71話 夜明けのヴァンパイア その1
大変お待たせしております<m(__)m>
長くなったので二話に分けますー。
「その2」は鋭意制作ちう(@_@;)
「…………来るぞ!」
堅固隊長コーネル・ウォーリッチが短く言葉を発し、盾を正面へ構え、腰を落とし、来たるべき衝撃に備えた。
壁の隙間から、山津波の様に押し寄せるアンデッドの群れを、堅固隊が阻む。
大地を、大気を、巨大なハンマーで叩き付けられた様な衝撃を響かせ、『フルファランクス』がそれを受け止める。
もう一時間以上繰り返し受け止め続ける衝撃だ。
ファランクスから溢れたモノを、攻撃を担う者達が可能な限り屠り続けているが、全く途切れる気配が無い。
ファランクスの外側、前方では、アムカムの3人に加え、副長のカイル・アーバイン、そして3班班長トニー・イーストンの5人が、雪崩の様なアンデッド共を薙ぎ払う様に屠り続けていた。
時折現れる大型や特型のアンデッドも、他の有象無象と同じ様に倒している。
アムカムの3人にしてみれば、只のスケルトンであろうが、1体で街一つを潰しかねない災害クラスであろうが、変わりが無いのかもしれないな……、とコーネルは、斧の一振りでグレイトスカルを吹き飛ばすコンラッドを、後方から眺めながら考えていた。
今、コーネル達がファランクスで受け止めているアンデッド達は、ハワード達最前衛の取りこぼしではあるが、それでも尋常な数では無い。
現在、フルファランクスを展開する堅固隊は、コーネルを含め3人しか居ない。
先のヴァンパイアの襲撃で、半数の3人が戦闘不能に陥った。命こそ取り留めたが、戦闘に参加できる状態では無い。
兵站部隊が作り上げた防御陣地を囲う壁も、やはり襲撃で破壊され大穴が穿たれていた。
騎士団は、その瓦礫を退け、バリケードを作り直した。
まだ壁その物には、聖位職達が施した『聖成物』としての効果が生きている。
アンデッド達は、ソレに触れようとはしない。
それは『黒岩』を大きく囲む、白銀の壁についても同じだ。
アンデッド達は『聖成物』である壁を避け、そこに大きく開いた穴から溢れて来ているのだ。
おかげで、出口だけを警戒する事で部隊は辛うじて保っている。
これが全方位からの襲撃では、もうどうにもならなかっただろう。
乱戦になれば、動けぬ者から倒されていく事になるのだ。
堅固隊3人が塞ぐ、陣地の壁の『穴』に向かってアンデッドが押し寄せる。
3人の中心であるコーネルが、ファランクスに籠める魔力を上げ、ブーストをかける事で『フルファランクス』の威力を底上げしていた。
掛け声と共に、押し寄せた白い濁流を受け止め押し返す。
『フルファランクス』が収束した直後、ズシリとコーネルが身体に重さが伸し掛かるのを感じた。
ファランクスへの過剰な魔力供給の連続で、重機動魔導装甲の蓄魔力装置が尽き、コーネル自身の魔力が魔導装甲起動維持の為に直接充てられたのだ。
その時、後方から身を低く周りを警戒しつつ、コーネル達へ向かい走る者が居た。
それは兵站部隊の者で、肩に大きなバックパックを背負っている。
戦闘の隙を見て、コーネルの真後ろへ取り付いた兵站部隊の者は、慣れた手つきで、素早くコーネルの腰部に付いている大きなボックスを外し、中身を引き抜いた。
そのまま、バックパックの中から、外した物と同じ形状のモノを取出し、外した場所に同じ様に差し込んだ。
その後、外したボックスも戻すと直ぐ様コーネルの背から離れた。
「これがフル充填された最後の蓄魔力装置です。どうか御武運を!」
兵站部隊の者はコーネルにそう声をかけると、直ぐに他二人の堅固隊の所まで行き、同様にバッテリーの交換を行った。
「もう2時間もすれば夜が明ける!それまでは凌ぎ切るぞ!!」
コーネルが声を上げ、フルファランクスが濁流の様な不死者の波を受け止める。
時間は既に、深夜の3時を大きく回っていた。6時前には陽が昇り始めるはずだ。
実質、夜明けまでは後2時間半と行ったところだろう。
朝が来れば、アンデッドの活動は制限される。
朝陽を浴びれば、低位のモノなら消滅すらするだろうし、上位のモノでも只では済まない。
後方では、セドリックが団員を鼓舞する声が飛んでいた。今も、零れ出た敵を自ら屠りながら、負傷者を避難させているのだろう。
此処が踏ん張りどころなのだ。
コーネルは、腰のポーチから魔法蓄積筐体の装填されたマガジンを取出し、タワーシルドに装着されている空になった物と交換し、再び腰を落とした。
ハワード達アムカムの者が使用する『魔装鎧』と、彼等騎士団が装備する『重機動魔導装甲』との大きな差は、その汎用性にある。
アムカムの者が使用する『魔装鎧』は、使用者の魔力値に依りその性能を大きく変える。
また、使用者の魔力に合わせて調整、制作された物は、その装備者の能力を更に飛躍的に上昇させる物だ。
純粋に使用者個人の能力が戦闘値を決定する。それがアムカムの『魔装鎧』だ。
一方、騎士団の使用する『重機動魔導装甲』は、装備者の能力に関わらず、高い水準の戦闘値を叩き出せる。
それは装備に供給する魔力値を、蓄魔力装置から賄う事により、強化が出来る為だ。
これにより装備者は、その者の魔力値の大小に関わらず、一定以上の戦闘値を弾き出す事が可能になった。
この蓄魔力装置から供給される魔力に、装備者の魔力を上乗せをすれば、更なる強化も望む事も出来る。
尤もその為には装備者に、それ相応の魔力制御能力が必要になって来るが……。
また装備各所に備え付けられた『魔導発現装置』内の各種カートリッジを使用する事で、自身の魔力を消費する事無く、強化、補助、攻撃、回復等の、魔法の発動も、装備者の魔法属性に関わらず使用可能にしている。
これにより彼らは、より状況に応じたカートリッジを使用する事で、戦闘を優位に進めて行く。
本来であれば、高い身体能力と、高度な魔力の制御技能に長けていなければ届かなかった高い戦闘値。
その高い戦闘値を、装着者全てが出せる安定性。そして、状況に応じてカートリッジで魔法を使い分けられる選択肢。
この汎用性こそが『重機動魔導装甲』の最大の特徴なのだ。
今またコーネルの巨躯が地を踏みしめ、打ち寄せる不死者の荒波を押し返した。
『ファランクス』を使い切った『魔法蓄積筐体』が、白煙を纏いながらタワーシルドから飛び出す。
その時コーネルは、目前に押し寄せるアンデッドの群れの先に、光る何かを視界に捉えた。
コーネルの直感が瞬間的に警報を発する。
咄嗟に、装填されたばかりの蓄魔力装置の経路を全開にし、起動している『フルファランクス』へ、一気に魔力を落し込んだ。
次の瞬間、爆音の様な振動を轟かせ、激しい炎の奔流が周りのアンデッド諸共コーネル達を飲み込んだ。
ヂリヂリと皮膚を焦がし産毛が燃える。酸素を奪う高熱の中、呼吸すら出来ない。仮に息を吸い込んだとしても、たちまちの内に肺が焼かれていただろう。
『フルファランクス』を高出力起動させても、これだけの熱量が襲って来るのだ。対応が僅かでも遅れて居たらどうなっていたのか?
コーネルがギリリと奥歯を食い締め、爆炎の圧力に耐えながら、背の総毛が逆立って行くのを感じていた。
轟々と辺りを舐め尽くした炎が収まり、コーネルがユックリと目を開けた。
周りは広範囲に焼けただれ、地表に生育していた僅かな藪や草は燃え落ち、黒い岩地が露出していた。
爆炎の範囲内にあった樹木は燃え上がる事も許されず、途中から炭化して崩れ落ちて来た。
防御陣地を囲っていたバリケードは悉く燃え落ち、周りを囲う壁も、その厚みの中程近くまで炭化していた。最早、今までの様な強度は期待出来そうにもない。
辺り一面を埋め尽くしていたアンデッド達も、殆どが灰と化し、身体の一部を失ってもまだ動けるモノはジタバタともがき、生者へとその怨嗟を向けて来る。
そしてコーネル達の前方で剣を振るっていたハワード達は……。
焼け爛れた荒地の中で、確かにそこに立っていた。
両脚で大地を踏みしめるコンラッド。
彼は、前方に盾の様に突き出した巨大な戦斧を両手で支え、体中からブスブスと白煙を上げていた。
ハワードとジルベルトは、コンラッドを支える様にその背中に左右から手を当てている。
その3人の後ろで、カイルは片膝を付き、地に突き立てた自分のツーハンドソード両手で握り締め、トニーは片手でナイトソードをやはり地に突きたて、もう片方の手のカイトシールドでその身をガードする様に構え、爆炎に耐えていたのだ。
『アックスフォート』
コーネル達騎士団の『ファランクス』と似た防御技だ。
掲げた戦斧に魔力を籠め、物理、魔法耐性の高い魔力シールドとして、パーティメンバーの盾となる。
ハワードとジルベルトの2人は、このコンラッドの技を支える様に、彼の背に掌を当て魔力を流し込みブーストし、その性能を底上げしていた。
3人は咄嗟にこのフォーメーションを組み、この爆炎を凌いだのだ。
コーネル達堅固隊への熱量をも軽減し、その後方に居た部隊の者達へ影響が及ばなかったのも、此処で大きくその力を削っていたからだ。
「あら?これにも耐え切ってしまいますのね?」
パチリパチリと火の爆ぜる音が響く以外、静けさを取り戻していた森の中に、驚いたような女の声が聞こえて来た。
「大変お待たせしてしまって、申し訳ございませんでした。……ですが、パーティ会場は十分に温まっている様ですわね?」
面白いジョークが決まったとでも言いたげに、口元に手を当てクスクスと笑いながら、黒いナイトドレスを纏う女……エレクトラが、崩れた壁の先、森の深みから闇より滲み出る様に姿を現した。
「配下ごと、ワシらを焼き払おうとしたか……。これだけの数を使い潰すなど、随分と豪気ではないか?!ヴァンパイアよ!!」
「あら?見晴らしが良いのは、お気に召しませんでした?」
睨めつけるハワードに対し、小首を傾げ、更におかしそうにエレクトラが嗤う。
「っのヤロぉ……!」
コンラッドが獰猛な笑みを浮かべながら、額にビキリっと血管が浮かべる。
だが、ハワードは間を置かず直ぐさま動き出していた。
地を滑る様に移動して、エレクトラをグランドデバイダの間合いに捉え、そのまま左に構えた刀身を水平に薙ぎ払った。
だが、その刃は、激しい音と共に火花を散らす。
「……!」
「ぅぎっ……!ぬ!!」
ハワードの剣筋は、やはり突如闇から滲む様に現れた、褐色の肌の女が持つ巨大な鉈の様な大剣で阻まれた。その僅かな間にエレクトラを後方に逃がしてしまう。
褐色の女……ジョエルは、呻きを上げながらハワードの剣激を受け止めた。
その時、コンラッドが巨大な戦斧を頭上に振り上げ、勢いよく横凪に、大地に向かい振り切った。
一閃、二閃、三閃。続け様に大地を切り裂き、次々と深い爪跡の様な裂け目を大地に刻んで行った。
すると、その裂け目から、あたかも大地が傷を負ったかの様に、血飛沫が幾つも吹き上がって行く。
同時に、ジルベルトが森の中に走り込んだ。
そのまま低い位置から闇に向かい、薄緑の剣閃を鋭く走らせる。
「ちっ!」
そこからも、薄青い肌をした女……マリーナが、潜んでいた闇から染み出す様に現れ、ジルベルトの剣閃を避ける様に、身体がブレ、一瞬で更に後方へ移動していた。
「馬鹿デッカい花火で人目を引いといて、その隙に鎖を地面に潜り込ませ、後方の連中を狙うってか?で、その黒髪は護衛と陽動か?タネが割れりゃどうってこた無ぇ!何度も同じ手が効くと思うなよ!舐めくさりやがって!!」
コンラッドが女達に向かい吠え上げた。
「……ふん」
エレクトラが口元に手を置いたまま、小さく鼻を鳴らした。
「それで……、どうか致しましたの?」
女達が3人、寄り添う様に立ち並んだ。
気だるげに耳に掛った髪をかき上げながら、エレクトラがハワード達に告げる。
「状況が何一つ変わっていないのは、……同じで御座いましょう?」
「……もういいわエレクトラ。獲物を吊り上げた時の、この人達の顔が面白くってまた見たかったんだけど……。まぁ、しょうがないわね」
エレクトラの肩に左手を乗せしなだれかかりながら、口元に右の人差し指を付け、残念そうに眉根を寄せたマリーナが言う。
3人の女達が身を寄せ合い、クスクスと笑い合う。
「…………」
「……ってめェらっ!」
その女達の様子に、ハワード、コンラッドがギリリと奥歯を食い締めた。
「折角のパーティなんだから、ちゃんとお相手しましょうね?」
「お?やっと真面に遊んで良いのか?やったぜ」
「もう、ジョエル?程々になさいませよ?」
エレクトラが一歩前に進み出て、芝居じみた動きを付け、自らの大きくVの字に開いたドレスから零れんばかりの胸元の前で、両の掌をヒラリと動かした。
すると、その手の中に納まる大きさの、小振りな皮袋が現れた。
エレクトラは、ショーマジックが成功したとでも言いたげに笑みを浮かべ、腰に手を当て、その袋を胸元まで上げて見せる。
そしてその取り出した皮袋の中に手を入れ、ジャラリと何かを掴み出した。
それは2~3センチ程の大きさの、鋭角に尖った何かの牙だ。
その牙をひと握り、エレクトラは皮袋から掴み出し、バラバラと種でも播く様に彼女らとハワード達の間へばら撒いた。
「さあ皆さま!パーティーの再開ですわ!今宵は朝まで存分に踊り狂いなさいませ!!」
エレクトラが大仰に両手を広げ、歌い上げる様に高らかに声を上げると、ボコ、ボコ、と牙がばら撒かれた地面が盛り上がって行く。
そこから次々と、頑強な装備を身に着けた髑髏の騎士達が這い出てきた。
『カドモスナイト』
竜の牙から生まれると言う髑髏戦士の高位体。
その脅威値は『55』。これは、上団位者に匹敵する。
それがワラワラと二十数体。
たちまちの内に地中から立ち現れ、一斉にハワード達を避ける様に走りだし、その後方に居る遠征部隊に向かって行った。
「なんだと?!!」
「ぬぅ!弱き者から狙う気かっ?!」
「壁の華になるなど、ご遠慮頂かないと!今宵は皆様全てが主役でございます!有象無象がお相手など、もうお終いです!この者達でしたら、皆様方を退屈などさせませんわ!!」
エレクトラが、『カドモスナイト』は今迄のアンデッドとはモノが違うと云い放つ。
直ぐ様ハワード達は革鎧の魔法印を輝かせ、脇を抜けようとする髑髏戦士を、その硬質な鎧ごと粉砕して行くが、突如足元からせり上がる黒い壁に行く手を阻まれた。
「クソ!またコイツ等か!!」
コンラッドが忌々しげに叫んだ。
それは先にも見た、3体の黒い大形のアンデッド。それが再びハワード達の行く手を阻む。
「貴方がたは、もう少し此方で遊んで下さいな♪」
マリーナが、巨大な黒い頭骨の上に立ち、ユラユラと空で鎖を揺らしながらハワード達に告げる。
ハワード、コンラッド、ジルベルト、そしてカイルとトニーたち5人は本隊から分断され、前線で孤立させられた。
「ちぃぃっ!トニー!!カイル!!気張れよぉ!!死ぬんじゃ無ぇぞぉ!!!」
コンラッドが、黒い巨体の突進をその戦斧で受け止めながら叫び上げた。
◇
「ライサ!!」
マグリット・ゴーチェが、カドモスナイトの打ち込みをナイトソードで往なし、ライサ・ウルノヴァに次手を繋ぐべく声を上げた。
カドモスナイトがロングソードを振り降ろしたタイミングで、その背後に現れたライサが、身体を捻じり溜めた力を放ち、勢いを乗せた大型ダガーの切っ先を叩き込んだ。
『アタック・ブースト』
ダガーの刃に魔力が乗り、スピードと重さが増強される。
ブーストの魔法を使い切ったカートリッジは、ライサの装着している手甲のチャンバーからリジェクトされ、白煙を纏いながら空を舞い、地に落ちた。
ダガーは、カドモスナイトの背面の装甲に深々と手元まで食込ませ、その一撃の重みでカドモスナイトは宙を舞う。
ライサはそのまま、カドモスナイトの身体が地に突く前に止めを刺すべく、更にダガーに魔法を籠めた。
『聖なる炎』
ライサの軽鎧の腕に刻まれたラインが光を放つ。軽鎧の肩口からカートリッジがリジェクトされた。
そのまま、鎧のラインに灯る清浄な藍い輝きがダガーに向かい降りて行く。そして ゴッ! と音を立て、カドモスナイトは青い焔に包まれ、たちまち力無く崩れて行った。
「一回ごとに『魔法蓄積筐体』使い切るとか、手強過ぎですぅ!シャレになってませんよぉ!!」
「泣き言を言ってる暇はないぞライサ!次だ!!」
涙目になりながら肩で息をするライサに対し、ジモン・リーツマンが左手に持つラウンドシールドで、次のカドモスナイトが入れて来たロングソードの突きを弾いて声を上げた。
ライサは ぅひぃぃいっ と声を漏らしながら、カドモスナイトとジモンの間に身体を滑り込ませ、ダガーをその胸元へ突き入れた。
だが、そのダガーの突きをカドモスナイトは自らのシールドで弾き返す。
カドモスナイトの、感情の無い筈の双眸の怨火が、ニヤリと笑った様に揺らめいた。カドモスナイトは、そのまま弾かれたロングソードを素早く引き戻し、その刃をライサへと向けた。
次の瞬間、カドモスナイトの頭骨がそれを覆っていた兜ごと粉砕され、砕け散った。
マグリットがその後ろから、蒼い魔力を纏わせたナイトソードで叩き割ったのだ。
マグリットはそのままナイトソードを構え直し、一つゆっくりと息を吐きながら、油断なく周りの気配を探っていた。
先程から、纏わり付く様な気配を感じ、背筋に冷たいモノが走っていたのだ。
「ぎぅっっ!!」
突然鳴り渡る激しい金属音と、辺りを照らし出した火花と共に、ライサの短い悲鳴がその場に響いた。
マグリットとジモンが、突然生じた動きに対し刃を向ける。
「へえ、良い反応するじゃねぇか?」
そこには褐色の肌を持つ女が、鉈の様な大剣を振り切った形で、ニヤリと口角を上げながら立っていた。
ライサは、その大剣からの斬撃をダガーで受け、咄嗟に後方へ跳ぶ事で衝撃を緩和していたのだ。
彼女はそのまま空中で身体を捻り、四肢を使って今、辛うじて着地した。
「ひっ……、て、手が、痺れ……」
「ライサ!立て直せ!!」
ジモンがラウンドシールドを構え、ライサを庇う様にその前へ身体を差し入れた。
「お前等なら、少しは楽しめるか?」
褐色の女……ジョエルが手に持った大剣を、八の字を描く様に身体の周りで大きく回して行く。
「二人共!武器に聖気を籠めなさい!!」
マグリットは叫ぶのと同時に、『重機動魔導装甲』に装備されている強化魔法を起動した。
『ブーストアップ』
マグリットの纏う装甲の魔法印が一斉に光を帯び、爆発的な勢いで目標に向かい滑走して行く。
だが、マグリットが叫んだのと同時に、ジョエルも間合いを詰め、瞬時にジモンの目前に現れていた。
ジョエルは、そのまま大剣を横凪に振り切り、ジモンを、構えていたラウンドシールドごと弾き飛ばす。
振り切った大剣をその勢いのまま頭上に振り上げ、ライサに向け撃ち下ろそうとしたところへ、その後方から、マグリットの薄青い聖気を帯びたナイトソードが、ジョエルの心臓に向け突き入れられた。
しかし、ナイトソードは空を突き、ジョエルの姿はその場から消えている。
マグリットは直ぐ様、ナイトソードを担ぐ様に背側に回す。
刹那、激しい音と共に、マグリットの背面のナイトソードに、鉈の様な大剣が打ちつけられた。
ジョエルの目が、一瞬僅かに見開かれる。
マグリットは背後で大剣を受け止めたまま身体を捻じり、ナイトソードを絡めて大剣を上方へ弾き、開いたジョエルの脇腹へナイトソードを叩き込んだ。
ジョエルの褐色の肌が裂け、勢いよく鮮血が吹き出す。
「きひっ!」
ジョエルが僅かに頬を染め、嬉しそうに口角を上げて行く。
「ちったぁ俺達とのやり合い方を、知ってるって事か?ひひ!」
ジョエルが、上がった大剣をそのまま打ち下ろして来た。
マグリットはナイトソードの切っ先を下げる様に斜めに構え、打ち下ろされた大剣の剣筋を脇にそらし、そのまま剣を斬り上げ、更にジョエルの肌を切り裂く。
「ぁひ!聖気が籠められてるか?傷がそのままだ!ぃひひ!!」
ジョエルが大剣を薙ぎ払い、マグリットが受け、往なし、斬り付ける。ジョエルもそれを受け弾き、斬り込んでいく。
凄まじい速度で互いの剣が何度も交差し合い、ジョエルの剥き出しの肌に、幾つもの傷が開き、血に塗れて行く。
マグリットの装甲にも、大剣の破壊力で何か所もへこみ抉らされ、所々から血も滲ませていた。
「ンぁ!いいぜ、イイ!……うぁ!ぃひ、ひ!」
ジョエルが己の傷が増える程、頬を染め目を潤ませ、テンションを上げて行く。
嬉しくて仕方ないと言いたげに、黒い髪を回しながら身体を揺らし、踊る様に大剣を回す。
その褐色の肌を包むように、血の飛沫がジョエルを回り包んで行った。
「……でもぉ、お前のは『知ってる』だけ、だな」
フッと突然冷静さを取り戻した様に、ジョエルの目には、先程まであった熱の籠った光が消えていた。
そのままジョエルは ブンッ と、ぶれる様にマグリットの視界から消え失せた。
マグリットは咄嗟にナイトソードを肩に担ぐ様に構え、同時に周りの空気を探る様に意識を集中する。
直後、背後からの気配を感じ取り、ナイトソードを背側に廻し、心臓部分をガードする様に身体を捻じった。
ザクリッ と、左の腿に衝撃を感じた。
身体が揺れ、姿勢が維持できない。左脚が身体を支える事を拒み、そのまま左へ傾いて行く。
傾き行く視界の中に、闇の中から滲み出る様にジョエルの顔が浮かび、マグリットを覗き込んだ。
「お前のは、普通の……、ただ力に頼るだけのバカ共には、通じそうだけど……な!」
ガツン! という衝撃が、マグリットの腹部に叩き込まれた。
「ガアぁッ!!」
フルスイングをする様に振り切ったジョエルの大剣が、マグリットの腹部に食込み、その勢いのまま身体を弾き飛ばした。
マグリットは、背後にあった大樹に背中から叩き付けられ、そのまま崩れ落ちて行く。
ジョエルは足も動かさず、揺れる様に一瞬でマグリットの前まで移動すると、樹木に力無く寄り掛かるマグリットの、その肩口を勢いよく踏み付けた。
「がぁあっっ!!」
マグリットに付けられたはずのジョエルの傷は、既に綺麗に消えていた。
傷の無くなった腰に手を当て、口から血を飛ばし叫びを上げるマグリットを踏み付け、見下ろしながら、ジョエルはニタリと嗤う。
ジョエルは、そのまま脚でマグリットを抑え込み、その鎧の胸元に手をかけ、力任せに装甲板を引き剥がそうとする。
ギシギシと鎧が軋み、パキッパキッ、と何かが砕ける音が広がっていた。
「うぁ!ぐっ……、ぅぐ……!」
ジョエルの手に力が籠る程に、マグリットが呻きを漏らす。
やがて、ガゴォン と大きな金属音を響かせて、剥ぎ取られた装甲片が打ち捨てられた。
「ぅあぁぁっ!!!」
「ふん、これならハルバート様も喜ばれるか?」
血の気を失って行くマグリットの顔と、剥き出しになったその胸元を見下ろしながら、冷たい眼差しでジョエルが呟いた。
「ぶ、部隊長ぉ!」
「クッ!このっ!!」
ダメージから持ち直したジモンとライサの二人も、強化魔法を起動し、ジョエルを挟み込むように走り出す。
移動しながら、ライサが左の拳を突き出し、攻撃魔法も続けて起動した。
『マジック・ボルト』
破壊力を秘めた魔力の弾が、目標に向かって撃ち出された。
複数の光弾がライサから撃ち出され、それと同時に手甲から、連続でカートリッジがリジェクトされて行く。
幾つもの光弾が、ジョエルへ吸い込まれる様に着弾して行くが、その身体へ到達すると同時に、火花になり散り消えてしまう。
「ちっ!!」
カートリッジ一つにつき、光弾は5発発射出来た。
先刻まで襲って来ていたアンデッド共なら、この一発が当れば確実に屠れていたのに、このヴァンパイアの魔法耐性は相当に高い。
ライサは、『マジック・ボルト』の連射を止め、ブーツに仕込まれた『クイックステップ』を起動し、一気にジョエルとの間合いを詰めた。
ライサが『マジック・ボルト』を撃ち止めるのと同時に今度はジモンが魔法を放つ。
『マジック・ケイジ』
ラウンドシールドからカートリッジがリジェクトされる。
起動した魔法は、ジョエルの足元で五角形の魔方陣を浮かび上がらせた。
魔方陣はそのまま連続で展開して組み上がり、正十二面体の檻を作り上げた。
檻はジョエルの全身を囲うが、邪魔だと言いたげにジョエルが大剣を振ると、魔方陣は砕ける様に散り、消えてしまう。
ジョエルの動きを止められたのは一瞬だった。
だが、その一瞬でライサがジョエルに迫る。
ライサは起動した『クイックステップ』で、ジグザグに軌道を変えながら、踊る様に右に左に身体を捻じりながら距離を詰め、『マジック・ケイジ』が砕けた直後、両手に装備した大型ダガーに魔力を籠め、攻撃を繰り出した。
『クロス・ブロー』
低い位置からせり上がる様に、逆手に持ったダガーの連撃が左右から続けざまに繰り出される。
ガガガガガ……と、間断の無い金属音が森の中に響き渡る。
「部隊長から……離れろぉ!!」
「お前らじゃ、ちょっと足りねぇなぁ。ひひ」
「くぅ!この!!」
ジョエルがニヤリと口角を上げ、愉快そうに目を細めながら、ライサの連撃を大剣で捌き続けた。
そこへ、シールドを打ち捨て両手でナイトソードを振りかぶったジモンが、渾身の力を籠めた一刀を打ち下ろす。
淡く青の聖気を纏ったナイトソードが、ジョエルの褐色の肩口に、吸い込まれる様に刃が走る。
ガツン とナイトソードが大地を穿った。
ジモンが大地に食込んだ自分のナイトソードを見詰め、目を見開いた。
何の手応えも感じなかったその剣筋を追い目線を上げれば、ナイトソードが走った跡に沿う様に、ジョエルの身体に帯状の黒い何かが渦巻いていた。
その黒い何かは、そのままジョエルの右半身を覆って行く。
いや、変わっているのだ。
ジョエルの身体が黒い霧となり、実体の無い存在に変わって行く。
だがその左半身はそのまま存在し、大剣を持った左手でライサのダガーを捌き続けていた。
ジョエルがジモンを肩越しに見返り、赤い唇を吊り上げ、白い牙を覗かせながらニタリと嗤う。
ブワリ とジョエルの全身が黒い霧となり、その場から立ち消えた。
突然目標を失ったダガーが空を斬り、ライサが目を見開き、たたらを踏んだ。
「ぐああっつ!!」
次の瞬間、ジモンの右の肩口に、鉈の様な大剣が深々と食込んでいた。
ジモンの背後では、大剣を振り降ろしたジョエルが、口を吊り上げて笑いながら、ユラリと佇んで居る。
ジョエルがジモンの肩口から大剣を引き抜くと、ジモンは咳き込むように血を吐き出し、その場に崩れ落ちた。
更にジョエルは、邪魔だとばかりにジモン蹴り飛ばし、森の木々へと叩き付けた。
「ジモンさん!!!」
ライサは叫ぶと同時に、ジョエルが再び視界から消えた事に気が付き、周りを警戒しつつダガーを構え、ジョエルの気配を探って行く。
自分の呼吸音だけが、不必要に辺りに響いている様に思えた。足の開きを少しずらすだけで、土を踏む音が妙に耳に付く。
木々の向こうで、ジモンが呻き声を漏らすのが分った。良かった、まだ生きている。
ライサはジモンの生存に安堵を覚えるが、その時、ゾクリ と自分の左側から、寒気のする気配が立ち上がるのを感じた。
ライサはその気配の先へ向け、躊躇わずダガーで斬り込んだ。
しかし、ダガーは只空を斬り裂く。
と同時に、強烈な衝撃がライサの右側で炸裂した。
ライサは、装備が軋み、自分の右の上腕骨が在り得ない音を立てるのを聞いた。
「あぐっ!ぎぃぅぅっ!!」
ジョエルの強烈な回し蹴りで吹き飛ばされたライサは、苦痛に声を上げながら、地面を何度もバウンドし転がった。
岩肌を転がされ、樹木に弾かれ、ようやく転がり止まったライサが、か細く呻きを上げながら大地に横たわる。
地に転がっているライサに近付いて来たジョエルが、その肩口を掴み持ち上げると、そのまま鳩尾に膝蹴りを叩き込んだ。
胴部の装甲はへしゃげ、ジョエルの膝は深々とライサの身体に減り込んだ。
何本かの肋骨を折り、内臓も幾つか損傷しただろう。ライサは身体をくの字に曲げ、絞り込むような呻きを上げながら、内容物と一緒に血を吐き出した。
ライサが僅かに保っていた意識は、そこで完全に手放された。
ジョエルは、意識を失ったライサの短めのハニーブロンドの髪を掴み、自分の顔の高さまで持ち上げた。
力無く吊り上げられたライサの顔を、じっくりと検分する様に見回し、鼻を近づけクンクンと匂いを嗅ぐと……。
「ふん!こいつもハルバート様用だ。……十分お楽しみ頂ける」
そう言うと、無造作にライサの身体を投げ捨てた。
ジョエルがその場で片手を億劫そうに振ると、その足元の影が広がり、そこから全身白づくめで、メイドの様な姿をした者達が頭を垂れ、影の中からせり上がる様にして現れた。
「死なない程度に治療しとけ」
ジョエルの言葉に従う様に再び頭を下げ、マグリットとライサの身体を引き摺ったまま、白いメイド達は再び影の中へ沈み消えて行く。
メイド達が影の中に消えると、ジョエルは北側の、まだハワード達が戦闘をしている魔力の揺らぎがある方向に目を向けた。
「空が白んで来たか……。陽の出までは後一時間ってとこか?まだ少し時間はあるな?やっぱり、あの爺さんとは、やり合いたいしな……。土産も確保したし、最後に遊んでも問題無いよな?……ぁふ、ふひ、ぃひひ!」
ジョエルは、自分の身体を抱く様に腕を回し、自らの身体を撫で上げ、眼を潤ませながら艶のある吐息を漏らす。
やがてそのまま、森の影の中に溶ける様に消えて行った。
次回「夜明けのヴァンパイア その2」
主人公は、その後の話でやっとでますー(≡ω≡;)





