59話 ハワード・クラウドの決断
用意されたのは、胸元がハートカットされたトップで肩が大きく出たナイトドレス。
ウエストラインを強調する様にキュッと締まって、そこから広がる様にフリル多目のティアードスカートが広がっている。
スノーホワイトの生地は淡い青味が品が良い。
見た感じもとても可愛らしく、わたしの好みの仕上がりだ。
でも、またあの視線に晒されるのかと思うと気が重い。
まぁ、気持ちの上ではとっくに持直してるんですけどぉ!やっぱりイヤな物は嫌だよね!
その夜の使節団歓迎の催しは、立食パーティと云う形で行われた。
案の定ヤな感じの視線は纏わり着いて来てたけど、傍に着いて居るアンナメリーも、わたしがフーリエ氏の視線を嫌がっていると気付いた様で、何気に視線を阻む立ち位置を維持してくれた。
もう既にそんな視線はスルー出来るから、平気っちゃぁ平気なんだけど…その心遣いが嬉しいよね!
「姫様?!やっぱり姫様だ!」
聞き覚えある声が横から飛んで来た。
「御機嫌よう、ライサさん。楽しんでいらっしゃいます、か?」
「あぁ!姫様!そのお姿!やっぱり立ち居振る舞いも麗しいですぅ!!」
止めて下さい!仕込まれただけですから!こう云う場ではちゃんとしなさいと、後ろで見ているアンナメリーとエルローズさんの視線がコワイんです!付け焼刃なんですよぉぉぉ!!
「ドレスの色合いがとてもお似合いです。本当に素敵ですよ、スージィ姫様」
マグリットさんとジモンさんもいらっしゃった。
ひぃ~~っ!マグリットさんソレ殺し文句?
ジモンさんは唯々ニコニコと頷いていらっしゃる!
お三人共、騎士の正装をされている様だ。
いつもの手甲、脛当ては無く、ジャケットも仕立ての良い物を召されている。
肩にはエポーレットを着け、胸元に金のモールが施されている。
見るからに軍の正装と云う感じだ。
装飾は結構派手目かな?なんか宝塚っぽい?
特にマグリットさんみたいな美人さんだと、男装の麗人っぽさがっパ無いっすよ?!
気高く咲いてって事ぉ?!
その上でその台詞!お、落しにかかってますの?!!
「丁度良かった姫様、紹介致します。我が隊の大隊長です」
マグリットさんが、見るからに剛健なオジ様を連れて来られた。
身長は180以上は在るかな?黒髪で口髭を蓄え、頬に沢山の傷跡がある。
鋭い眼差しは明らかに歴戦の戦士の物だ。
「お目にかかれて光栄です。アムカムのスージィ姫様。第十二機動重騎士団千人隊長セドリック・マイヤーと申します。此度の騎士団の指揮を任されております」
マイヤーさんはそう自己紹介されると、ジッとわたしを見詰めて来た。
良いなぁ…、生粋の戦士の眼だ。アムカムの皆と同じ目だ。あの代表とは全然違う!
思わず嬉しくなって微笑んでしまう。
「初めましてスージィ・クラウド、です。皆様のご到着を、心より歓迎いたし、ます」
自己紹介を返すとマイヤーさんは ホウ と感心された様に呟かれた。
「流石アムカムの姫様ですな。物怖じしない強い瞳を持たれておられる」
あれ?何か褒められた?思わず小首を傾げてしまった。
「いえ、どうも自分は目付きが良くないらしく、初見の…特に婦女子方には良く怯えられてしまいましてね…」
と、少し照れたように笑っていた。
「そんな事は無いと思います、よ?とても情の深い眼差し、です」
「大隊長!どう云う事ですか?!大隊長が女の子と談笑?マジですか?!!」
マイヤーさんと笑い合っていると、わたしの後ろから少し素っ頓狂に声を掛けて来る人が居た。
「控えろカイル!アムカムの姫様だぞ!失礼致しました姫様。我が大隊の副長カイル・アーバインです」
振り返るとそこには、綺麗なブロンドを靡かせて優しい目をしたお兄さんが立っていた。
瞳は澄んだ天色で、鼻筋が綺麗で整ってる。
わぁ…どうしよ、凄い美形だ…。なんか後ろからライトアップしてない?
「失礼致しました姫君。機動重騎士団筆頭百人隊長、このカイル・アーバイン、拝謁の機会を賜り、恭悦の至りで御座います」
思わず見とれてしまっていたら、ナンカ大げさなご挨拶頂いて、目の前で片膝ついてわたしの手を取りそのまま……く、く!口付けをされた!!
ナ、ナイトだ!ナイトな人だ!!ナイトな人が居るよ!!あ、騎士団だたっ!
何言ってんだわたし?!!
「…スージィ・クラウド、です。アーバイン様。とても瀟洒なご挨拶です、ね。王都の騎士様は皆さま、このようにされるのです、か?」
「姫!どうかカイルとお呼び頂く誉れをお与え下さい。我が膝も、姫の美しさに服従を求めております…。願わくば、姫とのご縁がこの先も…、永劫の時を刻もうとも続く事を願わずには居られません」
メッチャ気障な事言われてませんこと?!握られてる手に力籠ってきてますよぉ?!!
下から刺さる熱い眼差しで、顔が火照って来てるの感じるんですけどぉぉぉ!!
「姫様!気を付けて下さい!カイル副長は評判の『タラシ』ですから!」
ライサさんが後ろから警告を発してくれた!そうか!やっぱりタラシな人か!!
「実力は部隊一なのですが…、どうもコト女性に関しては…。おいカイル!姫様に失礼が過ぎるぞ!」
「何を言うんですか大隊長!オレは大真面目ですよ!これは本心です!!一目惚れですよ!!!」
ぶはぁぁっ!!
「…お前なぁ」
「失礼致しますお嬢様。旦那様がお呼びで御座います」
「アンナメリー…。分りました、直ぐ行きます。申し訳ありません、父に呼ばれております、ので、これで失礼致し、ます。皆様はどうぞこの後も、お楽しみ下さい」
絶妙のタイミングでアンナメリーが連れ出してくれた。
危なくフリーズするトコだったわよ!
もう、まいったなぁ、絶対顔は真っ赤だ!
美形な男の人って、みんなアンナんばっかりなのかな?
やっぱり色男は敵だ!!
「アンナメリー…ありがとう。ナンかね、どうしていいか・・・分らなくなった、よ?」
「油断ならない御仁ですね…。あの汚らわしい代表共々、今夜の内に処理致しましょうか…」
「ナニソレ?コワイんですけど?!出来れば止めて差し上げて!!」
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「カイル、ふざけ過ぎだ!もう少し立場と云う物を考えろ!」
「いや、大マジですよ?オレは!彼女、後4~5年もすりゃ滅茶苦茶イイ女になりますよ?!絶対国中の評判になりますって!今から予約しておかないと間違い無く後悔しますから!!」
「だからな、女性に予約とか言うのは……。もういい!どっちにしてもあの姫は、そんなタマじゃ無いぞ?」
「はい?どんなタマだって言うんです?」
「此処に来るまでに色々と噂は耳にしたからな…少し試してみた」
「は?何やらかしんすか大隊長?」
「挨拶を交わした時に少し殺気を籠めてみた。何、その辺の小娘なら座り込む程度の物だ。大した事は無い」
「ぅげぇ?!」
「驚いたぞ。動じるどころかケロリとして微笑みまで返して来た!コチラ程度の殺気など、そよ風程にも感じていないぞアレは!いやはや!アムカムの姫は底が知れんぞ!」
「な!何やってんスかアンタ?!!それこそ信じられねぇ!相手は御領主の姫ですよ?!笑ってる場合じゃ無いでしょうが!!何やってくれてんの?!」
「マグリットぶたいちょぉ…」
「分ってる、分ってるわライサ。この大隊長も副長も、放し飼いには出来ないもの…」
「アタシ達3人で頑張って行きましょう!部隊長!!」
「お願いよライサ、ジモン。信じてますから…」
「ライサを信じ切るのは少し危険ですけどね…」
「ジ、ジモンさんがヒドイよ?!!」
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騎士団がアムカムに到着し、明けた翌朝。
透明な朝の日差しと鳥の声が響く中、アムカムハウスは既に多くの人々の喧騒で包まれていた。
それは嘗てこの建造物が、城として使われていた時代を彷彿させる物なのかもしれない。
そんな朝のまだ早い時間、アムカムハウスの一室で剣呑な声が響き渡っていた。
「何と云う事か…。その程度の戦力で済まされるおつもりですか?そんな名も無い者達を騎士団と共にせよと?」
「しかしですね、フーリエ代表、現状これが最大戦力なのです。それに彼らはグレード持ちとも幾らも遜色はありません」
「ふん!誰も名を知らぬ者など何の足しに成りましょうか?!国民はそんな者は求めておりません!そうで御座いましょう?フーリエ代表!」
うむ、とコナー・クラークの言葉に、キャメロン・フーリエが厳しい面持ちのまま頷いた。
此処は、アムカムハウスの一階にある第三会議室だ。
評議会会議室の3分の1程のこの部屋で、男達が議論を重ねていた。
1人は昨日到着した使節団代表キャメロン・フーリエ。
そしてもう一人、同じく使節団代表の補佐を務めるコナー・クラーク。
アムカムの御三家とハワード・クラウドを交えての、調査団出立の為の話し合いだ。
今、キャメロン・フーリエとコナー・クラークの二人は、アムカムの提供する戦力が足りないと不満を露わにしていた。
それを村長であるオーガスト・ダレスが現状の説明を行い、諌めようと試みていた。
「…求めていないのは民では無くお前達だろうが」
「止せ!サイレンス!」
サイレンス・クロキが呟く様に毒を吐く。
それをアルフォンス・ビーアスが諌める。
ハワード・クラウドは只静かに、彼らの議論に耳を傾けていた。
「グレード持ちを…Aグレード以上の者を付けるなら、後一月はお待ちいただかねばなりませんよ?」
「まだ1ヶ月も時間を掛けるおつもりか?!既に王都を発ち3ヶ月近くも時間を消費しているのですぞ?!国民は一日も早い解決を望んでいると言うのに!国民達に不安な日々を更に一月も伸ばせと仰るのですか?!」
オーガストの言葉にコナー・クラークが立ち上がり声を荒げた。
「ならばお前達だけで行けばいい」
「だから止せと言っているぞサイレンス」
再び毒を呟くサイレンス。
それが聞こえたのか、コナー・クラークが神経質そうな目でサイレンスを睨む。
「大体に於いて、上位戦力が殆ど不在と云うのはどう云う事なのですかな?管理体制に不備があるのでは有りませぬか?」
キャメロン・フーリエがコナー・クラークを手で制し、静かな口調でアムカムの管理体制に疑問を呈した。
「そもそも!グレード持ちの半数以上は国からの依頼で出払っているのだ!国の責任と云う自覚は無いのか?!」
「そんな物は我々の管轄では無い!調査団に言うこと自体が筋違いだ!!今問うているのは必要戦力をどうするお積りなのかと云う事だ!!!」
サイレンスが我慢出来ぬと声を上げた。
それにコナー・クラーが噛み付く。
「何度も言わせるな!グレード持ちは一月先まで戻らない!」
「それを何とかするのが其方の務めで有りましょう?!王国との約定!果たすつもりがお有なのですか?!」
「…!!今更此処でそれを持ち出すか?!戦力の提供も、技術供与も十分に行って居るぞ!!」
「フン!大体にして先程から失礼ではありませんか?!フーリエ代表に対する態度に敬意が全く感じられない!!フーリエ様はあのバルデモンテ将軍に連なる血筋のお方!世が世なら爵位をお持ちでもおかしくない!それを……!!」
「フン!アムカムに血筋に頭を垂れる者など居るモノか!」
「チッ!『辺境の血は薄い』とはよく言った物だ…!」
「『中央の血は香ばしい』とも良く聞くな!」
「!!なっ…!王国批判をされるお積りかっ?!!」
「もう止し給えクラーク君」
「サイレンス!良い加減にしろ!!」
立ち上がるクラークをフーリエが手で制し、サイレンスの肩へアルフォンスが手を掛け、言葉の応酬を繰り返す二人を諌めた。
それを静かに見守っていたハワードが徐に口を開いた。
「……10thの者達だけでは心許ない。そう云う事かね?」
「む…、無論で御座います。名のある者達が向かってこそ、この調査も成功いたしましょう。当然国民もそれで安心すると云う物です」
ハワードの眼差しの圧力に押される様に、キャメロン・フーリエが一瞬息を飲む。
しかしその怯みを押し返そうと、直ぐに身を前のめりにしながら自らの求めを訴えた。
いつしかフーリエは、その額に薄っすらと汗を滲ませていた。
「時間も惜しいと…。直ぐにでも出立したいと。そう云う事だな?」
更に強い光がハワードの眼に灯る。
「…は、…さ、左様に御座います。す、既に異変が起きてから1年近く経過しておりますれば…。国民の為には…い、一日でも早く、大森林に向かうべきと…か、考えております」
フーリエは再び口を開こうとして、自分の唇が渇いている事に気が付いた。
不器用に唇を舐め唾を飲み込み、ヒクつく喉を抑えながらハワードの問いに答えた。
その隣ではクラークが、生まれて初めて受ける強者の圧に目を見開き、息も継げずに固まっている。
室内の空気が重さを持ち、己が身体に伸し掛かって来る様だった。
「成る程…。相分った!ならばワシが出よう!!」
だがハワードは、そんな室内の様相など気にも留めた風も無く、事も無さ気に言ってのけた。
「な!?そ、それは…?!」
「御頭首!何を?!」
「無茶だ御頭首!!」
「御頭首!お待ちを!」
ハワードの言葉にフーリエが息を飲み、オーガスト、サイレンス、アルフォンスが目を見開き異を唱える。
「ワシでは戦力不足かな?フーリエ殿?」
「め、滅相もありません!音に聞こえた『鉄鬼神』で有らせられるクラウド卿に御出陣頂いて、一体何の不満が御座いましょうか!」
「ならば決まりだな。出立は三日後だ。その間に急ぎ準備を整える」
「御頭首!お待ちください!お考え直しを!!」
「なに、心配は要らんよオーガスト。久方ぶりの遠征だ!サイレンス!アルフォンス!支度を始めるぞ!!」
戸惑うフーリエと、止めようとするオーガストを余所に、ハワードは1人声を躍らせていた。
「諦めろオーガスト、こうなった御頭首はもう止められん」
「しかし!……奥方様に何と言うつもりだ?!」
早々にハワードの説得を諦めたサイレンスがオーガストを宥めるが、オーガストはソニアへの気遣いを口にする。
「すまんなオーガスト。これはワシの最後の我侭だ…ソニアへはワシから話す」
「…ご、御頭首……」
オーガストの肩に手を置き、ハワードが静かな面持ちで告げる。
その肩の暖か味を感じながら、オーガストは悔しげに両の手を握り締めた。
「フーリエ殿、其方は人員の休息に心を砕かれよ!イロシオは尋常ならざる魔境だ。十二分に体力の回復を図られよ!」
「…は。お心遣い…感謝致します」
「オーガスト!サイレンス!アルフォンス!イロシオ探索の準備だ!出立は三日後!2の蒼月29日だ!!」
その日、ハワード・クラウドが調査団出立の決定を下した。
「遥々ご苦労であったなマイヤー殿。今夜はしっかりと英気を養われよ!」
「ありがとう御座いますクラウド卿。隊を代表してお礼申し上げます」
「うむ!ラインバルトからの書状も確かに受け取った。アムカム滞在中は不便はさせんよ」
「は!恐れ入ります。騎士団長からもクラウド卿へ宜しく伝える様にと言付かっております」
「ふむ、ラインバルト・クライナー…奴も息災そうで何よりだ。貴公らも滞在中に必要な事があれば何時でも言って来てくれ」
「ありがとう御座います。此方に居る先遣隊の三名は、既にお見知り置きかと存じます。用向きがあれば、この者達か私、またはこちらの副長カイル・アーバインを窓口とさせて頂きます」
「うむうむ!宜しく頼むアーバイン殿!」
「は!副長を務めさせて頂いておりますカイル・アーバインと申します。お見知りおきを」
「……時に、アーバイン殿は此度の隊随一の騎士だそうだな?」
「いえ、私などまだまだ若輩者故…」
「うむ!謙虚さも持ち合わせて居るか!宜しい!此処は一つ、宴の後に手合せでもしてみないかね?」
「…は、この後で…御座いますか?」
「うむ!ラインバルトからも、見所の在る者は宜しく頼むと言われているのでな!どうせなら早い方が良かろう?」
「…は、左様で御座いますか…」
「なに!長旅の後だ、軽く戯れる程度よ!却ってよく眠れるかもしれんぞ?ん?」
「…は、はい」
「うむ!本格的な手合せは明日の朝が良かろう!うむうむ!明日の朝は思う存分堪能しようぞ!なぁ!アーバイン殿!ふはっ!ふははっ!はーっはっはっはっはっはっ!」
「……は、………」
「あ、あの部隊長。クラウド卿…、何かいつもと違ってコワくないですか…?」
「声を抑えなさいライサ!卿に聞こえます」
「あ、ぁ、クラウド卿からすっごい黒いオーラが立ち登ってる気がしますぅぅ!」
「これは副長の因果応報と云う物です。自業自得です」
「ひぃぃぃ!クラウド卿の眼が紅く光ってる気がしますぅぅぅ?!気のせいですかぁぁ??!」
「どうやら副長の御挨拶が、クラウド卿のお目に留まっていた様ですね」
「ジモンさん…それでは副長は…。あぁ!卿のオーラが更に膨れ上がりましたぁぁぁ!」
「大隊長を御覧なさい…、既に副長を視界から外して関わらない体を決めています。私達も目を向けてはいけませんよ!良いですね!」
「あぅう…、副長、御愁傷様です。身から出たさびですけどね…」
次回「ハルバート・イーストの哄笑」
お読みいただき、ありがとうございます。





