76話 紅の殲滅者
大変お待たせしました!
スージィ無双ですっ!!
はじめ、アンデッドの集団と聞いていたから、居るのはスケルトンやゾンビばかりなのだと思っていた。
見せられた映像にも、映っていたのはその類だったから、エルダーリッチとかが率いているのかと勝手に思ってた。
でも、奴等がわたしの探索範囲に入った時、何体ものヴァンパイアを捉えた事で、そうではない事が分った。
最初に見つけたのは白いヴァンパイアだった。
しかも、わたしが知っている人を含め、3人もの方が、そいつらに囲まれ瀕死状態だ。
視認した白いヴァンパイア……レッサーヴァンパイアは全部で8体。
どれも白いメイドのような服装で、四肢を付き四つん這いで、耳元もまで裂けた口から赤く長い舌を伸ばして、クスクスと嗤いながら倒れ伏した人の血を舐め取っていた。
ああやって、犠牲者がギリギリ死なない状態を保ち、生き血を啜っているのだ!
ホンッっっトに悍ましい連中だ!!
レッサーヴァンパイアは、わたしに気が付くと牙を剥き出して シャーシャー と獣の様な威嚇音を出しながら、コチラに飛びかかろうとしていたが、そんな攻撃を一々待ってやる程コッチも暇では無い!
ダラリと垂らした左手に『氣』を集める。
濡れた手を下に降ろして、水滴が指先に集まるイメージだ。
そのまま左手を、そいつらに向け軽く振り切った。
滴が指先から飛び散る様に、レッサーヴァンパイアに向け、無数の細かい『氣』が高速で穿たれる。
ヴァンパイア達は、シャボン玉が弾け散る様に、白い粒子になって大気に溶け消えて行った。
綺麗に汚物が片付いて、これで木の間に居るのは、傷を負った3人の騎士団の方達だけだ。
皆一様に大量に出血しているからだろう、肌に血の気が無い。でもまだ生きておられる!
そしてそう!そこに居られたのはジモンさんだ!
マグリットさん、ライサさんと村で一緒に過ごしたジモンさんだ!!
そのジモンさんが酷い傷を負っている。肩口が大きく裂け、そこからの出血が酷い。肺も損傷していそうだ。
《チェーン・リジェネレーション》
ターゲットとの間を生命力のラインで繋いで、その線上に居る者全てのHPを修復し、少しの間、持続的に生命力を回復し続ける治癒スキルだ。
レグルスで走り抜きながら、速攻でジモンさんにこの回復魔法を放った。
この魔法はMPまでは回復しないから、まだ動けないだろうけど、皆さん傷は完治しているので、このまま先に行かせて頂きますね?
取り敢えずこの時に、わたしの中でヴァンパイアに対する殲滅優先度が、更に一つ上がった事は間違いない。
ジモンさん達を越えて行くと、アンデッドがボチボチと現れた。
皆んな骨だけどね!生意気に甲冑なんぞを着けてるのも居る。
それを目に付く端から潰す!
レグルスの蹄で、牙で貫き砕いて進んだ。
離れているヤツは、微量の『氣』を乗せたわたしの拳圧で吹き飛ばし粉砕した。
すると直ぐに、骨共がワラワラと集まっている場所に出会した。
ドームの天井部分を切り飛ばした様な、円形に配置された壁に、ウゾウゾと群がってる。
うわぁ、なんか虫の群体みたいで気持ちワルっ!!
壁の高さは所々崩れているけど、3メートルから5メートルってとこかな?
重なり合ったアンデッドが、時々溢れる様に壁の内側に落ちてるけど、それを中で迎撃している様だ。
肉の付いたゾンビっぽいのも結構居るから、もう、ゾンビ映画みたいで怖気がしゅる!
ぅあ!豚だ!豚ゾンビまで居りゅぅっ!!
怖気が5割増しだよコリはっっ!!!
キモいからとっとと、一掃する!
右で白銀剣を逆手で抜きながら、刀身に『氣』を乗せる。
そのままレグルスの進行方向を少し左に向け、右側面を壁に向けたら剣を一気に振り、『氣』を載せた衝撃波を放つ。
豪っと言う撃風に撒き散らかされる様に、アンデッド共が飛び散り、粒子になって消えて行く。
よし!これで見える範囲のアンデッドは一掃した!三桁近くは片付いたかな?壁の向こう側にはまだまだ居るけど、取り敢えず進路の邪魔は取り除いた!
レグルスをそのまま真正面に突っ走らせて、壁を飛び越えさせる。
レグルスは勢いを付け、まるで飛ぶ様に空に向け駆け上がった。
物のついでで、上空から見える範囲のアンデッドも、左の剣の衝撃波で吹き飛ばした。
なんだか北の門(?)の辺りを守ってる騎士さん達が、突破されそうに見えたからソコを中心に薙ぎ払った。
デッカイのも何体か居たけど、一緒に飛び散ったから暫くは安心だと思う。
宙を飛んでいる最中、見つけた!ハワードパパだ!
この壁の中の、ほぼ中央にいらっしゃった!!
「ハワードパパ!!」
レグルスがまだ滞空してる途中にその背から離れ、真っ直ぐハワードパパに向かい飛び降り、そのまま、そのお身体に縋り付いた。
「パパ!パパ!ハワードパパ!!」
横たわるハワードパパの脇に膝を付き、その胸元に手を当て、お名前をお呼びする。
体中の彼方此方に酷い傷を負っていて、顔に全く血の気が無い!
そのお顔も、何かで引き摺られた跡の様に酷い状態になっている。
どうしてこんな酷い事に?!!!
思わず視界が涙で歪んでしまう。
でも、目蓋が僅かに動く。わたしの声に応えてくださっているんだ!
「今、直ぐに、お、御助けします……、から!」
思わず涙声になってしまったけれど、お声をかけて直ぐ、回復魔法を使う。
《ヴァイタリティ・リリース》
一気に、自分の周りの味方のHP・MPを全回復させる、神化回復職『グレートワイズマン』のスキルだ。
すぐ傍に、ジルベルトさんとコンラッドさんも、包帯に包まれ横になっていたので、これで一緒に治す!
わたしを中心に、光の波紋が壁の中一杯に広がった。
ハワードパパは勿論、ジルベルトさんやコンラッドさんも、そして壁の中に居る人全てが光の柱に包まれた。
これで大丈夫だ!お顔の傷も見る見る消え、血色も戻っている。
そして、ハワードパパの目蓋が、ゆっくりと上がって行った。
「パパ!ハワードパパ!よかった……」
「…………スー……ジィ?……スージィ……なのか……ね?」
ハワードパパが、目蓋を重そうにやっと開けた後、目を細め、わたしに視線を向けると、信じられぬと言いたげにそう仰った。
「…………夢……では……幻では……ないのか?」
「わたし、です!スージィです!本物、です!!」
ハワードパパは、力なく持ち上げた手でわたしの頬に触れ、そんな事を呟かれた。
わたしはその手を押さえ、本物だと告げる。
あぁ、あの力強かったお手が、こんなに弱々しいく!
また目頭がジワリと熱くなった。
……でもおかしい。何か変だ。
『ヴァイタリティ・リリース』は体力だけで無く、魔力も回復させる。
たとえマナが消耗していても、それも回復する。
なのに何故、ハワードパパは未だこんなにも衰弱しているのだ?
改めて、ハワードパパの体力の状態を確認してみた。
やはりおかしい。体力の上限が微妙に変動している。
『ヴァイタリティ・リリース』は、使用すると体力を回復した後も、短時間持続的にその回復効果が続く。
上限が変動していると云う事は、減った体力をスキルが回復し続けていると云う事だ。
傷は塞がっているのに、体力が減っている?
おまけに魔力まで減り続けている!
何故?!
「……まさか、此処で…………スージィに会えるとは……、思っても……いなかったよ……」
「わたしは、居ます!ここに居ます、から!」
「……我が友の眠る地で、我が娘に看取られる……か、…………我が生涯は……なんと満たされた……最期で、あろうか……」
「そんな!……嫌です!最期だ、なんて!仰らないで、下さい!」
ハワードパパは、そう仰った後、目を閉じそのまま意識を失った。
「パパ?ハワードパパ!……助けます!必ず、わたしがお助けします、から!」
意識の無いハワードパパの手を握り、思わず声を上げていた。
気付けば、持続回復の効果が切れていた。
ハワードパパの体力が、どんどん減って行くのが見て取れる。コンラッドさん、ジルベルトさんもだ!
直ぐに回復魔法を使う。
《フィールド・グレーターヒール》
選択した相手を中心に、範囲で回復を行う治癒魔法。
これも、持続回復効果がある魔法だ。
広がる治癒の光が、コンラッドさん、ジルベルトさんも包んで行く。
減っていた体力は全快したけれど、やはりまだ上限が変動してる。
これは毒か何かの状態異常なのか?!
試しに『グレーター・ピューリファイ』を唱えてみた。
これは、毒は勿論、麻痺や石化など、あらゆる物理的な異常状態を解除する、高位の浄化魔法だ。
清浄な光が、ハワードパパを包んで立ち昇る。
でもダメだ!まだ体力の上限の変動は治らない!
何?!一体何が影響を及ぼしていると云うの?!
「ふむ、やはりコレは呪いの類いだと思うね」
突然、後ろから声をかけられた。
振り向くとそこには、長い綺麗な金髪で、耳の長いエルフの方がいらっしゃった。
確か調査団に同行されている、魔導力学の先生だったかな?
その後ろに居るハーフエルフのお姉さんも、もの凄い勢いで頷いていらっしゃる。
呪い?それなら、と『ブライト・オブ・パージ』を使用した。
これも『グレートワイズマン』のスキルで、呪いは勿論、全てのデバフを解除する事が出来る、最上位の魔法だ。
ハワードパパの周りに、幾つもの光の輪が現れ、回転しながら収束し、最期にガラスが割れる様な音を立てて砕けて消えた。
でもやっぱりダメだ、変わらない!呪いって言ったジャン?!!
溢れて来た涙が飛び散るのも構わず、もう一度振り返って先生を見た。
「ふむ、恐らくだけどね。ずっと深い霊的な部位に影響を与えている様に感じるね。さらに深みに目を向け淵源に至らなければ見える物では無いと思うね」
先生はそう早口で仰った。
…………もっと深い?霊的な?……目を向ける?
改めてハワードパパに視線を向ける。
肉体の視覚で見るのでは無く、もっと自分の奥から視野を広げて意識で見る様に……。
そう、いつも読み取っているエーテル体の情報では無く、エーテル体そのものを意識の視野で捉えるんだ。もっと深く、広く……。
そうやって、ハワードパパの霊質を捉えて見ると、そこに違和感がある事に気が付いた。
ハワードパパ達のエーテル体が薄いのだ。
何と言うか……解れてる?
その、解れたエーテルが身体から外へ、糸の様に長くどこかへ続いてるのだ。
それは三人共一緒だった。
三人から伸びている糸は、揃って同じ方向に向かっている。
そう、ここから北へ……。
―――――そうか!そこかっっ!!!―――――
わたしが、糸の様に続くエーテルの行き着く先を見つけたのとほぼ同時に、南の壁の一部が崩れた。
壁の中の人達は色めき立ったみたいだけど、わたしには見えていた、アリア達だ。
アリア達が追い付いて来たのだ。
ハワードパパの治療を始めて、もう30分近く経っているものね。
アリア達は、壁が脆くなっていた部分を崩し、壁の中に入って来た。
南側にはもう、アンデッドは居ないしね。
時間も惜しいので、アリア達を出迎える前に、わたしはやるべき事を済ませる事にする。
《プレイオブジニー・ドラム》
体力、持久力を5割上昇させる。
続けて『リラッシングコンチェルト』でハワードパパ達の、HP、M Pを更に上乗せで上昇させ、回復速度も上げた。
更に、空に向かい手を上げ指を鳴らす。
《サモン・ユグドラシル》
上空から巨大な種が落ちて来て、一瞬で世界樹の若木が育つ。
この木蔭に居れば、体力と魔力の回復速度が上がるのだ。
《サモン・ライトフェアリー》
呼び出した妖精が、指定した相手のHPを一定間隔で回復をし続ける。
召喚した妖精が、直ぐにハワードパパを回復し始めた。
よし!これで暫くは安心だ。
「うおぉお?おぃぃい…………」
アリアが何だか素っ頓狂な声上げてるな?
ま、いいか。取り敢えず近くに来たアンナメリーにお願いしておこう。
「アンナメリー……。ハワードパパを、お願い出来ます、か?」
「畏まりました。……お嬢様は如何なさいますか?」
「元を、取り除きに行き、ます」
わたしが北に視線を向けて一言告げると、アンナメリーは静かに微笑んだ。
「旦那様の事は、この私にお任せ下さい。お嬢様は、どうかご存分にそのお力をお奮い下さいませ」
そして深々と頭を下げながら、そう言ってくれた。
わたしは小さく頷くと、アンナメリーから少し離れ、近くに積んであった武器の一つに手を伸ばした。
「お借りします、ね?」
「……ぁ、あ?あ!はい!」
近くに、整備主任のフレッドさんが居たので、一言お断りを入れて槍を一本手に取った。
ここに置いてあるのは、前線で戦う騎士様達にお渡しする為に集めてある、予備の武器群だそうな。
手に取った槍を軽く振ってみた。長さは2メートルくらいかな?結構軽い。
身体に纒わす様に廻すと、ギュルンと風を切って良い感じだ。
強さは、Dの下位ほどだね。
まあ、このくらいで丁度いいだろう。
わたしは槍を持ち、北を向いたまま首を巡らせ、アンナメリーに 頼みます と頷き、そのままハワードパパに視線を向け 行ってきます と小さく呟いた。
とにかく時間が惜しい。一二歩助走を付けその場で地を蹴り飛び上がり、壁の外側へと急いだ。
飛び上がる勢いが、少し強かったかもしれない。
ドン と云う衝撃が広がった気がする。
風圧で外套がはだけ、フードも外れて纏めていた髪も解けた。
でも気にしている場合では無い。
バタバタと外套が風に巻かれて音を立てる。
わたしの身体は、壁の周りに自生する高さ15~6メートルほどの木々を越えて上昇していた。
そして、そこから目標である物を視認した。
ココからの距離は1キロも無い。精々700~800メートルってトコロか?
そこに、北へ行く道を塞ぐ様に黒い壁が東西に伸びている。
あれだ、あれが『黒岩』だ。
横に長い『エアーズロック』みたいな?
まあエアーズロックの実物見た事無いけどさっ!
黒岩を目視して直ぐ、木々を越えて昇ったわたしの身体は、重力に引かれ地上に向かう。
下降しながら周りを見れば、散り飛ばしたはずのアンデッドがまた集まり始めていた。
その中には幾つもヴァンパイアも混ざっているな……。
ウゾウゾと居る白いレッサーヴァンパイアの他に、エルダーヴァンパイアも何体か居る。
けど、今のアリア達の敵には成り様が無い。
進路に居るのだけ排除で良いか。
地上に足が付いたのと同時に、100メートル程先にいるヴァンパイアに向け地を蹴った。
今度は周りに人は居ないから、地を蹴るのに遠慮なんかしない。
音の壁を突き破り、圧縮した空気を抜ける事で一瞬生まれる白い雲を突き抜け、0.3秒でソイツに迫りそのまま蹴り飛ばした。
青白い肌をしたソイツは一瞬驚いたような顔してたけど、次の瞬間やっぱりシャボン玉みたいに爆ぜ、光の粒子になって消えて行った。
ワザワザ相手にする必要無かったかもだけど、ソイツ見た瞬間なんかムカッとしたので取敢えず蹴った!
再び地上に足が付く前に、手に持っている槍に微量に『氣』を籠めた。
そして、慎重に狙いを定め、着地と同時に投げ放つ。
十分に気を付けなければ、組伏されているあの方まで傷付けてしまう。
加減を間違えない様、ギリギリ掠める様に投擲すると同時に走り出す。
投擲した槍が狙い撃つ地点を中心に見立て、扇を描く様に左方向へ大きく回る。
そのまま左の白銀剣を抜き放ち、木々の間を縫う様に、投げた槍よりも速く走り抜きながら、周りに居るアンデッドを蹴散らし消し飛ばす。
この辺りの樹木は幹は太いけど、結構疎らに生えているから、そんなに細かく蛇行せずに盛大にアンデッド共を吹き飛ばせた。
槍は、突き進む射線上に居たアンデッドもついでに粉砕しながら目標物に到達し、ソコに居た標的を吹き飛ばす。
槍はそのまま飛び抜けようとするので、わたしはその前に回り込み、槍を右手で受け止めた。
槍を受け止めると、さっきその槍に吹き飛ばされたヴァンパイアが、ちょっと前の方を転がり吹き飛んで行く。
槍がソイツの少し側面を掠める様にして吹き飛ばしたから、槍の射線上よりも幾分ずれて吹き飛んでるのだろう。
纏っている黒いドレスが引き千切られて、頭部を吹き飛ばされたエルダーヴァンパイアが、その身体だけドカンゴロンと縦に横に盛大に転がりながら飛んでった。
……アイツ、ドレスしか身に着けて無いのか?
ドレスが捲れ上がってて、色んなモノが掘り出されているけど……ま、どうでもいっか!
それよりもカイル様だ!ヴァンパイアに抑え込まれていたカイル様の体力は、もう殆ど無い!
急いで近付くと、大地に倒れているお姿がチラリと見えたので、直ぐに回復魔法を放った。
《ブライトヒール》
一瞬で体力魔力を全回復させる、単体用回復魔法だ。
危ない所だったけど、これでもう大丈夫だ。
そう胸を撫で下ろしながら更に近付き、そのお姿を改めて確認した時……!
「はにゅびゅっ?!!!」
全力で顔を背けて視線を外した。猛烈な勢いで顔面に血流が上がっているのが分かりゅ!!
なななななんて格好してんにょっ?!カイル様っっっ!!!
にゃんでそんにゃとこ肌蹴てモロ出…………!!
ゲフンげふんガフン!!
たたたた確かに嘗ては付いていた馴染みのブツの記憶はあるががが!!今は乙女の身!
そそそそんなもの見て良いモノじゃにゃいいぃぃっっ!!?!
とりあえず落ちている枝を拾って、それでカイル様の身体の下に敷かれているマントの端を引っ掛けて、ブツを直視しない様にしながらマントをバサッと下半身に被せて隠した!!
その直後、傷の癒えたカイル様が意識を取り戻し、いきなり起き上がろうとしたので、慌てて魔法でソッコー眠らせた!!
そのまま起き上がって、折角被せたマントがズレ落ちたら、どどどどどうするのさっっ?!!
プシュルルルゥゥ~~っと、本来の物とはまた別種の緊張感が抜けて行く……。
気付けば、さっき吹き飛ばしたヴァンパイアが、起き上がってコッチに来ていた。
カイル様に影響出ない様、加減したからな……。頭吹き飛ばしたのにもう新しいの生えてるし、ホントしぶといわぁ。
でも、新しい顔は爬虫類っぽいな。蛇女かっ?!
「お前か!お前の仕業かっ?!許さんぞ小娘!許しませんわよっ!!跡形も無く消し飛ばして差し上げますわ!!!」
いきなりぎゃあギャア喚き始めた。
喧しいなぁ……。ヴァンパイアって、皆んなこう云う煩いモンなのかな?
蛇女はそのまま手を頭上に掲げ、上に向けた掌に魔力を収束し始めた。
それは直ぐに、高速で回転する炎になった。
炎は炎弾となり、幾つも連続でコチラに撃ち出されて来た。
わたしはその炎弾に向け、突き出す様に『氣』を籠めた左拳を向ける。
そして、 バッ と五指を弾く様に勢い良く開き、纏った『氣』を前方に飛ばす。
向かって来た幾つもの炎弾は、吹き消したマッチの火の様に一瞬で全て立ち消えた。
「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。アムカムに連なるクラウドの娘スージィ・クラウドが求め、大いなる火の導き手サラマンデルに訴える。その焔を以って我が敵を討ち払い賜え《ファイア・ブレッド》」
開いた掌を向けたまま、蛇女に向け祝詞を唱え魔法を放つ。
蛇女は、わたしの掌に収束する魔力に驚いたのか、一瞬目を見開いてたじろいだけど、もう遅い!撃ち出した『ファイア・ブレッド』は豪っ!!と唸りを立て、一瞬で蛇女を蒸発させ、辺りの木々と地面を削りながら一本の太い道を作り上げた。
遠くの方で、何かを打ち付けた様な響きが伝わって来た……。
………………くぁ、ヤリ過ぎ……た?
いあ!誰も居ないからセーフだよね?セーフ!!
うん!近道が出来たと思えば問題無い!問題無いよ?!
と云う訳で、このまま出来た道を進んでしまおうかと思ったんだけど、カイル様をこの状態のままで放置するのは余りにも不憫!
なので護衛を置いていく事にする。
《サモン・キャットザキャット》
初期魔法職の召喚スキルで、呼び出した召喚獣が術者を護り、回復までしてくれる。
地上に魔法陣が光り、そこから三頭身くらいのでっかい頭で、人の身長程のモッコモコの巨大ネコが二本足で立ち上がって来た。
ニャンニャンと、挨拶する様に鳴いてくる。
うい奴め!
足にはでっかい革ブーツを履き、同じ色の革のチョッキを着て、頭には探検家みたいなゴーグルを乗せている。
そして、手がとっても大きい。
「よし!ニャンタロ隊員には、カイル様の護衛を命じる!」
ニャン!と勢いよく敬礼をして、それに答えるキャット。
するとそのまま、トットットッと北の方へと走り出した。
そして、木々の間から現れたアンデッドに向かい、巨大肉球パンチを叩き込む!
華麗なジャブを当てられたアンデッドは、破裂でもしたかのように吹き飛び砕け、身に着けていた甲冑共々、光の粒子になり一瞬で木々の間に消えて行った。
うむ!全く問題無いね!
戦闘力の差は圧倒的だ。その辺にまだアンデッドは散らばっているけど、キャットが居れば何の心配も無い。
キャットも腕を胸の前でクロスしてからそれを力強く開いて『押忍!』とでも言う様にして ニャニャン! とか言っておる!
うみゅぅ!可愛いじゃにゃいか!こいつめーー!!
ついモフりたい衝動に駆られたけど、今はそんな場合では無い!
一刻も早く事を済まさねばならないのだ!
事が終わったら思う存分モフろう!!モフり捲ろう!!!
この近辺のアンデッドは、これで問題無い。
ココからチョット離れたトコロに、エルダーヴァンパイアがまだ一体居るけど…………、うん、アリアが向かっているな。なら大丈夫だ!
わたしはキャットにその場を任せ、直ぐに目標に向かって走り始めた。
目指すは黒岩。
そこからワラワラと溢れる様にアンデッドが湧いているポイントに向かい、地上を飛ぶ様に突き進む。
行く手を阻むアンデッド共は、槍で軽く吹き飛ばす。
槍の一振りで十数体吹き飛ぶ骨は、最早只の積み上げた枯れ枝の山だ。
抹消対象はもう目の前だ!直ぐに終わらせてやる!!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
其処は、濃厚な死の臭いが立ち込める場所だった。
周りを囲む黒い岩は、生物の臓物で出来ている様な異様な造形で、あたかも、巨大な生物の胎内に納められている様な、現実離れした感覚に囚われる。
マグリット・ゴーチェが、朧に意識を取り戻した時に視界に広がった物は、その黒く醜怪な壁面だった。
夢と現の狭間から徐々に浮上するマグリットの意識は、その身体が動かぬまま、この異様な光景が現実である事を知覚して行った。
「よう!目が覚めたかよ?クハハ!」
突然かけられた声に、急速に意識が覚醒して行ったマグリットは、その声の主を探そうとするが、身体が動かない。
身体の感覚はあるが、筋肉の使い方を忘れてしまったかのように、身体を動かす事が出来ないのだ。
僅かに動く首と目を動かし、辛うじて視界にその相手を捉える事が出来た。
それは黒い椅子に座る男だった。
マグリットが横たわる位置より、幾段か高い檀上に据えられた玉座。
黒い骨で組上げられ、壁と同じ様に生物の臓腑で形作られた様な椅子は、黒く悍ましい玉座の様だった。
浅黒い肌を持つ男がその玉座の様な椅子に座り、肘掛けに片肘を置きその手に顎を乗せ、気怠気にマグリットを紅い眼を仄めかせながら見降ろしていた。
「…………ヴァンパイア」
その男の眼を見たマグリットが、そう呟いた。
男が纏う寒気を覚える気配と、その紅く仄めく眼を見て確信する。
それと同時にマグリットは、ようやく今自分が置かれている状況に意識を向け始めた。
あれからどうなったのか?此処は何処だ?そしてこのヴァンパイアは?
「意識が無い女を頂いても、面白く無ぇからな。クハッ!」
男はそう言うと黒い椅子から立ち上がり、檀上から一歩ずつ足を踏み下ろして来た。
マグリットは改めて自分の身体に意識する。
あの時、あの黒髪のヴァンパイアとの戦闘で、腹部に深手を負った筈だ。
だが今、その腹部に疼きはあるが、大きな痛みは無い。
負った筈の傷を見ようと、動かぬ首を精一杯下に向ければ、胸部の装甲が剥がされ、胸元が露わに晒されている事実を知る。
「なっ!なに、が……!」
その屈辱に言葉が詰まる。胸元を隠そうと咄嗟に腕を動かそうとしたが、頼りの腕はピクリとも動かない。
怒りと羞恥と屈辱で、頬に血が上る。
「良い格好だな?誘ってんのか?あ?クハハハハッ!」
頭の上から男の笑い声が響く。
「……き、貴様……何を?ど、どうする気……っ!!ぁぐぅっ!!」
男がマグリットの髪を無造作に掴み、一気に自分の顔の高さまで持ち上げた。
「どうするかって?クハハ!頂くに決まってんじゃねぇか!美味しく頂いて楽しむんだよ!え?クハハハハハハッ!」
男に片手で髪を掴み持ち上げられ、視界が高くなったマグリットの目に、改めて周りの様子が映り込む。
マグリットが寝転がされていたすぐ傍には、ライサが横たわっていた。
その口元には吐血をした様に血の跡がこびり付き、顔色も良い物では無い。
しかし、胸元が僅かに上下している。
マグリットは、ライサがまだ生きている事を察して安堵する。
ではジモンは?彼は何処だ?!彼もこの近くに居るのか?無事なのか?!
マグリットは、慌てた様に視線を巡らせ、他に人影が無いかを確かめる。
だが、その視線が捉えた物は……。
「……リサ?まさか……まさか?!」
「あぁ?なるほど、そりゃ知った顔か!クハハ!コイツ等も、どうせならもっと楽しみたかったんだがな、久しぶりだったんで、つい一晩で喰い切っちまったぜ!クハハ!」
そこにマグリットは、深夜、鎖に連れ去られた4人の仲間たちの姿を見た。
それは黒い椅子の向こう側に、いずれも服も纏わず、まるで喰い散らかしたかの様に打ち捨てられていたのだ。
「……こんな……こんな」
「しかしまだ、この後も愉しめるからな!クハ!後でユックリ遊ばせて貰うぜぇ!クハ!クハハハハ!」
男が、打ち捨てられた者達に好色な目を向け、舌を舐めずりながら高笑いを上げていた。
「き、貴様は!彼女達をこんなにしただけでは飽き足らず、さらに……更にまだ弄ぼうと言うのか?!貴様には死者を尊ぶ事さえ出来ないのか?!!」
「ああ?!何言ってんだお前ぇ?オレを誰だと思ってやがんだ?オレほど死人を愛してやまない存在は居ねぇぜ?なぁ?クハッ!クハハハハハハ!!」
男がマグリットを更に持ち上げ、その首筋に赤く長い爬虫類の様な舌を這わせ、舐め上げた。
「お前ぇはどうだ?オレを楽しませられるか?あ?ちったぁ気概って物を見せて、感情をぶつけて見せろや?あ?」
「な、なにを?!うぁっ……!くぅっ……やめっ!!」
身悶えるマグリットを面白そうに眺めていた男だったが、ふと視線を足元へと向けた。
「ふん、先にコッチから頂くか……。コイツぁ、まだ初物だしな!クハッ!目前で頂きゃ、お前ぇも、ちったぁ楽しめんだろ?え?クハハハハハ!」
足元で小さく呻くライサに目を落とすと、そのままマグリットを投げ捨て、ライサへと手を伸ばして行く。
地に打ち付けられたマグリットは小さく声を上げ苦悶を漏らすが、直ぐに動かぬ身体のまま、厳しい視線を男へと向けた。
「ライサに何をする?!貴様止めろ!止めてくれ!!くぅっ!」
「はっ!そうだ!そうやってドンドン憤ってみせろや!クハハハ!」
男がライサをマグリットにしたのと同じように髪を掴み持ち上げ、その首元に赤い舌を這わせて行った。
「……ぅ、うぐっ!……な、なにが……?ぅあっ?!ぅあぁぁ!」
「ラ、ライサ!」
「よう?目が覚めたかよ?クハッ!丁度イイ、タップリ愉しませて貰うぜ?オレもつい調子に乗って消耗し過ぎたんでな……。少しばかり腹が減ってんだ!クハ!クハハハ!」
「止めろ!ライサ!ライサを離せ!……クソ!離せ!離せーーーっ!」
意識を取り戻したライサが、男に気が付き軽い恐慌状態に陥っていた。
男は嘲笑いながら、悲鳴を楽しみ弄ぶ様にライサに舌を這わせ続ける。
マグリットは身体を動かそうと踠くが、その身が己の望みに応える事は無い。
今、目の前で行われようとしている暴虐も止められず、歯噛みする事しか出来ぬ己の不甲斐なさに涙も浮かぶ。
自分にはまだ無理なのか?
まだ彼には届かないのか?
きっと彼ならこんな暴虐を許しはしない!
どんなに苦境だろうとも彼なら諦めず、必ず目の前の人を救うだろう。
まだ私はあの人に及んでいない……。
あの人の背中が、とても……遠い!
「…………全く、騎士って奴ぁどいつもこいつも潔いって言うのか?もうちっと命汚く足掻けや!つまんねぇ奴等だな!!」
苦渋の面持ちで覚悟を決めようとするマグリットに、男が興醒めだと言いたげに言葉を吐き捨てた。
「突き破る程、怒って憎めよ!でなけりゃ美味くも無ぇし、何より喰った後にコッチへ来れねぇ!怒りや憎しみが突き破って引っ繰り返って、初めてコッチへ来れんだよ!あ?」
苛ついた様に男が言葉を続けた。
その手をライサの首に掛け、鋭く伸ばした爪を徐々に喉元に食込ませて行った。
男は、苦痛に声を上げるライサを目を細めて満足そうに嗤いながら、その滴る血を啜っている。
「ジョエルを物にしてそろそろ100年だ。今回は騎士団が獲物だって話で、新しいのが出来るかとちったぁ期待したんだが……。とんだ期待外れだな!は!」
男は徐にライサの白い喉元に、その凶悪な牙を突き立てた。同時に、甲高いライサの悲鳴が洞穴に木霊する。
「ライサーーーーっっ!!」
マグリットの叫びが、ライサの悲鳴に重なる様に響き渡った。
男はライサの喉元から顔を上げ、マグリットに向け、血に塗れた肉食獣の様に林立する牙を見せつけながらニタリと嗤い、そのままライサをぞんざいに、打ち捨てる様に放り投げた。
打ち捨てられたライサは、身体を打ち震わせながら呻きを上げている。
男はマグリットに向け足を運び、その身体に手を伸ばす。
マグリットの胸元に鋭い爪が食込み、痛みを堪える悲痛な声がその喉元から絞り出される。
「だからよ……せめて!オレを存分に愉しませろやっ!!クハハハッ!」
瞳を金色に輝かせた男……ハルバート・イーストが、マグリットの顔を覗きこみながら悍ましく嗤い上げた。
◇
ハルバートはマグリットの喉元に牙を突き立てようとした時、その動きをピタリと止めた。
「……マリーナ?なんだ?どう云う事だ?」
ハルバートは訝しげに顔を上げ、虚空を睨む。
直ぐに抱えていたマグリットを乱雑に打ち捨てると、洞穴の入口へと向け歩き出した。
だが、歩みの途中で足を止め、今一度眉間の皺を深く刻んだ。
「エレクトラ?どうなってる?……なんだこれは?兵共も消えているだと?」
何かが兵達を消しながら、此処に向かっているのが分る。
ハルバートは、瞬時に洞穴の入口に移動して眼下を望む。
そこには黒岩の隙間から侵入した何かが、兵達を吹き飛ばし、広場の様に開いた眼下の中央に迫っているのが見て取れた。
ハルバートは、その突き進む何者かに向け空を跳んだ。
地を踏むと直ぐ、瞳を金色に輝かせ、牙を剥きだしにし、自らの魔剣を担ぎ、その何者かに覇気を叩き付けた。
恐らく此奴が、マリーナとエレクトラに何かをした筈だ。
自分の女に手を出したヤツを、只で済ませるつもりは無い!
だが叩き付けたハルバートの覇気を、ソイツは何も感じぬかの様に突き抜けて来る。
ハルバートはその相手を目視し、目を見張った。
まだ年端もいかぬ小娘だ。
その小娘が、どう云う手を使っているのか分らないが、槍を振り兵を吹き飛ばしているのだ。
それは赤い髪を持つ少女だった。
光で髪をルビーの様に煌めかせる少女は、ハルバートに気が付くと 見つけた! と云わんばかりに口の端を上げ、一直線に突き進んで来た。
果敢に飛び込んで来た少女は、ハルバートに向け高速で槍を振り切って来た。
少女とは思えぬ鋭い打ち込みだ。
ハルバートは一瞬瞠目するが、相手が悪い。
槍を受けるのは『魔剣デスペアブリンガー』だ。並みの武器で、真面に打ち合えるものでは無い。
ハルバートは、肩に担いでいた魔剣を地上に突き刺し、振り抜かれる槍を迎え打つ。
案の定、打ち込まれた槍は、魔剣の力に耐えられず粉々に砕け散った。
槍を振り抜いた少女が、その勢いで空中で回りながら、砕けた槍を見て目を見開いていた。
それを見たハルバートが、ニヤリと口角を上げる。
少女の身で、此処まで来れた事は褒めてやる。
だが、武器を無くしてはこれまでだ。
まだ男を知らぬ身なのは匂いで分かる。
このまま捕らえて、上の2人と一緒に愉しむか……と。
だが、ハルバートは次の瞬間、突如世界が変貌した事を知る。
物理的にも、魔力的にも、かつて経験した事も無い圧力がその身を襲う。
まるで、巨竜の鉤爪だ。
その身に迫る力を、ハルバートは最後にそう幻視した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
槍が一瞬で砕けた。
振り切った時には既に、手元からバラバラになっていた。
失敗した!
前に、ハワードパパからお借りした剣を、つい『氣』を籠め過ぎて折ってしまった時と同じだ!
目標を前にして、つい必要以上に力が入り過ぎていたのだ。
槍を振り抜いた勢いで、身体が空中で廻る。
目の前には、ハワードパパのエーテル体を絡め取る、忌々しい存在が突き立っていると言うのに!!
そうだ!ここに来て、わたしに手加減をするなどと云う選択肢が在ろう筈がない!
こんな物は、今ここで完全に欠片も残さず叩き潰す!!
わたしは手に残る槍の破片を離し、そのままインベントリから自前の武器を取り出した。
Gゼロ武器の槍、『ネメシスストーマー』だ。
その柄は太く長い武骨な物だ。
愛用のネメシスデュアルソードと同質武器だから、同じ様に穂先の刃は肉厚で巨大だ。
やはり獣の頭骨の様なレリーフから、血管の様な文様が刃先へと伸びている。
武器全体が薄青いオーラに包まれて、バチバチと小さく音を立てながら、穂先が雷光をも纏う。
これならばスキルを使うまでも無い。
『氣』や魔力さえ籠める必要も無い。
わたしが只、コレを本気で振るうだけだ!
空中で廻っていた私の手に握られたネメシスストーマーは、わたしが身体の捻りを更に加える事で、一瞬で大気を圧縮し、音を響かせる間も与えず打ち回る。
そして何の躊躇いも無く、力一杯その地に突き立っている、気持ちの悪い骨で出来た様な大剣に叩き付けた!
一瞬で圧縮された空気が高温となり、巨大なハンマーとなって対象を襲う。
超高熱はプラズマとなり、たちまち辺り一面を吹き飛ばした!
爆散する衝撃が、わたしを中心に音の速さを超え広がった。
この一閃で、黒岩の北側に居たアンデッドの大部分が塵と化した。
勿論、気持ちの悪い大剣は、そのカケラも残って居ない!
そういや、コノ大剣を持っていたヴァンパイアが居たな……。
ま!他の骨と一緒に消し飛んだから、どうでもイイけどねっっ!!
ふと辺りを見渡せば、大地は抉れ、わたしの周り数十メートルは高熱を持ち、炭火の様にブスブスと燻っている。
…………コレは……、や、やり過ぎた?!
い、いや!問題は無い!
ハワードパパ達のエーテル体を捕らえていた邪悪な存在は、最早跡形も無い!
エーテル体が解き放たれた事により、ハワードパパ達の容態が安定したのが、気配で分かる!
うみゅ!何ら問題にゃいのだ!!
プシュ〜〜と、安心感から一気に緊張感が抜けた様な気がする。
だがしかし!まだ事は全部終わってはいない。
わたしは、探知していた弱々しい気配を放つお二人の元へ、急いで向かった。
黒岩に穿たれた岩屋の最奥に居たお二人は、まだ無事では居たが酷い状態だった。
直ぐに治療して回復させたけれど、そのまま横にさせておき、外したわたしのマントでその身を覆い、暫く魔法で眠らせておく事にした。
そこに、気になる物もあったからね。
それは、マグリットさん達が居た直ぐ側にあった黒く大きな椅子。
その気持ちの悪い造形の、高い背もたれ。
そこの上にソイツはいる。
壇上に上がり、無造作に黒い椅子を蹴り飛ばせば、グロテスクなオブジェは忽ち細かい破片になって飛び散って行く。
そして、その破片に交じってソレは落ちて来た。
一見、杖の様にも見えるその物体は、まるで何かの生物にも見えた。
それは複数の蛇が捻じれ絡み合い、一つにでも成ったかの様な底気味の悪い生き物だ。
でも間違い無く生き物では無い。この反応は明らかにオブジェクトだ。
しかも呪われたアイテムっぽいな~~、ヤダヤダ。
でもコレを、このままココに放置するわけにもいかない。
コイツから溢れている邪気と云うか瘴気が、尋常では無いのだ。
まだ燻っているけど、直ぐに溢れ出して瘴気の洪水でも起こしそうにわたしには見えた。
どっちにしてもこのままにして置けば、ロクな事には成らないのは間違いない。
わたしは細心の注意を払いながら、落ちているソイツに手を伸ばし拾い上げた。
くすんだ薄銀に鈍く輝く本体は、やはり蛇など爬虫類の細かな鱗を施した様な表面処理だ。
芸術品としての価値は、もしかしたら高いのかな?とか思わせる程緻密だ。
だがその頭部分が頂けない。
ソコに付いているのは蛇では無く、まるで兇悪宇宙生物の幼生体みたいな、針の様な牙を無数に備えた頭が、幾つも絡み合っていた。
これ、傷付けたら酸の体液とか零して、床を発泡スチロールみたいに溶かさないよね?!
そんな事を考えながら杖(?)を観察していたら、ソレは突然動き出した!
動きそうだと思っていたら、ホントに動いた!!
口の一つが クパァ とばかりに開いたのだ!
ぅわぁキッモッッ!!!
ソレは大きく口を開くと、物凄い勢いで杖を持つわたしの手に喰らい付いてきた!
更に他の頭も次々と加わり、どこにあったの?!って言いたくなるくらい、一度に大量に伸びて来た頭が、わたしの全身に牙を突き立てて来たのだ!
しかしまあ、わたしの身体にその牙は通らないんだけどねっ!!
それでも、身体の彼方此方を、ガシガシとやられてるのは、決して気持ちの良いモノでは無い!
段々イラついて来たので コノヤロ! ってな感じで、怒りの『氣』を胸元の奥から思いっ切り叩き付けてやった!
『氣』を真面に喰らったその口達は、わたしの身体から弾かれた様に吹っ飛び、そのまま空気でも抜ける様に縮こまり、只の杖の様になってしまった。
ダダ漏れてた瘴気も殆ど止まってる。
ンーー?ビビったのか?
一応さっきまであった溢れる程の禍々しさは、影を潜めた感じがするけど……どうなんだろ?
影を潜めたとはいえ、ヤバい代物には変わりが無い。
わたしだったから良かったけど、普通の人をさっきみたいに襲う事になったら大変な事になる。
やっぱり余り人目の在る所に、置いちゃイケナイ物だ。
だからと言って、インベントリに仕舞う事も出来ないんだよね!コレが!!入らないし!!
封印……的な事が出来れば良いのかもだけど、わたしには出来ないし……。
これはイルタさんの領域だな。
ぶち壊すのが平和かな?と思うけど……。実際のとこ、今回の騒動の大元の手掛かりとか物証になりそうな物は、今の所これくらいしか見当たらない。
恐らく主犯であろうヴァンパイア達と、怪しげな剣は最早欠片も残っていないからね!ウン!それはしょうがない!しょうがないよ!しょうがない事なんだよ?!
なので、これくらいは残して置くべきなのかな~~?と……。
ま!イザとなれば、わたしが粉微塵に粉砕してしまえば良い話だからね!
取敢えず、アリアとイルタさんにお見せして判断を仰ごうと思う。
…………それに、ココにはイルタさんにお願いしないとならない事が他にもある。
マグリットさん達が居た場所と、そこにあった黒い椅子を挟む様その反対側に、4つのご遺体が打ち捨てられていたのだ。
ヴァンパイアの犠牲になった事は間違いない。
乱暴もされたのだろう、皆さん服も纏わず、血の気の無い真っ白な姿になっていた。
去年、豚の集落で見つけたご遺体を送った時の事を思い出し、切なくなる。
悔しくて涙が出た。
蘇生を唱えてみたけれど、効果は全く現れない。
やはりこの世界での死は絶対なのだ。
わたしは4人のご遺体を綺麗に並べ、インベントリから取り出した毛布で包んでさしあげた。
もう少しだけお待ちくださいね。
直ぐにイルタさんをお連れして、皆さんを送って頂きますから……。
さすがに一度でマグリットさんとライサさんも含め、皆さん全員をわたし一人で運ぶことは出来ないからね。
ここはアリア達に来て貰うのが一番だ。
その為にも、この周りをもう少し綺麗にしておこう。
洞窟を出ると、黒岩のこちら側にはまだ多くのアンデッドが蠢いてる。
さっき相当数を消し飛ばした筈なのに、まだ2~3,000は居る!
まったく!どんだけの数がココに湧いてたのさ?!
槍を、頭上でクルリと回してから構えを取る。
今持っているのはBランクの武器で、赤い色をした『ランシア』と言う名の槍だ。
流石にGゼロ武器では、さっきみたいにヤリ過ぎてしまうからね……。少しランクを落とした武器でお掃除をする!
よし!サッサとココを綺麗に片付けよう!
数は多いけど、前に素手で4桁近い数を1体ずつ処理した事に比べれば、槍で纏めて吹っ飛ばせるんだから、かなり楽な話ってモノだ!
わたしは槍を構えたまま、アンデッドの群れに向かって地を蹴った。
槍を軽く一振りすれば、扇が開いた様に槍の赤い軌跡が輝き走り、骨が数十体まとめて砕け散る。
しかも、アンデッドから生者に集まって来てくれるんだから面倒要らずだ!
木々の無い黒い岩の大地をお掃除をする様に、固まり立っているアンデッドを片端から掃く様に、赤い光が吹き飛ばす。
大方綺麗になった頃、黒岩の向こう側で大きく広がる気配を感じた。
恐らくイルタさんの結界装置が起動したのだろう。
澄んだ水が広がる様にとても清浄な気配が、大地に深く広く浸透して行くのが分る。
最後のアンデッドを片付け終えた時に見えた、黒い壁の向う側で立ち昇る無垢な光が、とても、とても綺麗だった。
明日、最終話を投下します。
次回「クラウドの帰還」