36話 アムカムの子供たち その1
子供達side
鬱展開。残酷な描写がございます。苦手な方はご注意ください。
「5の鐘?みんな居る?フィオリーナは戻って来た?」
「まだ…もどって来てないの」
警鐘の響きが校内にも届く中、コリンが室内の子供たちの有無を確認する。
しかし、フィオリーナがまだだと、エヴァ・アヴァンズが心配そうにコリンに告げた。
「そう…、少し遅いかな?いいわ!ビビ、ミア、二人は皆を修練場まで連れて行って。私は教室までフィオリーナを迎えに行ってくるから、お願い」
5の鐘 第三種警戒警報。
アムカムの魔獣警報の初期段階だ。
森のセーフゾーンに魔獣が侵入、魔獣被害の危険性がある場合に警鐘が鳴らされる。
警報が解除されるまで、警戒を続ける必要がある。
警鐘が鳴らされた時点で、学校に居る子供たちは、最も堅固な建物である修練場へ避難する事になっている。
特に、戦闘力を殆んど持たない低位階の子供達は、優先的に避難させなくてはならない。
コリンは高位階の二人に子供達を任せ、自分はまだ校内に残って居る筈のフィオリーナを探す為に、教室のある建屋へと走った。
「フィオリーナ!居ないの?…おかしいわ、一本道なのに…、まさか校内に居ない?」
コリンが慌ててもう一度校内を見回そうと教室を出て、同じ建屋にある執務室へと目を向けた。
と、何かが目の端で動いた事に気付き、そちらに視線を巡らせた。
「…フィオリーナ?いるの?」
コリンが恐る恐る声をかけた。
すると、執務室の陽の当たらぬ暗がりの中から、ユラリと人影が姿をみせる。フィオリーナだ。
「驚かさないでフィオリーナ!どうしたの?何でこんな所にいたの?」
突然姿を見せた人影に不意を突かれ、コリンは一瞬息を詰める。
だがそれがフィオリーナだと分かり、安堵の息を吐き出した。
だが彼女の様子がおかしい。何故こんな所に居るのか?顔色も良くない。表情も心なしか虚ろだ。体調が悪いのかもしれない。
「どうしたの?フィオリーナ。具合でも悪いの?大丈夫?一人で歩ける?」
考えてみれば、誰もいない教室で、たった一人で居た時に警鐘が鳴ったのだ。
心細くならない訳がない。
「もう大丈夫だからね?さ、みんなの所へ戻りましょ?」
コリンがフィオリーナへと手を差し出す。
しかし、ふと彼女の手が何かを握っている事に気が付いた。
(手?子供の手?)
フィオリーナが、彼女より幼そうな子供の手を握っている。
そのまま視線を巡らせる…と、今度こそ小さく声を出し、身体を強張らせてしまった。
影の中に、白い子供の顔が浮かんでいたのだ。
だが、よくよく見ればそれは、フィオリーナが少年の手を握り、二人で並び立っている事が見て取れた。
「も、もう!驚かさないでって言ったでしょ?フィオリーナ!そ、その子は誰?どこの子なのかしら?」
「あのね、お外で迷ってたの。だから中に連れて来たの」
「うん、ボクおねえちゃんに中に入れてもらったんだ」
と、二人がコリンに説明をするが今一つ要領が掴めない。
「えっと…、誰かの親戚の子なのかしら?誰かを探しに来たの?」
コリンの問いにフィオリーナが そうなの と、やはり曖昧な返事をする。
「それよりも、どうしてここに居るの?早く皆の所に戻らないと!」
状況は良く分からないが警報が鳴った今、いつまでもこんな所には居られない。
コリンは取りあえず二人を連れていく事にした。しかし…。
「探してる物があるの。大事な物なの」
「そう、探し物があるんだ」
「探し物?そう言えばエヴァのバスケットは?持っていないわね?バスケットを探してるの?教室には無かったの?」
フィオリーナが、取りに来た筈のバスケットを持っていない。
その事に気付いたコリンは問いかけるが、それと同時に再び警鐘が鳴り響いた。
「4-2?!いけない、早く皆と合流しないと!急いでフィオリーナ!」
コリンがフィオリーナの手を取り、引っ張って行こうとするが彼女はピクリとも動かない。
自分より小さなフィオリーナが動かない事に、コリンはショックを受ける。
「ど、どうしたの?フィオリーナ!早く行かないと!どうして動かないの?」
「探し物があるの。探さないといけないの」
「うん、見つけないとダメなんだ」
「何を探してるの?バスケットじゃ無いの?フィオリーナ!一体どうしたの!?」
「大事な物なの。探さないとダメなの」
これでは埒が明かない。
一体どうしたのか、フィオリーナの様子が異常だ。
良く見ていれば、話をしていても此方を見ていない。
目も虚ろだ。何があったというのか?
連れている子もおかしい。顔色がとにかく白い。
黒い服を着ているのは判るが、この影の中で顔だけが浮き出ている様だ。
それに、何故ここはこんなにも暗いのか?
陽が当たらず影が深いとはいえ、これでは余りにも暗すぎる。
まるで…そう、これではまるで自分達は影にでは無く、闇の中に入り込んでしまった様だ。
コリンは背筋を這う悪寒と、冷たい汗が流れるのを感じていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
修練場の中には子供達が集合していた。
広いはずの修練場だが、全校生徒が揃うとそれなりの密度を感じる。
そんな中、ウィリアムが子供たちの点呼を取り人員の確認を行っていた。
「4-2か…、魔獣がセーフゾーンを抜けて来るなんて、随分久しぶりなんじゃないのか?」
カール・ジャコビニが、手に持ったタクトを弄びながら誰ともなしに呟いた。
「来月は収穫祭なんだから、収穫物を荒らされちゃ困るんだがな!」
何故か腰に手を当て、アラン・エドガーラが荒い鼻息を飛ばす。
「なんでお前はそんな偉そうなんだ?アラン、大体お前そんなに収穫祭に熱心だったか?」
「何言ってんだよカール!収穫祭はドキワクの大イベントじゃないか!ここで気合入れなきゃ男じゃ無いだろ!?」
「やっぱりお前には関係無い気がするが?」
「オレはな!今年は勝負をする事に決めたんだよ!」
「いや、ま、お前が勝負をしようが玉砕しようが、それはお前の勝手なんだけどな」
「オレは今年!スージィを収穫祭へ誘うぞ!」
そのいけしゃあしゃあとした発言に、ピクピクと反応する数組の耳。
「おまっ!ふざけんなよ!」
「ちょっと待てアラン。それは不用意な発言だぞ」
「ん、アランは考え無さすぎ…」
アーヴィン、ロンバート、ベルナップの三人がアランに詰め寄って来る。 あーこれは事を起こす前に玉砕するパターンか とカールは天を仰ぐ。
「だ、だから!なんでお前らはそうやって息を合わせんだよ!?」
「お前がバカな事言い出すからだ!そんな事、このオレが許さねェ!」
アーヴィンが息を巻きながらアランに詰め寄る。他の二人もウンウンと頷いている。
「な、なんだよ!オレが誰を誘おうとオレの勝手じゃないか!それに!もう一緒に行く相手決まってる奴に言われたくないぞ!!」
「お、お前…な、何言い出すんだよ」
アランから反撃を受け、アーヴィンが途端に鼻白んだ。
「ちくしょー!うまい事やってるくせに!アーヴィンなんかもげちまえ!!」
「ば!ばかやろ!オレは何もやってねェ!だ、大体今年も一緒に行くとか…き、決まって無ェし!」
真っ赤になったアーヴィンがあたふたと否定をするが…。
「ふーん…、そうなんだ!決まってないんだ?!」
アーヴィンは直ぐ後ろから聞こえた声に、ビクリと反射的に背筋が伸びた。
背中に、冷や水を浴びせられたような感覚が伝って行く。
「え?…ビビ?…い、いつからそこに……居た?」
「ふん!さっきからずっと居たわよ!」
いち早く危険を孕んだ空気を感じ取ったロンバートが、アランの首根っこを掴み、ベルナップ、カールを引き連れ、その場から距離を取る。
「い、いやその、決まって居ないってのは、つまり…」
「別にいいわ!アーヴィンが誰を誘うかなんて…、そんなのアーヴィンの自由だもの!そんなの……、そんなの、スーでもミアでも!好きに誘えばいいのよ!!」
「いや!待てよビビ!オレはそう云う事を言ったんじゃ…」
「やめて!触らないでよ!!」
アーヴィンがベアトリスの肩に手を伸ばすが、ベアトリスはそれを払い除け、潤んだ瞳で下からアーヴィンを睨み上げた。
「……ビビ…、お前…、だから!オレは…」
アーヴィンがベアトリスに何かを告げ様としたその時、遠くから激しく響き渡る警鐘の音が、修練場の中を騒然とさせる。
「3-2?特別警報だと?!全員直ちに装備を身に付けろ!コリン!…コリン?コリンは?!」
「ウィル、コリンはまだ戻ってないの」
ミアが心配そうにウィリアムに告げる。
「なんだと?まさか!クソ!…ウィリー!ダーナ!此処は頼む!低位の子達にも装備を整えさせてやってくれ!俺は結界装置を起動してくる!」
結界装置はこの学校に設置されている魔道具だ。
特別警報が発令された今、速やかに起動させ防護結界を張り、学校を包み込まなくてはならない。
だが、その起動は子供達の手では出来ない。
今この場で起動権限を持っているのは、ウィリアムだけだ。
未だ戻らないコリンは気になるが、先ずは結界の起動が先決だ。
この場を最年長の二人に任せ、ウィリアムは修練場を飛び出した。
起動装置のある執務室は、修練場から南側、30メートル程離れた場所に在る。
ウィリアムは最初の鐘が鳴った時に用意した、装備の胸当ての留め具を止めながら走った。
ブーツは既に履いている。
手甲になっているグローブを腕に通した時には、校舎母屋に在る執務室へと辿り着いていた。
ウィリアムは執務室のドアを勢いよく開け、中へ飛び込んだ。
そして直ぐ、そこに彼女が居る事に気が付いた。
「コリン!?何故ここに?フィオリーナも一緒か?」
「ウィル!?」
執務室の中にはコリンが居た。
コリンの腕の中には、彼女が探しに行ったフィオリーナも居る。
血の気を失いコリンに抱えられている様を見たウィリアムは、コリンが彼女を連れて行くのに、難儀していたのだと判断した。
「二人とも急いで皆の所へ行くんだ!」
ウィリアムはコリンを確認できた事に安心しつつ、結界装置のある棚へと向かう。
「ウィル!駄目!お願い気を付けて!!」
「コリン?判ってる。だから君も急いで修練場で装備を整えてくれ」
ウィリアムは、コリンに直ぐに警戒態勢を取るよう指示出し、素早く棚の上段にある両開きの扉に手を翳す。
そのまま魔力による開錠を行って扉を開き、中に設置してあった防護結界の起動装置を取り出した。
「なんだ、そんなところにあったんだ?」
誰とも知れぬ声が聞こえた直後、質量を持った影が無数の槍となりウィリアムを襲った。
影は執務室北側の壁を破壊し、ウィリアムは成す術も無くそのまま外へと叩き出された。
「がっはッッ!」
ウィリアムの身体は激しい勢いで吹き飛ばされ、地面を何度もバウンドし、庭の中程でようやく止まった。
「いやぁぁぁーーーーーーーーっ!!ウィルーーーーーーーーっっっ!!!!」
コリンの悲鳴が中庭に響き渡った。
コリンはフィオリーナを抱えたまま、破壊された壁を潜り抜けウィリアムに向かって走り出した。
「もうさ、このお姉ちゃん達二人ともさ、コレの在り処が判らないとか言うんだもの。困ってたんだよ」
黒い影に包まれ少年の姿をした何かが、破壊された壁の中から姿を現した。
その手には、ウィリアムが取り出した起動装置を持ち、玩具でも扱う様に手の中で弄んでいた。
黒髪だったその頭髪が、見る見る銀色になって行く。
室内では分らなかったが、それが纏う黒い服が、執事服だったと判る。
「どっちにしてもさ、権限を持ってる人間じゃないとさ、取り出せなかったみたいだからさ、助かったよ?」
ウィリアムは地に手を付き、身体を起こそうと力を入れる。
と、胸筋に力が掛った時。
「かはっ!」
咳き込み血を吐き出してしまう。
(くそ!肋骨が幾つかいってるな、肺を傷つけたか?!)
ウィリアムは直ぐに魔力を胸当てに通し、自らも回復の術を唱えた。
装備の魔法印が反応し、ウィリアムの身体能力を上げ、傷の回復を補助し始める。
自らの回復術も、装備の補助も初級の微々たるものだ。
直ぐ様傷が完治する物では無い。
しかし動くには十分だ。そこへコリンも到着する。
「ウィル、ウィル!大丈夫?!動けるの?!待って!今回復を…!」
「大丈夫だコリン。君はフィオリーナを連れて皆の所へ行け!」
「そんな!ウィル怪我してるわ!早く!早く治療しないと!!」
「こんなもんじゃない…、こんなもんで済む程、この相手は甘くない!俺の、こんな物は怪我の内に入らない!回復は温存だ。この程度で使うな!君は後方で支援に徹しろ!」
コリンの顔に苦渋の色が浮かぶ。
彼女とて現状は認識している。
此処で回復に魔力と時間を消費しているのを、目の前の相手が見逃してくれるとは思えない。
それならば、ウィルが立ちはだかる間に少しでも早く皆の元に辿り着き、守りを固めるのがこの場合の正解だ。
ウィルはそう言っているのだ。
俺を盾に、お前は逃げろ! と。
そんな事は分っている。
分っていても ウィルを盾にして置いて行くなんて出来る訳無い!! コリンの表情が苦悶に歪む。
やがて校舎の破壊音と異変に気付き、修練場から子供達が顔を出して来た。
「駄目よみんな!下がって!!敵襲!!!子供たちを中へ入れて!!!」
コリンは意を決した様に、フィオリーナを抱え立ち上がり、そのまま修練場へ向い、走りながら叫んだ。
「そのお姉ちゃんは、置いてって欲しいな」
少年がそう言うと、彼が纏っている影がうねり、槍の様に鋭く伸び上がり、高速で前方へ突き出された。
何本もの黒い槍が、ウィリアムの横を通り過ぎるが彼は反応できない。
その黒い槍はそのままコリンの右肩と、左の脹脛を穿ち、地面に縫い付ける様に刺し通した。
その直後、影の槍は、まるで水に溶ける散る様に消えてしまう。
「ぎぅっ!ぁぎぃっっ!!!」
地に打ち付けられたコリンの悲鳴が、辺りに響き渡った。
フィオリーナがコリンから離れ、地面に放り出された。
コリンはその場で、肩と脛から血を溢れさせ激痛に喘いだ。
ウィリアムは、コリンの肩口が血で染まって行くのを見ながら、意識が逆立って行くのを感じていた。
遥か遠くで、警鐘が2回ずつ鳴り響いているのが辛うじて分る。
「き、貴っ様ぁぁぁーーーーーーーっっ!!!!」
自分が盾になるどころか、目前でコリンが傷付くのを見す見す許してしまった!
ウィリアムは少年に向き直り、怒気を発しながら突進して行った。
手に持つ武器はショートソード。
本来の愛用のロングソードは、今回アムカムには持って来ていない。
護身用にとハワードに借り受けたものだ。
だが刀身は多少小振りとは言え、その武器の持つパフォーマンスは高い。
少年は面白そうに口元を歪め、ウィリアムに影を飛ばした。
ウィリアムは、正面から高速で次々と突き出される黒い槍を、素早く往なしながら突進するが、腕を、脚を、頬を、防具の無い部分を槍が掠り抉って行く。
それでも己の間合いまで詰め寄り、一太刀打ち下ろす。
しかし、少年はユラリと蜃気楼の様に揺れ、後方へと下がってしまう。
しかも下がった少年の手には、コリンと一緒に後方へ移動した筈のフィオリーナの腕が掴まれていた。
まるで人形でも引きずる様に無造作に。
「き、貴様ぁっ!いつの間に!!」
ウィリアムは苦悶の表情で、ギリギリと歯噛みする。
コリンを傷つける事を許しただけに留まらず、彼女自らの身を以て避難させた少女を、易々と敵の手に渡した己に、憤りを感じずにはいられない。
「うあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
突然後方から、雄叫びを上げ突進してくる者が居る。
「ウィルどけぇーーーーーーーーーーっっ!!」
ダーナがウィリアムを追い抜き、少年に向かって行った。
「よくもっ!よくもコリンをぉぉぉーーーーーーーーーーっっっ!!!」
少年に槍を連続で突き入れるが、悉く黒い槍に居なされ返される。
「くっ!このぉおぉぉぉーーー!!」
それでも更に速度を上げ、ダーナは槍を繰り出す。
ダーナの槍が硬質の物を撃ちつける高音を、ドラムが連打を打つ様に、辺りに響き渡らせていた。
集中するダーナの顔から、汗が散り撒かれる。
その様子を見る少年は、如何にも楽しそうに、口元を邪悪にVの字に吊り上げて行った。
「よせっ!ダーナ下れ!!」
ウィリアムも前に出て、ダーナに迫る黒槍を次々と払い落とす。
しかし少年の眼が細められ、口元が更に吊り、上り黒槍の数が一気に増えた。
ウィリアムは咄嗟にダーナの身体の前に自身を滑り込ませ、黒槍を捌くが数に押されてしまう。
致命の一撃は避けられたものの、そのままダーナ諸共後方へ弾き飛ばされた。
「ぎゃンッ!!」
「ぐおぉっ!」
ダーナとウィリアムはそのまま、後方へ4~5メートル飛ばされ地面を転がった。
「がっあ!!」
ウィリアムは先程受けた傷の上に、再び衝撃を与えられ悶絶した。
だが、直ぐ様臨戦態勢を取るべく身体を起こそうとするが、黒槍の追撃が放たれたのが目に入る。
(不味い間に合わん!)
このままでは防御姿勢を取る前に槍が到達する。
今、モロにアレを喰らうのは不味い!しかし身体の動きが追い付かない。
目の端で、ダーナがまだ起き上がれないのも見えている。
二人ともやられる!そう思った時、目の前に人影が立った。
直後、ガキリと金属が軋み打たれる音が響く。
ロンバート・ブロウクが二人の前に立ちはだかり、大型の盾、タワーシールドを翳し黒槍の到達を防いだのだ。
その横でアーヴィン・ハッガードが、ロンバートがカバーし切れなかった黒槍を、ロングソードで往なし斬り落としていた。
「立て!二人とも!寝てる暇無ェぞ!!」
アーヴィンが叫ぶ。
「コリンは大丈夫だ!出血は止めた!」
コリンに治癒の術を施していたウィリー・ホジスンも叫んだ。
「みんな!一旦下がって!距離を取りなさい!」
ベアトリスの指示に、四人は後退を始めた。
意識を取り戻したコリンも、ミアに支えられながら、共に後方へ下がるが…。
「待って!お願い待って!あの子を…フィオリーナを!!」
ミアに肩を借りながら、コリンが停止を求めようとした。
「落ち着きなさいコリン!今は態勢を整える事を考えなさい!でないと…、みんな蹂躙されるわ!」
「……!」
ベアトリスの厳しい言葉にコリンが押し黙る。
「一体コイツは何なんだよ?!」
ダーナが少年を睨めつけながら疑問を口にした。
「敵だ!魔物の類…、しかも上位だ!」
ウィリアムが、再び自分の傷に回復の術を使いながら答えていた。
「ヴァンパイアよ。フィオリーナは…あの子はアイツに血を奪われ、意識が戻らないの!」
コリンが悲痛な顔で少年の正体を明かした。
全員が、コリンの言葉に驚愕に目を見開きざわめく。
ウィリーが どうりで日陰から出ない筈だ と呟いた。
「なんだそりゃ!?なんでそんなヤツがココに居やがんだ!?」
「今はそんな事気にしてもしょうがないわ!」
「わかってる!で?どうする気だよウィル!」
「……助けを呼びましょう」
コリンが、肩を借りていたミアから離れ言葉を発した。
ミアが まだ歩いちゃ駄目よ と、止めるが、 大丈夫よありがとう と微笑みを返し、静かに離れた。
「アレは私達では勿論、ウィルにもどうしようもないわ。今の私達に出来るのは時間を稼ぐ事くらいよ」
コリンの発言に一同が黙り込む。
「でもどうやって?どうやって助けを呼ぶの?煙弾はさっき飛ばされちゃった壁の辺りにあった筈だよ?」
ミアが疑問を口にした。
「…鐘を鳴らすわ」
コリンが校舎に立つ鐘塔に視線を向けた。
「鐘を鳴らせて学校の危機を村中に知らせる。後は修練場に籠って防御に徹します!」
修練場の壁は、中での戦闘訓練に耐える為、強固な創りの上、シェルターも兼ねるよう堅固の魔法印も施されている。
ただの壁である校舎の造りとは違う。
「あんまり、あたし向きじゃない守りの作戦だな」
「彼我の差を理解しなさい!無謀な戦闘は戦士のする事じゃないわ!」
「ちぇっ!分ってるよ」
「そう言うこった!防衛戦の修行だと思えば問題無ェよ!」
「修行などでは無い。防御戦その物だ」
「で?誰が鐘まで行くよ?」
アーヴィンが全員を見渡しながら尋ねた。
「オレが行く」
突然、後ろから答える声があった。
「ステファン?!いつの間に修練場から出た!?」
「駄目よアンタは!これは高位階の仕事よ!中低位階の子達は修練場の中で待機しなさい!アラン!ベルナップ!アンタ達行けるわね!?」
ベアトリスがステファンの提案を却下し、後方に居る7段位達から斥候見習いのアランと、護衛に長けたベルナップに指示を出す。
ベルナップとアランは おう まかせろよ! と不敵な笑みを浮かべ答えた。
「オレが行く!オレいつもスー姉に褒められてる!学校で一番気配消すのが上手いって!だからオレが行くのが一番イイ!!」
それでも食い下がるステファンに、ウィリアムが…。
「判った。ステファンお前が行け。アラン、ベルナップ。お前たちはステファンの護衛兼補助だ」
「ウィル?!正気?!ステファンはまだ中位よ!」
ベアトリスの抗議にもウィリアムの決断は変わらない。
「この作戦は素早さと隠密性が高い者が最適だ。ステファン、アラン、ベルナップ。やれるな?」
「オレ一人で十分。二人は足手まとい!」
「てめ!ステファン!置いてくからな!!」
「ん、大丈夫。二人は俺が護る」
「作戦行動は三人一組が基本だ。これは護民団でも同じだ。出来ぬ者に団員は務まらんぞ」
ウィリアムの言葉に三人がそれぞれ了承の言葉を述べて行く。
「良いか!我々のやるべき事は、敵を牽制しつつ防御に徹する事だ」
ウィリアムが、メアリー・フランクに渡されたカイトシールドを受けとりながら作戦を伝える。
「ウィリー、コリン、ベアトリス。君達は作戦開始直ぐに牽制の目くらましをして防御魔法を頼む。その後は治癒に専念を。俺とロンバートは此処で盾になる。アーヴィン、ダーナは俺達が処理し切れなかった物を捌け。攻撃の為に前へは出るなよ!あの影槍は陽の中では直ぐに消える。だが手数が尋常では無い!一つに執着せず次に備えろ!攻撃は遠距離から、ミア、カールの魔法と、ヘレナ、メアリーで弓を撃て!」
「でも、矢がフィオリーナに当ったら?あの子まだアイツに手を掴まれてる…」
メアリーが自分の使う弓の弦を確かめながら、不安を口にした。
「攻撃を奴に届かせる必要は無い。あくまで牽制と目くらましが目的だ。向かって来る黒槍を狙うか、ヤツの手前に落せば十分だ」
それなら と遠距離組が頷いた。
全員がウィリアムの言葉を真剣に耳を傾け、己のやるべき事に意識を向けて行った。
「ステファン、アラン、ベルナップ!お前たちはコチラが攻撃を始めたら直ぐ鐘塔へ向かへ!修練場の裏から東の魔法棟へ回り込んで迅速にな!鐘を鳴らせたらお前たちは速やかに校外へ抜けろ!一秒でも速く護民団へこの事態を伝えるんだ!」
三人が一緒に頷いた。
「いいか、救援までの時間稼ぎとは言っても限度がある。ましてや敵はヴァンパイアだ。陽が暮れれば勝ち目は無くなる。時間制限がある事を忘れるな!全員準備は良いか!?」
おう! と全員が返事を返す。
それを銀髪の少年が面白そうに眺めていた。
「そろそろ作戦会議は終わり?十分待ったと思うんだけどさ。始めちゃっても良い?」
少年の周りの影ユラユラと蠢き立ち昇って行く。
「ちっ!来るぞ!防御展開始めろ!!」
ウィリアムとロンバートが前に出て盾を構えた。
その後ろでコリン、ウィリー、ベアトリスがそれぞれ祝詞を唱え始めた。
「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。アムカムに連なるソンダースの娘コリン・ソンダースが求め、大いなる風の導き手たるジルフに訴える。その風の御力を以って我らを仇成す者から護り賜え≪エア・ウォール≫」
風属性の防御魔法。
空気の層を造りだし敵からの攻撃力を削ぎ、大気を歪ませることで目視をずらし命中率を下げる。
「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。アムカムに連なるホジスンの子ウィリー・ホジスンが求め、大いなる火の導き手たるサラマンデルに訴える。その命の炎を以って我らに生命の輝きを与え賜え≪ライフフォース・オブ・ファイア≫」
火属性の支援魔法。
周りの人間に炎の生命力を分け与え、細胞の活性化を促し身体能力と回復力を向上させる。
「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。アムカムに連なるクロキの娘ベアトリス・クロキが求め、大地の管理者たるグノームに訴える。巌の意志を以って我と我が敵の間に断絶を!≪ロック・ウォール≫」
地属性の防御魔法。
大地から石の壁を造りだし、自分と敵の間に壁を作る。
ベアトリスの精霊魔法で作り出された石の壁が、次々と伸び上がり、少年の周りを囲み覆って行った。
「遠距離!攻撃を始めろ!」
ヘレナとメアリーの二人が矢を射かけ、ミアとカールが攻撃用の祝詞を唱え上げた。
「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。アムカムに連なるマティスンの娘ミア・マティスンが求め、大いなる地の導き手たるグノームに訴える。大地の力を以って我が敵を撃ち払い賜え!≪サンド・ショット≫」
「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。アムカムに連なるジャコビニの子カール・ジャコビニが求め、大いなる火の導き手たるサラマンデルに訴える。その火の力を以って我らの敵を焼き払い賜え!≪ファイア・ショット≫」
精霊魔法の祝詞を唱えた二人の前に、魔方陣が展開された。
ミアが開いた魔方陣からは小石の礫が、カールの物からは小型の火の玉が、次々と少年へ向け撃ち出されて行った。
立ち上がった土煙で、忽ち辺りの視界が閉ざされて行く。
「今だ!行け!!」
それと同時にウィリアムが後方の三人に指示を飛ばした。
ステファン、アラン、ベルナップの三人は、左手の魔法棟の裏側へと走り消えて行く。
「来るぞ!踏ん張れよ!!」
ウィリアムの叫びとほぼ同時に石壁が爆発する様に砕け、そこから無数の黒槍が突き進んで来た。
風の壁も何ら障害になる事無く突き抜け、ウィリアム達に迫る。
ウィリアムとロンバートが盾で防ぎ、アーヴィンとダーナが槍とロングソードで往なし斬り叩き落とす。
だが、無数に繰り出される黒槍は、確実に前衛の肉体を傷付けて行く。
「ぐっおぉぉぉ!!」
「あぅっ!がぁっ!!」
アーヴィンの頬が脇腹が、ダーナの二の腕が腿が掠られ抉られる。
ミアが石礫の目くらましを止め、一つ上位の魔法を使った。
「潰せ!≪ロック・ブロック≫」
バスケットボール大の岩塊が、次々と敵との間に降り注いだ。
黒槍は進路を塞がれ軌道をずらされ、或いは押し潰されて連撃の数を減らされる。
僅かに生まれた余裕の中で、コリンとベアトリスがダーナとアーヴィンに回復の術を施した。
と、黒槍の攻撃が突然止まった。
「どう?作戦通りに上手く行ってる?」
さも面白そうに、少年が口元を歪めて訊ねてくる。
盾を持つウィリアムもロンバートも無傷では無い。
ウィリーが回復をしようとウィリアムに手を翳すが、自分は良い とロンバートを優先させた。
アーヴィンもダーナも、出血は止まっているが呼吸は荒い。
(たった10分前後でこの消耗か…これでどこまで持ち堪えられる?)
後ろを見れば、コリンとベアトリスも状況の厳しさを理解し表情は険しい。
「そうそう!貰ったこれさ!使われちゃうと困る理由があってさ」
少年がそう言って奪った結界装置を、お手玉でもする様に弄びながら語り始めた。
「ボク等ぐらいならさ、この程度の結界全然問題無く素通り出来るんだけどさ。ボク等の眷属だとちょっと厳しいんだよね」
少年の姿のヴァンパイアの言葉を聞き、ウィリアムは愕然とする。
あの結界が問題無いだと?冗談じゃない!あれは後ろの修練場に刻まれている魔法印などより遥かに強固な物だ。あれが素通り出来るなら、修練場の壁など紙同然だぞ!
その事実にウィリアムは顔色を失う。
「だからさー、もうさー、ウチの子達呼んじゃう事にしたんだ!」
そう言って輪にした指を口元へ近づけ、ヒュイッと口笛を鳴らした。
「まあ結界使えないからさ、いつ呼んでも良かったんだけどねーあはははははは」
ウィリアムの背筋にザワリと不快感が走った。
今此処へ、あらゆる方位から何かが来ている!
他の者達も同様に気配を感じ取っている様だ、油断なく周りを警戒している。
数多くの何者かが地を蹴る響きが大地から、風を切る気配が空から伝わってくる。
そいつらは突然姿を見せた。前方の校舎の陰から、後ろの修練場の脇から、そして空から一斉に姿を現し此方へ向かって来た。
「全員!壁を背に固まれ!ばらけるな!前衛!前で何としても押えろ!!」
(まずい!シャドウドックにブルータルバット!?この子ら5~6人で1体相手にするのがやっとの筈だ。今のこの子達ではまだ荷が重すぎるぞ!!)
ウィリアムが焦りを感じながらも、先行して突っ込んで来た最初の影犬を盾で防ぎ、剣を突き立てた。
だが一突きが浅い。直ぐに牙を剥き飛び掛って来る。
それをもう一度盾で防いだところを、ダーナが横腹に槍を突き立て、アーヴィンが首元にロングソードを叩き付け、やっと一匹を仕留めた。
「阻んで!≪ロック・ウォール≫」
ベアトリスが魔法で、再び石の壁を産み出す。
今度は自分達と、修練場の周りにバリケードを築く様に展開させた。
一気に広範囲に魔法を展開した負荷で、小さな呻きを漏らしてベアトリスが膝を付く。
「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。管理者たる大地のグノーム。水のニュンペー。大地の子らに力を!我らの敵に戒めを!≪バーブド・カーゴ≫」
ミアが上位の、地と水の精霊の力を融合させて植物を操った。
地面を割り無数の茨が溢れ出す。
影犬達の足元に絡みつき、その機動力を奪いダメージを与えて行く。
「ケルム・エイゴ・スペロ・エウデ。その焔の力を以って我が敵を撃ち抜け!≪ファイア・ブレット≫」
カールが炎の弾丸を撃ち出し、蝙蝠に撃ち込んだ。
炎に包まれた蝙蝠を、メアリーとヘレナが矢を射かけ射落とした。
「あはははははははははは!頑張れガンバレーーーあははははははーーー」
その時、鐘塔から勢い良く振られた鐘がその音を響かせ始めた。
(よし!まずは目的は達成だ。後は全員修練場内で立て籠もらせる。鐘を打った三人は打ち合わせ通り速やかに校外へ撤退しろよ。もし、奴が後を追う様なら…俺が!)
ウィリアムが気を引き締める様に、眉根を寄せ周りを油断なく見回した。
そして、自らの胸当ての中心に輝く『制御珠』に手を掛ける。
「あはははははははーーー。いやー良い感じで鳴ったねぇーー?これはちゃんと村全体に響き渡ったかなぁ?ねぇ?あははははははははーーー」
「な!?」
ウィリアムがヴァンパイアの言葉に愕然とする。
コイツは何を言っている?
それはその言葉を聞いた全員の戸惑いだ。
「な、なんだよコイツ!なんで鐘が鳴るの分ってたみたいな言い方すんのさ!」
ダーナが警戒心も露わに、皆の抱いた疑問を口にした。
「なんでって?だってさー、鳴らす様に仕向けたからに決まってるじゃないのさー。もしキミ等が鳴らしてくれなくても、ボク等が鳴らしてたけどさーあはははははははーーー」
「な、なんで…なんでそんな事を」
コリンが蒼ざめながら問いかけた。
「え?また『なんで?』って?あははははーー。そりゃだってさー鳴らさないとココが襲われてるって、村人達に気付いて貰えないじゃないのさー。あははー。……気付くのが遅れて、晩餐の時間が遅れては申し訳が立たないからね」
それまでの軽い口調から打って変わり、最後の一文は見た目に似合わぬ重い口調で締め括った。
「だったらいい加減遊んでないでソレ寄越しなさいな」
「なんだよ、結構面白かったのにさ」
突然その場にもう一人、黒い服の少女が現れた。
見た目は12歳程のその少女も、少年と同じ黒い執事服に身を包み銀の髪を持っていた。
長い銀髪を黒い髪紐でツインテールに纏め、やはりその目は青く冷たい。
そしてその少女の両手には……。
「アラン!ベルナップ!!」
コリンが悲痛な声を上げた。
アランとベルナップが首元を掴まれ、無残な様相で引き摺られていた。二人共に意識は無い。
全身いたる所に傷を負っているのだろう、血にまみれ引き摺られた場所に血の跡が長々と付いている。
その後ろから影犬が一匹付いてくる。
更にその口元にも。
「くそっ!…ステファン!」
ウィリアムが苦悶にギリッと歯を軋ませた。
ステファンの首元に牙を食込ませ、その身体を引き摺るシャドウドック。
牙を突き立てられた場所から、今も血が出ているのだろう、シャドウドックの口元から赤く染まった涎が際限なく垂れ落ちていく。
「ステファン、アラン、ベルナップ……なんて、なんて事」
顔色を失いながらコリンが口元に手を当て、ボロボロと涙を零して行く。
自分の立案した作戦が、敵の手の上で踊らされていただけでなく、三人の子供達をも犠牲にしてしまった。
コリンは自責の念に、只嗚咽を上げていた。
「あははははははははーー!ね?ね?悔し?悲し?ねね?どんな気持ち?ねぇ?あはははははははははーーー悲しいよねー?悔しいよねーー?あははははははははーーーー!!所詮子供の浅知恵だものさ!しょうがないよねーーー!あはあははあはははははははーー楽しすぎーーーーー!!」
「あンのヤロォーーーっっ!」
「ふっざけやがって!!」
アーヴィンとダーナが憤り、己の得物を握る手に力が籠められ、眉間に深く皺を刻み込んだ。
「コリン。この現状で君の判断は間違っていない。君は悪くない!悪いのは俺だ!ステファン投入の判断をしたのは俺だ。今、此処の責任者も俺だ。全ての責任は俺に在る!」
ウィリアムがコリンの肩に手を乗せ、責任はすべて自分に在ると言い切った。
「ウィル、ウィルぅ…でも、でも私…私ぃ……」
「コリン!後悔も反省も後になさい!あいつ等まだ何かやる気よ!」
銀髪の少女がアランとベルナップを足元へ放り出し、手にベットリと付いている二人の血を恍惚とした表情で舐め取っていた。
一滴たりとも残さぬと言う様に、甲や手首に垂れている物まで執拗に、指一本一本まで丁寧に咥え舐めしゃぶる。 おいっしぃ たまンなぁい と、寒気を覚える艶めかしさを纏わせながら。
手に付いていた血をほぼ舐め取り終わった後も、名残惜しそうに左手の指を舐めしゃぶりながら右手を少年に差出し…。
「ダグ寄越して。トットと済ませるわ」
「もう囲っちゃう?ま、鐘も鳴らせたし、良い折かな?」
「あんまりお待たせしてもイケナイもの。ま、タイミングは必要だけどね♪」
「どっちが遊んでるのさ?ま良いけどさ」
ダグと呼ばれた少年が、少女に結界装置を手渡した。
いつの間にかシャドウドック達が、少年と少女の傍で傅く様に静かに待機していた。
ブルータルバットも校舎周りを飛び回り、指示が下されるのを待っている様だ。
その数シャドウドック13、ブルータルバット9。総数で20を超える。
これは今の自分達には厳し過ぎる数だとウィリアムは唇を噛んだ。
「ねえダグ。あの子達アタシ達が何するのか知りたいみたいよ?教えて上げたら?」
少女が結界装置を弄りながら、彼女がダグと呼ぶ少年に説明をする事を促した。
「そか。そだね!これからの事教えて上げるのは大切だよね!ウン!」
楽しそうに何度も頷きながら、ダグと呼ばれた少年は話を始めた。
「じゃ教えて上げるからさ!ちゃんと聞いてよ?今イライザ、あ、彼女の事ね!イライザがやってるのは結界の改造なんだよね!今までの結界はさ、敵意の在る物が入れないようにする結界だったろ?でもさ!今度のはさ!結界の強度そのままに、ボク達の許可が無いと出入り出来ない様にしてるんだよ!つまりさ!みんな此処から出られなくなるんだよ!勿論!助けだって入ってこれないよ!?あはははーーどう?イカしてるでしょ!?」
「……なっ!?」
ウィリアム達が絶句する。
「囲い込むのに、こんな便利な物あるんだもの!使わない手は無いよねーあははははははーーー」
と、ダグと呼ばれたヴァンパイアが、心底楽しそうに笑い声を上げていく。
「まずいわ!このままじゃ助けが来るまでの時間稼ぎすら意味が無くなる!」
「守りを固めよう。ビビ、君のロック・ウォールで修練場を囲ってくれ。僕が外側に最大火力でフレイム・ウォールを展開する」
「駄目よウィリー!それじゃアナタの魔力があっという間に尽きちゃうよ!回復手が減っちゃう!わたしがバーブド・カーゴを連続で使った方が効率が良いよ!」
「君の魔法は攻撃の要になる。足止めなどに魔力を消費するのは効率が良いとは言わない」
「アタシは撃って出るよ」
「ダーナ!何を言い出すの?!あの数!判るでしょ!?」
「分ってるよコリン。でもさ守り固めてビクビクしながら最後を待つとか、アタシの性じゃない!アムカムの女の取る道でもない!!アタシは撃って出て、一つでも多く敵に一撃をくれてやるんだ!」
「ダーナに一票だな!元よりハッガードの男は敵を前にして引く事はしねぇんだ!」
「アーヴィン…だめ!だめよやめてよ!」
「心配するなビビ、お前の事はオレが最後まで守るからさ!」
「違う!そんな事して欲しいんじゃない!」
子供達が決死の覚悟を決めていく中、ベアトリスの肩口から齧歯目が小さな顔を出す。
キキキュキキュキュとベアトリスにしきりに話しかけている。
「なに?どうしたのアルジャーノン!え?迎えに行く?あの子?どこにいるか判るから?…え?スーを迎えに行けるの?!」
アルジャーノンはその感応力で、村の中の小動物と感覚を共有することが出来る。
その能力を使って、村の中の動きを広範囲に察知する事が可能なのだ。
今、アルジャーノンは、村に戻ろうとしているスージィを確認したのだ。
キキキキキュと鳴きながら そうだ! と嬉しそうにベアトリスの周りを走り回る。
「スージィお姉様が……いらっしゃる?」
ヘレナ・スレイターが目を見開いて呟いた。
「アルジャーノン!行けるの!?スーを連れて来れるの?!」
その場の全員がアルージャノンを見詰め息を飲んだ。
アルジャーノンはその場で後ろ脚で立ち、尻尾を立てて誇らしげに一声だけ鳴き上げた。
その姿に全員が大きく息を吐き出していた。
「スーが来るなら…」
「ああ、時間稼ぎは有効だ!」
「勝利条件は誰も死なない事よ!分ってるわね?!アーヴィン!ダーナ!」
「分ってるってば……、はは」
「アルジャーノン、直ぐに行けるのね?」
キキュ
「そう!少し待って!≪エア・ウォーク≫」
「なら僕は≪マグマ・ヴァイタル≫」
「私からも≪エア・ガード≫」
アルジャーノンが三人から補助魔法を受け、身体の強化がなされて行く。
「アルジャーノン!あの子を…スーを連れて来て!!」
アルジャーノンは一声鳴き上げ、直ぐ様疾風の様に走り去った。
その動きに気が付いたシャドードックの一匹が、アルジャーノンの走り去った方向に向かい走り出す。
ブルータルバットも1体、後を追うように滑空して行った。
(お願い!アルジャーノン!どうか無事で!!)
握り締めた手を額に当て、瞑目するベアトリスの肩に、アーヴィンがそっと手を置いた。
アルジャーノンは走る。子供達の希望の元に。
ベアトリスをこれ以上悲しませる訳にはいかない。
いつも厳しい物言いをするあの子は、誰よりも人の事を考えられる優しい子だ。
素っ気ない態度を取るその照れ隠しは、皆も分っている。
彼女の愛される個性そのものだ。
周りの友達が傷付くたびに、彼女の心は切り裂かれるような痛みと嘆きに包まれる。
今も心の中は悲しみで胸が詰まりそうだ。
その心根が、深い優しさを持っている事をアルジャーノンは誰よりも良く知っている。
心が繋がっている従魔だからこそ判る事だ。
ベアトリスをこれ以上嘆き苦しませる訳には行かない!
今、あの子が居る場所は分っている。
何処へ向かっているかも見当が付く。
だから自分は、只ひたすら全力でそこへ向かって走れば良い!
尻尾を立てろアルジャーノン!風よりも早く!急げスージィの元へ!!!
急げ!アルジャーノン!
次回「スージィ・クラウド駆ける!」





