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【コミックス第1巻発売中!】女キャラで異世界転移してチートっぽいけど雑魚キャラなので目立たず平和な庶民を目指します!  作者: TA☆KA
第二章:イロシオの不死兵団

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72話 夜明けのヴァンパイア その2

大変お待たせしております。

結局2万文字を越えてしまいますた^^;;


大変残酷な表現がございます。

苦手な方、不快感を感じる方はどうぞご注意ください。

「ふむ、どうにかこうにか多少は身体が動くようになったかね」

「ぬぅぅ、まだ指先がプルプルしとるがのぉ……」

「仕方あるまい、ノソリ君は老人なんじゃから無理は禁物じゃぞ?」

「優しそうな台詞のワリに、目元がウププと笑っているのはどういう事かのぉぉ??!!」


「先生方はーー、回復がー早すぎですーー。わたしはーー、まだー動きたくーー無いですぅーー」

「ふむ、あわやヴァンパイアの餌食になりかけたと云うのに、君は相変わらず緊張感が無いね」

「とても生命の危機に瀕した人間とは思えんのぉ」

「まあ、それが助手君の持ち味じゃしな、しょうがないじゃろ」

「ふむ、しょうがないね」

「しょうがないのぉ」

「な、なんかーー、先生方がー、とぉーってもー、失礼ですーー!」


「で、どうでも良い話しは置いといてじゃな」

「どーでもいいー扱いですかーー?!」

「このままでは、ちーと不味いじゃろ」

「そうだのぉ、騎士団のバッテリーは、最初の襲撃で半分以上失ったと言っておったしのぉ。癒し手もおらん様になってしまったしのぉ。セイワシ君や、何とかならんもんかのぉ?」

「ふむ、あのバッテリーは正規のアダプタが必要だからね、直接チャージしようとしても効率が悪すぎて時間が掛るだけで急場凌ぎにもなら無いだろうね」

「何とも融通の効かん代物じゃのぉ」

「私もー、少しはーー、癒しが使えますがーー、聖職者じゃないのでー、全回復にはー程遠いですーー。何よりー、今はー、魔力がありませんーー」

「ふむ、実に使え無い事この上ないね」

「ウキィーーーッッ!!」


 急こしらえの塹壕から顔を出し、騒ぎ立てる者達が居た。

 セイワシ・メルチオ、モリス・バルタサル、ノソリ・カスバルの三博士と、セイワシの助手であるジョスリーヌ・ジョスランの4人だ。


「先生方!急いで塹壕の中に戻って下さい!此処は危険です!!」


 塹壕の中から出て来た4人に気が付き、彼らの前へ駆け寄って来る騎士団の者が居た。


「おっと……、君は確か……3班だったか?4班の班長さんじゃったかな?」


 モリスが額を指で叩きながら、記憶の中の騎士の名前を探っていた。


「ノーマン・ランスです!4班班長。戦槍護衛部隊のノーマンです!」

「をを!そうじゃそうじゃ!槍の護衛の人じゃったな!」

「先生方!今はそんな事よりも御早く避難を!此処にももう敵が!!くっ!このっっ!!」


 自分の名前を告げるのと同時に、三博士に背を向けたノーマン・ランスが腰を落とし『ブースト・アップ』を起動して、構えた斧槍(ハルバード)を振り抜いた。

 ノーマンの正面で鈍い金属音を響かせ、真っ直ぐに走って来たカドモスナイトが、斧槍(ハルバード)を受けた盾ごと吹き飛ばされる。


 直ぐにノーマンは、ブーツに仕込まれた『魔導発現装置マジックイグニッション』で魔法を起動させた。


 『エアライド』

 足裏と地表の間に圧縮された風の層を作り、地表を滑るように移動する。


 ノーマンは、飛ばされたカドモスナイトに向かい一気に間合いを詰め、『エアライド』発動の勢いに乗せ、その胸元に斧槍(ハルバード)を深々と突き立てた。

 そしてそのまま、槍先から発した蒼い炎でカドモスナイトを焼き尽くす。

 ノーマンの肩口からはリジェクトされたカートリッジが飛び出し、白い煙を纏いながら宙を舞った。


 ノーマンは、カドモスナイトが滅して行くのを確認し、肩の力を抜きながら、立てた斧槍(ハルバード)を支えにして肩で息をしていた。


(一体仕留めるのに、この消耗か……。不味いぞ、コイツら確実に格上だ。今までのアンデッドとは比較にもならない。1対1では分が悪すぎる!これでは、先生方の護衛など……)


 ノーマンが、少し下がったメガネを押し上げ、呼吸を整えながら現状の厳しさを痛感していた。


「なんじゃ、なんじゃ?随分大儀そうじゃな?」

「仕方が無いのぉ、相手は格上だからのぉ。槍君には一杯いっぱいなんだろうのぉ」

「そ、そうお思いになるなら、御早く塹壕へお戻りください。……複数で来られては、自分一人では……」


 ノーマンが斧槍(ハルバード)を構え直し、辺りの気配を油断なく探り、三博士へ避難を促した。


 今居るこの場所は、兵站部隊の作り上げた防御陣地の中だ。

 

 しかし、砦の様に作り上げられた陣地も、先のヴァンパイアの攻撃で、大きな被害を出していた。

 中に据えられていたテントは殆どが燃え落ち、その残骸を残すのみだ。


 今この陣地の中心には、魔法攻撃からの防御策として、テントの在った場所に穴を掘り広げ、その周りを壁で囲み塹壕を作り上げていた。

 その中に負傷者を収容し、治療にもあたっている。三博士達も、その中へ避難させられていた筈だった。

 だがいつの間にか外へ出て来た博士達に、護衛を担当していたノーマンが気が付き、慌てて駆け付けたのだ。


 前線で大隊長たちが立ち回っているが、既に陣地内には敵が入り込んでいる。

 これ以上敵の侵入を許せばどうなるか……。

 ノーマンがメガネの奥の眼差しに力を籠め、前方を睨み槍斧を握る手にも力が入る。


「ふむ、しかしそうも言っていられない様だね」


 セイワシが、目を細めながらそう呟いた。

 ノーマンは、突然現れたその気配に、自身の総毛が逆立つのを感じた。


「あら?こんな所にも隠れていらっしゃいましたのね?」


 黒いナイトドレスを纏う女が、右手の人差し指を口元に当て、しなを作る様に腰を動かしながら嬉しそうに語りかけて来た。

 ノーマンは、その女……エレクトラを確認した瞬間、構えた槍斧(ハルバード)に蒼い輝きを纏わせ、一直線に突貫した。

 『ブースト・アップ』と『エアライド』を併用した突撃は、目標に向かい大地を滑空する様に突き進み、最短距離で槍先をエレクトラへ突き立てる。


 だが、槍先を突き立てたと思った瞬間、エレクトラの身体はブレる様にその場から掻き消えた。

 ノーマンは直ぐに身体を反転し、地に足を穿ち制動をかけ、腰を落としてその場に停止し、辺りの気配を探る。


「まぁ♪貴方もとても美味しそう……」


 頭の後ろから、甘い香りを漂わせる様な囁きが、ノーマンの耳に纏わりついて来た。

 ノーマンは慌てて跳び退き、博士達の壁となる様にエレクトラとの間にその身体を滑り込ませた。


「ぅふ、健気ですわね。そういう所も良いですわよ?」


 冷ややかな嗤いを零しながら右手を前に上げ、ヒラリと翻す様に掌を上にして顔の高さまで上げて行く。そしてそのまま右手が炎に包まれた。

 エレクトラがその手を払う様に振ると、その炎が鞭の様に伸び上がりノーマンを 襲う。


 炎の鞭は、質量を持っているかの様にノーマンの横腹に撓りながら食込み、その身体を薙ぎ払った。

 吹き飛ばされたノーマンは炎にも包まれ、叫びを上げながら博士達の足元へ転がされた。


 ノーマンは博士達の足元で、その鎧からブスブスと白煙を上げ、苦しげに呻き声を上げている。


「エルフの殿方とは久しぶりですわ。この坊やの後に楽しませて頂けまして?此方のお嬢ちゃまは、主がお楽しみ下さるでしょうから、丁重にお迎え致しますわ。おじいちゃま達は…………、大変残念ですけれど、此処でお別れですわね。生憎と、あたくし共の趣味には合いそうに御座いませんので。ほほほ……」


 エレクトラが目を細め、ノーマン、セイワシ、ジョスリーヌを、順に纏わり着く様な視線を這わせた後、モリスとノソリを一瞥し、口元に手を置き小さく嗤い声を漏らした。


「ノソリ君、残念じゃな、フラれてしまった様じゃぞ?」

「モリス君、君も含まれている事は分っているのかのぉ?」

「分っとるわい!良かったなセイワシ君。君に熱烈ラブコールじゃ!色男で得したじゃろ?!」

「ふむ、実に甚だ迷惑なお誘いだね。昔からこういう自分本位のお誘いはお断りする事にしているんだね!」

「くぁ!色男は言う事が違うのぉ!」



 ノーマンがやっと動く手で、腰に装着されている医療キットの起動スイッチに手を伸ばした。

 バシュッと高圧のエアが吹き出す様な音をたて、回復の魔法が発動する。

 充填されていた全ての魔力を使い切り、空になったカートリッジが装置から排出され、ノーマンはようやく身体を起こした。


(クソッ!たった一撃受けただけで、回復するのにカートリッジを丸々1個消費するだと?彼我の差が大きすぎるぞ!)


 立ち上がったノーマンは、肩で息をしながら槍斧(ハルバード)を構え直し、エレクトラへと槍先を向けた。

 それをエレクトラが、感心した様に笑みを零し視線を送っている。


「き、騎士様はーー、わたしをー、庇ってくださるんですねーーー!!」


ちょうど、エレクトラとジョスリーヌの間に立つ様に位置取りをしたノーマンの背に向け、感極まった様に両手を握り締めたジョスリーヌが、大きく声を上げた。


「え?あ……。と、当然です。自分は皆様を御守りするのが務めですから」


 突然の後ろからかけられた声に、一瞬戸惑うも、これは当然の事だとノーマンは言う。


「お、お聞きにーーー、なられましたかーー先生方ーーー!やっぱりーー、見てる方はー、見ておられるのですよーーー!!わたしはーー、騎士様にー、護られるーー乙女なのですーーーー!!!」


「つっ込みどころ満載じゃな!」

「最早、何処からつっ込んで良いのかすらワカランのぉ」

「ふむ、病んでしまった我が弟子を見るに、心が痛まないでもないね」

「なんとでもーー、おっしゃっていて下さいーー!わたしはー、これで勝ち組なのですーー!!勝ち組ぃーーー!!!」




 ノーマンが短く息を吐き、腰を落とし再び『エアライド』を起動して、エレクトラへと向かい地を削りながら滑る様に驀進する。

 斧槍(ハルバード)を左に構えたノーマンは、エレクトラに向け突き進む勢いに乗せ、蒼い聖気を纏うその槍先を振り抜いた。

 押し潰された空気が弾ける破裂音を響かせて、三日月形の斧部がエレクトラを捉えると思われた瞬間、再びエレクトラの身体がブレ、その場から消失する。

 だが、今度は直ぐに気配を捉えなおした。

 斧槍(ハルバード)を振り切った勢いを使い、その身をターンさせ軌道を修正し、新たな狙いを槍先で穿つ。


 ガキリ とその槍先が何かに当り動きを止めた。

 いつの間にか闇の中に立っていたエレクトラが、血の色をした自らの爪をナイフの様に伸ばし、ノーマンの繰り出した斧槍(ハルバード)の一突きを受け止めていたのだ。エレクトラは再び感心した様に目を開き、口元の笑みを深めた。


 奥歯をギリッと噛み締めたノーマンは、素早く槍先を引き戻した。

 『ポールアーム・ラピッドアタック』

 ノーマンの手甲から、白煙を纏ったカートリッジが連続でリジェクトされる。

 それと同時に、斧槍(ハルバード)の連撃が繰り出されて行った。残像を生むほどの凄まじい速度で、槍先がエレクトラを襲う。


 だが、エレクトラはそれを楽しそうに目元を細め小首を傾げながら、右手の五指を纏め、刃の様に長く伸びた赤い爪で軽々と往なしていた。


 唐突にノーマンの繰り出していた突きが止まった。その場で、カハッ とノーマンが口から血を吐き出す。

 いつの間にか、ノーマンに寄り添う様に立ったエレクトラの左手の指が、ノーマンの脇腹へ突き立っていた。

 指先の爪は右手同様長く伸び、機動装甲を紙の様に貫き、五本ともがノーマンの身体に深々と刺さる。


 エレクトラはその爪を、ノーマンの身体から舐る様に動かしながら、ユックリと引き抜いて行った。

 叫び声を上げるノーマンを楽しそうに見つめながら、エレクトラは赤い爪をズルリとノーマンの身体から抜き取った。

 そして、そのノーマンの血が纏わり着く自分の長い爪を、一本ずつ赤い舌を這わせて行った。

 しゃぶる様に自分の爪を舐める程に、エレクトラの瞳は見る見る潤るみを帯びていく。


 エレクトラから離れたノーマンは、グラリと崩れそうになる身体を斧槍(ハルバード)で支え、辛うじて持ち堪えた。

 体を貫いた5本の爪は、更に奥の内蔵をも深く傷つけていた。

 激痛に耐えノーマンは、再び腰回りの医療キットを起動させ、傷の治療を行う。

 直ぐに治療を終え、使い切られたカートリッジがリジェクトされるが、消耗した体力までは戻って来ない。



 そもそも聖位職の使う癒しの術は、対象者のエーテル情報を読み取り、本来の在るべき姿を再現する云わば再生の術だ。

 その成果は使用者の技量に依り大きく変わるが、何れにしても、神々に仕える者のみが使用出来る高位の御業だ。


 一方、その他の魔法を使う者達が扱う中にも、治療を行う事が出来る魔法も存在する。

 それらの治療魔法の多くは、体内の体液操作や細胞の活性化を促し、自らの治癒力を大きく上げ治療にあたる物の為、往々にして、失った体力や血液までは戻せない事が殆どだ。


 現在、『重機動魔導装甲ドグ・ラ・マッグ』に標準装備の、医療パッチに装填された『魔法蓄積筐体カートリッジ』に籠められた回復魔法は後者の物だ。故に、傷は治せても、失った血液、体力までは回復する事は叶わない。


 今ノーマンは、やっと傷が塞がった状態だ。これ以上治癒を進めたとしても体力が持たない。

 傷を治すのにも、失われた血液を造血するのにも体力が必要だ。今は回復魔法が併せ持っている覚醒効果で、辛うじて立っている様な物なのだ。

 どちらにしても、回復魔法のカートリッジは今使った物で最後だ。もう後が無い。


 だが、それでも、此処より引く訳には行かない。

 ノーマンは斧槍(ハルバード)を構え直し、覚悟を決めた眼差しをメガネのレンズの奥で瞬かせ、槍先と共にその先をエレクトラへと向けた。

 エレクトラは、そのノーマンの眼差しに気付き、吐息を漏らしながら目を細めてほくそ笑む。


 しかし、その覚悟を決めたノーマンの肩に手を置き、前へ進み出る者が居た。


「ふむ、よくやったね。少し休むと良いと思うね」

「せ、先生!此処は危険です!早くお下がりください!!」


 セイワシがノーマンを押しとどめ、前へと一歩踏み出した。


「あら?我慢できずに出てきてしまわれましたの?心配せずとも、直ぐに貴方も頂いて差し上げましてよ?」


 エレクトラが自らの爪に舌を這わせながら、楽しそうにセイワシに言葉をかける。


「ふむ、イロシオの樹木は高濃度の魔力に満たされているからね。本来であれば魔法で放たれた炎に対しては相当な耐性を持って居る筈なんだがね。それをこれほど簡単に詠唱すらなしに焼き払う魔力の大きさ巧みさから考察すると元は相当な実力を持った魔法使い(ソーサラー)だったのだろうね」

「…………それが、どうか致しましたの?」


 セイワシの考察に、表情を消したエレクトラが、それが何の関係があるのか?と冷ややかに問いかける。


「ふむ、特にどうともしないね。ただね、魔法を使うのであれば私がお相手するのが順当かと思っただけだね」

「……左様で御座いますか……。魔法に関しては一家言あるとでも仰りたいようですわね?……では、あたくしの魔法で直に遊んで差し上げましょうか?深淵の端を知る事も、一つの学びになりますわよ?」


「ふむ、では講義を始めて貰おうかね」


 セイワシの言葉に答える様に、エレクトラは革の小袋を取出し、その中に詰まっている牙を周りにばら撒いた。


「まずは、この子達と少しばかり戯れて頂きましょうか?ほほほ……」


 払う様に手を大きく広げながら、口角を吊り上げ、エレクトラは嗤い声を上げる。

 そこへモリスが ズイッ と、間へに進み出た。


「ふむ、モリス君行けるかね?」

「あたぼーじゃい!」


 モリスが手に持っていた、スコップの様な『大地起こし(アースノッカー)』の刃先をカチリと折り、鍬の様な形に変えると、そのまま振り降ろし大地に突き刺した。

 すると、突き刺した先から牙が撒かれた所まで亀裂が走り、その場所が次々と陥没して行った。


 それを見たエレクトラが怪訝に眉を寄せ、動きを止める。


「ふむ、不思議そうな顔だね。その魔法は竜の牙を触媒に地脈から吸い上げた魔力を利用して術者が起動式を用いる召喚魔法だね。術者は発動に使う僅かな魔力のみしか使わないから実に経済的この上ない魔法だね」

「そこでこの『大地起こし(アースノッカー)』じゃ!これは地中の魔力の流れも操作出来るんじゃよ。残念じゃったな!今その触媒の周りの魔力はカラッケツじゃい!!がははは!」

「ふむ、術者の魔力負担が無い分、地脈の魔力が無ければ使い様が無いからね」


 エレクトラが目を細め、セイワシを冷たい眼差しで見つめる。


「そう来られますか……。ですが、それであたくしの手を封じたなどと、思ってはおりませんわよね?」


そう言いながら、エレクトラが軽く上げた右手の中で炎を回し始めた。


「ふむ、当然だね。しかし無駄な行為は余りお勧めはしないね」

「ほざきなさいませ!!」


 エレクトラがそう叫ぶと同時に、勢いよく手を振り払い、掌の中の炎を投げ付けた。

 炎は炎弾となり、セイワシに向け豪と云う音と共に高速で迫る。


 しかし、炎弾はセイワシに接触する前に、空中で一際輝きを増した直後、燃え尽きたかの様に立ち消えてしまう。

 それを見たエレクトラが目を見張る。


「ふむ、『魔力集積陣マナギャザリングシステム』はこんな使い方も出来てね」


 そう言うセイワシの足元には、真鍮色をした細いスティック状の物が、塹壕を囲う様、エレクトラとの間を断絶する様に長く取り巻いていた。


「こ、これは……、いつの間にこんな……」


 ノーマンが左に立てた斧槍(ハルバード)に体重を預けながら、右手でメガネを押し上げ、セイワシの足元で煌めく真鍮色のラインを見詰め驚いたように呟いた。


「ふむ、槍君が()()の気を引いていてくれたおかげだね」


 そう言うとセイワシは、手に持っていた幾つものアジャスターケースを放り投げた。

 空になっているケースは、そのまま地面に転がって行く。


「ふむ、今『魔力集積陣マナギャザリングシステム』はイロシオの膨大な魔力マナを取り込むのと同時にこの場でその集束された魔力を吹き上げているんだね。それにより今この場は生半可な魔法では打ち消される程の魔力障壁が張られているのと同じ状態になっているんだね。言っては何だがコレはかなり強力だと思うね」


 半端な魔法では抜く事は出来ないと思うね とセイワシは言う。

 それを聞いていたエレクトラは、忌々しげに眉間に皺を寄せ目を細めた。


「……左様で御座いますか……。でしたら、直接撫でて差し上げれば宜しいのでは?」


 エレクトラはそう言うと、五指の赤い爪を一気に小刀程の長さに伸ばし、その人差し指の爪を一舐めしながら、セイワシを細めた目で流し見た。

 そのままユラリと、闇に溶ける様にその場所から姿を消す。

 だが、エレクトラの姿が消えたのとほぼ同時に、バチリッ と何かが爆ぜた音が響き渡る。


「ぁくッ?!」


 そこには小さく悲鳴を上げ、何かに弾き飛ばされた様に後方に下がるエレクトラが居た。


「……な、何を?……貴方、一体、一体何をなさいましたの?!!!」


 エレクトラが眉根を寄せ、警戒する様にセイワシに鋭い目線を送り、右手を抑えながら声を荒げて問い質した。

 その右手の指先は、焼かれた様にシュウシュウと白い煙を上げていた。


「ふむ、不用意に非実体化して其処に侵入する事はお勧めしないね。さっきも言ったけどね。今そこは収束された魔力が吹き上がっている状態なんだね。まあ地脈を操作出来る『大地起こし(アースノッカー)』との合わせ技であるのだけどね。大地から強大なイロシオの魔力を吸い上げ回している訳だからね。其れは謂わば地脈の流れを剥き出しにしているのと等しいんだね」


 セイワシとモリスがニヤリと口角を上げながら、コツリと互いの拳を合わせた。

 それをエレクトラが、無言で冷たい眼差しを向けていた。


「ふむ、キミ達の様なアストラル主体の存在はこの流れを越える事は出来ないからね。無理に流れに身を入れればマナスが地脈の奔流に囚われ三界に還る事無く因果の果てに霧散する事になるだろうね。非実体化していれば尚更だね。まあ試すならご自由にと云う所だね」

「………………」


 エレクトラが無言でセイワシの言葉に耳を傾け、油断なく障壁が張られている周りを見回した。


「……それで?その後どうなさるおつもりですの?あたくしには、既に手詰まりの御様子にしか窺えませんが?」


 目線をセイワシに戻したエレクトラが、目を細め口元に手を当てながら、おかしそうにクスクスと嗤いながらそう言った。


「こうするんだのぉぉ!!」


 そう叫んだノソリの掌の中には、火花を吹き上げる小さなトーチの様な物が収まっていた。

 そしてその目元には、まっ黒な遮光眼鏡が着けられている。

 更に、気付けばその場に居る全員が、同じ様に黒い眼鏡を着けていた。


 エレクトラが驚いた様に目を見開いたのと同時に、ノソリは手に持っていたトーチを地面に向かい思い切り投げ付けた。

 トーチが バッシュ と云う破裂音を響かせ弾け、辺り一面を強烈な閃光で包んで行く。


「な!なんですの?これは?!!……くぅっーーー!!」


 エレクトラが視界を奪う光を避ける為、両腕で顔をガードするが、激しい閃光はそれすらも貫く様に、エレクトラの世界を白で埋めて行く。

 やがてエレクトラの視界が戻る頃には、既にそこに居た筈の者達の姿は消えていた。


「…………全く、何と云う事でございましょう……」


 視力を確かめる様に目を細め、瞬かせ、辺りをユックリとエレクトラが見回すが、付近には既に何の気配も無い。


「ふん、その中と云う事ですか……」


 塹壕の壁に視線を向け、見透かしたようにエレクトラが呟いた。

 やがてエレクトラは腰に手を当て、一度竦めた肩を落としながら、溜息を零す様に深く静かに息を吐く。


「しょうがありませんわね……。元々あたくしは、此処の皆様がお逃げにならぬ様に、囲うつもりでおりましたから……。まあ、良いですわ、今は隠れておいでなさい。これだけ無茶な障壁、どうせ朝日が昇るまで持ちませんでしょ?いずれにせよ逃げ場は御座いませんし……」


 エレクトラは目を細め、口元を指で撫でる。焼けた筈の指先は、既に白く美しい形に戻っていた。

 そしてその指を顔の横でパチリと鳴らす。

 すると、エレクトラの立つ地の両脇に、小さな炎が灯った。


 揺れる様に燃え踊る炎は、人の拳ほどの大きで力強くエレクトラの足元を照らし出す。

 その場で楽団の指揮でもする様に優雅にフワリと両手を広げれば、炎が次々とエレクトラを中心に生み出され広がって行った。

 やがてソレは塹壕を囲むように連なり、何物も見逃すまいとでも云う様に力強い揺らめきを放つ。

 

 エレクトラはその炎たちを満足げに見つめ、再び白い指を口元に近付け、そこに赤い舌を這わせて行く。


「……次にお逢いした時は、貴方の全てを絞り抜いて差し上げますわよ?楽しみにしていらして?」


 そしてエレクトラが声を上げて嗤う。

 やがてその身体がブレる様に森の闇に消え、嗤い声の響きだけが木々の暗がりの間に響いていた。



 ◇



「ふむ、何か寒気を感じるね」

「ああーー、それはーー、なんとなくー分りますーーー。まちがいなくーらぶこーるですねーーー」


 セイワシが自分の肩を抱き、ブルリと身体を震わせた。


「いや~、危ない所だったのぉ」

「全くじゃ、危機一髪じゃったな」

「ふむ、取敢えずは見逃してくれた様で助かったね」


 塹壕の中で座り込み、三博士は安堵の息を付いていた。

 だが、それを聞いたノーマンが装着させられていた遮光グラスを外し、ずれた自分のメガネを直しながら驚いた様に声を上げた。


「何を仰っているんですか?!始終奴を圧倒していたのは先生方ではありませんか!!」


 それを聞いたモリスが、溜息を漏らしながら答えた。


「いやぁ、あれはギリギリじゃったぞ。なあセイワシ君?」

「ふむ、ちょっと前に撃たれた『大火焔流フレイムストーム』でも使われて居たら間違い無く障壁は抜かれていたからね。アレを使われては消し炭になるしかないからね。アチラが我々を捕えたがっていたのが幸いしたね」

「あのバラ撒いとった牙も、『大地起こし(アースノッカー)』の効果範囲から離れて撒かれていたらそれまでじゃったしな!」

「ふむ、それになによりあの障壁は後10分も維持できれば良い方だったからね。どちらにしても詰んでいた訳だね」

「そ、そんな……」


「最後に儂がかました『霊震閃光弾アストラルフラッシュ』も何とか効いたしのぉ!魔獣用の目くらましとして持って来たんだがのぉ。アストラル主体の魔物にも良く効くようだのぉ!うひょひょひょ」


 尤も、不意を突けたから効いのだが と、言いながらノソリが笑う。


「ふむ、どちらにしても今出来る事をやってしまうのが良いだろうね。ジョスリーヌ君此処へ来たまえコレは君向きの仕事だからね」

「はいー?わたしーー向きのー、お仕事ーですかーーー?」

「ふむ、では槍君、君は此処で横になってくれるかね」

「は?自分ですか?」

「ふむ、君の怪我は傷が塞がっているだけで完治には程遠い筈だね。立っているのもやっとだと思うんだが違うかね?」

「……は、いえ……は、はい、確かにそうです。で、ですが……!」

「ふむ、いいからトットと横になるといいね。で、ジョスリーヌ君。君のナイトなのだろう?君が自ら治療してあげると良いと思うね」

「はーー?センセー、わたしはーさっきからずっとー、魔力が無いとーー言っているじゃありませんかーー」

「ふむ、だからこれを用意して上げた訳だね」


「な、なんですかーー?!これはーーー?!なんでー腕輪を嵌めるんですかーーー?!し、しかもーこの腕輪ー、鎖がー付いてるじゃーないですかー!!これじゃーまるでー捕まった人ーみたいじゃーないですかーーー!!」

「鎖っちゅうても、細っこいチェーンじゃな。騒ぐ程でもないじゃろ」

「ふむ、そのチェーンは『魔力集積陣マナギャザリングシステム』に繋がっているんだね。君の魔力に合わせて供給するから君は思う存分回復作業に専念できる訳だね。此処には大勢の怪我人が居るのだからドンドン進めて行って欲しいね」

「え?えーーー?ちょ、ちょっとーー、待ってーくださいーー!ひょっとしてーわたしーー、ココからー動けないんですかーーー?!」

「ふむ、当然だね。少なくとも動けない程の怪我を負っている人が居なくなるまでは休む時間は無いと思った方が良いね」

「ひ!ふひぇーーー?!!大怪我をーしてる方ってーー、20人以上ーーいますよねーーー?」

「専門の聖位職が居なくなったんじゃ。魔法職の連中がやるにも魔力に限界があるじゃろ?!医療パッチの数にも限りがある!ここは助手君が頑張るしか無いじゃろ!!」


「そ、そんなーー!わ、わたしーー、ずっとー寝てませんよーーー?!徹夜ーですよーーー?全然ー休めないーって事ですかーーー?!」

「そんなもん!此処に居る全員同じだからのぉ!助手君だけ休めると思ったら大間違いだのぉ!!」

「ふむ、我々3人は『魔力集積陣マナギャザリングシステム』の魔力流をジョスリーヌ君の魔力質に合わせる調整で此処から動けないのでね。君にはそこで回復し続けて貰う事になるね」

「大体にしてー、治癒力をー高めるためのー、『体力回復バイタリティチャージ』の魔法はーー、効果に比べてー消費魔力がー高くーー、使い勝手がー悪いんですよーー!」

「その為に儂らが魔力供給するんじゃろが!助手君は魔力を気にせず使いまくって、ぶっ倒れるまで自分の仕事をすれば良いんじゃ!」

「助手君に、遊んでおる暇などないからのぉ!」

「ふむ、キリキリ働いて貰おうかね」

「せ、先生方のーー、人でなしーーーーーーー!!」


 うす暗かった塹壕の中に、真鍮色のチェーンが光を帯び辺りを照らす。

 その中を、ジョスリーヌの悲痛な叫びが只響き渡って行った。





     ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「くく、くひ!きひひ、ぃひひっ!はぅ!ぁひ!!」


 森の闇を裂き刃が閃く。

 一閃、二閃、三閃と、矢継ぎ早に繰り出される鉈の様な大剣の斬撃は、鋭く重い。

 だがそれを、カイル・アーバインが青い聖気を纏わせたナイトソードで次々と弾き、凌いで行く。


 そして、カイルが闇に描く一筋の青い剣閃。

 それを避ける褐色の女が、後ろに飛び退く。

 だが、その褐色の脇腹に付けられた傷口からは血潮が勢い良く飛び散った。

 見れば、その褐色の肌の彼方此方には幾つもの傷が付けられ、身体のいたる所から血が滴っている。


 褐色の女……ジョエルは顔を上気させ、時折その口元からは艶のある吐息を漏らし、潤みを帯びた瞳で構えた剣の先に居るカイルに熱を帯びた視線を送っていた。

 カイルはそのまま剣を顔の右側で構え、剣先をジョエルに向けた構えを取る。

 間を置かず、常人には捉えられぬ速度でジョエルが踏み込んだ。

 ジョエルの鋭く振り降ろされた大剣をカイルがナイトソードの腹で弾き、そのまま切っ先でジョエルの豊かな胸元を切り裂いた。

 飛び散る鮮血に きひぃ とジョエルは甲高く悦楽の声を上げた。しかし直後、ブレる様にジョエルの姿が消える。

 同時にカイルの姿もブレる様に消え、次の瞬間その場に血飛沫が舞う。


「ぁぎぃ!!」


 叫びを上げ、背中を斜めに大きく切り裂かれたジョエルが、身体を仰け反らせ姿を現せた。

 その背側には、ナイトソードを斬り上げた形でカイルが立っていた。

 直ぐにカイルは構えを取り直すが、肩で息をするその表情は厳しい。


「ぁ、あひ、きひ!イイ……、イイぜ!お前も中々イイじゃないか!ひひ!!もっと……、もっとしようぜ!!」

「……オレとしては、とっとと終わらせたいんだがな」


 剣が風を切り打ち合う音が響く中、ジョエルの淫靡な響きを帯びた笑い声が、木々の間に木霊した。




 その直ぐ脇に、黒く巨大な影が迫る。

 それをハワードが、黒い大剣をフルスイングする様に真横に切り払った。

 人の身長よりも長い、巨大な黒い古代竜の頭骨が勢いよく横へ跳ね飛ばされて行く。そしてハワードが後方に向かい声を上げた。


「コンラッド!行ったぞ!!」

「っこの!いい加減キリが無ぇな、このデカ物がっ!!」


 コンラッドが、弾き飛ばされたアンデッドの脇を潜り抜け、突き進んで来たもう一体の突撃を戦斧で受け飛ばし、忌々しげに言葉を吐き捨てた。


「くっっ!!」


 トニー・イーストンが、更に黒い壁の様に迫るアンデッドの長大な尾を、ギリギリのところで避けた。

 それと同時に、その尾が弾き飛ばした大小の石礫をカイトシールドで受け止める。だがその勢いに押され、飛ばされそうになったが、辛うじて耐え切って見せた。

 そして直ぐ様体勢を立て直し、次の攻撃に備える。


 もうかれこれ、この攻防も一時間は超えている。

 何分相手がタフ過ぎだ。

 大きな一撃で、奴等の一角でも崩せれば今の戦況は十分に覆せる筈だが、此方も出し惜しみをしているとは言え、多少の傷を付けた所で見る間に修復して行く様は、いい加減辟易させられる。

 トニーもカイルもそろそろ限界かもしれんな とハワードは二人を流し見、思う。


「旦那様、やはりあの鎖でごぜぇます。吸い上げた瘴気を、あの鎖で送っております」

「ふん、やはりそんな所か」

「け!せせこましい手を使いやがって!」


 大型アンデッドの向こう側で、鎖を纏った女が薄く嗤いを浮かべていた。

 鎖を纏う女……マリーナは、羽衣でも揺らすかの様に、纏う鎖をその身の周りでユラユラと揺蕩わせていた。

 更にマリーナから伸びる鎖の幾本かは、巨大なアンデッド達とも繋がっている。


「あの女が地中深くから瘴気を吸い上げ、鎖を通じて骨共に送っておる様でごぜぇます」


 ジルベルトがアイパッチの魔法印を輝かせ、ようやく見えたと言いたげに、捉えた魔力の流れをハワードに告げた。



 今ハワード達は、騎士団本隊とは完全に分断されていた。

 その周りには巨大なアンデッド『ダーク・スケイルダナソー』が三体、彼らを牽制する様に一定の距離を保ちながら取り囲んでいた。

 ハワード達が避け進もうとすれば、そちらに回り込み、攻め入ろうとすれば三体で連携して、受け、避ける。

 間合いを絶妙にズラされ、何ともやり辛い歯がゆい時間を過ごしていた。


 言って見れば初めに此処を襲って来たアンデッド共と一緒だ。

 只、ハワード達を此処へ縫い付けようとしているのだ。

 黒い巨大アンデッドの後ろから動かぬマリーナが、口元に薄い笑いを浮かべ、ハワード達に静かに視線を送っていた。


「どうしたハワード息切れか?」

「馬鹿を抜かせ!お主こそ足元がおぼついておらんぞ!」

「は!ちょいとばかり力を貯め込んでるだけよ!俺を誰だと思ってる?!」

「ふは!ならばそろそろ決めるが、良いな?!」

「おうよ!!」


 ハワードが持つクラス『ウォーロード』は、そこに身を置くだけで部隊全体の士気と戦闘力を底上げする。

 現役を退いたとはいえ、元『ハーキュリーロード』のクラスであるコンラッドも同様に、彼が居る騎士団の攻撃力は通常よりも上がっていた。

 此処まで騎士団がアンデッドの大群に対して善戦出来たのは、彼らが居た事に依る所が大きい。


 そしてハワード達は今、自身の持つ固有スキルの一つを使おうとしていた。

 ハワードとコンラッドの魔力がその内側で練り上げられ、密度を増して行く。



 だがそこへ豪と音を立てて、炎弾が迫る。

 それをトニー・イーストンが、咄嗟に構えたカイトシールドで受け止めた。

 次々と撃ち込まれる炎弾は、巨大なハンマーの連打の様な衝撃を、盾越しにトニーに与えた。

 トニーは奥歯を噛み締め、小さく呻きを漏らしなが耐えていたが、ついに炎弾の勢いに呑まれ吹き飛ばされた。

 炎に包まれたトニーの身体が岩肌に打ちつけられ、もんどり打つ。


「がぁぁっっ!!」

「トニーーッッ!!!」


 カイルが振り向きトニーに向かい叫ぶ。

 トニーは大地を転がり、ブスブスと白煙を上げていたが、やがてユックリと身体を起こし始めた。

 それを確認し、カイルが安堵の息を漏らす。


「おのれ!何処から?!」


 カイルがジョエルを牽制しつつ、油断無く辺りを探る。すると、黒いナイトドレスを纏った女が闇の中から滲み出る様に姿を現した。

 女は……エレクトラは、炎弾を打ち出した右手を突き出したまま、手首まで血に塗れた左手に舌を這わせていた。


「……!そ、その血は?!!」


 カイルが、エレクトラの手に塗れる血に気付き目を剥く。

 エレクトラは目元を細め、カイルに向け大仰に肩を竦めて見せた。


「……こっの!」


 エレクトラは、睨めつけて来るカイルに笑みながら、前方に向けていた右手を降ろし、近くに居るジョエルに顔を向け言葉をかけた。 


「あら?ジョエル、其方の殿方はあたくしが目を付けていましたのよ?」

「ひへへ、そうなのか?!コイツも結構手応えあって、楽しいいぜ?」

「貴女のお目当ては、あちらではなくって?此方はあたくしにお譲りなさいな」

「ぅえ?そりゃないぜエレクトラ!先に遊んでたのは俺だぜ?横取りは酷いよ!もっと遊ばせろよぉ!!」


 眉根を寄せ、まるで玩具を取り上げられた子供の様な表情を見せるジョエルに、エレクトラは大きくため息を付いた。


「……分りましたわ。御免なさいねジョエル。この方は貴女の好きになさい」

「イイのか?!やったぜ!!ひへへ」

「その代り…………」


 そう言ってエレクトラがジョエルの背後に回る。


「……この埋め合わせは、後でして頂きますわよ?」


 エレクトラはそのまま、ジョエルの背に開いた傷に沿って、指を這わせて行った。

 ジョエルは背を仰け反らせ、大きく叫び声を上げ、身体を震わせた。

 そして肩越しにエレクトラを見返り、潤んだ瞳で小さく頷く。

 エレクトラはそれを見て満足げに目を細め、愛おしげにジョエルの頬を長い指で撫で上げると、そのまま闇に消えて行った。


 エレクトラが消えると、ジョエルは直ぐに大剣を口元に寄せ、口角を吊り上げながらその刃を舐め上げた。そして……。


「……へへ、さあ!もっともっと楽しもうぜ!!」


 そう言ってカイルに向かい大剣を振り上げ向かって行った。



     ◇



 黒く巨大な竜の頭骨を『グランドデバイダ』で弾き上げたハワードの背に、闇の中から生じた炎弾が襲う。

 次々と高速で迫る炎弾を、ハワードは後ろも見ずにユラリと躱す。

 躱された炎弾は、顎をかち上げられた黒い骨の巨大アンデッドに当り、その重量のある身体を吹き飛ばした。


 灰色の瞳に光を湛えながら、迫る最後の炎弾を振り向きざまに切り払い、炎の魔法を霧散させたハワードは、返す刃でその奥の闇を切り裂く。

 ガキリと硬質な音を響かせ、ハワードが繰り出した斬撃を、赤いナイフの様な五本の爪が受け止めた。


「……くっ!」


 闇より生じた黒いナイトドレスの女……エレクトラは、苦しげに呻き後方へ跳んだ。

 それをハワードが一足で踏み込み、更に追いの一撃を突き入れる。

 濃縮された魔力を纏い、周りの大気すら歪ませる豪剣の一撃は、受けようとした赤い爪を弾くだけに留まらず、粉々に砕いた。

 身体ごと弾き飛ばされたエレクトラは、それでも砕かれた右の爪に替わり、左の腕を突出しその五指をハワードに向け、赤い爪を突き伸ばした。

 高速で伸びる槍の様な赤い爪がハワードをかすめ、黒い大地に突き立つ。

 かすめたハワードの革鎧は、焼けた様に白煙を上げていた。

 地面に突き立った赤い爪は、熔鉱炉の鉄の様に朱色の光を放ち、高熱を持って地面を焦がして行った。


 自分の爪の赤さが、炎その物である事をハワードに見せつけ、エレクトラは口角を上げニヤリと嗤う。


 エレクトラは引き戻した左の爪を、再びハワードに向かい高速で突き伸ばす。

 五指の内四本は、それぞれハワードの四肢を焼こうと伸ばされた。

 最後の一本は、未だ灰色の光を持って、此方を睨むその目を潰してやろうと、狙い定めて伸ばし飛ばした。


 だが、それをハワードは剣のリカッソ部分を掴み直し、大型の剣をバトンでも回すかの様に回転させ弾き飛ばして行った。

 大気を引き裂く勢いで回された大剣の勢いで、赤い爪は悉く砕かれ飛び散って行く。

 剰え最後の一本は、振り払ったハワードの左の裏拳で砕かれた。


 呆気なく砕かれた自分の爪と、切り裂かれ、渦の様に迫る大気の勢いに押され、エレクトラが目を見開き怯みを見せた。

 だがその時、既にエレクトラの視界からハワードは消えていた。

 エレクトラがハワードの気配を自分の背後に捉えたのと、己が身に強い衝撃を感じたのはほゞ同時だった。


「あぎっっ!!」


 滑る様にエレクトラの後ろに移動したハワードは、回転させた大剣の勢いを乗せたまま、剣先を掴んで振り回し、ハンマーでも打ち付ける様に、十字鍔キヨンでエレクトラの横腹を殴りつけたのだ。


 吹き飛ばされたエレクトラは四肢で大地を穿ち、直ぐに体勢を立て直す。

 打撃を受けた脇腹がシュウシュウと煙を上げ、付けられた損傷が直ぐ元に戻ろうとしていない。

 傷に手を当てながらエレクトラは眉根を寄せ、厳しい表情のまま大量の汗を流す。

 エレクトラは、直接ハワードから打撃を受けた事で理解してしまったのだ。ハワードの内包する魔力の大きさを、その濃密さを。


 ヤツは不味い。真正面から打ち合えば、我らを滅せるだけの力を有している。

 今まで遊んでいた騎士団達とは、根本的にモノが違う。


 エレクトラは油断なく身体を起こし、ハワードを睨みつけた。


 だが所詮相手は人間だ。

 当初の予定通り、昼夜間断無く攻め続ければ何れ消耗する。

 弱った所で仕留めれば良いだけの話だ。

 これだけの力を持った相手だ。これを喰らい切る事は、我らにとって大きな糧となる。


 そこまでを考え、エレクトラは立った身体をユラリと揺らし、口角を大きく吊り上げた。


「素晴らしいですわ、これ程のお力を持つ殿方がいらっしゃるなんて……」

「…………」

「如何で御座います?その人生の最後に、この世で最高の享楽をお受けになられませんか?」


 エレクトラが大きくVの字に開いた胸元を開き、零れ落ちそうな房を大きく揺らしながら、隆起した先端を露わにした。

 更に腰を突出し、ウエスト近くまで深く切れ込まれているドレスのスリットから開いた脚を覗かせ、ハワードに白い半身を見せつける。


 エレクトラは更にスリットを開き、ハワードを誘う様に艶のある目で流し見ながら、剥き出した腿を自分の指先で挑発的になぞり上げた。


「これだけの女に、出逢った事が御座いまして?さあ、いらして……。最上の女を味わい下さいませ。この世の悦楽の全てが此処にございます。あたくしの中で……溶かして……差し上げます……わ」


 潤みを帯びた上目でハワードを見詰めながら、エレクトラは更にスリット広げ、脚の付け根の奥に指を差し入れ、湿りを帯びた音を立てていた。


 だがハワードは、構えた剣先をエレクトラに向けたまま、静かに闘気を溢れさせている。

 そして、そのまま一言呟いた。


「生憎、……ソニアより良い女になど、会った事が無くてな!」


 ハワードの拒絶の言葉に、エレクトラが目を見開いた。

 そのまま広がるハワードの闘気に反応し、足を一歩後ろへ下げた。


 直ぐにエレクトラは肩の力を抜き、残念だと言いたげに、ため息交じりでゆっくり首を振る。


「残念ですわ……。ですがいま少し、間を置かせて頂いた方が宜しいですわね……。また後程お会い致しましょう……その時は」


 そう言って、劣情を消せぬ表情のまま、身体を闇へと溶け込ませて行く。

 エレクトラは、身体の端から黒い霧と化し、森の中へと消えて行こうとしていた。


「温いわ!ヴァンパイア!!」


 ハワードは装備に刻まれた魔法印を輝かせ、黒い霧へと向け一足飛びに踏み込み、蒼い光を放つ『グランドデバイダ』の一撃を振り降ろした。


「ぎぁぁああぁあああぁぁーーーーーーっっっ!!!!」


 身の内から絞り出す様な絶叫を上げて、エレクトラがその場でのたうち転げまわる。

 その肩口は大きく切り裂かれ、右腕側が身体から切り離されかけていた。

 ナイトドレスも裂かれ、豊満な胸元を零し、エレクトラが血を吐きながら絶叫し続ける。


「エ、エレクトラ?!!」


 エレクトラの異変に、カイルと斬り結んでいたジョエルが目を見開き叫んだ。


クラウド卿(師匠)……、非実体化した相手を斬ったのか?!」


 カイルが、ハワードの黒い霧と化した相手を斬ると云う、その常識の枠外の所業に舌を巻く。


「ジョエル!エレクトラを連れて下がりなさい!!」


 鎖を纏う女……マリーナが、黒い大型アンデッドの後ろからジョエルに向け叫んだ。


 マリーナも気が付いていた。

 ハワードや、コンラッド、ジルベルトの力に。


 彼らが大きな実力を有している事は分っていた。

 その彼等を騎士団から分断し、牽制する役を引き受けていたが、間近で見れば見る程、彼らの埒外の力に身体の芯が冷たくなる。

 だが、幾ら大きな力を持っていようとも、足枷があれば実力の全ては出し切れない。

 その為に、後方に居る弱者を逃げられぬ様に囲い込み、彼らのくびきにする手筈だった。

 そうすればやがて、逃げる事も実力を出す事も叶わず、消耗して行く。


 後はそれを容易く蹂躙すればよいのだ。


 だから態々正面からやり合う必要は無い、今は引くだけで良い。


「もう直ぐ朝が来る。夜が終わるわ!一時だけ引き上げましょう」


 そう、夜明けの一時だけ引けば良い。

 そうしてまた直ぐに戻り、消耗戦を続ければ良いのだから。


 マリーナが冷たい笑みをその顔に浮かべ、引き上げの指示を出したその時、ハワードが黒い大剣『グランドデバイダ』を大地に突き立て声を上げた。


「いつまでも逃げ切れると思うなヴァンパイア!!」

「何度もチョコチョコと、狡っ辛くちょっかいかけて来やがって!!」


 コンラッドも苛立ちを隠さず吠え上げた。


「だがそれも此処までだ!此れより、貴様らはこの地を出る事は叶わん!!」

「……そんな事、アナタ方がどうにか出来る事では無いと思うけど?」


 ハワードの言葉に、マリーナが不快気に眉根を寄せ、自分たちの行動に干渉など出来ぬと告げる。

 だがハワードはそれに応える代わりに、地に突き立てた『グランドデバイダ』を握る手に力を籠めた。


「今よりこの地を我が領土と成す!切り拓け!グランドデバイダー!!『君主(テリトリー)の領土(オブ・ザ・ロード)』!!」


 ハワードの叫び上げに応じる様に、『グランドデバイダ』に刻み込まれた魔法印が一際輝きを増す。

 地に突き立てられた大剣の輝きは、ハワードを中心に大地に広がった。

 それは半径100メートル以上の範囲まで拡大し、その地をハワードが練り上げていた膨大な魔力で満たして行く。


 同時に、その範囲内に居る者達に力が注がれる。

 カイルが溢れる力を感じ、剣を振る。

 閃く剣筋は嘗て無い鋭さを見せ、我が身の切れに目を見張った。


 トニーが立ち上がり、迫っていた大型アンデッドの一撃を正面から受け止め、ダメージが殆ど無い事に驚く。


 塹壕から出たノーマンが、周りを囲む魔力の炎を聖気を籠めた槍斧ハルバードの一振りで打ち消した。


 セドリック・マイヤーが、迫るカドモスナイトを一刀で断ち割る。


 コーネル・ウォーリッチが、単騎でカドモスナイト数体を弾き飛ばす。


 今、ハワードが拓いた『領地』内で、騎士達の戦闘力が大きく向上した。


「これで!潰れてろ!!『極大城塞マキシマム・シタデル』!!」


 コンラッドが、ダメ押しとばかりに巨大な戦斧を大地に打ち下ろし、スキルを放つ。

 打ち下ろされた戦斧から放たれた魔力は、大地に波紋を生じさせながら広がり、彼らの周りに魔力で形作られた巨大な城壁を産み出した。

 生み出された城壁は3体の巨大アンデッドを一気に押し潰し、彼らの周りを分厚く囲う。



 ハワードが『グランドデバイダ』の力を使い暫定的な領地を作りだし、その上にコンラッド城壁を築き上げる。それは限定された領域で堅固な壁を生み出す。

 外から襲い来る敵を阻み、内側に居る者は決して逃がさぬ堅牢な障壁。それは僅かな時間、限定空間に作りだされる絶対防壁だった。

 


「これでテメぇらはもう逃げられ無ぇ!観念しろ!!」


 練り上げた魔力を出し切ったコンラッドが、大きく息を吐いた。


「貴様らは陽の光を嫌い、常に陰に隠れ身を潜める」


 謂わば害虫と同じだ とハワードは言う。

 その言葉にマリーナが深く眉根を寄せ、ハワードを睨む。


「腹立たしい事に、上位の存在は昼間でも陽の下を平気で出歩く。だが、明けの陽光だけは貴様らを真に滅ぼす」


 ハワードが、地に突き立てた『グランドデバイダ』を引き抜き、構えを取る。


「最早、影に隠れ潜む事は叶わん。此処で滅びよヴァンパイア!」

「そんな物、アナタ方をどうにかすれば済むだけの話!これ程の魔力を放った今、これまで通りに戦えるのかしら?」


 障壁を貫こうと伸ばした鎖を、魔力の壁で弾かれたマリーナが改めてハワードに向き返り、その顔を睨めつけた。


 騎士団は戦闘力を上げたとはいえ、まだ我々には及ばない。

 現にエレクトラを庇いながらも、本気で攻勢に出るジョエルは騎士二人を相手に未だ圧倒している。

 やはり、真に警戒すべきはこの者達だ。

 夜明けまではもう幾らも無いが、本当に追い詰められているのはどちらなのか?此処でハッキリさせてやる。


(つど)いなさい!『血塗れの鎖(ブラディチェーン)』!!」


 マリーナは周辺で波打つ何本もの鎖を集め、それぞれ左右の手で纏めて行く。

 十数本の鎖を依り合せ纏め上げ、綱の様に束ねられた鎖の束は1メートルを超える。

 それをマリーナは巨大な鞭の様に操り、大気を押し潰す勢いでハワードに向かい打ち下ろした。

 しかしそれをハワードは、大剣を肩に担いだまま、散歩でもする様な気軽な足運びでスルリと躱す。

 避けられた鎖は大地を打ち、重い振動を辺りに響かせながら、黒い岩の大地を大きく削る。

 地を削りながら、横へと避けたハワードに向かい、再び鎖が大きく撓りながら壁の様に迫る。

 更に、もう一本の鎖の鞭が打ち下ろされた。

 ガリガリと岩を削りながら、ハワードを挟み込む様に二つの壁が迫る。

 撓りながら、ハワードを囲い込む様に迫る鎖の鞭を見て、マリーナが冷たくほくそ笑んだ。


 だが、鎖がハワードを押し潰すと見えたその時、爆発でもする様に鎖の塊りが爆ぜ飛んだ。

 マリーナが驚愕に目を見開き見つめる中、ハワードはその剛剣で、迫る鎖を次々と断ち切って行く。

 圧倒的な質量を持っていた筈の鎖の鞭は、見る見る削ぎ落とされ、鎖がバラバラに散り飛ばされて行った。

 間断無く剣を振るい続けるハワードの眼は、淡い光を灯し、鎖の向こうからマリーナを見据えていた。



 ジョエルは、先程まで2人の騎士を圧倒していたが、今、コンラッドの振るう戦斧に打ち飛ばされた。

 エレクトラは傷を押し、炎を使いジョエルの援護に回っていたが、ジルベルトの立ち回りに追い詰められ、更に傷を増やして行った。


 戦場を一瞥したマリーナは唇を噛み締めた。


 不味い、もう数分で陽が昇る。最早出し惜しみも、なりふりも構っている場合では無い。


 マリーナは後方に跳び、ハワードから距離を取りその場で魔力を練り上げた。

 両手を擦り合わせる様にしながら頭上に掲げ、魔力を掌中に収束させる。

 頭上に掲げた両手の更に上に、収束された魔力に呼応する様に、両腕から伸びる鎖が凝縮し塊りになって行く。

 更に、千切られ、欠片となった鎖も集まり、塊が依り巨大になる。

 やがてそこには、鎖がゴリゴリと音を立て動き回転する、直径20メートルを超える巨大な鎖の球体が出来上がっていた。


 鎖の球体は尚も大きさを増して行く。

 自身の極限まで魔力を絞り込んだマリーナの面持ちに、余裕の色は微塵も無い。


「ぬぅ?!」


 その埒外に凝縮された魔力の気配に、ハワードが唸る。


「外からも内からも壁が貫けなくとも、この内から内へならダメージは通るわよね?」


 過剰な魔力の供給により、マリーナの腕の毛細血管が切れ、血を滴らせる。


「ジョエル!エレクトラ!避けなさい!!彼等諸共この地を穿ちます!!!」


「させはせんよ!!」


 ハワードが弓引く様に身体を撓らせ、顔の横に構えた剣の切っ先を正面に向け、深く腰を落とす。

 装備の魔法印が一際光を放つ。

 焔を模った肩当に一本、二本と光が走り、腕を通じ、黒い大剣へと流れ込む。

 大剣へ込められた魔力が蒼い輝きとなり、切っ先へと向け収束されて行く。


『デストロイブリット』


 大気を震わせ、蒼き閃光がその面前の敵を滅する一撃を叩き込む。

 辺りを震わせ響くその轟音が、閃光の凄まじさを物語る。

 蒼い光の衝撃に呑まれ、大地を穿つはずだった巨大な鎖の球体が、細々に千切れ消えて行く。


「あ……、ぁ…………ぎ……ぃ!!ぐぷっ?!」


 蒼の衝撃に、鎖と共にマリーナも飲まれて行く。

 四肢が千切れるほどの衝撃の波に翻弄される中、その衝撃を放った黒い大剣が更にマリーナを穿つ。


 マリーナはそのまま、後方にあった大樹にまで突き運ばれる。

 大樹は、荒ぶる衝撃に晒され、枝葉は折れ飛び、半ばでへし折られ、大地に突き立つ巨大な杭の様になっていた。

 マリーナは黒い大剣に腹部を突かれ、その杭に勢い良く打ち付けられた。


「ぎっ!ぎぁああ!!ぎぃあっぁああぁぁぁーーーー!!!」


 腹部に深々と突き立てられ、マリーナごと杭に打ち付けた『グランドデバイダ』は、刀身が蒼く燐光を放ち聖気を放っていた。

 刀身の食込むマリーナの腹部は、シュウシュウと白い煙を上げ、聖気に焼き続けられている。

 絶え間なく絶叫を上げ続けるマリーナの両腕は、肘から先が失われ、やはり白い煙を上げ修復される様子も無い。

 身に纏っていたボンデージも、殆どが千切れ飛び、装備としての役割は最早なしていなかった。


 纏め上げられていた白銀の髪も千切れ解け、暴れ振り回すマリーナの頭で、逆立つように乱れていた。

 その眼は真っ赤に染まり見開かれ、口元は大きく裂け、牙は凶悪な長さを持ち、正に吸血鬼ヴァンパイアに相応しい形相だ。

 血の涙を流し、口からも泡の様に血を零し、薄青い全身に血が垂れ、ボタボタと足元に血溜まりを作っていた。

 縫い付けられた杭から脱しようと、手足をバタつかせ暴れるが、打ち付けた『グランドデバイダ』から解放される事は無い。

 

 ハワードは更に大剣を深く刺し入れた。

 ヴァンパイアが絞り上げる様な絶叫を、口から血を吹出し、飛ばしながら叫び上げた。


 ハワードの後方には、木々が倒され疎らになっている空間から先に、遠くの山々の峰が見通せた。

 今、その窪んだ谷間部分より昇ろうとする陽が、周りの雲を照らし出し、暁色の空が広がって行く。

 太陽は姿を見せる直前の輝きを、山脈の谷間から空に向かい光の柱を伸ばして見せた。


 ハワードはその光を背負ったまま、大剣を握り、陽の光から逃げようと暴れるヴァンパイアに語る。


「生者を贄に永劫を得ようとする者よ!陽の出を拒む者が、明日を得られる道理が無い!今より、再びその身に時を刻むが良い!!」


 やがて光芒が、山谷を廻り地表へと降りて来た。ハワードの背が光を受け輝く。

 そして陽の出の光がヴァンパイアを包む。


「ぁあぎぃいい!ぎゃぁあぁあぁぁぁぁああああああーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 清浄なる光に焼かれ、ヴァンパイアが絶望の叫びを絞り出す。


「マ、マリーナ!マリーナぁ!!」

「ぅあ、くっ……!!」


 ジョエルとエレクトラが焼かれる者に手を伸ばそうとするが、自らにも迫る陽の光に後ずさる。

 その二人にも、コンラッドとジルベルトが決着の時だと武器を上げる。


「仕舞いだ。せめてもだ、直ぐに終わらせてやる」


 二体のヴァンパイアが、赤く染まった目を見開き、地に手を付いたままコンラッドを見上げた。


「朝陽に焼かれ、滅せよヴァンパイア!!!」


 陽光を浴びたヴァンパイアの肌が、沸騰する様に泡立つ。

 その身を焼かれながらも、逃げ出そうと手足を激しくバタつかせ、地を裂く様な叫喚を上げ続けるヴァンパイアに止めを刺そうと、更に聖気を籠めるべく、大剣を握る手に力を入れた。


 その時――――――――――――――――
















 影が世界を覆った。



 ハワードはその瞬間、全身の毛が逆立ち、本能的に防御行動を取っていた。

 一刹那、ヴァンパイアから抜き取った『グランドデバイダ』を盾に衝撃を受け止めたが、そのまま後方へと弾き飛ばされた。


「ぐっ……、ぬぅ?!」


 それと同時に、コンラッドの胸元が横に切り裂かれ、ジルベルトも背中から血を噴いた。

 コンラッドは ゴプリ と口から血を吹出し、大地を揺らして地に伏した。


「よう、マリーナ。ちぃと見ねェ間に、随分イイ女になったじゃ無ェか!クハハッ!」

「……ハ、ハルバート……様ぁ」


 影が言葉を発した。

 その(かいな)の中で、全身焼け爛れたヴァンパイアが影に縋り付く。


 朝日を遮り影がユラリと揺れる。

 それは崩れかけた白銀の壁の淵に立ち、上からハワード達を見下ろしていた。


「クハッ!夜明けは希望だとでも思っていたか?クハハハッ!!」


 影の中に立つ男が、暁を否定する。

 男が纏う影が蠢き大きく広がり、その場に居る者を覆って行く。


 今、ハルバート・イーストと云う名の絶望が、その地に降り立った。 

お読み頂きありがとうございます!

ブクマ、ご評価、本当にうれしいです!!


やっと次が主人公のターン・・・(≡ω≡;)


次回「スージィ・クラウドの胸騒ぎ」

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