39話 スージィ・クラウド名乗りを上げる
鬱展開はもう終わり。
「あは、あははは、死なせないって言っても難しいんじゃないかな?ねえ?どうするつもりさ?この子達、もう死んじゃいそうな子達ばっかだよ?ねえ?あはははははははははは」
ダグが笑い声を上げながら、何かの合図をする様に右手を振る。
スージィは、スッと一歩前へと足を踏み出した。
「ビビ、アーヴィン、ちょっとだけ待って、直ぐ済ませる、ね」
スージィがそう言葉を掛けながら、身体を起こすアーヴィンに手を貸し、支えているベアトリスの横を通り抜けた。
アルジャーノンが キキキュッ とベアトリスの脇でそれを見送る。
「スー…?」
ベアトリスが、スージィの背中を目を見開き見詰めていた。
「……どうした…ビビ?」
動きを止めたベアトリスに、アーヴィンが腕の激痛に耐えながら問いかけた。
「……あの子、…切れてる」
前線の三人に取り付いていた影犬達が、一匹を除き一斉にスージィに向かって走り出していた。
その最後の一匹が、地に伏して動けずにいるヘレナの首筋に、何かの指示に従う様に躊躇無く牙を立てた。
「あぎっ!ぐぅう!!」
「あ!コ、コイツ!待っ…がっ!く、くそ!!」
突然の激痛にヘレナが呻きを漏らす。
ダーナがヘレナに牙を立てた影犬を追おうとするが、脹脛の傷で足を踏み出せず、その場に膝を付いてしまった。
ヘレナの首筋を咥えた影犬は、先行する影犬達の最後尾に付いて走り出す。
その時、影犬の口元が嫌らしく吊り上ったのを、スージィは目を細めて見ていた。
「なにそれ?人質の、つもり?」
スージィは小首を傾げ、冷たい眼差しを影犬に投げかけた。
そのまま顎を上げ、足を進める。そして ユラリ とその身が揺れた。
フワリ とスージィのスカートが舞う。
次の瞬間、ヘレナを咥えていた影犬の口の横に剣が生えた。
影犬の顔の左側から、白銀の刀身が伸びていた。
その顔の逆側にあるのは、剣の柄を握るスージィの左手だ。
スージィがスイッと腕を開くと、まるで水菓子でも切る様に、影犬の上顎と頭部は身体から綺麗に切り分けられた。
頭部を半分失った残った影犬の体は、そのままユックリ倒れ伏した。
スージィはヘレナの身体を落ちぬ様、右手で抱え受け影犬の身体から引き離した。
「スージィ……お姉……様?」
「ヘレナ・・・頑張ったね、エライ、よ」
「ス、スージィ、お、姉……様、わたし、わたし!」
「大丈夫、今、治す、から」
スージィに向かっていた5頭の影犬達は、突然スージィを見失い、その場で匂いを探す様に地面を嗅ぎ周っていた。
だが直ぐに後方に目標を見つけ出し、改めてスージィに向かい走り出していた。
≪チェーン・リジェネレーション≫
回復職『グレートワイズマン』のスキル。
自分を中心に、味方全てを生命力のラインで結び、一気にHPを再生し、短時間生命力を回復し続ける。
スージィを中心に、金色に光り輝くラインが地を走り、その場にいる子供たち全員に伸びて行く。
「お、お姉様……?こ、これ?!」
ヘレナの身体の芯が暖かい物で満たされ、見る見る受けた傷が治り体力が回復して行った。
ヘレナは自らの身体を確かめ、驚愕の声を上げた。
他の子供達も皆、回復し立ち上がっていく。
ダーナが、ロンバートが、カールが、アーヴィンが、コリンが、ミアが、メアリーが。
アラン、ベルナップ、ステファンも、練場跡の子供達も皆次々と。
只、血を奪われたフィオリーナとウィリアムだけは、まだ動きださない。
「うお!何だコレ!腕が動く?!」
「あ、アーヴィン?……凄い」
影犬に何度も牙を突き立てられ、骨まで露出していたアーヴィンの腕が綺麗に治癒されているのを見たベアトリスが、驚きの声を上げていた。
「あ、あれ?痛くない?……あれ?」
「ミア?!信じられん……。良かった…よかった、ミア…。あ!え…えー…と、ミ、ミア?こ、これ……これを、羽織っておいた方が良い……かな」
ミアは、黒槍で脇腹を抉られた跡が綺麗に戻り、裂けた着衣の脇から肌が露出し、豊かな胸の房が、裂けた衣服の隙間から零れ落ちかけていた。
それを隠す様にと頬を赤らめながら、ウィリーが自分の着けていたケープを外し、ミアの肩に掛け置いた。
「あ!脚が!!すっごい!めっちゃ動ける!」
「むう!力が戻って来た様だ!」
ダーナがその場で飛び跳ね、槍を回し影犬の鼻面に叩き入れた。
ロンバートのタワーシールドを持つ手にも力が戻る。
「立てる?歩ける!凄いわスー……みんな!みんなは大丈夫!?」
コリンの呼びかけに、修練場の跡で治療を受けていたクラークとアシュトンの双子を始め、チャールズが、トマスが、レイラが、ヴァージルが声を上げて無事を伝えて来た。
修練場の外でも、カールが身体の傷があった場所を確かめながら立ち上がり、メアリーが出血の止まった額の血を拭い、傷が消えている事に驚いていた。
更に石壁の向こう側でも…。
「どうなったんだ?…え?なっ?!フィオリーナ?!…うぉ!?ウィルもいる!?おい!ベルナップ!動けるか?」
「ん!問題無い。アランこそ動けるのか?」
「全く問題なし!おい!ステファン!お前も動けんだろ?!」
「全然平気!!」
「おし!何だかワカンネーけど、敵が立ちんぼになってるっぽい!オレとベルナップでウィル引っ張って行くから、ステファン!お前はフィオリーナを連れてけ!とっととココを離脱するぞ!」
ベルナップとステファンが頷き、未だに目を開けない二人を抱えその場から引き摺り出す。
「これは、ついで」
そう言うとスージィは、腰に吊るした二本の剣を抜き、そのまま両手を頭上へと上げた。
剣を頭上で垂らす様に持ち、目を伏せ身体をユラリユラリと、一定のリズムで揺らす様に動かす。
そしてその口元から漏れる物は…。
「歌?……スージィ…お姉様……?………!!」
ヘレナがそのスージィの姿に驚き、目を見開いていると、戻って来た影犬達がスージィに飛び掛って来た。
ヘレナが気付いた時は既に、その牙がスージィへ届く寸前だった。
スージィの身体に牙が食込む!
そう見えた瞬間、影犬の牙は虚しく空を切り、その身体もスージィに触れる事無く通り過ぎた。
5匹の影犬全てが、スージィに触れられず着地する。
何が起きたのか影犬達にも、目の前で見ているヘレナにも理解が出来ていない。
それでも再び影犬達は飛び掛る。
しかしやはりスージィには掠る事すら出来ない。
スージィはそんな様子を気にする風も無く、ユラリユラリと歌を口ずさみ、身体を躍らせる。
やがて、子供達の耳に歌とは違う音が聞こえ始めた。
「あれ?これギター?」
「ドラムが鳴ってる」
「オルガンの音?」
「これリュートだよね?」
「ハープも聞こえるよ」
「精霊の……楽団?」
ヘレナが思わず口にして、改めてスージィに目を向けた。
地平に沈む夕日に照らされ、落陽の光を受け、燃える様な赤い髪が煌めきながらに舞っていた。
白銀の剣が、黄金の光を切り分けて行く。
その光の中でスージィが、伸びやかに緩やかに揺れ舞い踊る。
夕陽に照らされるその表情は、とても優しく穏やかで、間近で見るヘレナには、神々しくさえ思わせていた。
ヘレナの胸の奥が、熱い物で満たされて行く。
それと同時に、自らの身体に力が溢れて来るのが解る。
ヘレナの感覚が、未だかつて無い程研ぎ澄まされていた。
その時、何度目かの突撃を掛けようと、影犬が地を蹴ったのが見えた。
ヘレナは二本のダガーを逆手に持ち、瞬時に影犬とスージィとの直線上に、その身体を滑り込ませた。
「お姉様の邪魔など…!!このっ不埒もの!!!」
ヘレナが口を開いた影犬に、その牙を叩き折ってやろうと右に握ったダガーを叩き付けた。
ヘレナのダガーは真っ直ぐに、影犬の下の牙を削り取って行き、そのまま下顎をも斬り飛ばした。
ヘレナはそのまま身体を低く屈め、次に飛び込んで来た影犬の懐に入り込み、そこから身体を伸び上がらせ、左のダガーを内側へ振り切った。
ダガーは影犬の腹部を切り裂き、臓物を零れさせた。
「なっ!?え?えぇっ?!」
ヘレナは自分が取った咄嗟の動きと、その攻撃威力に驚きが隠せない。
そこへもう一つ、鋭く剣閃が閃いた。
アーヴィンのロングソードだ。
アーヴィンは、自らの傷が回復したのを確認したのと同時にロングソードを拾い上げ、スージィに群がる影犬に向け飛び出していたのだ。
下から掬い上げる様に斬り上げた一閃は、影犬の腹からその身体を容易く切り裂き絶命させた。
上段に上がったロングソードをそのまま振り降ろし、二頭目の顔面に叩き込む。
影犬の頭蓋は二つに裂け、そのまま屠られた。
「なんだこりゃ?何でこんな簡単に?」
アーヴィンも、自分の振るった力に驚愕の声を上げる。
突如後ろから ゴッ! という音が響く。
と共に、最後の一頭の顔に大穴があいた。
後方からカールが放った≪ファイア・ブレット≫だ。
「な!なんだぁ?!この威力?!!」
カールも同様に驚き声を上げていた。
メアリーが滑空して来たブルータルバットをスルリと躱し、その後ろから矢を射かけた。
先程までは皮膚に刺さるのがやっとだった矢が、貫く勢いで深々と突き刺さる。
鏃はそのまま急所を射抜き、ブルータルバットを射落とした。
メアリーはその自らの命中精度の高さと、弓の威力に目を見張っていた。
「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。アムカムに連なるマティスンの娘ミア・マティスンが求め、水の管理者たるニュンペーに訴える。その水の流れの御力を以って我らの敵を滅し賜え!≪ウォーター・カッター≫」
ミアが祝詞を唱え、両手の人差し指を上空のブルータルバットへ向け突き出した。
両の指先から極微の細さの水流が、上空へ向け一直線に伸びて行く。
ミアは左右の指先を、上下に開く様にスッと動かすと、水流の線上に居たブルータルバットは縦に断ち切られ、そのまま枯葉が落ちる様に地上へ落ちた。
「うわうわ!なにこれ?こんな遠くまで?あんなおっきい物まで?うわ」
ミアが目を丸くし、隣で見ていたウィリーも言葉を失っていた。
ダーナが槍を回し、影犬の下から掬い上げる。
宙に浮き足場を無くした影犬に、ダーナは連続で槍を突き入れた。
急所への止めを突いた槍を引き抜くと、そのまま次の影犬へと槍を舞わす。
ロンバートは、両手で扱っていたタワーシールドを左手一本で持ち、右手には腰に携えていたバトルアックスを握り直した。
左の盾で数頭の影犬を弾き飛ばし、そのまま、目の前に迫る影犬の頭蓋をバトルアックスで叩き割る。
「なんだ!?何だコイツら!なんでイキナリこんな?!!」
「アイツよ!アイツが何かやったのよ!!」
「クッソ!オルベット様が見てるのに!!あぁ?!お前達!誰が動いて良いと言った?!!!」
動けぬウィルとフィオリーナを抱え引き摺るアラン達を見つけ、ダグが黒槍を伸ばした。
5人の動きに気が付き、様子を窺っていたベアトリスが、ダグが黒槍を伸ばした事に気が付いた。
「いけない!≪ストーン・ウォール≫あの子たちを護って!!」
ベアトリスの石壁が、5人を護る様にそそり立った。
それは、今までの石壁が貧相な衝立にしか感じられぬ程の厚みと、石英の様な輝きと硬度を持っていた。
黒槍は、その壁に容易く弾かれ霧散した。
ベアトリスもその石壁の強度に うっそぉ と目を見開き固まった。
「うわわわ!やっべ!急げベルナップ!ステファン!」
突然真後ろに出現した石壁に驚き、アランがベルナップとステファンに声を掛け、二人を急かした。
おう! と二人が頷き合い、ダーナが開いた戦線の隙間に5人で転がり込んで行く。
「もひとつ、おまけ、ね」
5人が防衛戦のこちら側へ来た事を確認したスージィがそう言うと、彼女を中心に、光の波紋が広がった。
≪ヴァイタリティ・リリース≫
回復職グレートワイズマンのスキル。
自分の周りの味方のHP・MPを全回復させる。
「え?え?魔力が……戻って…る?いえ!それ以上??」
コリンが、治癒でほぼ使い切りかけていた魔力が全快しているのみならず、その魔力量が、大幅に増えている事に驚きの声を上げた。
それはコリンだけでは無い、ベアトリスも、ウィリーも、ミアもカールも、だがそれは魔法職だけでは無い。
装備に魔力を使っていた前衛…、ウィリアムもだ。
「む……此処は?なぜ?…俺は?」
ウィリアムが意識を取り戻し、身体に異常が無い事に驚く。
それどころか、十分な休養を取った後の様な、いや、それ以上の気力と体力の充実感を感じ、戸惑いを隠せないでいた。
「ウィル!ウィル!!気が付いたの?!良かった!ウィル!」
「コリン!?走って?立てるのか?!傷は?!!」
立ち上がったウィリアムに気付き、コリンが駆け寄って来た。
コリンの走っている姿にウィリアムは驚き声を上げるが、飛び込んで来たコリンをウィリアムは嬉しそうに受け止め抱きしめた。
「どうなってんの?なんで彼まで起ち上がれるのよ?!」
「ちくしょう……!でも残念!もう陽は地平の下に姿を隠した。時間切れだ!!遊びの時間は終りだよ!!!!」
ダグが右手を勢いよく振り広げると、その影が一気に広がった。
その中から5体、6体と、鰐の様な口を持つ人モドキの姿が這い出て来た。
更には、血の気を持たぬ真っ白な肌の人影も。
赤い目を光らせ、我先にと溢れる様に影から這い出てくる。
そして空からはブルータルバットが、防風林の向こうからシャドードックが、増援の様に押し寄せて来た。
「こ、こんな数?!だめ!退路が!!」
コリンが悲鳴に似た声を上げた。
「スー!此処に結界が張られているの!アタシ達ここから出られないのよ!」
ベアトリスが手短に状況をスージィに伝えた。
「・・・結界?」
スージィが胡散臭げに上空を見上げ、そのまま右手の剣を天空を切り裂く様に上方へ振り抜いた。
直後 ピシリッ と上空の空間に光の亀裂が入る。
そのままガラスが砕ける様な音を響かせ、結界が飛び散り消滅した。
その場に居た全ての者が、敵も味方も空を見上げ目を見開き固まってしまった。
「な、ななななんなんだ!?アイツ!!!今何したんだよアイツは?!!!」
「知らない!ワカンナイわよ!!ナニよ一体ぃ?!!!」
直ぐ様、その場でスージィが地を蹴り跳躍する。
破壊された校舎の方向へ。
弧を描く様に高く。
「スージィが跳んだ?!!」
「!ちくしょう!何でだ?!!何で見え無ぇ?!!!」
アーヴィンの驚きの声が上がった。
その後のアランの不穏な叫びが聞こえたが、ボコッボコボコ! とタコ殴られる音が聞こえたのでスージィはスルーする事にした。
スージィは跳びながら縦方向に身体を回し、上空で頭を下に向けた状態で地上をザッと確認する。
(ヴァンパイア……エルダーヴァンパイア2体。その影からシャドーグール?其々の影から7体ずつかな?んで白いのがレッサーヴァンパイア?雑魚っポイのがワラワラ湧いて来てるなー。範囲使いたいけど…皆に届いたら危な過ぎだものねー。しょうがないから1体ずつプチプチ潰そか……。犬と蝙蝠もワラワラ集まって来てるけど、今のあの子達なら雑魚扱い出来るから、あれは皆に任せよ♪)
一瞬でそれだけ思考すると再び二刀を抜き、剣先を地上へ向け、目標の『白い的』に剣氣を機銃の様に連射した。
レッサーヴァンパイアが次々と弾け飛んで行く。
2体のヴァンパイアには、何が起きているのか理解する間も無い。
気が付けば一瞬で、飼っていた筈の全ての下僕が消滅していた。
「な、な?なに?なんだ?なんだよ!これ?!!」
ダグが叫ぶが、校舎の手前に着地したスージィは、地上に足が付くと同時に右手の剣を勢い良く振り切った。
その剣圧から来る衝撃波がシャドーグールを薙ぎ払う。
グロゴォォォォ………!! と断末魔の唸りを発し、全てのシャドーグールが霧散し消滅した。
「何だよ!?一体何なんだよ?!!何があったんだよコレ?!!何なんだよお前は?!!」
ダグが混乱した様に大声を上げ、今まで居たはずの眷属を探し、しきりに辺りを見回す。
スージィは小首を傾げ、不快そうに眉根を寄せながら…。
「お前、さっきから、うっさい」
いつの間にかダグの目の前に立ち、右手の剣を水平に振り斬り払った。
「な!ぶゅぼ!?」
ダグと呼ばれていたヴァンパイアは、その場で爆ぜ散った。
白い塩の粒が飛び散る様に散る。
そのまま大気に溶け消え、その存在を消滅させた。
「ダグ?!な!なんだ?!オマエ!ナニを?!!!」
イライザが直ぐ様その場から飛び退り、両手を鉤爪に変質させ叫ぶが…。
「だから、うっさいって」
いつの間にか後ろに立っていたスージィが、左手の剣を斬り上げ振り払う。
「ぼぁっ!?」
そのままイライザと呼ばれたヴァンパイアも、白く飛び散り掻き消えた。
「お前らに、加減するつもり、毛頭ない、から」
そう言って冷ややかな視線で虚空を睨み、スージィは二振りの剣を腰の鞘へと納めた。
スージィが皆の所へ戻ると、クラーク、アシュトンの双子がフィオリーナを抱え、心配そうに何度フィオリーナに向けも声を掛けていた。
「フィオリーナだけ意識が戻らないの」
コリンが癒しの魔力をフィオリーナに流し込みながら、心配そうにスージィに伝えた。
スージィは、フィオリーナがヴァンパイアに血を奪われたのだと聞かされた。
今日、ヘンリーに教わった話では、ヴァンパイアの犠牲者は、アストラル体とマナスの一部を奪われてしまう。
魂の一部を奪ったヴァンパイアを滅ぼすまでは、囚われた魂は解放される事は無い……と。
アストラル体の消耗は、マナチャージに依るMPの回復で戻って居る筈だ。
現に、純粋に血液だけを奪われたウィリアムは、MP枯渇で意識を失っていた為、HPとMP全快の≪ヴァイタリティ・リリース≫で復活している。
マナスも、奪った当のヴァンパイアは滅ぼした。
魂は解放されている筈。
意識が戻らないのは、その繋がりが戻っていないと云う事?
ならば、肉体と魂の繋がりを回復すれば蘇生出来ると云う事だろうか?
スージィはそう思考した。
【蘇生】
スージィは、この世界で死者を甦らせる事が出来るとは信じてはいない。
ゲーム内で、戦闘不能状態から復帰させる≪リザレクション≫と云う蘇生魔法は存在しているし、自分も使える。
だが、ゲーム内での戦闘不能と、この世界での死亡が同次元で語れる事とは到底思えない。
ゲーム内での戦闘不能が、この世界での気絶状態だったら?
意識を取り戻せば、もう一度戦闘に復帰できる。
そう、今まさにウィルがそうだったように!
もし≪リザレクション≫と云う魔法がそれだけの物だったら?
もし誰かが不慮の死を迎えても、自分にはソレを甦らせる事など出来ない!
そう考えるのが妥当なのではないのか?
スージィはこれまで、とてもではないが≪リザレクション≫の検証しようとは考えられなかった。
誰かが死ぬのを待つとか、死なせてから使うとか、もし上手く行かなかったらどうするのだ?
考えただけでゾッとする。
だから、ソニアが命を落とすかもしれないと感じた時に、あれ程慌てたのだ。
人を生き返らせるなど、そんな保証はどこにも無いし、人は死んだら生き返らない。
それは当たり前の事なのだから。
だがもし、この≪リザレクション≫が、魂の繋がりを回復することが出来る魔法なのであれば、これを使えばフィオリーナは、直ぐにで目を覚ます事が出来るかもしれない。
肉体とマナスとの繋がりは薄く、もしくは細く成ってはいても切れては居ない筈。
嘗て、ヘンリー先生がラヴィさんを救えなかったのは、そのマナスが捕えられたままだったからだ。
今、フィオリーナにその危惧は無い。
死者を甦らせる事が出来るかどうかは解らない。
だがフィオリーナは今はまだ生きている!
ならば試そう、試してみよう!
スージィはフィオリーナの隣に膝を付き、片手を翳し魔法を発動させた。
≪リザレクション≫
スージィの掌から光が溢れる。
温かみのある光は、フィオリーナの全身を包んで行った。
やがてユックリとその光が、フィオリーナの中に溶ける様に消えて行く。
ふぅ と息を吐き出しスージィが立ち上がった。
目を閉じていたフィオリーナの眼元が、ピクピクと動きユックリと瞼を上げた。
「「フィオリーナ!!」」
クラークとアシュトンが、揃ってフィオリーナに声を掛けた。
フィオリーナは驚いた様に目を見開いた。
「え?あれ?なんで?どうして?」
「よかった!よかったわフィオリーナ!よかった…!!」
コリンが、フィオリーナを双子から取り上げ抱きしめた。
フィオリーナは え?あれ? と戸惑うばかりだ。
そんな皆の姿を確かめ、深い安堵の息を吐いた後、スージィは北の方向に鋭い視線を向けた。
「どうしたの?!スー!」
ベアトリスが、そんなスージィの視線に気が付き尋ねる。
「まだここに、20や30、どんどん向かって、来てる」
「え?!」
その言葉にベアトリスだけでなく、その場に居た子供達がギョッとする。
ベアトリスが展開した新しい石壁は強力で、影犬達は突破できずに攻めあぐねていた。
それでも飛び越えて来るものは居る。
それを、ダーナやロンバートが今も対処を行っている。
空から迫る蝙蝠には、メアリーの弓と、魔法組の二人が射落としていた。
「でも、今の皆なら、雑魚だから、大丈夫。エンチャも、後1時間は、このままだから、問題ない、それに・・・」
スージィが右手を頭上にあげ パチリ と指先を鳴らした。
「来い!世界樹ぅぅっっ!!」
上空から巨大な種の様な物体が、急速に降下し地面に突き刺さった。
それは直ぐ様、外皮が捲れ上がる様に開き、中から現れた一本の幹がそのまま枝を伸ばし、忽ち一本の若木となった。
≪サモン・ユグドラシル≫
グレートワイズマンのスキル。
世界樹の若木を召喚して、その木蔭に居る者に生命の息吹を与える。
「この子の、根元に居れば、怪我しても、すぐ治るし、魔力も回復する、から」
「えぇ?!なに?これなに?何コレ?スーちゃん!」
ミアが目を丸くして、スージィに勢いよく訪ねて来た。
「トネリコの若木を、召喚したの、この子も、1時間くらいは、居るから、平気、よ?」
スージィが事も無げに答えた。
しょ、召喚術をこんな一瞬で? ベアトリスが白目を剥いて口をアングリと開き固まった。
「だから、皆、もうちょっとだけ、頑張って」
「アンタ!何かする気?!」
気を取り直したベアトリスが、スージィに尋ねる。
「うん、キリが無いから、元を断って、来る」
スージィが顎を引き、此処からは見えない森の奥を睨みつけた。
「ウィル、ロンバート、ベルナップ、皆を守って」
「ダーナ、アーヴィン、アラン、ヘレナ、奴らを倒して」
「ミア、カール、メアリー、敵を撃って」
「ウィリー、コリン、ビビ、皆をお願い」
スージィが一人一人に声を掛けて行く。
「スー姉!オレだって出来るよ!戦える!」
「うん、ステファンなら、出来るよ。ヘレナと、一緒に、ね?」
「お任せくださいお姉様!私がシッカリ守って見せます!」
「うん、ヘレナ、お願い、ね?」
スージィがステファンの頭を撫で、ヘレナにニコリと微笑んだ。
オレが守ってやるんだからな! と息を巻くステファンに ふふん!! とヘレナが得意げに、鼻から息を飛ばしていた。
オレ達だって戦えるぞ! とクラークとアシュトンも息を巻く。
それを なら、お前たちはコッチだ とロンバートが双子を引き摺って行く。
「スーちゃん!!」
「むぷぎゅ!」
ミアに思い切り抱きしめられた。
「ありがと、ありがとね!スーちゃん!」
「ううん、ミア、痛かったでしょ?ごめんね、来るの遅くなって」
「平気よ!平気!スーちゃんこそ……一人で大丈夫なの?」
「うん、大丈夫。だからミア、ココで、皆と待ってて?」
スージィがミアの腰に手を置き、目を見詰めながら優しく語りかけた。
「スー、ありがとう。本当に一人で…行けるの?」
「うん、コリン大丈夫。だから、コリンは皆を、お願い」
「ならアンタに任せるわ!すぐ終わるんでしょ?!」
「ん!任せてビビ。30分かからないで、終わらせるから、ね?」
「頼んだよスー!アンタに任せた!!」
「うん!ダーナ!任された!!」
右の拳を上げて叫ぶダーナに、スージィも右の拳を上げて応えた。
「じゃ、行って来るね、みんな。直ぐ戻るから、ね?」
「行ってきなさいスー!そして!とっととやっつけちゃえ!!」
ベアトリスの言葉に うん!と満面の笑みで頷くスージィ。
そのまま地を蹴り北の森へと向かって走り出した。
そこへ、目前の石壁の上から影犬が飛び出して来た。
スージィはそれを、すれ違い様乱斬りにして、そのまま森へと速度を上げて走り去って行く。
それを見ていた子供達が、感嘆の声を上げた。
「さあ!皆!スーが戻った時に、まだコイツら片付いて無かったら!あの子に顔向けできないわよ!」
ベアトリスが全員に激を飛ばした。
おおう!! と大地を揺らせと子供達の鬨の声が、辺りに響き渡って行く。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
スージィは、幾つか居る殲滅目標に向かい、森へと一直線に走る。
途中目に付いた犬や蝙蝠は、悉く潰して行った。
(まずはコイツらに指令を出してる奴ら。イビル・ワーウルフにイビル・ワーバット。ご丁寧に頭に『イビル』とか着けて!分り易いったらありゃしない!間違いなくコイツらが犬や蝙蝠に指令を出して意志を統一させてる。コレを潰せば只の烏合の衆。そして一番不味いのがこの『イビル・ワーラット』コイツがヤバい!でもその前にサクっと犬と蝙蝠を潰す!!)
キキュっと肩口で鳴く声が聞こえた。
「アルジャーノン、良いの?アンタ、ビビの傍に、居なくって?」
キキキキュッ 問題無い!と鳴く齧歯目。
「なら、外側に居ると、危ないから、コッチ入ってなさい、ね?」
と胸元を指で開いて示すと、齧歯目は キキュッ と一声鳴き、胸元へ潜り込んだ。
「あ!ン・・・あ、あん、まり・・・う、動いちゃ、ダメ・・・なんだから、ね?」
キキュ?と鳴く齧歯目。こんな時でも頬を染めるブレのないスージィ。流石である。
スージィは森の中へ突入した。
目標へ近づく程に、影犬の数が増すが関係無い。全て斬り刻んで突き進む。
血肉が森の中に撒き散らかされるが、スージィは器用に血飛沫を避け、その装いの何処にも染み一つの汚れも付いていない。
そして、目標を視認した。
(見つけた!イビル・ワーウルフ!!)
身長2メートルに達する、二足で立つ黒い狼。
ソレはスージィを認識する間も無く、彼女にすれ違い様、アッサリと乱斬りにされ血肉に変えられた。
スージィはその場で、フワリと舞う様に身体を回し停止する。
それと同時に、周りに居た生き残りの影犬達も、血肉と化して飛び散った。
スージィはそのまま西の空を見上げた。
視線の先に居るのは、上空で群れる蝙蝠達だ。
その中に、飛び抜けて大きな個体が一匹だけ確認できる。
(イビル・ワーバット確認!纏めて吹き飛ばすか…。空の上だし平気よね?)
スージィは、剣先を目標に向けてスキルを飛ばす。
≪インパクト・ストーム≫
デュエルバーバリアンの遠距離範囲攻撃スキル。
低い炸裂音と共に、目標のワーバットはその周りの蝙蝠諸共吹き飛んだ。
スキルが炸裂した空間には、黒い塵が舞うのが確認できるだけだ。
そしてもう一つ。
少し離れた場所に浮かぶ目標に向け、スージィは慎重に『氣』を籠め、狙いを定めた。
「爆・ぜ・る・な・よぉ~・・・」
ギリギリまで絞り切った『氣』を籠め、目標に向け撃ち放った。
目標は狙い通り下半身だけを粉砕され、錐揉みをしながら地上に落ちて行く。
それを確認して満足げに よし! と鼻から息を飛ばした。
自分の『氣』の、絶妙なコントロールの仕事振りに満足したようだ。
さて、今度は最重要目標だ!と、その場から移動しようとした時、此方に向かって来る幾つもの気配がある事に気が付いた。
(これは…さっき学校で吹き飛ばしたシャドーグール?真っ直ぐわたしに向かって来てる?随分沢山居るなぁ…アレ?他にもエルダーヴァンパイア?これもさっき学校に居たヤツ?全部で4体か…全く!こんなモン相手にしてる場合じゃないのに!!)
ふんむ! と腰に手を当て鼻から息を飛ばした。
そのまま勢い良く剣を振り払い、先程と同じ様にシャドーグールを、『氣』を載せた衝撃波で霧散消滅させた。
そのまま剣先を、此方へ向かって来るヴァンパイアに合わせ剣氣を放つ。
1つ、2つ、3つ。連続で撃ち抜き爆ぜさせた。
残りの一体は、近くまで来ていたので、一息で接近し剣で振り払い爆ぜ散らせる。
「よし終り!全くもー!余計な時間、使っちゃったわよ!」
スージィは直ぐ様走り出した。最終目標達の居る場所へ。
そして、それは直ぐに判った。
近づく程にザワザワ、ワサワサとした音が、巨大な合唱の様に辺りに響いてくる。
むせ返る様なの獣の匂いが、森に充満していた。
それは、森の地表を黒く染めるだけでは収まりきれず、所狭しと黒い波が幾重にも重なり、零れ落ちては昇るを繰り返す、脈動する巨大な黒い塊となり蠢いていた。
そしてその塊の中には、夥しい数の赤く揺れる光。
マッドレミングス。
体長およそ30センチ。アルジャーノンより一回りも二回りも大きい。
漆黒の毛皮に、狂った様に燃える紅い目。その牙は長く鋭い。子供達の革鎧程度なら容易く喰い散らかせるだろう。
その数、凡そ一万二千。
それが何時でも村へ雪崩れ込める様に命令を待ち、ザワリザワリと蠢き此処で待機しているのだ。
そしてその指令を出すのが。
(お前だ!イビル・ワーラット!!!)
その目標に挑みかかろうとしたその時。
キキキキュキュキューーキキキュキュキュキュキューーーッッ!!! と齧歯目がスージィの服の中で暴れ回った。
「あァン!!!ひゅンん!にゅン!あぁンんん・・・ぅにゅぅぅンんーーーンッ!」
スージィの腰が砕けて、その場で座り込んでしまった。
「あっ!ン・・・おバカ!ン!!アルジャーノぅンん!動いちゃダメぇ!ッ・・・て、言った・・・でしょぅぅ!?ン!」
キキキキュキュキュキキューーーーッッ!!
「だ!だからっぁ!アっばれちゃぁあ・・・駄目ぇ!!ッ!!!!」
何故か身体を震わせているスージィの胸元から、アルジャーノンが這い出て顔を出し キキキキュキューー と何事かを訴える。
「ンもぅ・・・え?アンタ、コイツら、居るの分ってて・・・ン、付いて来た、ンんでしょ?何で、今更、慌ててンの?」
ほんのり頬を染め、息を乱しながらスージィがアルジャーノンに問いかける。
キキキキュキュキューーーキキュッ!
「え?こんなに、居るとは、思って、無かった?想定外、だって?」
キュキュッキキキュキキューーーーーッッ!!!
「ヤバ過ぎ?急いで、皆で、逃げよう、って?」
キュッキュッキューーッ!!
「ヤバいから、来たんだからね!コワイなら、アンタ今から、帰りなさい!」
キキューーキキューー・・・
「なら大人しく、中に入って、なさい!動いちゃ駄目、だからね!そういのは・・・今度・・・ゆっくりと・・・遊びに来れば・・・良いから、ね?」
キキュ?
「あ、あーー、と、とにかく!動いちゃ、駄目!イイ?」
キュキューッ
「じゃ、行っちゃう、よ!」
スージィが立ち上がり、仕切り直しをする様に胸元で ポン と一つ手を叩いた。
そして再び二刀を両手に握り、目標に向かい走り出した。
一万二千と云う大量のマッドレミングスは、一か所に留まる為に仲間の上に登り合い、重なり合って、黒々とした小山の様になり、悍ましく蠢いていた。
もしこの大群が村に解き放たれたら、もう手が付けられない。
一匹ずつ殲滅したとして、どれだけの時間が必要になるのか想像も付かない。
ならば纏まっている今が好機。
このまま殲滅すれば何の問題も無い。
だが、これだけの数を殲滅する為の範囲スキルを使用した場合、どれ程の威力が出てしまうのか?コレも想像がつかない。
只、間違いなく村にも被害が及ぶのを確信する。
脳裏に削れ飛ぶ山脈の画が浮かび、ブルリと震える。
範囲スキルは使わない!
だが、纏め上げて殲滅する事は変わらない。
成るべく、森に出る被害が少なく成る場所で事に当ろう。
幸い近くに、手頃な場所がある。
まずはそこへ、コイツらを誘導するのだ。
スージィは一気に加速して跳び上がった。
そのまま黒山の上スレスレを飛び越える様に、そして、その直上でスキルを放った。
≪スプレッド・ヘイト≫
盾職『センチネルナイト』のスキル。
周囲の敵を挑発して、強制的に自分を狙わせるスキル。
それまでは大人しいとは言い難いが、少なくとも安定した動きを見せていた黒い山だったが、スキルを受けた事で、爆発する様に全体が波打った。
スージィは更に、彼らの支配者に対してもう一つのスキルを使う。
≪バインド・ウィズ・チェーン≫
同じく『センチネルナイト』のスキル。
ターゲットを鎖で引き寄せ、自分を攻撃対象にさせる。
スージィは着地寸前に、イビル・ワーラットを鎖で捕まえ引き寄せた。
その頭を無造作に掴み、引き摺り走る。
イビル・ワーラットは、怒りの声をスージィに向けて激しく発している。
イビル・ワーラットはマッドレミングスの司令塔だ。
コイツのヘイトを取れば、この群れのターゲットは必然的に自分に向く。
スージィはワーラットを引き摺りながら、単体向けの≪ヘイト≫も使い挑発し続けた。
スージィは、そのまま森の中を走り抜けた。
やがて直ぐに、開けた場所へと到着する。
直径で30メートル程の空間が広がるその場所は、嘗てスージィとハワードが初めて出会った場所と同じ、この森に幾つも設置されているバトルポイントの一つだ。
此処は他の場所より幾分大き目の広場だ。此処で決める。
より一層怒りを露わに暴れ回るワーラットの頭を、ガッシと掴んだまま、木々の間から跳び上がり広場の中心へと滑空する。
そしてその勢いのまま、着地点にワーラットの頭を地面に減り込ませた。
「お前は、ココで、埋まって、な!!」
ワーラットは頭を地中に減り込まらせ、慌てもがくがどうする事も出来ない。
やがて、黒い塊が津波となって押し寄せてくる。
その先頭が広場へ入った所で、もう一度≪スプレッド・ヘイト≫を重ね掛けした。
黒い波が怒りを露わに、大きく脈打った。
スージィを覆い潰そうとでも言う様に、巨大な津波になり伸し掛かって来た。
だがスージィは、素早く広場の中心から端まで跳び退いた。
そしてそのまま黒い波が自分に追いつくのを待ち、外周部分を反時計回りに走り始めた。
スージィを追い、巨大な波が広場の中を回り始める。
スージィは黒波を置き去りにしない様、また追い付かれ過ぎない様に速度を調節しながら広場を回っていく。
やがて黒波に追いつくが、そのまま周回する径を小さくして周って行く。
追い付いたマッドレミングスを踏み潰し、更にスージィは走る。
足元に追いすがり跳び付く物も居るが、スージィには掠る事も出来ない。
やがて、走る周回を少しずつ小さくして行く事で、広場が黒い波の渦になる。
スージィが、イビル・ワーラットの埋まる中心部へ到達し、そこで地を蹴り上空へ跳び上がった。
踏みつけられたワーラットは、大きく陥没した地面と一緒に押し潰された。
周りに居たマッドレミングス達は、その衝撃で吹き飛ばされ、黒い渦にドーナツ状の穴が開く。
だが直ぐ様スージィを追い始め、仲間を踏みつけ駆け上がり登り、高々とした渦が登って行く。
上空3~40メートルに達しているスージィに追い縋ろうと、渦が竜巻の様に立ち昇って行った。
その姿は、宛ら黒いバベルの塔だ。
到達点に近付き、上昇速度が落ちて行く中、スージィは下方の黒渦を確認する。
よし!殆ど広場敷地内に収まった!
剣を一本右手で引き抜き、そのまま魔力を溜め、渦の中心へ向かい突き付けた。
「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。アムカムに連なるクラウドの娘スージィ・クラウドが求め、大いなる火の導き手サラマンデルに訴える。その焔を以って我が敵を討ち払い賜え!≪ファイア・ブレッド≫」
それは自前の攻撃魔法では無く、此処で覚えた精霊魔法の祝詞だ。
使うのは、カールが使ったのと同じ、初級の火の玉を撃ち出す魔法。
だが、その使用に用いられた魔力量が違った。発動された魔力値が桁はずれだった。
そこに顕現した火球の大きさは、直径5メートルを超えていた。
轟音と共に撃ち出された密なる焔の大塊は、一瞬で黒い塔を紙の様に燃やし散らせ、地上を撃ち払った。
火球は、地上をおよそ50メートル四方に渡り抉り飛ばし、消し炭に変えた。
「・・・・・・・・・・・・・」
スージィが降下しながら地上を眺め、唇を内側に噛み締めて盛大に冷や汗を流す。
「や・・・やり、過ぎ・・・た?」
地上に降り立つと キキキキキューーーッッ!キキュキキュキキキュキュキューーーーーッッ!! と、齧歯目が興奮した様に、スージィの胸元から顔を出し騒ぎ出した。
「ァっン!にゅンんにゅーっっ!だ!だからァっ!アばれちゃぁ・・・ダメっ!・・・て、ばあぁ!ンん!!」
スージィが胸元を抑え崩れ込んでしまう。
キキューー!キッキキュキュキューキュキュキュッキュキュキュ!キュキュキューキュキュ!キキキュッ!キキキキキュキッキキュキュキューキュキキッキュキキキュー!キキキュキキキキュキュ!キキキュ!!!
すげーー!こんだけの大群一瞬じゃないっすか!凄過ぎだぜ!姐さん!これからはアッシを舎弟と思って下せい!付いて行きヤスぜ!姐さん!!!
「な、何だか、今ナニ言ったか、良く分んなかったけど・・・妙に、卑屈っぽく、感じたのは、気のせい?」
まだちょっと乱れた息のまま、眉を寄せたスージィがアルジャーノンを見下ろして呟いた。
アルジャーノンは キッキッキッキュー と笑う様に鳴いて、スージィを見上げ返した。
「あ!イケナイ!最後の、始末しなきゃ!アルジャーノン!付いて来るなら、今度こそ、大人しく、してなさい、よ?!」
キキュー! と返事だけは良い齧歯目。
スージィはアルジャーノンを再び胸元に納め、移動を始めた。
目指すのは、先程撃ち落として放置した恐らくは今回の主犯。
タゲった時にソイツは『トゥルーヴァンパイア』だと分かった。
確か真祖って事だっけ? とスージィは考える。
(この村を襲って来る様な不届き者は、サッサと始末しちゃいたいけど、トゥルーヴァンパイアって事は長く存在してんだろうから。この際だから、聞き出せる事は出来るだけ引き摺り出さないとね!)
それは直ぐに見つける事が出来た。
気持ちの悪い気配を辺りに垂れ流している。
スージィには、ソイツが汚水を散水機で拡散している様にしか思えなかった。
「うあ、なんか、キモッ」
それが、その地面でのたうつモノを見つけた時のスージィの所感だ。
見た目が、と云う事では無い。
ソレが辺りに放つ気配が、まるで汚物を巻き散らかす様な、不浄感に満ちていたからだ。
「お前が、親玉?」
スージィがソレを足元に見降ろしながら、眉根を寄せて問いかけた。
余りにもソレが放つ気配が悍ましく、排泄物でも見ている様な気分になって直視できないのだ。
「何なんだお前はっ?!一体何をしたっ?!!あの子達をどうしたっ!?」
そのヴァンパイアが牙を剥き出し、皮膚に血管を浮き上がらせスージィを下から睨みつけた。
「何をした?って、襲ってきたから、ブッ飛ばした、だけ、よ?」
何を言っているんだコイツは?と言わんばかりにスージィが答えた。
「それより、聞きたい事、あるんだ、けど」
そんな事どうでも良い、と掌を振りながら問いかけた。
「アンタ、チャイルドイーター、って知って、る?」
ヴァンパイアが目を見開き、驚いた様にスージィを見上げてくる。
「お前っ、本気で言ってるのかっ?」
スージィがムッとした様に眉根を寄せた。
「知ってる、の?知らない、の?知らない、なら、別に、良いんだけど」
「ふざけるなっ!ボクがオルベット・マッシュだっ!ボクがっ、お前ら下賤な人間が『チャイルドイーター』と呼ぶ崇高なる存在だっ!!」
スージィが益々眉根を寄せ、胡散臭げに地に這い蹲い、汚物の様なオーラを発する存在を見下ろした。
「おる・・・ベット?すぅーこぉー?・・・ぅェ・・・名前は、知らなかったけど・・・そう、アンタが・・・そうなの」
「ちくしょうっ!どう云う事だっ!あの子達が何処にもいないっ!何故だっ?!何故ボクの身体は元に戻らないっ?!ちくしょうっ!お前っ!一体ボクに何をしたっ?!!」
オルベットの下半身は、スージィに打ち砕かれたまま修復される事無く、シューシューと白煙を上げ今も僅かずつ崩れ続けていた。
「このっ!ちくしょうっ!!ボクの身体がっ!!この人間風情がっ!ボクの身体に何をしたんだっ?!!お前達はっ、ボクらの『糧』でしかないんだからなっ!身の程を知れっ!人間めっ!!ちくしょうっ!」
「・・・ふ~~~ん」
スージィが肩の力を抜いて二刀を両手で下げ持ち、ユラリと揺れ立ちながらオルベットを目を細めて冷たく見下ろす。
「何だその目はっ?ふざけやがってっ!何なのだこの村の人間はっ?!さっきの爺といいっ、下賤な存在の癖にっ!待って居ろっ!今すぐ傷を修復してっ、お前はボク自ら糧にしてやるっ!光栄に思うが良いよっ!そう言えばお前も髪が赤いなっ?ははっ!思い出すよっ、昔この村で頂いた娘をっ!あの時の娘の様に精々ボクを満足させろよっ!はははははっ!その後はあの爺だっ!あのふざけた爺を引き千切ってやるっ!あーはっはっはっはっ!」
「アンタで、確定って、ことね。後、アンタが、豚と、同列なのが、良く分った。それと・・・そか、ハワードパパ・・・」
スージィが視線をオルベットから外し、遠くへ向け愛おしげに目元を細めた。
「なっ?!ふざけるなよっ!ボクを豚風情と一緒にするなどっ!このゴミ虫がっ!畜生っ!何故だっ!何故身体が戻らないんだっ?!!畜生っ畜生っ!一体何をしたっ?!司祭の術かっ?!一体なんだっ?お前は何なんだっ?!お前みたいのが居るなんて聞いていないぞっ!!何者なんだお前はっ?!」
スージィが剣を鞘へ納めながら。
「わたし?わたしはスージィ・クラウド・・・。ハワード・クラウドと、ソニア・クラウドの娘の、スージィ。そう・・・わたしはスージィ・クラウド!お二人の娘!スージィ・クラウド!!」
高らかに、誇らしげに我が名を告げるスージィ。
その顔は満足そうに、喜びに満ちた微笑みを湛えていた。
キキュ と齧歯目も胸元から顔を出し、スージィの誇らしげな顔を覗き上げる。
「なっ、何を言ってるんだコイツっ……?」
そう呟くオルベット。
そのオルベットに目を細めながら それからね と、いい加減に気付けと呆れた様に続けた。
「人は、死んだら、戻らない。死んだ人間の、傷は、治らないの、よ?」
知らなかったの? とスージィはオルベットに告げる。
「なっ?何を言っているっ?!!ボクは不死者だっ!死を超越した不滅の存在だっ!そんな人間共の常識などっ!!ボクは闇夜の支配者なんだぞっ!!」
スージィが呆れた様に肩を竦め フゥ と息を吐く。
「そ?自然の摂理に、従っているだけで、しょ?それに・・・」
そう言って目測を図る様に指を遠くに指し示し あっちね と呟くと、トットットッと小走りにオルベットに駆け寄り、その身体を……。
ドッゴォォォン
思い切りけり飛ばした。
「ボきゃぶぼォっ!!!!」
オルベットの身体が弧を描き、森の彼方へ飛んで行く。
「アンタがどんだけ、万全だろうと。ハワードパパに、勝てるイメージが、1ミリも浮かばない、わよ!」
腰に手を当て口をへの字にして、最早そこには居ないオルベットに向け言い放った。
「さて!後片付け、しないと!村の中、結構広範囲に、犬と蝙蝠が、散ってるから、片付けしないと、ね!」
腰に手を当てたまま、後方を振り返り呟いた。
胸元から顔を出す齧歯目も キキュッ と答える。
「片付け、終わる頃には、ハワードパパの方も、済んでるだろうから、労いをして、差し上げないと、ね!」
キキュ!
「そしたら、学校に、皆のトコロ、戻ろ!アルジャーノン!」
キキキキューッ!と嬉しげに鳴く齧歯目。
スージィはそのまま森を抜け、村の中へと走り戻って行った。
明日、花を持って行こう。
次回「ラヴィニア・クラウドに花束を」





