77話 クラウドの帰還
2章最終話になります。
突然、兵達が吹き飛んだ。
マリーナがその時感じたのは、唯々驚愕だけだった。
既に此処には、そんなことが出来る戦力など在る筈が無かったからだ。
しかし気付けば、獲物を囲う様に群がっていた兵達は綺麗に消えていた。
だが呆けている場合では無い。
主からの命は絶対だ。
あの方は此処に居る者達を踏み潰せと仰った。
ならばそれを実行しなくてはならない。
マリーナは直ぐに次の兵達に指示を出した。
今すぐ此処を踏み潰せ!と。
だが、兵が集まるより早くソレが壁の中から飛び出した。
マリーナは、その姿を真面に確認する間も与えられず、その身を光に還された。
◇
エレクトラは怒りに打ち震えた。
突然吹き飛ばされ、逢瀬を邪魔されるに留まらず、自身の身体に手酷いダメージを負わされたのだ。
欠損した身体は直ぐに修復したが、溢れ出る怒りは容易く収まる様な物では無い。
その場所へと戻って見れば、小娘が意中の男の傍らに立っている。
小便臭い小娘がどうやったのかは分らないが、コイツが自分を吹き飛ばした相手だ!とエレクトラの直感が告げていた。
本来であれば、得体の知れない相手には十分な警戒を取るべきなのだが、怒りに我を忘れているエレクトラに、その様な気が回る筈も無い。
直後に『火焔爆』を叩き込んでいた。
真面に当れば、ひ弱な人間など四肢が弾け飛ぶ強力な魔法だ。こんな小娘が耐えられる筈も無い。
だが飛ばした炎弾は、突然中空で立ち消えてしまった。
エレクトラには何が起きたのか理解できず、一瞬呆けてしまう。
気付くと、小娘が魔法を放とうとコチラに手を向けていた。
だが小娘は祝詞を唱えている。使おうとしているのは『直接魔法』ではなく『精霊魔法』だ。
思わず鼻で笑ってしまう。
この自分に対し、魔法の理も理解せぬ者が牙を剥こうとしているのか?
精霊の力を借りねば力も振るえぬ未熟者が、自分に歯向かう愚かしさを教えてやる!
しかし、エレクトラのその嘲りは瞬時に消し飛ばされる。
そこに集まる魔力の量が異常だったのだ。その密度が在り得なかった。
その在り方の異質さに戦慄を覚える。
自分は今、一体何を前にしているのだ?
これは決して出会ってはいけないモノだ!
エレクトラは、その戦慄が全身を走り抜ける刹那、既にその身体を消滅させていた。
◇
「……!お前!何処から来やがった?!!」
振り降ろした鉈の様な大剣を弾き飛ばされ、その突如現れた相手を睨み付け、ジョエルが唸りのような声を上げた。
「よう?まだ生きてるな?」
地に倒れ、重装甲の至る所が欠損し、多くの傷を負って呻きを上げる騎士に、その人物が声をかけた。
「ふん!お前も俺と遊びたいって事か?」
突然現れたその黒いマントを纏った大柄な女に向かい、ジョエルがニヤリと白い肉食獣の様な牙を見せ笑う。
そのままジョエルはブレる様に身体を揺らし、その場から姿を消した。
次の瞬間その女の真後ろで、牙を剥き出したまま、大剣を振り降ろすジョエルが姿を現す。
瞬く事さえ許さぬ速さで打ち下ろされた大剣が、女の肩口に喰い込むかと見えた時、その刃がピタリと止まった。
それは、その女、アリア・ブロウクが、魔獣の革で設えた黒いグローブの左手一つで、一瞬でその刃を受け止めていたからだ。
その事実にジョエルが目を剥き、剣を引き戻そうとするがピクリとも動かない。その事に更にジョエルの驚愕が重なる。
「…………まさかな」
後ろも見ずに剣を受け止めたアリアが、小さく呟いた。
「まさか此処まで力が上がるのか?」
「何だと?!」
アリアはスージィの補助魔法を受け、自分の力量が信じられぬ程上昇している事を感じていた。
改めてスージィの規格外さに舌を巻く。
だがジョエルは、そんなアリアの心情になど気付く筈も無く、訝しげに眉根を寄せた。
更に、ジョエルは縫い止められた様に動かぬ剣を、力任せに引き抜こうと力を込めるが、剣は全く動く様子が無い。
そこでアリアが不意に刃を手離した。
繋ぎ止められていた大剣が解き放たれ、力余ったジョエルが、後半へとタタラを踏んだ。
「……お前っ!!」
ジョエルがギリリと牙を噛みしめ、大剣を握り直し再び姿を消す。
アリアは、頭の両脇に跳ね上げたキャロットオレンジの髪を揺らしながら、纏っていた外套を勢い良くはだけ、腰に備え付けた二本の戦斧に両手をかけた。
それを其々左右の手で素早く抜き取ると、そのまま左手のアックスを振り払う様に横へ真一文字に振り切った。
鈍い金属音を響かせ、振り下ろした筈の大剣を弾かれ、その刃をも砕かれたジョエルが、吹き飛ばされながら空中に姿を現した。
ジョエルは短く呻きを漏らし、苦悶に表情を歪めながら身体を宙に浮かされる。
その僅かな隙を逃す筈も無く、アリアはもう片方の手で持つ戦斧を、存分に撓らせた筋肉で投げ放った。
濃密な魔力を籠めて放たれた戦斧は白く発光し、回転しながら唸りと共に大気を裂き、ジョエルの芯を捉えた。
斧が木を打ち付ける様な甲高い音を樹木の間に鳴り響かせ、ジョエルはその身を後方に在った大樹まで吹き飛ばされ、その幹へと打ち付けられた。
戦斧の刃が、僅かな面積しか持たぬビキニトップを繋いでいた細いストリングスを断ち切り、ジョエルは豊かな双房を弾け出す。
同時に、そこから激しく血飛沫が舞い散る。
戦斧は、ジョエルの胸を打ち抜き脊髄をも砕き、その身体を大樹に深く打ち付けていた。
ジョエルが叫びと共に、大量に口からも血を吐き零す。
自らが流す血と共に、その力も零れ出ているとでも言う様に、ジョエルの身体から見る見る力みが抜け落ちて行った。
更に戦斧が放つ輝きが強くなり、ジョエルの身を焼き始める。
ジョエルの眼が虚空を見詰め、両手が何かを求める様にゆっくりと上がって行く。
「マ、マリーナ……。エレクトラぁ……。ハルバート……さまぁぁ…………」
「せめても……だ。直ぐに逝かせてやる『シャイン・アクス』!」
アリアが言葉を発するのと同時に、戦斧が紅蓮の炎を吹き上げ、ジョエルの身を光の柱の様な豪炎が包んだ。
眼からも血を溢れさせていたジョエルの身体は、断末魔の叫びごと炎に呑まれ、忽ち塵と化し消えて行く。
やがて炎の柱は細く立ち消え、焼けた大樹に刺さる戦斧のみがその場に残った。
アリアは、立ち昇り天に消える灰を見上げ、短く静かに瞑目した後、戦斧を大樹から引き抜き腰のホルスターへと戻した。
そのまま直ぐに地に伏している騎士の元に駆け寄り、その傷の状態を確認する。
意識は無いが、命に別状はない。直ぐに手当てをすれば大丈夫だ……。
そう判断したアリアは、その傷を負った騎士、トニー・イーストンを肩に担ぎ、急ぎ来た道へと戻る。
未だアンデッドの大軍に囲まれようとしている、仲間たちが護る塹壕へと向かって。
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「最初に三つあった大きな反応の内二つは、既にお嬢様が消された。もう一つにはアリアが向かったから問題無い」
チームアリアの召喚術師であるケティ・フォレスト様が、精霊を使用した探知魔法で戦場の情報を伝えて下さいます。
塹壕内で傷付いていた皆様も、お嬢様の治癒魔法で全快し、ルーク様ケイシー様が運ばれたマナバッテリーの補充により、戦線に復帰されております。
更にルーク様ケイシー様は、お嬢様の強化魔法のお力で、前線でも大変な活躍をなさっておいでです。
ナイトソードの一振りで、アンデッド数体を一度に弾き飛ばすルーク様をご覧になり、槍斧をお持ちのご同僚の方が、眼鏡の奥で目を見開いておられました。
其れも此れも、やはりお嬢様のお力の賜物で御座います!
「ケティ!ミリー!打ち合わせ通り、出来るだけ多くのアンデッドを周りに集めて!でも、決して中へ入れてはダメよ!!」
「承知!」
「わかっています!」
教司官であるイルタ・リンドマン様が、ケティ様とミリー・バレットに、ご指示を飛ばされます。
イルタ様は予定通り、塹壕の中心で結界装置を設置し、その起動の術式を展開し始められました。
「ミリー。小物は騎士団に任せて、取敢えず大物を潰す」
「了解です!ケティさん!!」
「ミリー・バレット。上手に出来たら、後でご褒美を差し上げましょうね」
「ぅひぇえ?!そっそれわぁあぁぁ…………」
ミリー・バレットがワタワタと愛らしく慌てながら、アンデッドの群れをスルリスルリと抜けて、前線の奥に消えて行きました。
ケティ様が、前線に向け伸ばした指を1つパチリと鳴らします。
その手の甲に取り付けられた魔珠が光を放ち、一つの精霊が躍る様に現れ、再び中空に溶ける様に消えました。
同時に軽い地響きを伴い、巨大な蔦が地を貫き立ち上がり、そこに居た『オールド・スケイル・ダイナソー』を絡め取りました。
蔦は巨大アンデッドを締め上げ、動きを止めるだけに留まらず、バキリバキリとその強靭な骨を砕きます。
その頭上で、一瞬キラリと何かが瞬きました。
直後に一本の光のラインが、まるで小さな流星の様にアンデッドの巨大な頭骨に穿たれました。
直上から『オールド・スケイル・ダイナソー』を貫いたのは、大型の短剣と一体化した様なミリー・バレットの一撃でした。
頭骨を砕かれた『オールド・スケイル・ダイナソー』は、その巨体をガラガラと崩して地に還って行きました。
ふむ、中々やりますね。
お二人での共同戦線とは言え、脅威値100を超える大物をたった一撃で屠るとは……、やはりお嬢様のお力が偉大と云う事!!
私も負けてはおれません。
大型の敵を相手にするのは、少々向いてはおりませんが、人型であれば何ら問題御座いません。
今も、木々の陰を縫う様に、此方に向かう気配を感じております。
軽く肘を曲げ上げた左手の第二指を、スッと動かしますと、陰に潜んでいた人影が縦に裂かれて地に落ちます。
その断末魔の声に、周りに居た騎士の方達は驚いておりましたが、その白い姿と赤い眼は、間違い無くヴァンパイア。
しかしその装いが気に入りません。
まるでメイドの様な白い衣装。その白い様相と相まって全身白ずくめのメイドの様です。
穢れたヴァンパイアでありながら、私共の仕事に対する皮肉か何かのつもりでしょうか?
実に不愉快です。
此れらは、他のスケルトンやゾンビ達と違って、正面からは向かって来ません。
陰に潜み隠れ、此方の死角を突いて来ようとします。
しかし、そんな事はこの私が許しません。
お嬢様に、旦那様の事をお任せ頂いたのです。
此処は何人たりとも通す訳にはまいりませんので。
両手の指を操り、陰に潜むヴァンパイアを更に8体同時に両断しました。
複数の風を切る音が辺りに響きます。
ふと気付けば、お1人の騎士に向かい、白いヴァンパイアがその隙を窺うように忍び寄っております。
私は右の手首を小さく返す事で、ナイフを一本手元へ戻し、右手の第二指と第三指で挟み取ります。
そのナイフを挟んだ二本の指を、軽く弾く様にして再びナイフを飛ばします。
ナイフは一瞬で、騎士の方の死角に迫ったヴァンパイアの眉間を穿ちました。
ナイフが刺さった衝撃で頭を仰け反らせ、体勢を崩したヴァンパイアに、ナイフから私の指へと繋がる一本の鋼糸を、波が立つ様に撓らせます。
私の指先から放たれた鋼の波は、指から離れる毎に大きく鋭くなり、ナイフが打ちとめれれたヴァンパイアの身体に届くと、そのまま真っ二つに斬り裂きました。
そう、私の武器は指先で操る鋼糸と、その先に繋がる左右4本ずつのナイフ。
魔鋼で作り上げられたこの鋼糸は、高い魔導率を誇り、存分に私の魔力を受け、強力且つ自在な攻撃を放ちます。
この『刃の鋼糸』を操る技こそ私の戦闘術。
この鋼糸とナイフの結界を抜けられる物など、そうそう居るものでは御座いません!
しかも今の私は、お嬢様のお力をこの身に受け、内より力が溢れ出ている様です!
今!お嬢様が私の中にいらっしゃる!!
あぁああ!何と言う至福!!!
お嬢様と一つになった私達に敵う者など、何処に居ようと言うのでしょうか?!!
さあ!この滾る力を恐れぬならば、かかってお出でなさい!!
程なくアリア様が、傷を負った騎士様をお一人抱え、アンデッドを薙ぎ払いながらお戻りになられました。
アリア様が護りに加わる事で、壁が更に厚く堅固な物となり、アンデッド共の前に立ち塞がります。
もう間も無く、イルタ様の準備も整うでしょう。
そのアリア様が戻られる少し前、黒岩方面から激しい衝撃音と地響きが伝わって参りました。
騎士の方々は、その事に動揺されていらっしゃいましたが、私達には、ソレがお嬢様が成された事なのだと直ぐに分かりました。
何よりその直後、旦那様方の御容態が落ち着かれた事が、それを証明しております。
「アリア!いつでも行けるわ!!強い結界だから衝撃で吹き飛ばされない様気を付けて!動けない御頭首たちを成るべく近くへ!!」
イルタ様が、結界装置の準備が整ったと、声をお上げになられました。
結界は、装置を中心に展開され、広範囲に広がって参ります。
結界発生時の衝撃を出来るだけ受けない様、動けぬ旦那様方を兵站部隊の方々にお手伝いいただき、非戦闘員の皆様とご一緒に、イルタ様のお近くまでお運びいたしました。
「『その王冠は調和という名の装飾をそなえ。
その知恵の流れは河を形づくる。
その理知には証が与えられ。
その慈悲からは恩恵が発する。
その厳格さは大罪を罰し。
その清らかな光は美を顕現させる。
女神はその永遠性において勝利する。
神々のその永遠を讃えよう』
母なるテリルの名の元に、われらを護れよかし。
やすらぎよ、光りよ とく かえれかし!」
イルタ様が七柱の世界神を讃える祝詞を歌うように唱えられ、結界装置を起動させました。
結界装置から清浄なる光の柱が立ち昇り、忽ち塹壕周りの壁を越え、広がり、周囲の穢れを浄化して行く様でした。
アンデッド達が上げていた合唱の様な悍ましい怨嗟の声が、潮が引く様に収まって行くのが分ります。
やがて穢れた気配が辺りから一掃され、清らかな風が吹き巻く中、アリア様が高らかに勝利宣言をされました。
騎士団の皆様が鬨の声を上げ、彼方此方で互いに抱き合い、讃え合い、歓びに打ち震えておられます。
旦那様方も、お顔の血色も良く、安らいだご様子でお休みになられています。
もう間も無くお嬢様もお戻りでしょう。
さあ、お出迎えして差し上げなくては。
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黒岩から塹壕の間には、もう一体もアンデッドは残っていなかった。
結界装置からの輝きは、黒岩をさえも越えて包み込み、辺りの穢れた瘴気も綺麗に浄化されていたのだ。
凄いよイルタさん!流石です!!
塹壕に戻ると、その入り口前でアンナメリーが出迎えてくれた。
ハワードパパ達はもう心配ない、と直ぐにアンナメリーが教えてくれた。
アンナメリーに、ハワードパパの休まれている場所まで連れて行って貰えば、そこには穏やかなお顔で休まれているハワードパパがいらっしゃった。
…………良かった。
気配で分ってはいたけれど、こうして直接お顔を拝見して、改めてハワードパパの回復が実感できた。
傍らで膝を付き、そのお手を取って両手で包み、自分の額に当てると、その暖か味が直に伝わって来て思わず視界が歪んでしまう。
ポロポロと頬から零れる滴を、アンナメリーがそっと差し出したハンカチで受け止めてくれていた。
その後、ハワードパパ達の事を改めてアンナメリーにお任せして、チームアリアの皆を黒岩まで連れて戻る事になった。
回収しないとイケナイ人達や物があるからね。
黒岩の裂け目を通り、その反対側に到着するとアリア達に絶句された。
な、なんでよ?!
確かにちょと派手に地面が抉れてるかもしれないけど……、そこまで……ヒドクは無いと思うの、よ?
うん、そう、嘗ての上の方に比べれば、そンな……ゲフンげふん!いあ!なんでもない!大した事は無いのよさ!
アリアは、此処に騎士団は絶対に通しては駄目だと言い出し、完全封鎖を言い渡した。
まぁ、確かにアンデッド達が居たおかげで、今はこの近辺に魔獣は居ないけど、普通に騎士団の人達だけじゃ、ここに出る脅威値の魔獣は危険だもんね!
確かに通しちゃダメだよね?!!
洞窟の中に案内すると、中にあったご遺体のお1人は、イルタさんのお知り合いだったそうだ。
とても残念だと仰って、丁寧に皆さんにお祈りを捧げていらした。
同じく中で発見したアイテムをお見せすると、イルタさんはその場で凍り付いてしまった。
アリア達まで顔色を無くしている。
相当出ている瘴気は収まってる筈なんだけど、残滓だけでも普通はキツイのかもしれないな……。
気を取り直したイルタさんが、顔色を失ったまま 此れは封印しなくてはいけない物だと仰った。
なんでも、かなり古い文献に出て来る様な、古の危険な呪物ではないかと言う。
滲み出ている瘴気の濃度がそれを証明している とも仰る。
確かに、改めて意識の焦点を合わせ、そのアイテムを見ると『死者の渇望』とかいう、悍ましい名前を持つ物だと云う事が分る。
あー、つくづく先に気合をブチ込んで、大人しくさせておいて良かったよ。
あのままだったら、みんな、洞穴の入口までも近づけなかったんじゃないかな?
イルタさんは取敢えず、手持ちの聖布で綺麗に巻き取り、その上で結界の魔法を何重にもかけて、漸く手で持ち上げる事が出来る様になった。
さらにキャンプ地に戻ったら、兵站部隊の方のお力を借りて、聖櫃を作り、そこに納めて一刻も早く森の外へ運び出さないとならないと仰った。
私が持って行こうか?と提案したら、絶対に駄目だ!!とアリアとイルタさんに苛烈に激烈に反対された。
わたし自身に何か起きるかもわからないし、逆に、わたしが壊してしまったらどうするんだ?と云う相反する心配をされている様だ。
なんだか失礼しちゃうんじゃない?わたしそんなに何でも壊したりしませんわよ?!
とまぁ、そんな事を言っててもしょうがないんだけどね!
このアイテムはかなり悍ましい代物だけど、歴史的に見ても大変貴重な物で学術的な価値は計り知れないのだと云う。
それに万一が在ってはイケナイのだそうだ。
これは一刻も早く村の神殿で、正式で厳重な結界を施し、王都の神殿庁に運び、管理研究するのが望ましいのだという事だ。
なんか思ってた以上に大変な代物でした!うーむ、壊さなくて良かった……かな?
黒岩から回収したご遺体と、負傷者であるマグリットさんとライサさんのお二人。
そして古の呪物!ま、文字通り呪いのアイテムだよね!を運びだし塹壕に戻って来た頃には、もう日が沈みかけていた。
塹壕に戻ると騎士団の皆さんは、マグリットさんライサさんの無事を喜ばれたが、ご遺体で運ばれた方達を確認し、深い悲しみに包まれた。
今回の探索では、聖位職を含めた騎士団の方が5名、兵站部隊の方達が4名、そして同行した事務方の2名の、合わせて11名もの方達が犠牲になった。
戦闘力を持たない方達から犠牲になっていると云う事、更に女性が優先的に狙われたと云う事に強い憤りを感じた。
それもこれも、ヴァンパイアの卑劣さに依る物だと思うと、改めて奴等は見つけ次第殲滅すべき対象なのだと強く認識した!!
ウン!今後は、わたしの認識範囲内に奴等を確認し次第消そう!そうしよう!!
日が沈むと、騎士団の方々には早々に休んで貰った。
夜番に立つと言う方が何人も居たが、ほぼ丸一日闘い詰めの騎士団の皆さんには、此処はシッカリ身体を休めて貰わないとね!
今夜はチームアリアに任せて貰うと言う事で、騎士の皆さんには全員ちゃんと休んで頂いた。
翌日にはハワードパパ達も目を覚まされたが、まだ体調は万全では無い。
一度解れてしまったエーテル体が完全に戻るのには、まだまだ時間が必要な様だ。
それでも非戦闘員の方達……大学の教授方や事務方の人だね……は、直ぐにでも人里へ帰さなくてはならない、と朝一で出立した。
イルタさんも、呪物を一刻も早く処理しなくてはならないからと、一緒に出発した。
騎士団の三分の一程も、護衛を兼ねて先行して村に戻る事になる。
残りの騎士団の方々も、その日の昼前には村に向かって引き上げを始めた。
でも、ハワードパパ達は慌てず、わたし達が付き添ってゆっくり帰る事になった。
騎士団の皆さんが出発された後、ハワードパパ達は帰る前にどうしても行かなくてはならない場所があると仰った。
今回のイロシオ行きも、本来の目的はそこへ赴く事だったのだ、とも。
自分達だけでも行くと仰るが、とてもまだお1人だけで歩くのには無理がある。
そこでハワードパパにはわたしが、コンラッドさんにはアリアが、ジルベルトさんにはアンナメリーが、其々手を貸してお連れする事になった。
それは黒岩の上、アンデッド達が群れていた場所から東へ1キロ程進んだ場所だった。
まるで何かのお墓か石碑の様な、人の大きさ程の黒い岩がそこには立っていた。
此れは嘗て人だった物だ。とハワードパパは仰った。
今からもう何十年も前。
まだハワードパパが十代だった頃、上団位に上がったばかりのハワードパパ達のパーティーは、この黒岩を越え探索の足を伸ばす事に挑んだ。
でも当時のハワードパパ達にとって、その壁は思った以上にとても高く、やっと此処まで帰り付くことが出来たのだそうだ。
その時には皆傷付いて、真面に動けるのは、コンラッドさんとマーシュさん位だったのだと。
更に追い打ちをかける様に、此処でも魔獣に襲われ、パーティーが壊滅状態になりかけた時、唯一の聖位職だったハーフエルフの方が、身を挺して皆さんを逃がされたのだそうだ。
ロランさんと云うその方を失った事が、皆さんの心の内に長い間シコリとして残っていたのだとハワードパパは仰った。
このお三人とマーシュさんともうお1人。そしてロランさんを交えた6人がずっと昔からのチームだったのだ。
三人は黒い石の前に座り、持って来たお酒を静かに傾け合い、しばらく静かな時を過ごしておいでだった。
黒岩から戻り、お昼を頂いてから塹壕を後にした。
先行している騎士団の本体が、昨日わたし達が最後に休憩した場所で、キャンプを張っている筈なので、そこに日暮れ前には到着出来るだろう。
ミリーさんとケティさんが、騎士団本体と同行しているので、先に用意してくれる手はずになっていた。
そうやってわたし達はユックリと森を進み、アムカム迄の路を辿った。
村に辿り着いたのは、先行隊が村に到着してから3日も経ってからだった。
詰所に辿り着く前に、『嘆きの丘』でオーガストさんを始めとする、村の皆さんが出迎えてくれた。
そのまま詰所まで三人を皆さんで運んでくれた。
詰所にはコンラッドさんのご家族が出迎えていた。
要はアリアとロンバートのご両親だ。
勿論、ロンバートも居た。
顔を見るなり、家族皆からお小言謂われてるけど、コンラッドさんは聞いてる風じゃない……。
相変わらずで、それはそれで安心する。
ジルベルトさんのご家族も居た。
ジルベルトさんって小柄なおじいちゃんだと思ってたけど、『グラスフット』としては大柄だったんだね。
初めてお目に掛ったけど、息子さん達が随分小さく見えた。
その後ろで心配そうに見ていたお孫さんが可愛かった。
小っちゃい女の子って、見ていてホッコリするよねー。
わたしは、ハワードパパと連れだって詰所を後にした。
向かうのはアムカムハウスでは無い。
懐かしの我が家だ。
わたしはレグルスの手綱を引いて、ゆっくり進む。
その後ろを、アンナメリーが荷物を持って付いて来てくれている。
ホジスンの池を右に見て進めば、時折魚が跳ねた様な水の音が遠くで聞こえる。
ハワードパパは無言でレグルスの上で揺られている。
パパが確かめる様に周りに目線を送っているのが分る。
クロキの並木道を過ぎれば、もう見慣れた丘陵は目の前だ。
北側の道から、防風林に囲まれたお家を回る様に、南側の緩い上り坂に出る。
ゆっくりと、確かな足取りでレグルスが坂を上り、玄関の前まで進んでくれた。
アンナメリーの手も借りてハワードパパをレグルスから降ろせば、まだ少し危うい足取りだけど、ハワードパパはシッカリと玄関前に降りられた。
荷物を置いたアンナメリーが玄関のドアを開くと、ハワードパパは静かに、だけど確かな足取りで家の中へ足を踏み入れられた。
そして一言告げられる。
「ソニア、今戻った」
「お帰りなさいハワード。お疲れでは無くて?」
ソニアママ?くしゃくしゃなお顔で、パパの背に回す手にそんなにお力を籠められては……、少しも……、少しも素っ気なく見えませんよ?
お読み頂き、ありがとう御座いました。
この後、本日中に『エピローグ』と『2章登場人物』を投下します。





