68話 機動重騎士の激闘
公開を始めてから一年が経ってしまいました。
此処までお付き合い頂いている皆様、ありがとうございます。
何とかこのまま、エタる事無く最後まで書き上げたいと思っていますので、最後までお付き合い頂けると嬉しゅうございます!
まだ全然書き溜まっていないのですが……、区切りかな?と思い一話投下させて頂きますー。
2の紅月4日 PM18:40
「堅固隊!コーネル!!何としても阻め!フルファランクス断続起動!必ず食い止めろ!!」
日が陰り、薄闇が迫ろうとする木々の間、堅固隊の隙間を抜け、刃の欠けたロングソードを振り降ろして来た髑髏騎士を、その剣ごと頭骨を斬り飛ばしたセドリック・マイヤーが、声を上げ指示を飛ばした。
「フレッド!資材の確保を急げ!衛生隊!リサ!聖域展開の範囲を維持しろ!怪我人は重症者でもなければ、治療は手持ちの医療パッチを使わせておけ!衛生隊の魔力は我々の生命線だと知れ!!」
屠られた髑髏騎士はその場で光の粒子になり消えて行く。
セドリックは、そのまま次々と部隊に指示を飛ばし、再び溢れ出て来たアンデッドの頭蓋を叩き割った。
堅固隊と呼ばれる大型のタワーシールドを構えた者達が6名。横一列に並び、壁を築いていた。
盾を構える騎士と騎士との間は2メートル以上の開きを持っているが、その間には強力な魔力障壁が張られている。
『防護陣』
盾装備者が使用する強固な防壁だ。
装備者が構えた盾を中心に、およそ半径2メートルに渡り展開される魔力の盾。
並列起動で横並びに展開された魔力の壁は、『フルファランクス』と呼ばれ、より強力に魔法、物理の耐性を持つ。
それは、荒波の様に押し寄せるアンデッドの群れさえ、瞬間的に押し返していた。
その壁の内側には騎士団本隊が控え、それを守る様に聖位職が張る聖域が、彼等の周りを囲っている。
アンデッド達は、その聖なる障壁を避ける様に、襲撃の波は正面のファランクスに集中していた。
堅固隊が声を上げ、タイミングを取り、並列起動を繰り返す。
並列起動の合間合間に生まれる、息継ぎの様なフルファランクスの途切れに多くのアンデッドが殺到する。
額に角を持つ巨躯が、一瞬薄まった防壁の隙間から、盾を持つ者を引き摺り倒そうと半ば腐敗した腕を伸ばす。
豚面をした肉塊が白く濁った眼を剥き、喉の奥をゴボゴボと泡立たせ、声無き叫びを上げながら頭を捻じ込んで来る。
溢れ出るアンデッド達を、堅固隊後方に構える騎士団本隊が次々と処理して行く。
ある者は槍斧で突き。またある者は長剣で、戦斧で叩き割る。
魔法を使う者であれば、炎弾を、光の矢を撃ち放つ。
皆それぞれの得物で、絶える事無く押し寄せる不死なる土石の流れに抗っていた。
「来ます!正面に大型1!特型2!!」
最前面で堅固隊を率い『防護陣』を展開する第6班班長コーネル・ウォーリッチが、戦場の喧騒に負けぬ通る声で、特異な敵の接近を告げ、叫んだ。
針葉樹の間から、暗い眼窩の奥に怨火を灯し、巨大な頭骨が此方を睨む。
大型のスケルトンが、悠々と脚を踏み出し、前へと進んで来る。
その後方から、白く帯状の物が、交互に交差し合いながら、二つ、やはり此方へと突き進む。
『スカルセンティピード』
その体長は凡そ20メートル。白骨で形作られた大型の百足の様な身体に、巨大なスケルトンの上半身。その両手の蟷螂の様な凶悪な鎌が、獲物を無残に切り裂く。
それは脅威値110の悍ましき大型アンデッドだ。
コーネルの叫びに答える様に、ハワードが一歩前へ足を踏み出す。
「カイル!『グレイトスカル』はお前に任せる!やって見せい!!ジルベルト!周りの雑魚共を片付けろ!!コンラッド!抜かるなよ!!!」
「ハイ!!」
「お任せを」
「ふはっ!遅れるなよ!ハワード!」
白い津波の様に押し寄せるアンデッドの塊りを、堅固隊の者達がタイミングを合わせ押し開き、4人が白い濁流の中へ飛び込んだ。
忽ちアンデッド達が彼等に群がり集まるが、次の瞬間、波が岩肌にぶつかり白い飛沫となる様に、アンデッド達の白い骨が、血の通わぬ腐肉が、砕け飛び散った。
そのまま、まるで草原の草でも刈り取られる様に、アンデッド達がバタバタと砕ける様に沈み、散って行く。
右に左に刈り取る軌跡が蛇行し、草むらの様に林立する、白い群れの中に道を作る。
身を低くし走り抜けるジルベルトが、右手のロングソードと、左手のダガーを素早く打ち回し、次々とアンデッド達を刈り取っているのだ。
彼の前ではアンデッドの群れも、身の丈ほどもある草叢と何ら変わらない。
ジルベルトの左目を覆うアイパッチが、革鎧に刻まれた魔法印が、そしてロングソードとダガーがアイスグリーンの光を放つ。
淡い緑の軌跡が、白く揺れる波の様なアンデッド達の群れに、次々と道を刻んで行く。
その道を、二つの影が砲弾のように突き進み、更に道を広げる。
その影が進む直線上に居る物は、影達に弾かれ砕け飛び散り、周りも巻き込み更に空間を広げてしまう。
影の一つは、難なく目標の前まで辿り着き、それに向かって咆哮を上げた。
『ハーキュリーズ・ハウル』
魔力を籠めたコンラッド・ブロウクの雄叫びは、一時的に自分を含めたその場に居る味方の筋力を底上げし、集中力をも上げる。
更に、咆哮に乗せられた魔力は大きな波紋となり、魔力の波を叩き付けられた相手は、一時的に動きを阻害される。
それが魔力で動く相手であれば、その効果は顕著だ。
魔力で動くアンデッドは、コンラッドの叫びで動きが一瞬止まってしまう。
その隙を見過ごすコンラッドでは無い。
歯を剥き出し、獰猛な笑みを浮かべ、獲物を刈り取らんと躍りかかった。
身を捻じり、巨大な戦斧を右側に引き絞り力を溜め、そのまま獲物へと疾駆する。
スカルセンティピードの硬直は一瞬だ。迫るコンラッドに向け、直ぐ様巨大な死神の鎌の様な両手を振り上げた。
だが、コンラッドにはその一瞬で十分だった。既にその巨大な獲物の懐に入り込み、必殺の一撃を撃ち放つ。
『リミット・アックスブロウ』
装備の魔法印をバーミリオンに輝かせ、憤怒の朱色に染め上げられた極激は、巨大な敵を躊躇い無く粉砕する。
腕を上げガラ空きになった胴部、百足の身体とスケルトンの上半身の繋ぎ目が、砕かれ爆散した。
支えを失い白く硬質で歪んだ柵の様な上半身が、打ち砕かれた勢いのまま、空で捻じれ地上へ落ちる。
百足の身体も、その衝撃で三分の一が砕け飛んでいた。
我が身に起きた事が信じられぬと言いたげに、開く術を持たぬ筈の髑髏の眼窩が、大きく見開かれた様にその闇を広げていた。
落下するその身体が地に振動を響かせるのとほゞ同時に、コンラッドが追いの一撃を落とす。
『メテオフォール』
神の怒りの如き赤く燃え上がる一撃が、絶大な衝撃を大地に響かせ、その人の姿に似せた巨大な頭骨を粉砕した。
◇
スカルセンティピードの二本の大鎌が、上方から勢い良くハワード・クラウドに向けて振り降ろされた。
ハワードは、光を帯びた灰色の両眼をカッと見開き、その人骨で形作られた歪なオブジェを……、目前に迫るその白刃を睨みつけていた。
その硬質な白き刃が振り降ろされるのを見据えながら、ハワードは、ぬん!という気合と共に、両手で握る黒い大剣を振り切った。
黒い大剣『グランドデバイダ』は、その巨大な黒い刃を淡く清浄な蒼の色に染めながら、暗さを増す大森林の空間に光を放つ。
振り降ろされたスカルセンティピードの二本の大鎌に、グランドデバイダの剣筋が描く青いラインが交差する。
その瞬間、大鎌は、飴細工か氷ででも出来て居るかの様に砕かれ、飛び散って行った。
突然、己が得物を失った事に、スカルセンティピードの物言わぬ筈の暗き眼窩奥の怨火が瞬いた。
と同時に、自分に歯向かう身の程知らずなちっぽけな存在に、頭骨を揺らしながら怒りの咆哮を上げた。
怒りを露わに大気を震わせる死者の叫びは、浴びせられた生者の正気を奪う物だ。だが、それはハワードには届かない。
スカルセンティピードは、失った両手に変わり、巨大な顎を開き獲物を食い千切ろうと、その長大な身体をうねらせ、目標へ突っ込んだ。
ハワードは、切っ先を敵に向ける様に大剣を顔の横に構え、腰を落とし身体を捻じり、弓を引き絞る様に力を貯めていた。
巨大な顎がハワードに喰い付かんとした瞬間、ハワードの装備の魔法印が一際大きく輝いた。
その焔を模った様な肩当てから、蒼い輝きが一本の線となり、腕を通り大剣へと流れ、大きな魔力が収束される。
『インパクトブリット』
轟音を辺りに響かせ、青い衝撃となった大剣の一撃は、迫り来た巨大な頭骨を貫き粉砕した。
その衝撃は、百足の様な本体の殆どをも貫いた。
悍ましくも白骨で形作られたオブジェが、ハワードの前で音を立てて崩れ散って行った。
◇
「お主も上手く倒せたようだな……カイル?」
「無事、討ち取られたでごぜぇます。旦那様」
「はぁっ!……はぁっ!……はぁっ!……ジ、ジルベルトさんの……お、おかげ……です……!」
頭を覆うヘルメットを外し、大の字になり息を荒げて倒れ込むカイル・アーバインに向かって、ハワードが彼の首尾を問いかけていた。
始めカイルは、グレイトスカルの巨体にそぐわぬ素早さと、その圧倒的な耐久力に翻弄され続けていた。
だが、ジルベルトの援護により、グレイトスカルの脛骨が破壊され、バランスを崩して倒れた所でその頭部を叩き割り、辛うじて仕留める事が叶った。
重機動魔導装甲の蓄魔力装置は、予備も含めて完全に空だ。
カイルにしてみれば、これは体力も魔力も絞り切っての辛勝だった。
「グレイトスカルの頭はやたら固いからな。それを、助けを借りながらもカチ割ったんだ!大したもんだ!」
コンラッドが、兵站部隊の者から受け取った水筒で、喉を潤しながら、カイルの首尾を讃えていた。
「ありがとうございます、クラウド卿!コンラッド殿!それにジルベルト殿も!カイルもだ!良くやってくれた!!」
セドリック・マイヤーが、4人に近付き感謝の言葉を告げていた。
今、戦線が維持出来ているのも、彼ら三人が居るからだ。
今も大型のアンデッドを撃退できたおかげで、敵の押し寄せる圧が随分弱まった。
彼らが同行していなければ、どうなっていたのか……、考えただけで嫌な汗が染み出て来る。
「なに、奴らは速くて攻撃力は高いが、叩けば脆い。何とでもなる」
なあ? と横目でハワードを見ながらコンラッドが言えば、ハワードも肩を竦めて見せた。
それを見ながらカイルが そう言ってしまえるのはクラウド卿達だからですよ…… と苦笑いを浮かべ、身体を起こしながら小さな声で呟いた。
「大隊長!敵が後退しています!」
前線からコーネルの叫びが響いて来た。
「ちっ!……遊んでやがるぜ」
コンラッドが忌々しげに言葉を吐き捨てた。
マイヤーが、コンラッドの言葉に同調する様に渋面を作った。
実際の所、これまでの奴らの攻め方は、此方を殲滅しようとしているとは到底思えない。
初激の乱戦で、幾人かの非戦闘員が犠牲になってはいるが、それ以降、隊列を持ち直した後はほぼ拮抗状態を保っていた。
「兵を引こうと後方へ下がる様子を示せば、周りから覆う様に包囲網を掛けて来るくせ、真正面から迎え撃ってやろうと構えれば、今度はひたすら正面からだけ突っ込んで来る……」
やっぱり遊んでやがる!とコンラッドが再び忌々しげに言葉を吐き捨て、飲んでいた水筒をハワードへ向け放り投げた。
ハワードはそれを片手で受け止め、自らも喉を潤す。
既に日は沈み、薄闇が広がる中、広げられた陣の周りに幾つもの清浄な輝きが立ち昇り、その周りを囲んで行った。
騎士団の中の聖位職を持つ者達に依る、『聖域結界』だ。
聖職者たちが展開する聖域は、本来であれば、不浄なるアンデッド達を退け、奴らに特効を与える神域の輝きだ。
だが、これだけの不死者の群れに向けては、左程大きな効果は期待できるとは考え難い。
押し寄せる劫火にバケツの水をかけた所で、どれ程の役に立つと言うのか?まさに焼け石に水でしかない。
それでも、今、敵が撤退を始め、押し寄せる圧力を減らしているのなら、多少は息つぎの助けになるだろう。
少なくとも、最前線でファランクスを張る堅固隊には、交代で休めさせなくては。
フレッドが今、防御陣地を作る準備をしている、それが出来れば一時的な休憩は可能になる。
これは間違いなく持久戦だ。体力の温存こそが、全てを分ける鍵だ。
アンデッドの大群相手の持久戦など、これほど分の悪い物は無いがな……。
と、マイヤーは自嘲気味に口元を歪めた後、部隊に次の襲撃に備えての指示を飛ばした。
「……ケイシーは、……伝令は、無事アムカムまで……、辿り着いたでしょうか?」
トニー・イーストンが、コンラッドの横で座り込み、乱れた息を整えながら問いかけていた。
息を継ぐのに邪魔なのか、彼のヘルメットは頭の後ろ側に外されている。
「無論だ……、あ奴ならば必ずな」
ハワードが、先程までよりも数を減らしたものの、未だ荒波の様に押し寄せるアンデッドを見据えながら答えた。
「しかし!たった一人で、これまで来た道を辿り戻るのですよ?!何事も無く抜けられるとは……、とても……!」
「まあ、順当に魔獣共は襲って来るだろうなぁ……」
トニーの言葉にコンラッドが、さも当然の様に答える。
「それが判っているのであれば……!たった一人で行かせるなど……、せめて後二人……いや!1チームで行かせるべきでした!」
「あの状況で、1チーム抜けさせる事が出来たか?思い出せ!」
「レグルスは森を知り抜いている。……そして、あ奴は必ず村まで帰り着く」
「そう云う事だ!それとも何か?お前等が1人で行かせたケイシーって奴の実力が、お前は信用でき無ェって事か?」
「そうじゃありません!奴とて機動重騎士の一人です!そう易々と魔獣に後れを取るなどあり得ません!」
「なら良いじゃねェか」
「……ですが!」
「信じてやれ……、どっちにしても、今お前に出来るのはそれだけだろうが?」
コンラッドの言葉にトニーが押し黙った。
「落ち着いて下さいトニー……、貴方、怪我をしてますね?脇を見せて下さい」
「え?あ……そうか?」
俯き座るトニーの傍らに、衛生隊の者が一人近付き片膝を付いた。
「肋骨が2本、折れていますよ?気が付きませんでしたか?」
「お……、そ、そうか」
「しょうがありませんね……、ハイ、大丈夫です、もう継ぎました」
「……あ、ス、スマン、リサ。助かった」
「……うむ、見事な物だな」
「リサは、我が大隊の優秀なハイプリーストですから」
淡い光を放つ、癒しの輝きを眺めながら告げるハワードの賞賛に、マイヤーが誇らしげに答えていた。
衛生隊長でもある第5班班長リサ・タトルは、この大隊に4人しか居ない聖位職の1人だ。
聖位職の装いは、前衛を預かる他の騎士団の者と多少異なっていた。
魔法職の装備は総じて、魔力効率の高いローブをベースにした物で構成されている。
ローブの上に胸当て、肩当、腰当などが装着されている形だ。
リサの装備のローブは飾り気のない武骨な物では無い。
スリットの入った長いローブからは、女性らしい、しなやかな腿が覗き伸び出ている。
その脚を覆うローブ地は清浄なる蒼のベルベッドで、その布地の縁や内側をミスリルの金糸銀糸で立体的に魔法印が刺繍されていた。
その為、高い魔法効率と、魔力を纏う事で得られる魔力や物理の耐性力は、下手な魔獣の革で作られた魔法装備よりも、遥かに高い性能を誇っていた。
彼女も、多くのプリーストと同じ様にラウンドシールドとメイスを装備している。
今は彼女もカイルやトニーと同じ様にヘルメットを外し、左手のシールドは腕側面に固定され、メイスは腰のホルスターへ納め、両手をフリーにし、必要な相手に癒しを与えていた。
今のトニーの様に、戦闘中の高揚感から、自らが怪我を負っている事を自覚出来ていない者も少なくない。
そのまま戦闘を再開すれば、取り返しのつかない事になりかねない。
戦況が落ち着きつつある今、彼女はそんな者達を見廻り、彼らのメンテナンスを行っているのだ。
トニーの治療を終えたリサは、黒いショートボブを小さく揺らしながらカイルにふり向き……。
「貴方は……大丈夫そうですね副長。さすがです」
「君の愛をこの身に受けられないのは、残念でならないけどね……」
カイル・アーバインが、スッと立ち上がりながらリサに微笑みながらそう告げる。
リサはカイルの言葉に、黒い大きな目を一瞬しばたたかせ……。
「あら?受けるのは私の愛では無く、神々の愛ですよ?カイルは何時の間に、そんなに信心深くなっていたの?」
と驚いた様に言うと、コロコロと笑い出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「倒木を撤去するのは大変でしたから、そのまま補強してテントを張ってしまいました」
事も無げに、兵站部隊整備主任フレッド・ローリングが言った。
ハワードが案内された場所には、防御陣地と言うよりはちょっとした砦の様な代物が出来上がっていた。
最初の戦闘の影響で倒された木々も使っているそうだが、僅か1時間程でこれだけの物を仕上げる兵站部隊の手際に、ハワードは舌を巻いた。
荒波の様に押し寄せていたアンデッドの群れも、今は引き潮の様に後退し、先程までの喧騒が嘘の様に辺りは鎮まっている。
それでもまだ、十数体のアンデッドが此方を覗い、隙あらば襲い掛かってくる為、散発的な戦闘は行われていた。
テントの周りに、倒木を利用して柵を作り、更にその内側にも2メートル程の高さの壁を作り囲っていた。
土属性の『アースウォール』で作った物だと云う事だ。
創り上げた兵站部隊の練度は高く、壁は存外に厚く丈夫だった。
これに聖位職の者達が、神殿の紋章が刻み込まれた『聖別』されたメダルを組み込み、『聖成物』とする事でアンデッドの侵入を阻もうと云うのだ。
確かにこれなら低位のアンデッドであれば、近づく事はおろか、触れるだけで浄化されてしまう程の効果を発揮するだろう。
だが、先の襲撃程の大群が押し寄せれば、たちまち大波に呑まれる様に埋め尽くされ、意味を成さない物に転じてしまう。
……それでも、十分一時凌ぎにはなる。
一時凌ぎには……な とセドリック・マイヤーは眉間の皺を依り深めた。
「大隊長、偵察部隊が戻りました」
槍斧を持ったまま天幕の入口を開け、4班班長ノーマン・ランスが声をかけて来た。
既にハワード達が大型のアンデッドを駆逐して、1時間以上が経過していた。
星すら見えぬ森の深淵は、既に闇に包まれ、『聖域結界』の放つ輝きだけが漆黒の暗がりの中、そこだけを切り取った様に陣を浮かび上がらせている。
ノーマンが伝えたのは、アンデッドの襲撃が落ち着きを見せ始めた頃、偵察を任せた部隊が戻って来たと言う報告だ。
今、張られたテントの内、一番大きな物に今回の遠征隊の主要な者達が集められていた。
騎士団本隊の4人の班長、オブザーバーとしてアムカムのハワード、コンラッドの二人と三博士、そして遠征の責任者コナー・クラークだ。
テントの中央に置かれたテーブルには、大隊長セドリック・マイヤーと副長カイル・アーバインを中心に、3班班長トニー・イーストン、5班班長リサ・タトル、6班班長コーネル・ウォーリッチが囲んでいた。そこへ、偵察部隊の到着を告げた4班班長ノーマン・ランスが間へ入る。
「お待たせしました大隊長。ただ今戻りました」
ノーマンの後から、偵察隊を引き連れたマグリット・ゴーチェ、1班班長ジモン・リーツマン、2班班長ライサ・ウルノヴァが続いた。
元々、先遣部隊を務めた1班、2班は、索敵能力の高い者を揃えた班だ。
偵察は、その中から選抜された5人と二人の班長、そして部隊長のマグリットの計8人を二組に分け、東西に向けて行われた。
「クラウド卿達が仰っていた様に、『黒岩』は此処から北に凡そ700メートルの距離で、東西に渡って連なっています」
テーブルの周りに全員が揃っている事を確認したマグリットが、その上に広げられたイロシオの地図に指を走らせながら報告を始めた。
「おかしなのは、此処から西にも東にも2~300メートル進んでも、魔獣が全然出て来ない事なんです」
「『黒岩』に近付く程、草木が目に見えて減っています。『黒岩』のある地点から半径100メートル程の空間は、完全に植物は生成していません。黒い荒地です」
ライサが、この付近で魔獣と遭遇しなかった事を告げれば、ジモンが黒岩周りの異常を報告した。
「結論から言えば、敵は『黒岩』から来ています。『黒岩』に亀裂の様な裂け目があり、其処から奴らが出て来ています。恐らく本隊は、その向う側かと。現在黒岩のこちら側に居る敵は、……敵は、…………凡そ6千……」
「なんですかそりゃ!?2千って数は何処へ行った?!」
「多分、黒岩の向こう側からどんどん際限無く湧いてるんです……」
マグリットの報告に、トニーが驚いた様に声を上げ、それにライサが答えた。
「裂け目の幅は5メートル以上あると思われます。そこから大型のアンデッドが姿を見せるのを、目視する事に成功しています」
ジモンの報告に、一瞬テント内がザワ付いた。
「今回、ブッシュも無い全面岩肌が剥き出しの『黒岩』を登り切る事は、隠密性を保つと言う意味でも実行は控えました。残念ながら、『黒岩』の向こう側を確認するには至っていません。申し訳ありませんでした」
「いや、マグリット十分だ。無理をせずに良く戻ってくれた」
マグリットが頭を下げると、セドリックが損失の無い十分な成果だと三人に労いの言葉をかけた。
「ブッシュが無くて昇り難い?冗談だろ?それに昔、『黒岩』に亀裂なんぞ無かったぞ?」
そこへコンラッドが疑問を漏らした。
コンラッドの知る『黒岩』は、疎らとはいえ草木はシッカリ根付いていた。
少なくとも、岩肌が剥き出しの禿山などでは無かったのだ。ハワードもそれに頷いていた。
「そりゃ、地殻が動いたからじゃな」
「モリス博士?」
「この『黒岩』は……マヌーライトの鉱脈じゃろ?」
構造地質学の研究者、モリス・バルタサルが声を上げた。
一同は一斉にモリスに視線を向ける。
「ちょいと前から、この辺の地質に黒い岩が目立っておった。これはマヌーライトが含まれた地質じゃと、今日の午後にも言った筈じゃ」
「そ、そうだ!だ、だから私は!……私は悪く無い!!」
「落ち着いて下さい、クラーク代理。誰も、貴方が悪いなどと、言っていません」
「まあ、精製した高純度の物は、同じ重さの金より高価じゃよ、と言った途端に目の色が変わったのは間違いないんじゃがな!」
「モリス博士……!」
「だ、だから何が悪い?!国益があると分かって、それを求めるのは国に仕える者であれば当然の事だ!!」
動揺し、周りに居る者を見回しながらコナー・クラークが大声を上げた。それをセドリック・マイヤーが窘める。
それは『黒岩』までの距離2キロ弱、時刻は15時を回った頃。
当初の予定では、その丘にキャンプを敷き、補給基地とする筈だった。
だが、基地の設営を始めようとしていた矢先、その土地の地質を調べていたモリスの言葉に、クラークが喰い付いた。
この地に見られる黒い地質は、『マヌーライト』が含まれている物だとモリスは言う。
『マヌーライト』は高い魔導性を持つ鉱物で、精錬され不純物を取り除いた高品質の物なら、同じ重さの金よりも高価だ。
魔力の流れから、この地には多くの『マヌーライト』が含まれている可能性は高く、今目指している『黒岩』と言うのは、地表に剥き出しになった『マヌーライト』の鉱脈で間違いないと。
その丘からも2キロ先で東西に連なる『黒岩』は、木々の間から目視出来た。それを、自前のゴーグルで測量しながらモリスが語っていたのだ。
それを聞いたクラークは色めき立った。
今、この地に補給基地を作れば、自分はお役御免になり此処から引き返す事になる。
それは自分にとって待ちに待った時ではあるが、同時に我慢出来ぬ事実でもあった。
目の前に宝の山があると言うのに、それを目前に指を咥えて立ち去れと言うのか?
この先の鉱脈に補給基地を作り、そこから採掘の手配を作り上げられれば、一体どれだけの栄誉が得られる事か!
それが得られれば、此れまでの苦労も報われると言うのに……。
コナー・クラークにとって、此処で引き返すなどと言う選択肢はあり得なかったのだ。
クラークは、補給基地設営を始めた騎士団に待ったをかけた。そして、直ちに『黒岩』へ向け出発する事を主張したのである。
大隊長のセドリック・マイヤーを始め、兵站部隊主任フレッド・ローリングらは、それは無謀な行為だと説得を試みた。
ここから『黒岩』へは、緩やかな下り道の為、行軍としては今迄よりも幾分早くなるかもしれないが、あと2時間もすれば陽が隠れはじめる。そうすればキャンプの設営はおろか、進軍するのも厳しい。それがこの地では如何に危険な事かはクラークとて承知している筈だ。
現在の、この高台になっている場所で補給基地を設営する事の優位性などを丁寧に説明し、進軍を思い止まる様に説き伏せようとした。
だが、クラークは頑として応じず、進軍は続ける事になり、結果、アンデッドとの接敵に至ったのだ。
「クラーク代理、分かっていますから落ち着いて下さい」
「その通りだ、遅かれ早かれ、奴等とはかち合っていた。誰のせいでも無い」
「だが野営予定地を無視して、相当進んで襲われたからな、馬も人もいい加減バテてはいたな」
「……コンラッド!」
「……私は……悪く無い!…………私は……!」
ハワードが、あれは避け様が無い事だったと言えば、コンラッドがそれを揶揄する。
クラークの声は次第に小さくなり、その視線の先には誰も映っていなかった。
「それでモリス博士、『黒岩』の亀裂と現状に何か関連が?」
「此処に来るまでにも、幾つもの地層のズレが確認出来ておったんじゃが……、大異変の影響か、地震とかの地殻の動きがあったのか……、恐らく両方じゃろうな」
セドリックが仕切り直しと言う様に、モリスに改めて問い掛けた。
モリスはそれに応え、考察を続けた。
「マヌーライトは魔力の吸質性、流動性共に高い鉱物じゃ。その大規模な鉱脈が連なっておるともなれば、この辺の急流の様な魔力の流れも説明が付くと言うもんじゃろ?今回の大異変により、急激な魔力の奔流に曝された鉱脈が歪みを起こし、断裂したのがその黒岩の亀裂なんじゃろうな」
「ふむ、その断裂により膨大な魔力が溢れ、大規模な魔力溜まりが出来たと推測出来るね」
「セイワシ博士……」
モリスの考察を継ぐ様に、魔導力学のセイワシ・メルチオが話を始めた。
「ふむ、大きな魔力溜まりは、そのまま瘴気へと変質し易いからね。『黒岩』周りの植物の死滅は、瘴気の発生を示していると思うね」
尤も……、と話を続ける。
「ふむ、しかし、この短期間で、自然に瘴気化するとは考え難いけれどね……」
「では何かそれ以外の要因が?」
セドリックの質問に、どうなんだろうね?とセイワシがノソリを見やる。
「自然発生したアンデッドと云う物にはのぉ、幾つか特徴があってのぉ」
セイワシに変わり、今度は魔法生物学のノソリ・カスバルが跡を継ぐ。
「発生したばかりでは、その地から動けんと言うのがあってのぉ。これはその場所の『記憶』が形作った物じゃから、当然と言えば当然なんじゃがの」
「もう一つあってのぉ、奴等は怨念やら情念やら言うアストラルが、エーテル体を取り込み実体化されたものじゃからの、魔力生成生物の一形態と言えなくもないんじゃがのぉ、如何せんアンデッドは端から死んでおるから生物ではないしのぉ!」
ワシの専門からは外れるがのぅ!うひゃひゃひゃひゃ、と奇声を上げて笑うノソリを、イイから早く続けんか! とモリスが後ろ頭を思い切り殴りつける。
「ぐおおぉおおぉぉ!ぐぉ!モリス君!やはりワシを亡き者にする気じゃのぉぉ?!」
「まあ良いがのぅ!実体化したアンデッドはエーテルとアストラルで……、つまり、魔力で核を形作っておってのぅ、これを散らせばアンデッドは倒せると、此処に居る者なら理解してると思うがのぅ?」
「時間をかけて実体化した骸は、核が散っても暫くは現世に残っているものでのぅ」
身振り手振りで大袈裟な動きで説明をするノソリを見て、モリスが 乗ってる様じゃな!血管が切れそうじゃぞノソリ君!! とヤジを飛ばしている。
やかましいのぉ! とそれに返し、ノソリが話を続けて行く。
「ところが!今、お主らが戦っている相手は、倒すと、時間を置かずに散り消えて、エーテルに還っておるでのぅ!これは、召喚されたアンデッドの特徴みたいなもんだしのぉ!」
「ふむ、つまり、魔力溜まりを利用して瘴気化し、それを使ってアンデッドを召喚したものがいる。という推論が導き出されるね」
セイワシの言葉で、テントの中にどよめきが広がった。
「敵はネクロマンサーだと言う事か?!」
「馬鹿な!これだけの数のアンデッドを操るなど、人間の領域を超えているぞ!」
「いや、人間とは限らん。高位のアンデッドが居るのかもしれん」
ノーマンが、トニーが、コーネルが、班長達が次々と疑問を口にする。
リサは口元に手を置き押し黙り、アンデッド召喚者の可能性を考えていた。
「いずれにしても、我々に敵対する意思ある者が、そこに居る事は間違いあるまいて」
「……クラウド卿」
「それにな……、『黒岩』は、奴等なんぞが居て良い場所じゃねェ」
「はやるなよ、コンラッド」
「分かってるさハワード。だが、いざとなりゃあ……」
「あぁ、無論だ」
ハワードとコンラッドが互いの目を見て、敵に対する意思を確認していた。
「敵本隊は視認出来ていませんけど、恐らく、こちら側に居る以上の数が存在していると思います……」
「視認していないのに、何故そんな事が分かるんだ?」
「奴等が集団でいると、僅かな燐光を放っているのが確認出来ます。『黒岩』向こうから放たれているソレは、こちら側に居る連中の物とは比較になりません。間違い無く数倍はありました」
ライサの言葉にトニーが疑問を投げかけるが、彼女の語る根拠に場がどよめいた。
「……馬鹿な!敵は万を超えるというのか?!」
堅固隊のコーネルが思わず零す。
「方針は決まったな。逃げの一手だ」
「ですが、撤退しようとすれば奴等は回り込んで来ます。簡単に逃がしてはくれません」
「なに、ワシとコンラッドとで抑え込んで見せるさ。千や二千の木っ端程度、なんとでもなる」
「ふはは!その通りだ!まあ、任せろ!」
「何を言われますか?!」
「馬鹿な!!」
「クラウド卿!!」
調査団撤退の為の壁になると言うハワードとコンラッドに、カイルが、トニーが、セドリックが声を上げた。
「お主らは、その間に彼等を連れて逃げよ。マイヤー殿、己が勤めを果たされよ」
「ならば俺も残りますよ」
「自分もです!コンラッド殿!」
三博士とクラークを目で指し、戦えぬ者を護る事が騎士の務めだとハワードは言う。
だが、それならばとカイルとトニーが前へ出る。
「あー、その事について、提案があるんじゃがな……」
そんな遣り取りを見ていたモリスが、手を上げ不敵な笑みを浮かべながら彼も前へと進み出て来た。
お読み頂きありがとうございます!
何とも最近リアル仕事も忙しく、体調も思わしくなくなって、思った様に書けぬ様になっております~(;Д;)
このままだと5話書き溜まるまで3ヶ月位かかんじゃね自分?!とか思う今日この頃@@
話数も前回、後5話位と言いつつ、その倍くらいになりそうで(確定)……あう
なので2章はこれ以降、書き溜めて連日UPではなく、書き上がった順から上げて行こうと思います。
ちょいと投稿スタイルを変えてしまいますが、これからもお付き合い頂けるとありがたいです。
次は今週中に一話投下出来ると思います。
ヨロシクお願いいたしますー<m(__)m>
次回『北方の三博士』