に満面の笑みを浮かべて。
「師匠! みょん婆様の許可が取れました! これで晴れてこの農園の一員です」
「良かったですね。私も仲間が増えてうれしいです」
「よろしくね、ミナミちゃん。ところでミナミちゃん、悪いんだけど住む場所は用意できそうにないからバーニャから毎日通ってくれるかい?」
「その点は大丈夫です!」
自信満々という表情でミナミちゃんが言う。えっへんと手を腰に当てている。
「いや、何が大丈夫なの?」
うち、ハルと俺でいっぱいなんだけど……
そう、農園の家は一人で住むには広すぎるが、二人で住むとちょうどよい大きさなのだ。ハルに寝室を使ってもらい、俺はリビングのソファで寝ていた。倉庫が大きいのでそこを含めるとかなりの広さになるはずだが、倉庫は師匠の創意工夫の賜物なので、ぜったいに改築はできない。
「それは、すぐに分かりますよ。ふふふ」
怪しい。怪しすぎるよ、ミナミちゃん。
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それから少し経って、森の小道を抜けて屈強な男たちがぞろぞろとやってきた。全員がスキンヘッドで統一していて、その頭が太陽の光を反射して眩しい。その中でもひと際大きく、口ひげを蓄えたいかにも悪役顔の男が声をかけてくる。
「こちらはサトル様の農園で間違いないでしょうか?」
「どちら様でしょうか?」
プロレス大会を開く予定はないのですが……。
そっと貯水塔の方を見る。いざとなれば、走り切れる距離だな。そうやって安全確保をしておく。いや、怖すぎるもん。
「みょんみょん様からの依頼を受けて、この土地に家を建てにやってきました」
「はい?」
「こちらの農園に家を建てるように依頼されたのですが、聞いていらっしゃらないでしょうか? お代はすでに頂いております」
「師匠! みょん婆様が私のために家を買ってくれたんです!」
「は?」
いや、みょん婆、太っ腹過ぎないかな。いくら可愛い弟子でも家は買わないでしょ、家は。
ところで、見た目に反して彼らは 「わが社はカスタマーサービスを一番のモットーにしています」 という雰囲気だ。例えば――
「失礼します! 誠に申し訳ないのですが、農園の周りの木を使わせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「え、ああ、どうぞ」
勝手に生えているだけだしね。
「ありがとうございます!」
体育会系な会社なんだな。
さて、そこからの光景は圧巻だった。それはもう、家づくりの常識を覆されたよ。
まず、屈強な男が森にぞろぞろと入っていく。そして、森の木を切り倒すと、両手に大きな木を抱えて森から出てくる。恐ろしい光景だった。いや、スキンヘッドの怪力男が木を軽々抱えてぞろぞろと森から出てくるんですよ。前世の常識が通じない異世界なんだってことを久々に実感したよ。
ちなみにこの作業、実際には重力操作をかけているんだろう。つまり、見た目に反してこの人たちは魔力優勢な人たちなんだろうな。そんな運びで、家の材料になる木が集まった。
そして、実際に家を建てる作業に進むのだが、これが、ものすごくシュールだった。いや、のこぎりとかを使って切っていくと思うじゃないですか? 違うんですよ。
まず、材料の加工は流れだ。屈強なことが設計図を睨みつけて寸法を頭に叩き入れていく。そして、木を睨みつけて集中した表情をする。すると、木は徐々にその姿を変えて、寸法通りの材料に変わっていく。一つ作るごとにものすごく疲弊した表情になる。はあはあと言っているスキンヘッドもいる。
体力切れかって、いいえ、MP切れです。
ところで、二界でのHPやMPの回復方法は色々あるようだが、少なくとも二界には回復薬という概念がないようだ。各々が自分に合った回復の手段を持っているようで、屈強な男たちの場合は酒を飲むことが最も効率が良い回復方法とのことだった。即効性のある方法はないのだが、その中でも最も効率が良いらしい。
彼らは作業をするたびにビールを空けていく。とても美味しいのだろう、幸せそうな表情になる。いや、仕事中にビールって、と思ったが郷に入っては郷に従えだ。黙って見ていることにする。そして、少し経つと再び設計図を睨みつけている。
しかし、この仕事は酒が飲めないとできない仕事だね。接待的な意味ではなくて。
そして、材料が全てそろったのだろうか。棟梁と思しきひげ男が、材料の山を見てうなづく。ここまで、棟梁は一連の作業をずっと眺めているだけだったのだ。しかし、そのうなづきをみると周りのスキンヘッズの顔つきが変わった。何が起こるのかと思っていると、棟梁が目を閉じて集中しはじめる。その様子をスキンヘッズが尊敬の眼差しで眺めている。
そこから先の作業、それは、魔法のような光景だった。いや、魔法には違いないんだけど。
棟梁が集中し始めると同時にスキンヘッズが準備した材料が宙を舞う。そして、一つ一つが組み合わさって大きな部品となり、さらにその大きな部品が組みあがっていく。そして、徐々に家の形になっていくのだ。
その様子を見て、つい口をすべらせてしまった。
「ねえ、ハル。 この感じだと誰でも作れるのかな? 俺今度家を作ってみようかな」
「いえ! これはすごい技術なんですよ!」
その言葉にスキンヘッズの一人が少し怒っている様子で反論してくる。
「魔力の行使には、そのものに対する正確な理解が必要になります。一つの部品を作るのは比較的簡単ですが、それでも一晩は集中して図面を頭にインプットします。それを全て頭に入れて組み上げていくには、気の遠くなるような長い鍛錬と経験に基づく正確な想像力が必要なんです。私たちは夢にも出てくるくらい、家のことを考えています」
「生意気なことを言ってすみませんでした」
そういって俺は頭を下げる。そうだ、この世界の魔法は万能な力じゃないんだった。ものすごい努力が必要なんだな。
「いやいや、うちの部下がいきり立ってしまってすみません」
疲れた様子のひげの棟梁がこちらに向かって話しかけてくる。さっき説明してくれたスキンヘッドの頭を叩いていた。
気付くと木造二階建ての家が建っていた。ログハウスというのだろうか。すごい、本当に驚いた。
「まあ、一度できるようになれば同じ形の家を作るのは比較的簡単です。今回は量産タイプで発注を頂いていましたので、すぐに対応が出来ました。オーダーメイドですと1か月~半年ほどは頂かなければなりません」
なるほどね。同じ図面の家なら比較的簡単に建てられるということか。それでも気の遠くなるような修練が必要なのだろう。ひげの棟梁が尊敬される理由が良く分かった。職人なんだな。自分と同じ、一つの道を究める人間として、尊敬の念を覚える。
スキンヘッズを見るとみんな疲れた様子だった。そこで、昨日の収穫祭のお酒の余りをスキンヘッズに振舞うことにした。
「お客様、よろしいのですか?」
「ええ、皆さんのお仕事ぶりに感動しましたし、お酒がお好きなようでしたので」
「それではご厚意に甘えて。お前ら、しっかりと礼を言えよ!」
「ありがとうございます!!」
スキンヘッズが一斉に頭を下げる。いや、怖いってそれ。子供だったら泣くよ。
そんなわけでお疲れ様のささやかな宴を催すことになった。棟梁の乾杯の掛け声に合わせてビールを飲み始める。始まるとすぐ――
「いや~本当にありがとうございます。また家を建てる機会があれば、ぜひTRPK社にご発注ください」
そう言って名刺を渡してきた。TRPKって。つるぴ……
いや、そんな安直じゃないよね。
ねえ。
スキンヘッズの一仕事終えた後の至福の時を眺めていたら、自分もビールを飲みたくなってきたので、一緒に飲むことにした。
ごくり
あれ? 全然美味しくない。
あ、今日畑仕事してないから疲れてないのか。しっかし、薄いな。
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そんなわけでビールの醸造に乗り出すことにしたのだ。実は大麦とホップを春先に植えていたので材料はもうすぐ収穫できる。あとは、発酵させるためのイーストをどう調達するか、だな。
「ということで、今日は町に行ってイーストの入手方法を調べてくるから収穫はハルよろしく。ミナミちゃんは畑を耕しておいてね!」
「また、何がということ、なのかよく分かりませんが、師匠、了解しました!」
「お師匠様、お気を付けて行ってきてくださいね」
「じゃあ、いってくるわ」
こうしてカッパ農園のビール造りが始まった。1人だったら野菜で手一杯だったけれど、3人いるといろいろできていいな。
さて、家づくりを見たときに本来は気づくべきだったのだ。なんでこの世界のビールの味が薄いのか、というその秘密に。それは自分の人生を大きく変えたかもしれない重要な情報だった。感の良い人なら気が付くだろう。
しかし、その時は全く気付くことなく、美味しいビールに思いを馳せていた。ヨーロッパの濃い味のビールを作りたいな。フルーティな香りに苦みがまろやかなやつとしっかり苦みがきいたやつ。
あ、そういえば弟子も二人できたし、俺は師匠ということになるのか。王都にいる師匠、私もあっという間に師匠になってしまいました。
「農園の師匠」
うん、悪くない響きだな。
そんなことを考えながら、夏の日差しを遮る深緑のトンネルを抜けて、バーニャの町に向かう。途中、何度かスライムに遭遇したが、ばっさばっさと切り捨てる。これが慣れると意外と楽しい。
ピロロン
あれ、また、レベル上がったかな?