2-6.収穫祭
次回はゆるりとした回です。明日の朝9時ごろに投稿します。
昼前、回覧板を使ってギルドに連絡する。
サトル 「収穫祭やるから来ない?」
ピコン
ナオ 「行くわ」 よっしゃ!
ジャック 「いるぞ」 は? いる?
ドアを開けてしてジャックが入ってくる。
「よお、サトル! 来てやったぜ!」
「おう、いらっしゃい」
いや、在宅確認くらいしろよ。あと、どこにいたの?
「お、ハル! 元気にやってるか?」
「はい。お陰様で元気にやっています! ちょっと準備があるので外に出ますね」
「ハル! よろしくねー」
なぜジャックがハルを知っているかというと、実は先日第12ギルドのメンバーにはハルのことを紹介しに行ったのだ。みんな最初こそ珍しそうに見ていたが……
「ハルがうちの農園で働いてくれることになりました。よろしく」
「ハルです。カッパです。頑張りますので、よろしくお願いします!」
そういってペコリと頭を下げる。その姿に歓声が上がった。特に女性陣の反応が良かった。
「可愛い!」
「癒される~!」
「ペットにしたいわ~うちに来ない?」
駄目です。うちの弟子なので。
初めて会った時から思っていたけど、ハルはマスコット的な可愛さがある。正直、ハルが来てから農園は明るくなった。ピコン、という音が聞こえたので、回覧板に目を向けると――
イトウ 「くだらないことで回覧板を使うな」 うるさいやつだな。
「ぎゃあああ!」 外からハルの叫び声が聞こえてくる。
あ、スライムが出たな。ここ数日、モンスターの出現が多くなったのだ。どうも、スライムは植物を食べるようなのだが、農園の野菜はスライムにとっても魅力的なようで、周辺のスライムが集まってきているらしい。
「あれ、大丈夫か?」
「うん、問題ないよ。ちょっと俺も外に出てくるわ。ところで最近スライムが頻繁に出てくるんだけど警備さぼってない?」
「あ、いや、ちゃんとやってるぞ! ナオに警備をやめろとか言われてないからよ!」
やっぱりか。スキル鑑定をしてからというもの、モンスターの出現率が急に増えたのだ。なんというか、露骨すぎるから分かっていたよ。レベルを上げさせて戦力にしようとしているだろ。俺は農園からは離れないからな。
ハルを助けるために外に出ると、案の上、スライムが農園の柵を抜けようとしているところだった。持っている剣でスライムを切っていく。すると、作業の途中でピロロンという音が聞こえる。どうも、レベルアップの音らしいのだがこの3日で3回目だ。俺のレベルが低いからかな? いや、そもそもレベルアップの音とは限らないか。
「お師匠様、ありがとうございます。」
疲れた様子でハルが話しかけてくる。走り回りながら木の棒を一生懸命振り回していたらしい。戦闘については残念ながら頼りないと言わざるを得ない。
「いや、大丈夫だよ! それより良く頑張ってくれたね」
頑張っていることは間違いないのでねぎらいの言葉をかける。
□
さて、40分ほどすると何人かのギルドのメンバーと町の人が集まってきた。その中には占いの館の見習いのミナミちゃんもいた。聞くとナオに誘われたらしい。
「久しぶりに外に出ました! テンション上がりまくってます!」
ミナミちゃんは元気よくそう言っていた。良かったね、っていうか、ずっとあの占いの館の中にいるのね。それは気が滅入ってしまいそうだ。
そんなバーニャの町の人たちの中からイトウが出てきて、話しかけてくる。
「回覧板を無駄に使うんじゃない」
「へーい」
まだ根に持っていたのか。
「そもそも回覧板の使用回数には制限がある。制限を超えるとタイムラグが酷くなるのだ。次の月になると元に戻るが」
いや、通信制限かよ!
「いざとなれば追加の使用料を払えば元に戻せる。その料金が200,000Gだ。州の財政を守るためにもこの出費は避けねばならない」
「え、そんな仕組みだったの?」
あくどいな。ん? だいたい1Gが100円だから2,000万円か。
「すみませんでした!! 以後、気をつけます!」
さすがに雑談で2000万円を吹っ飛ばす勇気はない。気を付けよう。
続いて、マナミがやってきた。マナミは第1師団の副官でカーミンと同じ階級の同僚だ。普段は渉外担当をしているということで、バーニャの町にいることは少ない。ハキハキと話し、とても礼儀正しい。体育会の部活動で後輩だったら、ものすごく可愛がられそうなタイプだ。でも、たまに抜け目なさが伺える。そのあたりは、さすが渉外担当といったところか。
「こんにちは! お久しぶりです、サトルさん。農園の運営は順調ですか? この前、ジャメナ州のギルドの師団長と話したときに、サトルさんの仕事の話をしたら興味を持たれているようでしたよ! 良ければお繋ぎしましょうか?」
「ありがとう。でも、今はしっかりと農作物を作れるようにしたいから、とりあえずそういう話は良いかな」
「了解致しました! いつでも声をかけてくださいね!」
ところでカーミンもマナミも職業は剣士だ。しかし、ジャックのような自由人ではなく、とてもしっかりとしている。なのに、何でジャックが“聖”剣士なんですかね。明らかに部下の二人の方が“聖”という言葉が似あうと思うんですが……
さて、人もかなり集まってきたようだ。ナオに聞くと声をかけたのはこれくらいね、とのことだった。メンバーが揃ったようなので、今回の収穫祭の趣旨を伝える。
「遠くから集まっていただき、ありがとうございます。この農園を初めて3か月経ちましたが、皆さんのおかげで無事に初めての収穫を迎えることができました」
パラパラと拍手が聞こえる。
「ということで、日ごろの感謝を込めて、皆さんに収穫したての野菜をふるまいたいと思います!」
と、その途端に盛大な拍手が響く。その中に歓声が聞こえる。
「いいぞ、サトル!」
「待ってました」
「よっ! 農園の主!」
うん、みんな野菜につられてきたのね。まあ、集まってくれるのはうれしいんだけど。
「今日は特別ヘルプで不動産屋のご主人が料理人として駆けつけてくれました」
「どうも!」 そういって人の良さそうな笑顔を浮かべる。
なぜ不動産屋のご主人が駆けつけてきてくれたかというと――
先日、町を歩いていると向かい側から恰幅のよいオヤジが歩いてきた。お互いに目が合うとニヤリと笑みを浮かべながら手を上げる。
「よ、ご主人!」
「おう、サトル! 農園はどうだい?」
「最高だよ。ところで今度収穫祭をしようと思うんだ。そこで取れたて野菜を使った料理を振舞いたいんだけど、良い料理人を紹介してくれないかな?」
「お、じゃあ、ちょうどいい人がいるぞ」
「本当かい? 紹介してくれ」
「何を隠そう、この俺さ。こう見えても昔は料理人を目指していてね」
というやり取りがあってご主人にお願いすることにしたのだ。
「さて、取れたての新鮮な野菜はこの机の上にあります!」
そういって机の上のクロスを手で示す。
「さあ、みなさまご唱和ください! 3! 2! 1! はい!」
そのタイミングでハルがクロスをはためかせる。すると、新鮮な野菜の山が現れる。
トマト、じゃがいも、キュウリ、ナス、トウモロコシ、ホウレンソウ、さらにはモロヘイヤなどもある。夏野菜が勢ぞろいといった感じだ。観客からおお! と歓声が上がる。
「基本的には生で食べるのは自由です。すでにハルが川で洗ってくれているので、そのまま食べても問題ありません。これから、不動産屋のご主人が料理した野菜を順次持ってきてくれますので、机の周りでお待ちください!」
そんな挨拶をしている間にハルがビールを参加者に配っていく。この子、本当に良く働いてくれる。良い弟子を持ったな。
「それでは、皆さん! お手元にビールはありますでしょうか。それでは、乾杯!」
「かんぱーい」 各々が声を上げて、ビールを飲んでいく。いや、夏空の下で飲むビールは最高だね!
「さあ、どんどん食べてください!」
そんな形で収穫祭はスタートした。不動産屋のご主人は驚くほど料理が上手だった。やるからには本気でやらねば、と夜明けとともにうちにやってきて仕込みをしていた。そのかいもあって、夏野菜の炒め物に始まり、トマトベースのポタージュ、夏野菜のカレー、そして参加者が持ち寄った肉やチーズ、パンなども加わって、様々な料理が並んでいった。俺も火を起こしてトウモロコシを焼いていく。
そして、各々が好きな料理を手に取り、好きなお酒を持って談笑している。
良い光景だな。これは毎年開催しよう、とこっそりと心に誓った。
「お師匠様、私、この農園に来れてよかったです」
「そうだね、俺も同じ気持ちだよ」
□
気づくと森の陰が農園に差し、夕方になろうとしていた。みんな満たされた表情で農園の一画に座っていた。泥が付くことなんて気にしている人はほとんどいなかった。
一部の酔っ払いはひどかったが――
「あ~トイレに行くのがめんどくせー。野菜の肥料になるだろ」
そう言って、野菜に向けて立ち小便をしようとしていたのでスコップで殴打する。殴ったところが赤く腫れたが、すぐに回復していっていた。この前の話はほんとだったんだな。
「おー、すぐに回復している」
「いや、人で実験すんなよ。いて―からやめろや!」
そんな例外を除けば、穏やかにコップを片手に話をしていた。特に久々の外出のミナミちゃんの反応がとても良かった。しきりに「しあわせ~」を繰り返している。
「しあわせ~。私、この農園で働きたいです……」
お、うちは大歓迎だよ!
「そうすれば美味しい野菜が毎日食べられる」
いや、動機が不純だな。まあ、間違いないけどね。
「良いんじゃないかしら。これから忙しいんじゃないの、サトル?」
「そうだね~これから収穫で忙しくなるからな、新しいことも始めたいし――」
そこで、はっとナオとジャックの会話を思い出す。転生してきた日に、占いの館を出た後だっただろうか。
■■
「ねえ、ミナミちゃん前よりひどくなっていると思わない?」
「そうだな。夜な夜な接客練習する声が聞こえてくるって聞いたことがあるし、孤独なシミュレーションが暴走しているんだろうな」
「それは、可哀そうね……今度、何かイベントに誘ってあげましょう」
「ああ、転職は呪われてるから無理だしな……気分転換くらいしか俺らにはできねーな」
「結局、何軒火事にしたのかしら。やる仕事やる仕事、全滅だったわよね……」
「ああ……」
■■
よく見るとナオは悪だくみしているような顔をしている。こいつ、明らかに分かっていてミナミちゃんを働かせようとしているな。
「いや、うーん……」
いや、農園が火事とかあり得ないよ!
気づくとミナミちゃんも期待したような表情でこちらを見ている。「なかまになりたそうにこっちをみている」 って、やかましいわ。
しかし、さっきの 「しあわせ~」 の声が頭に流れると決意は決まった。
「分かった! ミナミちゃん、しっかり働いて貰うからね! あと、みょん婆とはしっかり話をしてくるように」
ええい、こうなったら後は野となれ山となれだ。彼女に火を使わせなければいいんだ。彼女は火気厳禁にしよう。雇用契約というものがあるならそこに明記しよう。
「弟子にしていただき、ありがとうございます! みょん婆にすぐに話を付けてきますね!」
そう言って町へと駆け出して行った。行動力があることはよろしい。バイトのつもりだったけど、本人が弟子って言っているし、これは2人目の弟子ということになるのかな?
ミナミちゃんが駆け出すのに合わせるように、収穫祭は流れるように解散となっていった。口々に感謝の言葉をかけてくれる。
「サトル、美味しかったよ! ありがとう」
「楽しかった~今度飯をおごるよ。ここ以上の野菜料理はないだろうけどね」
「じゃあね! 野菜が売れることを願ってるわ」
そんなみんなの満たされた表情を見られたのでとても満足した気持ちになる。やっぱり、やって良かったな。その日は、夕暮れ時の陽光がいつもより暖かく農園を包んでいるように感じた。
「さーて、明日からもまた頑張ろう!」
「はい!」
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さて、この収穫祭が二界の三大祭と呼ばれるようになることは、この中のメンバーの誰もが、この時は予想していなかったことだろう。それは、少し……いや、ずっと先のお話。
◆◆◆◆
「ギルド長! このお祭りって盛大にやればバーニャの町の税収にできませんかね?」
「マナミ、ナイスアイデア! 次の収穫祭は大々的に宣伝しましょう。サトルには内緒ね。そういうの嫌がりそうだから」
「了解です! 秘密裏に進めておきますね!」