2-4.気になっていたこと
投稿が遅くなりました。途中でWindows Updateに襲われまして……
気づいたら夕方になっていた。走れば暗くなる前に帰れそうではあったが、晩御飯をご馳走してくれるというので泊まることにした。その代わり――
「宿泊代と言っては何だけど、収穫した野菜を貰えないかしら。今日の晩御飯の材料にするから。それで経費も浮かせられるしね」
いや、食べたいだけだよね。
しかし、急に色々と教えて貰ったので少し頭が混乱している。ただ、今までは何となくはぐらかされていた感覚があったので、すっきりした気持ちの方が強い。そもそも今となっては、世界の成り立ちを聞いても関係ない仕事をしているわけだけど。
「今回の分体の件は、中央からの重要通達として全ギルドに配信された案件だった。それだけにサトルが襲われたのは不思議なのよね」
「そもそも分体って何?」
「分体というのは精神の一部を移し、意のままに操ることができる人形のことよ。普通の人の手に入るような代物ではないのだけれど、中央の倉庫から盗難されたため、見つけ次第報告するように連絡があったわ」
「中央は技術が流出することに対して、非常に強い警戒感を示す。それは、技術力こそが権力の根源になっているからだ」
「でも、なんでサトルを襲ったんだろうな? 俺のことを襲うならまだしもサトルを襲ってもメリットが無いだろ。」
「そうね。ただ、今になって思えばサトルの潜在能力を見抜いて襲ったとも考えてしまうわね。まあ、そんなことはないでしょうけど」
そんなことを話していると料理が運ばれてきた。今日持っていたのはトマトだけだったので、カプレーゼとパン・コン・トマテが机に並んでいる。どちらもトマトの素材の味を活かせる料理だ。それぞれが料理を自分のさらに取り分けて口に運んでいく。評判は上々のようで、どんどんと皿の上の料理が無くなっていく。
食事をしながら、前々から気になっていたことを聞いてみる。
「そもそも、色々な情報を小出しにするのは何でなの? 転生してきた時もかなり情報を絞られていたように思うんだけど……」
「それは、一つ一つに理由があるわ、例えば、分かりやすいのはモンスターの存在ね」
「確かにモンスターがいると聞いたらパニックになる人もいるだろうね」
「そういうことよ。それは前世の常識が残っているからこその反応ね。でも、一方でモンスターに対して戦いを挑む無謀な人もいる」
「師団長のことですね、容易に想像がつきます」
「そうだな。俺は転生してきた初日に町を出てオークを討伐したからな。生まれながらの戦士だ」
「師団長、褒めていませんよ」
「この世界では、以前説明した通りに基本的に人が死ぬことはない。ただ、戦闘で一定以上のダメージを受けると死に至るわ。だからこそ、この世界に慣れていない人が無茶な戦いを挑むのは避けなければならないの」
あ、そういえばその話を結局聞けていなかった。基本的には死ぬことはないけれど、一定の条件を満たすと死ぬことがある、という話だ。その時はうやむやになってしまったけれど、結局農業をすることになったので意識することなく今日まできてしまったのだ。
「そういえば、その基本的に死なないってどういうことなの?」
「あ、サトルさんは戦闘で傷付いたことが無いから分からないんですね。この世界ではHPが0になるまではダメージを負っても自然に回復します」
「あれ、それって普通じゃない?」
ケガしても時間が経てば治癒するよね。
「あまり表現が適切でなかったかもしれませんね。正確に言うなら傷は負うのですが、驚異的なスピードで治ります。痛みもありますが、すぐに治りますのであまり意識しないで済みます。それが、HPが0になると普通にケガをするようになるんです。そのまま、さらに傷を負い続けると死に至りますい」
「例えば、お前、手にまめができたことないだろ? 普通、鍬で畑を耕し続けていたらまめができるもんだ」
「あ……確かに!」
「そう、この世界ではケガをしても異常な回復速度で回復するのよ。それ故に、自分が無敵になったと勘違いして、HPが0になっても気づかずに死に至るケースが昔は多かったと聞いているわ。だから、こうした情報は最初には伝えない決まりになっているのよ」
「なるほどね。じゃあ、自分のHPを考えながら戦闘しないといけないのか」
「そういうことです。また、この世界では一人で戦闘をするのはタブーです。HPが0になったときに救出してくれる仲間がいないと本当に死んでしまいますから」
確かに、痛みが続けば自分の限界に自然と気付けるだろうけど、それが無いとなると気付いたら取り返しの無いことになっていることもあるだろうな。
「また、レベルやスキルの概念を伝えると多くの人はモンスターと戦い、レベルを上げてみたくなるものよ。ケガをしても治るならなおさらね。それゆえに、昔は二界について理解が浅い状態にも関わらず、町を飛び出していく人がとても多かった」
「規定上も、転生者の転生から一月を超えない内に、以下の情報を供与することを原則として禁ずる、とあり、情報提供の禁止項目が記載されている。その中にはスキルのことも含まれているな。法で禁じられているわけだ。また中央の官僚機構の存在も同様に伝えることを禁じられている」
イトウはこうした規定についてとても詳しい。複雑な体系になっているようで、ナオもすべて把握できているわけではないようだ。参謀長の立場は伊達ではない。
そして隠されていた理由も腑に落ちた。情報を出さないのは転生者を守る工夫だったのか。
「でも、中央の官僚機構の存在については隠す必要ないような気がするんだけど」
「人は不思議なもので良く分からない巨大組織が裏にあると思うと怖さを感じるようね。だから、最初は隠すようにというのが中央の方針よ。ただし、モンスターの存在について隠すのは第12ギルドの独自ルールよ。ギルドがモンスターとの接触を避けるように活動できることが前提になるから、中央も禁止はしていない。通常の州ではモンスターの存在を伝えた上で、危険だから町を出ないように言いつけるの。そして、生活に慣れてきたころにスキルの存在を伝えて、ギルドの指導のもとで訓練していくという方法を取ることが多いわ」
「なるほどね」
あれ? そういえば、俺転生してから三か月以上経ってるけど、何で今まで教えて貰えなかったんだろう。
「あの、俺は何で三か月経ってから教えられたのかな? 規定の期間はだいぶ過ぎているけど、それも独自のルール?」
「それは……」
ナオが気まずそうな表情を浮かべる。その表情で何となく分かってしまったのだけれど、これ傷つくやつかな。多分、ジャックあたりが――
「お前が弱すぎたからだ。そもそも育成すれば何とかなるステータスじゃ無かったしな」
「私たちもこんなにサトルが有望株とは知らなかったから! ごめんなさい」
はい、ご丁寧にどうも。というより、ナオのセリフも何気にひどいからね。もう気にしないことにするわ。
「なお、規定に反しないルールであれば、各州で設定することを認められている。なお、各州には徴税権なども与えられている」
マニュアルとか規定とか何だか会社っぽい会話が多いのは、この世界の政治機構である中央がそのような指導をしているからだったのか。確かに、巨大な組織を束ねるためには厳格なルールが必要というのは分かる。中央集権と地方分権をうまく分けているというわけだな。まあ、農業をやっている限りはあんまり関係なさそうだけどね。
「ところで、この野菜はどこで売るつもりかしら?」
「そうだな。バーニャの町の市場で販売する予定だよ」
「それがいいわ。ちなみに市場の出店料金として、売上に一定の割合をかけた金額を徴税するからよろしくね。まあ、このクオリティなら間違いなく売れるから、商売の方は安心していいと思うわ」
そっか、これからは納税者になるんだな。でも、ようやくこの世界の一員になれた気がして、妙な誇らしさもある。その日は、色々と聞いた影響でよく寝られなかったけれど、こうして長い一日は終わりを迎えていった。