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38話 アムカムの子供たち その2

子供達sideの続き。

鬱展開。残酷な描写にご注意ください。

「どうしたチャイルドイーター?まさか怖気づいた等と言い出すまいな?ん?」

「こンの爺ィ!ふざけ過ぎィ!もう、ぶっ殺しちゃいますよオルベット様ァ!」


「クハッ!良いのかチャイルドイーター。こんな雑魚を差し向けて?ワシは止められんぞ?」

「図に乗るなよ…人間風情がぁっっ!!!」

「落ち着けライラ、ローレンス。こいつの狙いは我らの注意を引き付け団員を村へ向かわせる事だ。乗せられるな」


「フン!山ヒル風情が!多少の知恵があるのか?」

「コイツぅー…エイハブ!アタシはやるからねェ!!死んどけ爺ィ!!」

「よせ!ライラ!!」


 ライラと呼ばれたヴァンパイアが制止を無視し、自分の周りの影をハワードへ飛ばした。


 ハワードは瞬時に装備に魔力を流し込んだ、すると全身の装備の魔法印が一瞬光彩を放った。


 その刹那、ハワードの姿がブレて影槍が空を切る。


「ナニィ?!」


 ライラが目を見開き驚愕する。

 だが直ぐ様、ハッと何かに気付きその場を飛び退いた。

 直後、ライラの居た空間に青い光が真横に走る。聖気を纏ったツヴァイヘンダーの剣閃だ。


「くっ!何コイツゥ?!この動きィ!ホントに人間なのォ?!」

「だから止せライラ!コイツが『鉄鬼神』だ。まともにやり合うな」

「クソっ!コイツがァ?」


 ギリリッと牙を剥き出しにして、ライラは歯噛みをする。


「フン!逃げ足だけは速いではないか?ヴァンパイア!そう言えばコソコソと影に逃げ隠れするのが得意なのだったな?そんな害虫の真似などせんでも良かろうに?なあ?!!」


 ハワードが獰猛に歯を剥き出し、挑発を続ける。


「この……調子に乗りやがって!」

「だから止せと言っているぞ、ローレンス」

「囲んでしまえばいいだろ!バーニー手を貸せ!」


「こっちを忘れていないか?」


 ライダーが装備を煌めかせ、ローレンスの真横に肉薄していた。

 その手に握られたナイトソードは練り上げた聖気で黄金色に輝き、そのまま真一文字に一閃された。


「なっ?!!」


 ローレンスは咄嗟に身を躱すが僅かに遅れ、その左腕の肘から先が斬り落とされた。


「がぁっ!!」

「ローレンス?!……エイハブどう云う事だ?何故ここまで聖気を扱える者が二人も居る?説明しろ!」


 後方に後ずさり、よろけるローレンスの身体を、バーニーと呼ばれたヴァンパイアが支えながら、苛立ちも露わにエイハブへ問いかけた。


 ローレンスも直ぐに体勢を立て直す。

 ライダーに斬り落とされたローレンスの肘から先は、見る見る内に修復されて行った。


「あれは西方の『吸血殺し』だ。注意はした筈だぞ」

「ちくしょう……コイツもか?」


 ローレンスが戻った左腕の動きを確かめる様、手を動かしながらライダーを睨めつける。


「ローレンスは油断し過ぎなのだわ。そうでしょうエイハブ」

「そうだプトーラの言う通りだ。我々はオルベット様の駒なのだ。感情で走るな」


 長い銀の髪を揺らしながら、プトーラと呼ばれたヴァンパイアが、ローレンスに冷たい視線を送りながらエイハブに同意を求め、前へ進み出て来た。


「あっはははははははははっ!ライラっ!ローレンスっ!随分手こずってるじゃないかっ」


 オルベットが心底楽しそうな笑い声をあげ、前方の二人に声をかけた。


「オルベット様ァ!」

「申し訳ありませんオルベット様」


「いい加減、前へ出てきたらどうだチャイルドイーター?このままでは、お前の手駒が直ぐ駆除されてしまうぞ?」


「このっ!」

「爺ィ!」

「はははははっ!強気だねえっ。いいよっ、そういう強気でボクに向かって来る奴はっ、別にキミが初めてって訳じゃないっ」


 憤る二人を手で制し、オルベットがハワードと会話を続ける。


「ほう、ならばワシが最後の相手になる訳だな?」

「あーはっはははははっ!言うねえっ!言うよねえっ!でもねっ、残念な事にボクは老人には興味が無いんだっ、お相手はこの子達に任せるよっ」


 オルベットがさも残念そうに手を広げ首を振った。


「それにねっ、ココから眺めている方が断然面白いしねっ!今っ、子供達が実に楽しそうに踊っているのが、もーー可笑しくって、楽しくてっ!クフッ」

「貴様!何をやっている?!!」

「いいねっ、そういう顔の方がボクは好きだなっ………一時間だっ」

「何だと?!」

「後一時間ほどで陽が沈むっ、そこからはボク等の時間だっ……。宴を始める時間だよっ」


 オルベットが宣言する様に大仰に両手を広げ、朗々と言葉を発して行く。


「ボクがこの子達に命じたのはたった一つっ。『陽が暮れるまで誰も殺すな』だっ。だって折角の宴なんだものっ、食事の前のつまみ食いはハシタナイだろっ?プフッ」

「貴っ様ぁ!!」


「みんな健気にもちゃんと言う事を守ってくれているっ。この子達の影の中の子らもっ、ホントなら牙を突き立てたいだろうにっ、爪だけで我慢してるんだっ!ホントに偉いよっ!」


 グロロロロ……と云う低い唸りと共に、オルベットの影の中から幾体もの黒い塊が頭を覗かせた。

 それは鰐の様な鼻面と牙を持つ、歪な人影に見えた。


「シャドーグールかっ!」


 シャドーグール。影の中に潜み実体を持たない人食いの魔物。

 陽のあたる場所では存在出来ない、まさしく闇の住人だ。

 それが此処に何体居ると言うのか?



「オルベット様!オルベット様ァ!申し訳ありません!もう少しで御言い付けを破る所でしたァ」

「いいよライラっ、キミはちゃんと我慢してるっ、だから時間が来たら好きにしちゃって良いよっ」

「ありがとう御座いますゥ!オルベット様ァァ!!」

「オルベット様もライラに甘いですわ!」

「そうかいっ?ボクにはみんなが可愛いだけなんだけどねっ」

「オルベット様ァァ……ン」


 オルベットがライラの頬を柔らかく撫で上げた。


「だから日暮れまでっ、キミたちは好きに学校にでも向かうと良いよっ。どうせ囲いがもう出来るっ。手練れが一人二人居た所でっ、どうしようもない事を思い知ってみたらいいさっ」


 オルベットがハワード達に向け、手をヒラヒラと振りながら好きにしろと言う。


「この不浄物共めっ!」


 ライダーが吐き捨てる様に嫌悪感を露わにする。


「さあっ!だからボクは時間まで観戦させて貰うよっ。前に来た時に居たあの赤毛の子っ。あの子の足掻きっぷりは実に良かったっ!今でもしっかり思い出せるよっ。最後まで足掻いて諦めない喉元に喰らい付く美味しさと来たらっ!!くふっ!あぁ駄目だっ!思い出しただけで涎が出てきそうだよっ!あはは!あぁまたっ、あんな美味しそうな子がいてくれたら良いんだけどねっ!ホントっ!ホントに楽しみだよっ!あはっあははっあーーはははははははははっ」


「おのれ!貴様!貴様はっ!!」


 ライダーがオルベットの言葉に、憤怒の皺を更に深く深く刻み付けて行く。


 オルベットは如何にも楽しそうな笑い声を上げながら、一瞬で背中に黒く禍々しい巨大な蝙蝠の羽を広げ、そのまま地上を飛び立った。


「おのれぃ!逃げるなチャイルドイーター!!戻れ!戻って来い!チャイルドイぃーーータぁぁーーーーーっっ!!!」


 ハワードが拳を振り上げ、憤激の叫びを上げる。

 ハワードの怒りに染まった声が、アムカムの森の中、どこまでも響き渡って行った。





     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「終わったわ。さっさと起動しちゃうわよ?」


 イライザが先程まで弄んでいた起動装置をクルリと手の中で回し、そのまま魔力を籠め始めた。

 すると、学校の敷地全体を囲う様に、魔方陣が地面から浮かび上がってきた。


 初め、青白い光を発していた魔方陣がパキリと歪み、見る見る内に、毒々しい血の色の様な魔方陣に、上から塗りつぶされて行く。


 やがて上空に、ハニカム状の透明な板面が組上げられ、学校敷地の上空をドーム状に覆って行った。

 それが組み上がると一瞬光を放ち、そのまま不可視の結界となった。


「これで囲いが出来上がったね」

「じゃ、そろそろ下拵(したごしら)えもしちゃいましょうか?もう一時間も無いし」


 イライザが 始めるよ と言う様に両の掌をポンッと叩くと、二人の影から無数の黒い槍が、上方へと伸び上がって行った。


 5メートル程伸びた所でクイッと先端が曲がり、ウィリアム達の方へとその先端が向いた。

 ウィリアム達がギョッと目を見開くと同時に、黒槍が彼らに向かって伸び、勢い良く迫って来た。


 ウィリアム達は盾を構え、石壁を迫り上げて防御態勢を直ぐ様整えたが、黒槍は彼らを掠め、修練場の壁を屋根を穿ち、突き崩し、破壊して行った。

 堅固だった筈の修練場の壁は、大きな音を立てながら崩れ落ちて行った。


「な、何だコレ?!修練場の壁がこんな簡単に?!」


 破壊された修練場の壁を見て、アーヴィンが呆気にとられた様に呟いた。

 中に居た中低位階の子供達が、余りの事に言葉も無く固まっている。



「ねぇねぇ、少しぐらいさ、摘み食いしてもさ、良いと思う?」

「何言ってるのダグ。オルベット様の御言い付け忘れたの?」

「忘れてないさ!忘れてないけどさ。流石にこれだけ見せられたらさ…ねぇ?」

「まあアタシだって、さっき舐めたくらいじゃ物足りなくてしょうがないけど…後一時間も無いのよ?我慢できない?その方が美味しいわよ?」

「分ってるさ!分ってるけどさ…ホラ、これとかさ…だめ?」


 そう言って、左手に持っているフィオリーナの腕を持ち上げた。


「ホラ、お味見位はさ、食材用意する者としてはさ、しても良いんじゃないかとさ、思うんだ…」

「もう!オルベット様ご覧になってるのよ?分ってる?……オルベット様はお優しいから、許して下さるとは思うけど…でも、ちゃんと御言い付け守った方が、アンタの忠誠心を示せると思うけど?」

「そう、そうなんだよね…よし!じゃ死なせなければ良いよね?それなら御言い付け破った事にならないしさ!」

「もう!好きになさいな!」

「へへへ、大丈夫さ!ちゃんと自制出来るもの」

「既にそれが自制してるとは言えないんだけどね…」


「ここに来てからさ、ずっと目の前に居たのにさ、ずっと我慢してたのにさ、ま、チマチマ頂いてはいたけどさ!ホントに美味しいんだよ、このお姉ちゃん」


 そう言ってフィオリーナの腕を上まで持ち上げ、力なく頭を垂らした彼女の首筋を、自分の目の前に持ってくる。


「ああ、やっぱ堪んないよこの匂い」


 そのままダグは、血の様に赤く爬虫類の様に長い舌を出し、フィオリーナの肩口から首筋にかけて啜る様に舐め上げた。


「……ぁい…うぅぅ……ぅ」


 意識の無い筈のフィオリーナが、くぐもった呻き声を上げる。


「もう頂くね?頂いちゃうよ?へへ」


 ダグはそのまま左手で、握ったフィオリーナの左腕を掴み持ち上げた。

 空いている反対の右手で彼女の髪を無造作に掴み、引き摺り下げ、その白い首筋を自分の目の前で露わにさせた。

 そしてそのまま、剥き出しになった小さなナイフの様な2本の牙を、深々とフィオリーナの幼い首筋へ、ゆっくりと突き立てて行った。

 フィオリーナの首元に、悍ましい鈍い肉の裂けるを音が広がる。


「はぎぃ……ぅく、…ぃぎう……はぐン……ひぅ……」


 ダグが喉を鳴らすごと、フィオリーナの身体が小さくのたうち、口元からは苦痛に満ちた、喘ぐような呻きが漏れ落ちて行く。




「フ、フィオリーナ?」

「な、なんで?アイツ、フィオリーナに何してんだ!?」


 クラークとアシュトンの双子が、瓦礫と化した修練場の中から這い出し、ダーナ達の横に並び、その先で起きている不浄の行為に目を見張った。


「アナタ達!駄目よ出て来ては!下りなさい!」


 コリンが双子に気付き、直ぐに後退させようと叫ぶが、二人には聞こえていない。





 クラークとアシュトンの双子と、フィオリーナは今期から同じ6位階になった3人だ。


 最近はステファンのやんちゃぶりが目立って来て、その陰に隠れがちだが、この双子の腕白ぶりも相当な物だった。

 双子のコンビネーションで繰り出される悪戯に、散々大人や上級生たちの手を焼かせていたのだ。


 そんな双子をいつも諭し、庇っていたのがフィオリーナだ。


 スミス家とアトリー家は比較的近い位置にあった為、三人は物心の付く前から既に一緒に居た。


 フィオリーナの面倒見の良い性格は、幼い頃からこの二人の面倒を見る事になったが為に形成された物なのかもしれない。


 二人の一番の理解者でもあるフィオリーナに、双子は頭が上がらない。

 いつも二人が考えている事を先読みし、双子もフィオリーナがどこまで本気で怒っているかは直ぐ分る。

 言葉にする前から、相手の事は判ってしまう。

 クラーク、アシュトンとフィオリーナは、兄妹同然に今日まで生きて来たのだ。




 今、そのフィオリーナが目の前で訳の分らない相手に掴まっている。

 状況は分らないが、何かヤバい事が起きている事だけは判る。


 フィオリーナの顔色が、見る間に真っ白になって行く。

 これはどう見ても不味い!!


「「うああああああああああああああああ」」

 

 双子が揃って飛び出した。


「いかん!ヤメロ!」


 ウィリアムが直ぐ様飛び出すが、二人との距離は十数歩は離れている。

 咄嗟に二人の後を追うが、その距離に表情が歪む。


「「こンのヤローーーーー!!」」


 二人の装備は共にショートソードとラウンドシールドだ。

 二人はシールドを翳しながら突き進む。


 飛び出した二人に向かい、影犬が一匹、正面から飛びかかって来た。


 クラークが影犬の鼻先に、シールドを叩き付ける様に突っ込んだ。

 そのシールドを掠める様に、アシュトンがショートソードを突き入れる。

 と、同時に今度はアシュトンが、自分の盾を影犬に突き付ける。

 透かさずクラークが、アシュトンの盾の陰からショートソードを振るう。

 右に左に、時には上下に、交互に防御と攻撃を入れ替える。

 息の合った双子のコンビネーションを生かした、二人の攻撃手段だ。

 

 だがその攻撃が通じるのは、森の浅層に出る魔獣にまでだ。

 実力差が大きく開いた相手では、効果を上げるのは難しい。

 二人の攻撃では、その魔獣の毛皮を貫く事は出来ない。

 ましてや数の差は圧倒的だ。


 いつの間にか、低空から滑空して来たブルータルバットの強靭で鋭い脚の爪が、クラークの背中から後頭部にかけ、肉を抉りそのまま吹き飛ばした。


「ぐぁっぶっ!!」

「クラーク?!ぎっ!かはっ!!」


 アシュトンが、横から飛び掛って来た二頭目の影犬に頭に牙を立てられ、そのまま地面に打ち据えられた。


「この!退()けぇぇ!!!」


 一歩到着の遅れたウィリアムが、アシュトンの頭を咥える影犬の顔面にショートソードを打ち下ろした。

 ウィリアムは、片目を潰され怯み口を離した影犬へ、そのままカイトシールドを叩き付け後方へ弾き飛ばした。


 ウィリアムはシールドを構え、双子を庇う様に油断なくショートソードを振りながら脚を運んだ。

 そこへ遅れて来たロンバートも並んで、横で盾を構える。


「二人を早く後方へ!コリン治療を!!」


 ウィリアムが叫び、ダーナとアーヴィンが双子を抱え、後方へ連れて行った。

 二人ともかなりの出血量で意識も無い。

 抱きかかえられて行く二人をウィリアムは横目で確認し、改めて前方に居る二体のヴァンパイアを睨みつけた。



「さあ!向こうから始めてくれたみたいだしさ。ドンドン行っちゃう?」


 いつの間にかフィオリーナから離れたダグが、嬉しそうにイライザに語りかけた。

 フィオリーナはその足元に投げ出されている。

 まるで遊び飽きた玩具の人形の様に、只無造作に。


「コレ、死なせてないわよね?」

「だーいじょうぶ!辛うじて息してるからさ。セーフ!あはは」


 イライザが、白い肌になり身動き一つしないフィオリーナを見降ろしながら、ジト目でダグに問いかけるが、ダグは只戯けて見せるだけだった。


「おのれぇっ!」


 ウィリアムがその様子を、ギリギリと歯を噛み締め睨めつけた。

 だが間断無く押し寄せる影犬達に、ウィリアムとロンバートは、少しずつ確実に押し戻されていた。



「ウィリー!アシュトンをお願い!クラークが酷いの!ああ!駄目!血が完全に止まらない!ビビ!手を貸して!……ビビ?」

「どうしたビビ?!」


 ベアトリスがコリンの呼びかけに反応を示さなかった。

 アーヴィンがその様子に気付き、急いで彼女の傍に駆け寄った。


 だがベアトリスはその場で膝を付き、自らの身体に腕を回し、小さく震えていた。


「アルジャーノンが……、アルジャーノンが…死んじゃう」

「!!」


 ベアトリスが涙を浮かべ、アーヴィンを見上げて訴えた。


「あ、あの子…あんな、あんなに噛まれて!あんな弄ばれて…それでも走って……あんな、あ、あんなに……あ」

「ビビ!しっかりしろビビ!クソ!何とかならないのか?!」


 アーヴィンがベアトリスの肩を掴み、小さく叫ぶ。

 その時、アーヴィンの頬を掠め、黒槍が伸び進んで行った。

 そのまま槍は、後方の子供達の中へと突っ込んだ。


「チャールズ!トマス!」


 コリンの悲鳴が上がる。

 黒槍は、年少の…2段位のチャールズ・ボーマントと、3段位のトマス・リゴティを貫き消えていく。

 幼い子供達の呻きと悲鳴が辺りを埋める。


「貴様ら!」


 ウィリアムが尚も伸びる黒槍を盾で弾き、剣で討ち払うが、その隙を影犬に突かれ傷が増して行く。


「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。貫け!≪ステックス・ガン≫」


 ミアの祝詞で地中から急速に伸び上がった植物の根が、槍の様に先端を尖らせ、ウィリアムの周りの影犬に向かって幾本も撃ち出された。


 影犬達は瞬時に反応しウィリアムから離れたが、更にその影犬へ…。


「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。撃ち抜け!≪ファイア・ブレット≫」


 カールの放った炎弾が影犬を撃ち、一頭を炎に包む。


「よし!」


 カールが拳を握り締め、命中の喜びで頬を緩めた。



「火の属性使いはちょっと鬱陶しいわね」

「ウン、あれ一人みたいだし先に始末しちゃお」


 カールを見ながら二体のヴァンパイアがそんな会話を交わすと、幾本もの黒槍がダグの足元から伸び上がり、一瞬でカールの身体を次々と穿って行った。


「がっ?ぶ!!」


 カールが槍に吹き飛ばされ、全身から血を吹出しながら倒れ伏した。


「カール!」


 隣りで魔法を放っていたミアが、咄嗟にカールを助け起こそうと駆け寄るが、そこへ幾本もの黒槍がミアにも迫り貫いた。

 そのうちの一本がミアの脇腹を抉り取り、その身体を吹き飛ばす。


「ぁぎ?!ひぐぅぁっ!!」


 ミアはそのままゴロゴロと地を転がされ、瓦礫にぶつかり漸く止まった。

 ミアはコルセット型の革防具を身に付けていた。だが黒槍はそれを容易く突き破り、脇腹を抉り取っていた。

 その抉られた場所から血が止めど無く溢れ、見る見る血の気を失って行く。その身体はビクリビクリと引き攣りを起こしていた。


「くそ!ミア!!なんて事だ!!ミアァ!!!」


ウィリーがミアに駆け寄り、直ぐ様回復術を使うが、出血が一向に収まら無い。




 イライザが アレも? とミアを指差してダグに目で問いかけた。


「まぁ、ついで?どっちにしても魔法の攻撃手は残すとメンド臭いしさ」


 と肩を竦めて答えた。




「ミアーーーーーっ!!!」


 所々破壊されたベアトリスの作った石壁の隙間や、ウィリアムの脇をすり抜けようとする影犬を槍で突き飛ばしながら、ダーナが後方に声を飛ばした。


「大丈夫だ!まだ!!まだ大丈夫だ!!」


 ウィリーがミアに手を翳し、治癒に集中しながらも声を上げて返す。


「……ミア!」


 急ぎカールの治療を施すベアトリスも、唇を噛みながらミアを見やる。


「ちっくしょう!まじで手が足りねェぞ!!」


 アーヴィンが、ベアトリスに向かい降下してくるブルータルバットをロングソードで払い、追い散らしながら苛立ちを口にした。


「こんなもの!ぎっ!スージィお姉様の…っ!うぁ!突きに比べたら!温すぎですわ!!くぅっ!」


 得物を弓から二本のダガーへ持ち替えたヘレナ・スレイターが、ダーナの隣で共に影犬を撃退しながら叫んだ。


「ぐぅっ!全くだ!!こんなもの!・・・はっ!スーの連撃の速さに比べたら!がぁ!!あくびが出るよ!!」


 ダーナもヘレナもその身に多くの傷を負いながら、共に一人の少女の事を思い、攻撃の手に力が籠もる。


「そうだ!スージィの一撃は…遥かに重い!」


 ロンバートがその手に持つタワーシルドで、数匹の影犬を一度に押し返しながら声を上げた。


「こんな事で!押されてたら!スー姉様に顔向けできないから!」


 メアリーが滑空してくる幾匹ものブルータルバットを避けながら、上空へ矢を射かけ返し叫んだ。


「お前ら!言うじゃねェか…よっ!!」


 アーヴィンが叫びながら、降下してくるブルータルバットへ一撃を入れた。

 翼膜を傷付けはしたが、落とすまでには至らない。



「だめ!シェリー、ヴァージル、お願い手を貸して!」


 コリンが5段位のシェリー・フランクと、4段位のヴァージル・フィレインを呼び寄せ治療の手伝いを頼む。


「でもコリン!わたし達まだ癒しを使え無いわ!」


 シェリーの言葉は不安から来る否定的な物では無い。自分には今、何も出来ないと言う焦燥感から来る物だ。

 それは、この修練場に避難している中低位の子供達全員に共通する思いだ。


 出来る事なら自分達も全線で戦いたい!しかし今の自分達では上級生の足を引っ張るだけだ。だから今は、せめて此処で出来る事を精一杯するしかないのだ。


「大丈夫よ、こうして傷を抑えて魔力を送ってくれるだけで良いの。いつも魔道具で練習してるでしょ?あの要領よ」


 シェリーにコリンは傷口の上にガーゼを当て、基本のやり方を教えて行く。シェリーにチャールズを、ヴァージルにはトマスの手当てを任せ、二人は一心不乱に治療に集中した。


「今、出血だけは止まってるから。そのまま続けてくれればいいからね?」


 コリンはそのまま左脚を引き摺りながら、急ぎクラークとアシュトンの元へ治療に戻る。

 クラークはまだ完全に出血は止まっていない。今はシェリーと同じ5段位のグローリア・ヘロンに、傷口をガーゼで押えて貰っている状態だ。





「ココの子達凄いねー!普通さ、こんだけボコれば心折れてくものなのにさ。誰も諦めてないよ!それどころか闘志が上がってる!オルベット様が楽しみにするわけだねー」


 ダグが楽しそうにイライザを見上げて目を輝かせた。

 それを受け今度はイライザが肩を竦める。




「え?ウソ!アルジャーノン?ウソぉ!!」

「どうしたビビ!?アルジャーノンに…なにか…あったのか?」


 目を見開き固まってしまったベアトリスに、アーヴィンが気遣いながら声をかけた。


「あの子…傷が全快した…!」

「は?」

「そんな事より!スーを見つけた!喚べるわ!!」


 アーヴィンが瞠目し、ベアトリスと見つめ合う。


「直ぐに喚べるのか?」

「3分ちょうだい!確実に喚んでみせる!!」

「よし!上等!!全員聞けーーーーーーっっ!!!」


 ベアトリスの答えにニヤリと笑い、アーヴィンはその場で声を上げた。


「3分だ!3分持たせろ!!来るぞーーーー!!!!」


 右手で持ったロングソードを拳を突き上げる様に高々と掲げ、この場にいる全員に届く様、声高に叫び上げた。


 その場には、ベアトリスの治癒を受け出血が止まり、未だ息は荒いが幾分楽になった様な表情でカールが横たわっている。


 そのカールから少し離れ、ベアトリスが地面に召喚の魔方陣を描き式を刻み込んで行く。


 アーヴィンがその二人を庇う様に、前面に立ち腰を落としてロングソードを構えた。


「3分!耐え抜くぞォ!!」


 アーヴィンが再び声を張る。


「へへ!よっし!やったろか!!」

「うふ!ふふ!お姉様に、見て頂かないと!!」

「おう!アーヴィンの所までは行かせはしないさ!」


 前線のダーナ、ヘレナ、ロンバートの士気が一気に上がって行った。

 それを見てウィリアムは…。


「流石だスージィ…」


 と呟き苦笑する。


「みんな!スーが来るわ!もう少し!もう少しだから頑張って!」


 コリンが修練場跡に居る子供達に呼びかけると、皆一様に明るい声で返事をする。




「なんかさ、イキナリ希望の灯が灯っちゃったみたいだけどさ、なんだろ?」

「そうね、なんかする気みたいだけど…放置る?それとも潰しちゃう?」

「潰してみよっか?そしたらさ、あの子らどんな顔するかな?見たく無い?ね?見たいよね?」

「わーゲスぃわぁ。ダグってばゲスいぃ」

「へへー、ありがとー」


 ズンッと彼らの足元から無数の黒槍が突然伸び出した。

 咄嗟の事に盾を持つ二人も、衝撃に耐える事しか出来なかった。

 盾を持たぬダーナとヘレナは辛うじて致命傷は逃れるが、身体中無数に抉られ弾き飛ばされた。


 前衛を抜けた黒槍が、何本も修練場跡の子供達にも届く。

 トマスを治療していたヴァージルの左肩を貫き、レイラ・カーターの腹を、デニス・ホートリィの背中を、そしてコリンの右腿も穿った。


「ぁくっ!ぎ!!」


 コリンの左脹脛は出血は止まっているが、まともに歩ける状態には程遠い。

 右足も更にダメージを受け、最早立っている事は出来ない。

 そのまま、もんどりうって倒れ込んだ。




 向かって来た黒槍は5本だ。

 アーヴィンは二本を斬り落とし一本を柄頭で叩き払った。

 後の二本、避ければベアトリスに届く。

 アーヴィンは躊躇うことなく、その射線に自らの身体を滑り込ませた。

 一本は左腕を掠め軌道をずらされ、一本は左脇腹へ刺さり立ち消えた。


「アーヴィンっっ!!!!!!!!」


 ベアトリスが悲痛な叫びを上げる。


「ビビ!集中しろ!コッチに構うな!!」

「でも!アーヴィン!傷を治さないと!血がそんなに…!!」

「…後でいい!今は…お前の仕事が優先だ!安心しろ…お前はオレが守ってやる!……約束したろ?!」

「アーヴィン………」

「お前は…オレが守るって決めた女の子なんだ!絶対に……オレが絶対に守ってやる!!」

「アーヴィン、アーヴィン……アーヴィン…!」


 ベアトリスが涙を溜めながら術式を組み、魔力を流し込んで行く。




「なんかまだ続いてるっぽいわよ?」

「うーん、ちょっと気に入らないかなー。直接行っちゃってみようか?」




「クッソ!」


 状況が不味い。ヴァンパイア二体は完全に遊び気分だ。いつでも召喚式を邪魔できる。

 ベアトリスの準備が整うまで、この数分間だけ意識を逸らさなければならない。


 チラリと後方に視線を走らせる。コリンが必死に身体を起こそうとしていた。

 両脚に怪我を負い、立つ事が出来ないがまだ大丈夫だ…。


 チリッとこめかみが焼かれるような苛立ちと怒りを感じた。

 何が大丈夫な物か!!あの歩く事も出来ない状態にされた、コリンのどこが大丈夫なのだ!?

 コリンを苦しめる為に、俺は此処に立って居る訳では無いぞ!!

 ウィリアムは自らの胸当ての『制御珠』に指をなぞらせ覚悟を決める。


「ロンバート、ココを頼む」

「?!ウィル?何を言っている?」

「俺は今からヴァンパイア共に特攻をかけ、奴らの意識を此方から外す。俺の抜けた防衛線の維持を頼む!」

「何を言っているんだウィル!あそこまで等、到底たどり着けないぞ!」

「まぁやって見るさ。行って来る!!」

「ま、待て!ウィル!!」


 ウィリアムは自らの装備の胸元に在る制御珠を砕き、魔力循環回路の起動をする。

 全身の装備の魔法印が通常より強い光を放ち、回路が起動した事を示した。


「ヲヲオオオオオオォォーーーーーーーーーっっっ!!!」


 ウィリアムは、装備が強い光を放ったまま、影犬の群れの中を突っ切る。


 ウィリアムは、それまでとは別次元の速さで駆け抜けた。

 目の前に迫る影犬には、瞬間的に真横に振り切ったショートソードで顔面を断ち切った。

 横から飛び掛って来た犬の前脚を斬り落とし、そのまま拳で討ち払う。


 今までとは比べ物にならない身体能力で、次々と影犬を討ち払いヴァンパイアに肉薄して行く。


 その光を纏いながら進むウィリアムの様子を、遠目で見ていたコリンが目を見張った。


「駄目よウィルーーー!それをそんなに使っては駄目ーーーー!!!」


 コリンが悲痛に顔を歪ませながら叫んでいた。




 本来、ウィリアム達の装備に刻まれている魔法印は、護民団の防具に標準装備されている物だ。

 低団位者が装備している物も、ハワード達上団位者が装備している物も、効果自体にそう大きな差は無い。


 その効果は主に、防御力と身体能力の強化なのだが、しかしその性能の向上度合いは、装備者の能力に依り大きく変動する。


 それは能力向上が元の身体能力に対し、入力される魔力値で乗算されて行くからだ。


 熟練者であれば、最小の魔法量を、高い魔力圧で使用して大きな魔力値を叩きだせる。

 その上で魔法印に魔力を通し、高水準での能力の向上を使用可能にしている。

 また、強力な能力向上は上昇値が大きくなる程、心身に掛る負荷が大きくなるが、それを瞬間的なon offで、その負担を最小限に抑える技術も必要になって来る。


 ハワード達上団位者の強さは、ベースとなるその身体能力の高さに加え、この巧みな魔力操作の技術を持つ者だからこそなのだ。


 一方、低位団者等の身体能力、魔力技術が未熟な者達には、そこまで能力値を上昇させる事は出来ない。

 それは元に身体能力が低い事も当然ながら、大きく能力の向上を行う為の、高い魔力値を出せない事が所以(ゆえん)である。


 勿論、高魔力値を入力出来れば、もっと高い能力向上は望める。

 だが、魔力圧の低い者がそれを行えば、魔法量を大量に消失し、魔力を一気に失う事になる。

 急速な魔力の低下は、そのまま意識の喪失に繋がる。

 また、能力に見合わぬ身体強化は、必要以上に身体にダメージを与える事にもなる。


 当然、それを防ぐための制御装置が装備には取り付けられている。

 それが『制御珠』だ。


 『制御珠』は少ない魔力の者でも扱えるよう魔力電池としての機能を持ちながら、過分な魔力供給を抑えるためのブレーカーでもある。


 ウィリアムは今、その『制御珠』を砕き、魔力を装備に過剰供給し、強引にオーバーブーストを行っているのだ。

 それは時間制限付きの超人化。

 ほんの僅かな時間だけ、身の丈を超える力を振るえる強引な方法だ。

 だが、その反動で中枢神経が焼き切れる可能性もある。

 その力を振るう代償は計り知れない。



 ウィリアムが影犬達の群れを突破しヴァンパイアに迫って行く。

 無数の黒槍が瞬時に押し寄せるが、それを払い往なし躱して斬り落とす。

 そのまま一息でダグの目前に辿り着いた。

 一瞬、ダグは驚いた様に目を見開きウィリアムを凝視した。


 この時点でウィリアムの身体は、魔力の供給過多による負荷で、毛細血管が破裂し、全身いたる所から出血していた。


 だが、ウィリアムは前進を止めない。

 左手のカイトシールドで最後の黒槍の塊を払い落し、そのまま右手のショートソードを、ダグの胸元へ突き入れた。

 次の瞬間、その場所からダグは消え失せ、ウィリアムの背後に移動した。

 指先の爪を、刃の様に長く伸ばしたダグは、それをウィリアムの背に突き立てようと、纏めた五指を鋭く突いた。

 ウィリアムは、咄嗟に左へ素早く身体を捻じり、もう一度カイトシールドで爪を弾く。

 その勢いに乗せ、更に左へ水平にショートソードを振り抜いた。

 ダグはそれを、僅かに下がる事で鼻先で躱す。

 ウィリアムはショートソードを切り替えし、右側へと斬り上げる。

 それをダグが刃の爪で弾く、再びウィリアムは逆に斬り返し、ダグがそれを避ける。

 ウィリアムの連続の斬り込みをダグが、一歩、二歩、三歩と下がり、愉快そうに笑いながら躱し、弾いて行く。

 逆にウィリアムには焦りが募って行く。

 目から、鼻から、耳から血が溢れて来る。

 一瞬、身体の外側に爪を弾き飛ばした事で、ダグの胸元に隙が生まれた。

 ウィリアムは再び渾身の力を持って、その心臓のある場所へショートソードを突き入れた。



「おしい、もうちょっと。だったかも…ね?」


 正面で広げられたダグの掌を貫き、ショートソードが止まっていた。

 ウィリアムは、身体から急速に力が失われて行くのを感じていた。


 ダグはそのまま貫かれた右手を押し出し、ショートソードの根元まで右手を差し入れて、十字柄ごとウィリアムの右手を掴んだ。


「なんだ?もう終わり?ちょっと面白かったんだけどな」


 クスクスッと笑いながら、掴んだウィリアムの右手を手首ごと捩じ上げて行き、そのまま拳を砕いた。


「があぁっっ!!」


 ウィリアムはその場で片膝を付いてしまった。

 全身から、大汗でも掻く様に血が滴り落ち、足元に血溜りが出来ていた。

 最早立って居るだけの力も残っていない。


「ナニ?なに?それ!勝手に凄い美味しそうな事になって無い?」


 イライザが物欲しそうに口元に指を置き、二人に近付いて来た。

 血の匂いに酔った様に頬が上気し、眼が潤んでいる。


ダグの目の前で片膝を付くウィリアムの背後に立ち、両手でその頬を撫で上げ、掌にベットリと着いた彼の血をウットリと眺めた。

 イライザはその血の付いた手を眺め、我慢出来ぬ様に喉を鳴らした。

 そのまま一気に、ウィリアムの血で真っ赤に染まった掌を顔に押し付け、その血を貪る様に舐め尽くして行く。


「ヤだぁ…おいっしぃぃン」


 顔をウィリアムの血で汚したイライザが、ウットリとした表情で呟いた。


「ねぇ?彼貰っちゃってイイ?食べちゃってイイ?…ね?イイわよねぇ?イイでしょぉ…?」

「ちょっと、死なせちゃダメなんじゃ無かったの?」


 ダグが右手に刺さってるショートソードを引き抜き、その場に打ち捨てながら、イライザを見上げ面白そうに尋ねた。

 その掌には傷跡一つ残っていない。


「ンもう!ダグのいぢわる!イイわ!死なせ無ければイイのよね!うふ♪」


 そう言うとイライザは、自らの右手の指を凶悪な鉤爪へと一瞬で変質させた。

 それをそのままウィリアムの背中へ一気に突き立てた。


「があああぁあっっ!!!」


 ウィリアムが背に受けた衝撃で仰け反った。

 イライザは、そのまま片手でウィリアムの身体を頭上へ掲げる様に持ち上げた。


「ぐあ!がっは!」


 イライザの頭上で仰け反り、ウィリアムが血を吐いて行く。

 イライザは、頭上でボタボタと垂れてくる血の滴を、長く舌を伸ばして受け止め舐め取っている。


「イイわぁ…おいしイわぁ…もっとよ、もっと頂戴ぃ」


 イライザが、ウィリアムに突き刺している鉤爪を無造作に動かした。


「ぐあっ!がああぁぁぁ!!ぐっがぁあああああああ!!!!」


 一気に血が溢れ出し、文字通り血の雨がイライザの全身に降り注いでいく。

 それを大きく開けた口で受け、左手で体中に撫で付け、長く伸ばした舌で舐め取って行く。


「あぁぁ!おイっしイイぃ!ドクドク、ビクビクしてるぅ…うふっうふふふふ…アナタのヲ全部搾り取りたイぃぃ…あぁぁンン!おイしすぎぃぃ!ステキよぉぉっ!さいっこぉ!」


 イライザが恍惚とした表情で、ウィリアムの血に浸って行った。



「いやあぁぁーーーーっっ!ウィル!ウィルゥゥーーーーーーーッッ!!!!!」


 コリンが悲鳴のような声で、ウィリアムの名を叫んだ。

 立てぬ足を引き摺り、前に進もうと手を伸ばす。

 しかしその手はウィリアムには届かない。

 コリンのウィリアムを呼ぶ叫びだけが、その場に響き渡って行った。




 陽が随分傾いて来た。

 空は赤味を帯び影が長い。

 脇腹に黒槍が刺さった跡がドクンドクンと、もう一つ心臓が出来たかの様に脈打っているのが分る。

 だが痛みなんかは気にならない。

 兄貴達も言っていた 闘志が吹き上がっていれば深手を負っていても痛みなど忘れてしまう と。 なるほど!全く気にならねぇや! アーヴィンの口角がニヤリと吊り上り、凶暴な犬歯が姿を見せた。


 ウィルがヴァンパイアに特攻を駆けた事で、コチラへ黒槍は来なくなった。

 だが前線は崩壊寸前だ。


 ロンバートはタワーシールドで影犬を抑え込んではいるが、ビビの張った石壁はかなり崩されている。

 隙間から入り込んだ影犬が、ロンバートに取り付き牙を立てている。

 その数4頭。手足に喰いつかれ出血も酷い。

 立って居るのが不思議な位だが、まだ隙間から入り込もうとする影犬を押し返そうとしていた。


 ケイトにも影犬が二頭取り付き、その身体を押し倒していた。

 脚に喰い付き、頭も押さえつけられ今にも食いつかれそうだ。

 食い千切ろうとする様にケイトの脚に喰いついたまま頭を振る影犬に、ダーナが槍を叩き付けて、追い払おうとしている。


 ダーナにも牙を立てようと影犬が牙を剥くが、辛うじて振り払っている。

 だがダーナの右の脹脛が、ブーツごと抉れ取られている。

 あれでも動けるダーナは凄ぇ!


 ヘレナは頭か額に傷を負ったのか、顔の左半分が血で真っ赤だ。

 それでもブルータルバットに矢を射かけ続けている。


 中低位の子供達は、まだ残っている修練場の壁際で、怪我をした子供達を中心に盾を構え、その隙間から槍を突出し、空から迫るブルータルバットを牽制している。



 そして今アーヴィンの正面に、防衛線を抜けたシャドードックが二頭、走り迫って来ていた。


 一頭はオレに、もう一頭はビビに向かう気だな?そうはさせるかバカヤロウ!

 アーヴィンは腹の中で悪態をつき、二頭の影犬の進路を阻む。




 アーヴィン・ハッガードは、ハッガード家の三男として生まれ育って来た。

 父親のハリー・ハッガードは、アムカム12班の第4班の班長を務め、『金獅子』と呼ばれるアムカム郡主力の一人だ。


 長男のバートは、誰もが認めるアムカム郡随一の戦士だ。

 『撃滅の金狼』の逸話は、この国の者なら知らぬ者は居ない。

 今は国外に出向き、ここ二年ほどアーヴィンは顔を見ていない。

 だが彼の幼い頃からの憧れであり、目標である事は今も変わっていない。


 一つ上の元騎士団のライダーは、西方のアムカムとは違う辺境で実力を示し名を上げた。

 『黄金の吸血殺し』の異名は、伝え聞くたびアーヴィンを誇らしくさせた。



 アーヴィンは、そんな父や兄を見て育った生粋のアムカム戦士の子だ。

 今、目の前に打ち砕くべき障害が迫り来ている。

 肚の底から、熱い物が上がって来るのが分る。

 後ろには、オレが守るべきビビが居るんだ!てめェらを通すワケ無ェだろがっ!!

 舌でペロリと上唇を舐め上げ、勝手に笑みが零れて来た。

 クラウチングスタートの様に姿勢を低く身構えると、ハッガード家の者特有の明るいダークブロンドの髪が揺れ、やはり一族特有のアンバーのウルフアイズが金色の光を帯びた。


 左手を前に突出し、右手に持ったロングソードを引き摺る様にして、地を蹴りダッシュした。

 二頭いる内の、体一つ分先に走る影犬が、アーヴィンをターゲットに決め、真っ直ぐ突っ込んで来た。


 影犬が口を開き、アーヴィンに喰い付こうと飛び掛って来た。

 アーヴィンは一旦左腕を引き戻し、タイミングを計り、影犬の口の中に自らの左拳を突き込んだ。 アーヴィンの腕が、肩口まで影犬の口に捻じり込まれた。

 二の腕に影犬の牙が、ガフッガフっと何度も食込んでくる。


 影犬が飛び掛って来た勢いを左腕で受け、アーヴィンの身体は、そのまま左側へ振り回された。

 もう一匹の影犬が、アーヴィンの右側を抜けようとするが、左に回転するアーヴィンは、そのまま右手に握るロングソードを遠心力に任せ、影犬の前脚に叩き付けた。

 影犬は自らの勢いと、ロングソードで斬りつけられた衝撃で前脚を抉られ、その場でもんどりを打つ。

 ちっくしょう!脚を斬り落とせて無ェ!オレじゃまだ力が足り無ェ!

 けど!!左腕の犬は腕をガシガシ噛んでたがもう泡を吹き始めてる。直ぐに窒息する!

 左腕をくれてやった甲斐はあった!そしてもう一匹も!


 アーヴィンは左腕に影犬を喰い付かせたまま、ロングソードを投げ捨て、もう一匹の影犬の所まで転がって行った。

 そのまま影犬の首に腕を回し締め上げようとするが、逆に右腕に喰い付かれ引き摺られてしまう。


「ぐあぁっっ!このやろう!!大人しくしやがれ!!がぁぁっっ!!」


 影犬はアーヴィンの上に伸し掛かり、右腕だけでも食い千切ろうとする様に喰らい付き、首を振る。



「アーヴィン!アーヴィンッッ!!」

「構うなぁビビぃ!こっちは任せろぉぉ!お前はっ!自分の仕事をやれぇっっ!!!」


 影犬の牙が腕の肉を抉り、ボタボタと落ちる自分の血で顔を濡らしながら、アーヴィンがベアトリスに叫んだ。


「あ、アーヴィン…!!」


 ベアトリスが魔力を流し込みながら唇を噛んだ時、魔方陣が光を放つ。


「来た!…入ったわ!」


 魔方陣に、召喚式起動に必要な魔力が充填されたのだ。


「やっちまえぇーーー!ビビーーっっ!!スージィを連れて来----い!!!」


 アーヴィンの叫びがその場に響き渡った。

 ベアトリスがそのまま召喚術起動の祝詞を唱え上げる。


「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。我は求め訴える。我が眷属よ我の求めに応え我が前に顕現せよ!ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ!!我は求め訴えん!!!来なさい!!アルジャ-ノン!!スーを連れて来てっ!!」


 召喚陣が、まばゆく光を放った。

 光が召喚陣を包む様に立ち上がり、ユックリと回り中心へと向かい細くなって行った。


 その光の柱をアーヴィンが見上げる。

 ダーナが、メアリーが、ロンバートが振り向く。

 コリンが、ケイトが、ウィリーが、未だ意識を保って居る者が皆、只言葉も無く息を飲み見守っている。


 何らかの気配を察し、影犬達も動きを止め光に向かい唸りを上げていた。

 二体のヴァンパイアも鋭い視線を送る。

 その場にいる全ての者が、光の柱を見入っていた。



 やがて光が立ち消え、そこに一つの人影が姿を現した。


 小さい二つのピックテールに纏めた赤い髪は愛らしく、陽の光を透しルビーの様に光り輝いていた。

 若草色のワンピースは涼やかで、スカートが柔らか気に風に舞い、裾にタップリと付いたフリルも揺れ踊っている。


 しかし、その腰回りには、そんな少女らしい装いに似つかわしくないソードベルトと、二本の剣が装着されていた。


 編み上げられたブーツをピタリと合わせ、真っ直ぐに立つ胸元では両手を添えて、小動物を大事に掬い上げる様に手の上に乗せている。

 その掌の中の齧歯目が、キキキュッと声を上げた。


「ア、アルジャーノン!スー!!」


 ベアトリスが目に涙を溜めて、一匹と一人の名前を呼んだ。




「なんだよ、大仰に召喚魔法なんか使うからさ、どんな強力な従魔が来るのかと思っちゃってさー、ちょっと警戒しちゃったのにさ!なんだよ!女の子じゃないか!」

「そうね、ちょっと肩透かし?でもココまでして呼び寄せたんだから、一応警戒はしておいた方が良いかしらね?」


 イライザが、右手の鉤爪で捕えていたウィリアムを放り投げた。

 2~3メートル飛ばされ転がされるが、ウィリアムは既に意識が無い。


「まあそうだけどさー。所詮は人間だよ?」


 ダグの、落胆した様な言葉に まあね とイライザが肩を竦めた。




 アルジャーノンがスージィの掌から飛び降り、ベアトリスの元へ駆け寄った。

 キキキュキュと鳴き、鼻面を上げて、自分の成果を誇っている様だ。


「ウン!アルージャノン!良くやったわ、アナタは良くやってくれたわ!!」


 ベアトリスがアルジャーノンを抱き寄せ、頬を摺り寄せながら労っている。



スージィはその一人と一匹の前で立ちつくし、周りを呆然と見回していた。


「・・・なに?コレ?」


 スージィの眼には、血に塗れた子供達の姿が映る。

 目の前にはカールが、アーヴィンが。

 少し離れた所にミアが、ロンバートがダーナがヘレナが!


「なに?なによ・・・これ?」


 と、アーヴィンに喰らい付いていたシャドウドックが、唸りを上げ牙を剥き出しにし、スージィに向かい飛び掛った。


 ベアトリスには、影犬が自分の横をすり抜け、スージィに飛び掛る所までは見えていた。

 だが次の瞬間、影犬の姿が無い。

 パン と云う音が目の前で聞こえたと思う。

 スージィの左手首が、何かを払った様に外側を向いている。

 右の方から ズシン とした響きが伝わって来た。

 右手の方向を見ると、2~30メートル先に土煙が上がっていた。

 遠いので良くは見えないが、地面が抉れて動物の脚の様な物が何本か、地面に突き立って居るようにも見える。

 それも5メートル以上の間隔を開けて。



「・・・自重?なにそれ?!ふっっざけんなっっっ!!!!!!」


 スージィが吐き捨てるように言葉を発し、髪紐を解き頭を揺すった。

 解けた髪が広がり、夕日を受け黄金の光が舞った。


「わたしの前では、誰も死なせ無い!誰も・・・死なせるつもり、無いから!!」


 紅玉の髪を煌めかせ、スージィ・クラウドが言い放った。

わたしは・・・スージィ・クラウド!!

次回「スージィ・クラウド名乗りを上げる」

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