31話 ウィリアム・クラウドの災難
「スージィ、改めて紹介するわ。ハワードの弟、フィリップの息子のウィリアム・クラウド。私達の甥よ。
今17歳。先日高等校の三回生になったばかりね。本当は毎年夏の長期休暇になると直ぐこちらに遊びに来ていたのだけれど…今年は事情があってこの時期になってしまったのよね?」
「はい、伯母様。改めて、お二人の甥のウィリアムだ。ウィルと呼んでくれ。よろしくスージィ」
「スージィです。よろしく、お願いします。ウィル」
「実は夏の間、王都の騎士団で人手が不足してしまってね。その補填に研修と試験という名目で参加していたんだ。それが先日ひとまず落ち着いて、遅めの夏休みを貰って今日此方へ伺えたと云う訳さ」
「それは、ご苦労様、でした」
スージィは労いの言葉をかけながらウィリアムを注意深く観察する。
彼は長身で筋肉質の精悍な若者だ。
青味のあるグレーの瞳、目元にかかる若々しい灰味の強いサンディブロンドの髪は、若かりし頃のハワードを想像させる。
(ハワードさんもお若い頃こんな感じだったのかな?シッカリした鼻筋がハワードさんそっくりでカッコイイかも♪)
ウィリアムの顔を見ながら、勝手に血気盛んな頃のハワードを想像して独り楽しくなってしまうスージィ。
「ど、どうしたんだい?何か…あったかな?」
自分の顔を嬉しそうにニヤニヤしながら見詰めているスージィに、ウィリアムが居心地悪そうに尋ねる。
「いえ、ごめんなさい、何でも、ないです」
そう言うとスージィはソニアに近づき、その耳元で…。
(ウィルって、ハワードさんの、若い頃に、似てるの?)
(そうね、目元鼻筋はそっくりよ)
(やっぱり?!かっこよかった?)
(ふふ、よかったわよ、ふふふ)
キャーキャーとスージィがソニアに纏わりつき、嬉しそうにソニアは笑っている。
先程、二階にあるスージィの部屋からソニアを一階に降ろす際、ハワードがソニアを抱かかえ二階から運んで来た。
所謂お姫様抱っこだ。
スージィはその様を間近で見て、テンションが上がったままなのだ。
楽しげにはしゃぐ女性陣を余所に、二人の男は困惑顔で佇むしかなかった。
「伯父上、よかったですね」
「ウム、ありがとうウィル。気を使わせた」
「いえ、でもお二人がお幸せそうなのが良く分りました。伯母様のこんなに嬉しそうに笑われるお顔。拝見するのは…一体どれ程ぶりでしょうか…」
「ああ、そうだ。スージィは最早、無くてはならないワシ達の一部なのだ。分ってくれるか?ウィル」
「……はい。伯父上」
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「そういえば、昨日クラウド家にウィルが来たんですって?!」
ベアトリスが、肩に居るアルジャーノンにクッキーの欠片を与えながら言葉をかけて来た。
「ウン、昨日帰ったら、居たの。ビビ良く知ってるね?」
スージィも食後に広げられたドライフルーツクッキーに手を伸ばしながら答える。
ドライいちごの甘さが幸せを広げて行く。
「お父様に言われたの!今日学校に来るはずだから御会いしたらちゃんとご挨拶する様にって!」
「うん、一週間いるから、その間、ウィル、修練場に、顔出すって、言ってた」
「き!聞いて無いわよ!?そんなの全然、全く聞いて無いわ!」
突然、コリンがメガネをズリ落しながらスージィを問い詰める様に迫って来た。
「え?なんで?なんでコリン?」
「あ…いえ、な、何でもないの、何でもないのよスー、気にしないで、ゴメンね」
ズレたメガネを直しながら、楚々と離れて行くコリンに、スージィはクエスチョンマークを頭の周りに浮かべて行く。
周りを見回すが、皆サッと視線を外してしまう。
更に頭を傾げるスージィ。 今日は向うを見に行こうかしらね ウンウン とベアトリスとミアが小声で話している…ナニ?ワカラン!
コリンは何故か不機嫌に黙々とクッキーを齧っている。
コリンを横目で見ながら、ダーナが何故かニヤニヤしながら近付いて来て…。
「ねぇ?スー。ウィルってさ、どうだった?」
「?・・・どう・・・って?」
「どうって、んー。いんしょう?…ホラ!雰囲気とか?見た目とか?…その、男として!とか?!」
ピクリ!とコリンの肩が上がる。
「雰囲気?見た目?ん~とね、若い頃の、ハワードさんみたいで、カッコイイよ。男と、して?・・・体格も、しっかりしてて、頼もしい?素敵なんじゃない?かな?」
「ちょこちょこ疑問形なのが引っかかるけど…まあ、概ねスーはウィルの事は気に入った?好きになったでいい?」
ダーナが実にさわやかな笑顔で聞いてくる。
「ん?うん。ウィルの事、好き、よ?」
「ま、まさか!スーちゃんウィルにときめいちゃったの?!!」
ミアが突然色めき立って詰め寄って来た。
「うぇ?と、ときめき?なななな何で?!そんなの無い!ソレは無い!!ミ、ミア!顔!近い!近いぃ!!」
(ときめき…って、なんでやねん!いっくら何でもそれは無いわー…。確かに前に一度ヴィクターのアップでドキドキしちゃった事あったけど、あれは特異な事例だし…。普通に考えて10代の男の子だよ?子供だよ?無いわー。ときめくとかあり得ないわー。…それよりミア!顔!顔が近すぎ!!息がかかってるからぁ!)
顔を赤らめながら否定すると、ミアは ホント? と少し疑い深げにしながらも身体を離して座り直した。
何故か向うの方でコリンも落ち着か無げだ。
ダーナとベアトリスが、ニマニマしながら何やらひそひそと囁き合っている。
「ね!スー?ウィルは一週間何処で寝泊まりするの?!」
とベアトリスが聞いて来た。
「ん?客間、よ?二階の客間、だけど?」
ベアトリスの眉がピクリと上がった気がした。
「あら?スーの寝室も二階じゃ無かったかしら?!」
「うん、そうよ?客間は、わたしのお部屋の前、よ?」
「ス、スーちゃん!ま、まさかとは思うけど!!」
ミアがまたスージィに詰め寄り、両肩をガッシリと掴んで来た。
「ま、間違いをぉ!お、犯す様な事!は…な、無い…わ、ょ、ね?」
「間違い?なに、の?」
「い、一緒の!……お部屋でぇ!ね、寝る…とぉ、か?」
「一緒の、お部屋、で?何で?」
ミアのエキサイトぶりに、スージィは又しても頭の周りにクエスチョンマークを浮かべて行く。
何故かコリンもメガネをずらし、目を見開いて身を乗り出して来る。
「そ、そう、良いの、イイのよ。それなら良いのウン」
とりあえず何もなさそうだし、スージィは意識もしていないと判断したミアは、スージィから離れてもう一度座り直した。
コリンもずれたメガネを指で押し上げ、佇まいを直す。
しかし、その表情は意識はココに在らずと言った様相だ。
コリンを見るダーナとベアトリスのニヨニヨが止まらない。 さ、流石にこれ以上は可哀相じゃない?! そ、そうかな?でも今日の修練場は面白くなりそー!走ってる場合じゃないよ! と何故か笑いを堪えるように小声で話す二人。
不思議な空気に包まれたランチタイム。
スージィはただ小首を傾げる事しか出来なかった。
「やあ、スージィ。来させて貰ったよ」
「御機嫌ようウィル。今日は、よろしく、ね」
スージィ達が修練場へ入ると、既に来てアップを済ませたウィリアムが出迎えてくれた。
「やあ!ウィル!久しぶり!!また腕を上げたみたいだね?楽しみだよ」
「ダーナ、久しぶり。君も腕を上げてる様だね。お手柔らかに」
「こんにちはウィル!ご無沙汰しております!お父様がくれぐれも宜しくと仰っておりました!」
「お久しぶりですベアトリス。御父上には明日にでも御挨拶に伺います。宜しくお伝え下さい」
「御機嫌ようウィル・・・お久しぶりです」
「お久しぶりですミア。えっと・・・どうかしたかな?」
ミアは、スージィを後ろから大事な物を抱かかえる様にして、ウィリアムに挨拶をしてきたが、ウィリアムの問いかけには 別に! と言ってプイッと横を向いて目を逸らされてしまった。
ウィリアムがスージィに自分は何かミアの気に障る事をしたのかと、小声で聞いてみたのだが、スージィは小首を傾げて困った様に笑うだけだった。
「そ、それにしても今日は魔法組の子達も来てるんだね?見学かな?」
と話題を逸らす様にミアから目線を外し、他の子供たちを見回しながら訊ねてみた。
「今日は貴方がいらっしゃると聞いたから、皆で御挨拶に来たのよ」
女子達の最後列からコリンが告げた。
「ハハ、イキナリ来て驚かそうと思ってたんだけど…残念!バレバレだった様だね。お久しぶり!コリン!会いたかったよ」
「お久しぶりですウィル。大丈夫よ、私は驚いたから。えぇ、ええ!十分驚きましたとも!さっきまで全く知らされてなかったなんて…ホントに本当に驚きました!」
あれ?変だなコリンがおかしいぞ?
ウィリアムはコリンのメガネが光を反射してその表情が見えない事。
時折覗く眼が座っている事。
その身体から立ち昇る雰囲気が、とても剣呑な気を含んでいる事を感じ取っていた。
「えーーーっと…コリン?どうかしたかな?何かあったの…かい?」
ウィリアムはコリンに恐る恐る尋ねてみた。
「どうかした?なにかあった?…そうなんですね?私に会って、最初に仰るのはそう言う言葉なんですね?」
あ、これダメなヤツだ!
ウィリアムは本能から来る直感で悟った。
「待ってくれないかコリン。少し誤解がある様だ」
「待て?何を?誤解?何が?仰ってる意味が分りません!」
大柄なウィリアムに、元から小柄なコリン。
身長差は20cmはある。コリンに下から見上げられているにも拘らず、ウィリアムは威圧感を感じずには居られなかった。
彼は一筋頬に汗を垂らした。
「あ、え…その、ゴメン。何か気に障る事をしてしまったなら謝るよ。済まなかった」
「あら?何か謝らなければイケナイ事でもなさったの?!そんな御自覚でもあるの?!」
「あ…えーー……と」
ウィリアムは必死で頭を回転させる。
(なんだ?!コリンは何を怒っている?俺は何を言った?!何をやった?!コリンは何を言っていた?……考えろ!思い出せ!!…………)
「……あ、その…え……す、済まなかった!直ぐに連絡を入れなく!!」
ウィリアムが勢い良く直角にコリンに向かい頭を下げた。チラッチラっとコリンの表情を覗いながら・・・
(ア、アタリか?ハズレか……?)
「どうせ!…どうせ、私の事なんて忘れてらしたんでしょ……?」
「そ!そんな事は無い!本当は夕食前に一度ソンダース家に御挨拶に行こうと思ってたんだ!で、でも、その、少し話し込んでしまって……その…」
「そう…、お話に夢中になってたの…、そうね……そうよね、スーは可愛いモノね。綺麗だものね…初めて会う殿方が夢中になるの当たり前だもの……ね」
「い、いや!違う!そう云う事では……」
「無理しなくても良いわ!どうせスーに鼻の下伸ばして私の事なんて忘れてたんでしょ?!!」
「の、伸ばして無い!!俺が夢中なのは君だけだって分ってるだろ?!!君以外に鼻の下なんて伸ばさない!伸ばす訳がない!!」
「…なっ?!!!」
きゃーっと女子達の歓声が上がる。
コリンの顔が見る見る真っ赤になって行く。
「な、な、そ、そんな伸ばすとか伸ばさないとか…全然、そんな!雑な言い方して!!…それに…、それにそんな事!人前で言う事じゃ無いわ!!」
茹で上がった様に赤くなり、涙目になるコリン。
「あ…ご、ごめ…」
「もう、もうっ!ウィルの馬鹿っ!!もう知らないんだからぁっっ!!!」
コリンが脱兎の如く修練場から走り去ってしまう。
「コ、コリン!待ってくれ!まだ話は…」
ウィリアムは追いかけようとして手を伸ばしたが、そのまま力なく手が下がってしまう。
「何やってるの?!ウィル!ココは追いかける所でしょ!早く追いつかないともっと大変な事になるわよ!」
ベアトリスの言葉に、ウゥッ!と息を飲むウィリアム。
「コリン待ってくれ!コリン!!!」
ウィリアムも修練場を矢のように飛び出し、コリンに追いつき引き留めている。
中に残された者達は窓から外の様子を窺い、事の成り行きにワクワ…息を飲んで見守っている。
コリンとウィリアムは向き合って何やら言い合いをしている、だが外の事なので良く聞こえない。 あなたが 俺が 私が 君が と断片的には聞こえて来るが良く分らない。
やがてコリンが顔を両手で覆って俯いて肩を震わせ始めた。
そのコリンをウィリアムが優しげに、包む込む様に抱き寄せた。
コリンの腕もウィリアムの背に回され、二人が抱き合う形になる。
ほぉぉ~~ と見ていた女子達の間から溜息が漏れた。 そこはキスるだろ! とダーナの声が聞こえた気がするが、気にしない。
取敢えずは一応の決着を見せた様だ。
「いやー凄かったねーー。ここまで盛り上がるとは思わなかったわー」
「そうね!ウィルがヘタレてたら収拾付かなかったわね!そういう意味では中々緊張感あったわ!」
「さーて、面白いもん見れたし!あたしはまた走り込み行って来るよ!なんかもうちょっとで掴めそうなんだ!」
「…お前ら…コリンを煽ってたのか?ウィルがヘタレたらどうすんだよ?…悪趣味だなぁ……」
アーヴィンが、ダーナとベアトリスを交互に見ながら呆れた様に言う。
「ふーーーん、アーヴィンがそう云う事言うんだ?ヘタレとか言うんだ?!…鼻の下も伸ばす癖に!ボソ…ふん!」
「あ、あーー…オレも走り込んでくるわ!じゃな!!ダーナ!待てよ!!!」
「また逃げたねアーヴィン」
「逃げた、です、ね」
「ふん!!!」
スージィが一通り子供達と修練を済ませ、ダーナとアーヴィンも走り込みから戻り、一休憩入れていたところへウィリアムとコリンがおずおずと修練場へ戻って来た。
小一時間も二人でどこへ消えていたのか!?
謎は深まるばかりだが誰も何も言わない。
みんな子供なのに…大人だなぁ と感心するスージィだった。
「大変お騒がせ致しました」
「実に面目ない」
コリンとウィリアムが揃って頭を下げて来た。
実に息が合っている。 おしどり夫婦かっ!? スージィが心の内で突っ込みを入れる。
「コリンと、ウィルって、付き合ってた、のね?」
「ウ、ウン、まあ、そう云う事なんだ…」
ウィリアムが照れたように横を向きながら頬を掻いた。
「でも酷いわ!ダーナもビビも不安を煽る様な事ばっかり言うんですもの!」
「まあまあ、そのお蔭で絆も深まったみたいだし!結果おーらぃ!じゃない?」
ダーナがヘレナから受け取ったタオルで汗をぬぐいながら、さわやかな笑顔で悪びれずに告げる。
「そうそう!そんな風に人前でも仲良く手も繋げる様になったんだし!」
ベアトリスに指摘され二人はハッと我に返り、指を絡めるように握り合っていた手をワタワタと離して顔を赤くする。
「こっ恋人、繋ぎっ!!」
コリンはスージィのツッコミに更に顔を赤らめ…。
「も、もうっ!憶えてなさいよ!!二人ともっ!!!」
とダーナとベアトリスに息を巻いた。
……流石だスージィ
次回「スージィ・クラウドはじめてのお使い」