27話 アムカムの夏休み その1
ちょっとだけ世界観を説明。
ラヴィと言う名は今迄にも何度か耳にしていた。
初めてわたしを見た人の何人かが、咄嗟に口にしていたのだ。
初めはそれ程気にしていなかったが、何人もそんな人が出てくると流石に気になる。
ライダーさんにはこの際聞いてしまおう、と軽い気持ちで尋ねたのだけれど…、まさかあんなに辛そうな顔を見せられるとは思わなかった。
この案件は気軽に顔を突っ込んで良い物ではなさそうだ。
気にならないと言えば嘘になるが、わたしの想像が正しければ、わたしが知ろうとする事でソニアママとハワードパパの二人を悲しませてしまうかもしれない……、それなら無理に知る必要は無い。
成り行きに任せて、知る時が来たらわかればいいかな?
これからは、自分からアクションは起こさない様にしようと思う。
あの合同手合せの翌日、卒業式も無事終わり、わたし達もそのまま夏休みに入った。
修練場で手合せをした後、ソニアママに修練場で使うトレーニングウェア的な物が無いか聞いたら、ゆったりとしたパンツとVネックのシャツを出してくれた。
夏休みに入ってから毎朝、コレを着て村の中をランニングしている。
走ると言うのはボディーコントロールをする為の基本だからね。
地を足で蹴る強弱を付けながら、程よい力加減を体に染みつかせようと思う。
後、コースを森の脇の道に取っているので、毎朝森の中の気配を探る事も忘れていない。
ランニングから帰って来ると、家の庭ではいつもハワードさんが剣の鍛練をしている。
型を一つずつ確かめる様に、時にはゆっくりと、時には速く、静かな呼吸で剣を操っている。
わたしは正式な剣の使い方を習った事が無いので、ハワードさんにこの機会に教えて欲しいとお願いしたのだが…。
「スージィはワシなどよりも遥か高みの剣筋を操っている。ワシに教えられる事など無いよ」
「でも・・・わたし・・・ならったことない・・・です・・・からだうごく・・・ままけんつかって・・・いるだけ・・・です」
「ならば尚の事だ。我々が目指す物は、人にも剣にも世界にも、無理を与えず素直に振るう剣なのだから。既にその域にあるスージィの剣に、ワシの振るう道半ばの剣など教えては折角の剣筋を乱してしまう」
そう言ってハワードさんから剣の指導をして貰う事を断られてしまった。
しかし、だからと言ってハワードさんの鍛練を見ていてはイケナイ事にはならない!
なので毎朝ランニングから帰ってシャワーを浴びた後、わたしは大人しくハワードパパの鍛練を眺めているのです!
ハワードさんの剣技は力強くしなやかだ。
剣を振るたび、その身を踏み込むたび、全身の筋肉が緊張し躍動する。
滴る汗が振り飛ばされ、身体から出る湯気が身体の動きに巻かれて蜃気楼の様に散って行く。
力強い太刀筋は剣閃を残し朝日を映し出し、幾条もの光の筋をハワードさんの周りに浮かび上がらせていた。
ハワードさんの剣技は、格好良くてとっても綺麗だ。
わたしは静かにそれを見ている時間が大好きになった。
鍛練が終わったハワードパパにタオルを渡すのも、わたしの大事な役目だ。
タオルを渡すとハワードさんは、それはそれは嬉しそうにタオルを受け取ってくれる。
その顔を見るとわたしも凄く幸せになる。
その幸せな気持ちのまま、ハワードさんは朝のシャワーへ、わたしは朝食の準備へと向かっていく。
これがクラウド家の朝の一時だ。
朝食の後は屋敷のお掃除と洗濯のお時間だ。
掃除は掃いて拭いて磨いて、と基本的な作業なのだが、今までは二階をエルローズさん、一階をソニアさんが担当していた。
階段の昇り降りでソニアママの脚に負担が掛からない様にね。
わたしが来た今は階段周りを中心に一階も二階もやらせて貰ってる。
何分、若いんで!動き回れるんで!!
でも速さに任せて掃き残し、拭き残しがあったりすると、エルローズさんの厳しいチェックに引っかかってしまうのですが……あぅっ!
お洗濯もそう、洗濯機などないので全て手洗い!力を入れ過ぎては生地が傷む、抜きすぎては汚れが落ちない、何度もやり直しをさせられるのです。
エルローズさんはイメージ違えずやっぱりスパルタな人でしたっ!
朝食後の凡そ二時間程、厳しいご指導の下こうして毎日家事の手伝いに費やしているのです。
ふっふっふっ日々確実に女子力が上がっているのを感じるザマスよっ!
家事の手伝いした後は、ほぼ毎日の様に神殿に通っている。
神殿では、わたしに最も不足しているこの国での慣習や社会的常識を中心に教えを頂いている。
神殿ではミアやビビと一緒する事が多い。
二人とも魔法の勉強をしに来ているのだ。
この二人とは夏休みの間ほぼ毎日会っている。
午前中は神殿で、午後も空いて居る時は大体一緒に居る事が多い。
ミアとの一緒率が圧倒的に多いけど……、あれ?ひょっとして会って無い日、無いかもしんない……。
神殿にはデイジー先生もいらっしゃるので、文字の読み書きも併せて教えて貰えて大変ありがたい。
おかげで色々とこの国に対しての知識が増えてきた。
まず日付や時間。
今は辰星歴2418年4の蒼月。
1年は365日でひと月は30日と31日、1の月の蒼と紅が交互に6の月まである。
要するに1年は12ヶ月。
一週間は7日。
1日は24時間。
ほぼ現代日本と一緒。
因みに、何故蒼と紅の月があるかと言うと……、この星を周っている衛星は青と赤い月が二つある。
これが連星の様に、お互いを周り合いながらこの星を周っているのだそうだ。
つまり、一月ごとに蒼と紅の月の位置が、手前と奥とに交互に入れ替わっているからだ。
赤い月は青い月より少し小さいので、赤い月が手前に来ても青い月の輪郭は見えるのだそうだ。
だから蒼月の時は日付が一日多いと言う話だ。
それで実はつい先日、赤の月が手前で二つの月が重なり、更にそのまま皆既月食まで起きたそうだ。
つまり太陽とこの星と二つの月が一直線に重なると言う、百数十年に一回の稀な天体ショーが起きたばかりなのだそうだ。
ん~~!何か惜しい事をしたなぁ…と。
見られなかった事が凄く損した気分になりますた!
で、この国での通貨だが、最小単位はcと言う。
硬貨は1、5、10、25の銅貨コイン。
50、100、250、500の銀貨コイン。
1000クプルからは1aと言う単位に変わり金貨になる。
アウル金貨は1、5、50の三種類。
それ以外に、10と100の2種類のアウローラ紙幣、つまりお札がある。
コインの大きさ厚さは、価値が上がる程大きく厚くなっていくので触ればまず判る。
50アウルなどは結構なサイズになるので、わたしの手では握り込む事が出来ない程大きい。
因みに、クプルが最小単位とは言ったが、実はクプル銅貨の下には更にスタンと呼ばれる鉄貨もある。
これは100sで1cなのだそうだ。大体は、子供のお小遣いみたいな物に使われてるっぽい。
クプル銅貨から上の貨幣は国が発行しているのだけれど、鉄貨はそれぞれ自治体が作っているのだそうだ。だから他所の土地では使えないんだとか。
通貨価値としては、1アウルで日本の壱萬円くらいなのかな?あくまで自分の感覚的なものだけど……。
でも、ウチのクラウド家が、11aもあれば、一ヶ月生活するのに十分。と言っていたから、あんまり現代日本の価値基準には当てはまらない気もするね。
余談だが、アムカムでは狩り取った魔獣の毛皮や骨の素材は村で買い取ってくれる。
村ではそれを加工販売して、護民団の運営費に補填しているそうだ。
この前わたしとハワードさんで狩ったボアとウルフは中々見ない中層の深い所からの魔獣なので、買い取り額も高価になり、ボア一体で17~8aになったそうだ。
やっぱ蛇皮は高いのねっ!
ウルフの皮も無傷な物は珍しくて、一体12~3aになったと言われた。
結局、両断したウルフと合わせて100aあまりを 君の分だ と渡されて固まってしまった。
貰い過ぎだと言ったのだが、これが王都で売られればこの10倍以上で取引されるのだから貰い過ぎなんて事は無い。と笑われたがそんな問題じゃない!
お世話になるんだから、ハワードさんに貰ってもらわないと困る!
生活の面倒見るのは保護者の特権でもあるのだから、子供が心配する事では無い。
などなど、すったもんだがあったのだけれど。
結局わたしの学費に使用し、それ以外は成人するまで貯金してハワードさんが預かると云う事に落ち着いた。
学校へ行く前に買った服の代金とかは、ココから取って下さいね。
とお願いしたら……。 スージィの服を買ってあげると言うワシの楽しみを奪わないで欲しい。 と逆に悲しそうな顔で言われてしまった。
うぅ……ハワードパパにあんな顔をされては、コチラが引かない訳にはいかないのですよ…。
ちなみにぃ~、12~3aが10体なのに買い取りが100a程なのは、そのウルフとボアの皮の一部を使って、わたしの狩り装備を作っているからだ!
夏休みの間には出来上がるそうだから、きっともうすぐだと思う。
今から楽しみなのですよっ!カッコイイ装備だと嬉しいゾ!
一つ、衝撃的な事実としてはクラウド家が実は辺境伯の家系だった、と言う事を知ってしまった。
ビックリよね!世が世ならハワードさんってば伯爵様……あれ?侯爵様だっけ?……あんまりそういうの良く分からないんだよね……。
実際の所、ハワードさんの曽祖父様まで辺境伯と言う物だったそうだ。
因みに、アムカムと云う名は当時の辺境伯の家名だったそうで、150年前に封建制度が解体され民主化が行われた時、爵位を返上し家名も廃止したのだそうだ。
クラウド姓はその当時の奥方様の旧姓で、それ以降名乗るようになったと云う話だ。
そしてアムカムの森ことイロシオ大森林に隣接している村は、アムカム村を合わせて全部で5つ。
この5つの村と1つの町を合わせてアムカム郡と呼ばれている。
これらが嘗ての『アムカム辺境伯領』なのだそうだ。
アムカムの森防衛に当る護民団は、このアムカム郡が統括している。
そしてその最高責任者が、ウチのハワード・クラウドさんなのです!
ハワードさんを『御頭首』とか『お頭』とか呼ぶ人たちが居るんだけれど、それはこう云う事らしい。
護民団の班長をされている家の方達は、元々はアムカム辺境伯の従士だった家系の方達なので、現代でもハワードさんの実力もあり、その対応は常に敬意を払われているそうだ。
でも『お頭』は止めてくれないかな?
盗賊か山賊みたいで、何かヤダ!
◇
で、大体午後は外出する事が多いのだが、夕方以降はまた家の手伝いをする事になっている。
主にソニアママご指導の下、お裁縫やらお料理やらの家事全般なんですけどね。
元々、自分は自炊暮らしを15~6年はしていたので、大体の家事をやって来てたから自信はあった。
あったのだが……ココのそれはレベルが違った!!
ま、考えてみれば当たり前なんだよね。
ココには掃除機も洗濯機も電子レンジもガス台も無い!すべて手作業だ。
裁縫もボタン付けぐらいしかやった事無かったしね。
まさかレースを編むとか、刺繍とかをやる事になるとは思わなかったわよ!
で、何気にソニアママってばスパルタだった。
常ににこやかに あら、よく出来てるわね。じゃあもう一度やってみましょうか? そう、もう出来るようになったのね?偉いわ!じゃあ今度はこれをしてみましょうね? 等々、有無を言わせぬ雰囲気で次々と課題を提示してくる。
与えられる課題のレベルがドンドン高度になって行く度、ふおぉぉっ と目を回しそうになりながらも挑んでいる。
有難い事に、このスージィの身体はとても器用で物覚えが良い。
元のオサンの身体だったらとてもこんなペースで出来るようにはならない。
更に言えばオサンだった頃なら、レースや刺繍とかやってたら辟易してしまったと思うんだよね。でも何故か、ワタクシ事スージィは楽しめてやれている。出来上がりが可愛かったり綺麗だったりすると、とてもテンションが上がるのだ。
元のオサンからは考えられない心の動きだが、これが身体と精神が同調してると云う事なのだろうか…。
元の記憶と心身が少しずつ乖離して行くのを感じるが、それが『スージィ・クラウド』を作って行く事になるのかな?とも思う。
少なくともわたしは、今のスージィの在り方と、この周りの環境がとても気に入っている。
元オサンの記憶を持つ思春期の少女……。
それが今のわたし、『スージィ・クラウド』なのだと自覚しているのだ。
さあ!ソニアママ。どんどんわたしを仕込んで下さいよ?いつか貴女の期待に添える様、何処へ出しても恥ずかしくない立派な淑女になってみせますからねっ!
あとあれだ!シャワーやドライヤー、ウォシュレット!この辺の機器が使えた理由。
これは『魔法道具』の存在があったからだ。
う~~む!実にふぁんたじぃ!!
この装置の中心部分には、脱着可能な魔力が充填されている電池のような物が装填されている。
電気を蓄えている訳じゃ無いので『電池』って表現は変なんだけどねっ!
『魔法道具』は一つの魔法だけが使える装置で『魔力電池』に魔力を充填するか、新しい物を装填し直す事で長く使って行ける物なのだそうだ。
『魔力電池』は文字通り電池みたいな円筒形の形状で、小さい物では単三電池くらいかな?クラウド家で使っている一番大っきなのが、お湯を出す魔法道具用の物で、ヘアスプレーくらいの大きさだ。
この筒のボディーには、縦長に細い窓が付いていて、そこから淡いエメラルドグリーンの光が漏れ出ている。
この光が弱まると内蔵魔力も少なくなっているので、その時には魔力を充填して使うのだそうだ。
充填しても光も発せず中身が澱んできていたら、それはセルの寿命なので、その時は『魔力電池』を交換するのだと教わった。
使用済みの『魔力電池』は、村の燃料屋さんが引き取ってくれる。
その時には廃棄されるセルに対して、『今迄頑張ってくれてありがとう』と、手を合わせて送り出してあげるのだとソニアさんに教わった。
うん、物を大切にする良い文化だね!
でも、こんな便利な物があるなら、もっと色々な物に利用すれば良いのに、と思って聞いてみたんだけれど。 明かりはランプがあるでしょ?オーブンも薪があるわ。わざわざ魔法道具まで使う必要は無いでしょ?変な子ね と笑われてしまった。
この国は……少なくともこの村の人達は、今ある物で足りるならそれを使って行けば良い。態々魔法道具まで使うまでも無い。という意識が当たり前らしい。
それでも生活水準はそんな低くなく、結構近代的?少なくとも中世とかじゃない。
やっぱり19世紀くらいなのかな?でも内燃機関が無い世界だから、微妙な違和感もあるのよねー。
あれか?内燃機関の代りに魔法技術が進歩した世界って事で良いのか?
こういう世界観何て言うんだっけ……?
んで、因みに……この『魔法道具』わたしでは使えないのです。
あ、使えないと言うのはちょっと違うな、わたしでは起動できない。のだ。
要するに主電源のオン、オフがわたしの権限では出来ない。
出来るのは既に起動している物を使うだけ。
つまりシャワーなら起動して貰った後、お湯を出すとか温度を変えるとかは出来るけど、誰も居なければ起動できないので、使う事が出来ないと云うワケ。
この『魔法道具』起動には資格が必要なのだ。
アウローラが公認する国家検定制度で『魔法技能士資格検定』と言うらしい。
なんかイキナリ名称がファンタジーから外れて来ましたがっ!
でも、資格の内容はファンタジーだと思う。
試験に受かると自分のエーテル体に資格の等級に合った魔方印が記録されて、魔法道具などの有資格者しか使えない物が使用可能になるそうだ。
この『魔法士検定』四級で魔法道具の起動が出来る様になる。
三級で魔力電池等への魔力充填が出来る。
二級以上になると魔法道具の保守点検や開発が出来る様になる。
二級を持っていれば生活には困らないそうです。
この村にある魔法道具屋さんも二級保持者。でないと商売が出来ないからね。
え?一級はどうなんだ?って?
一級保持者は最早神っ!……っていうか一級と二級には天と地ほどの差があって、そんなレベルらしいんだけどね。
一級を持っていれば新たな魔法開発も許可される。
危険が伴う事もある無秩序な魔法の開発は国が禁止しているのだ。
それを一級保持者になると研究を許されるそうだ。
また大学など最高教育機関での指導も一級保持者が行う事になっている。
そう、実はヘンリー・ジェイムスン教授は一級保持者だったのですっっ!
因みに、ウチの大人たちは皆、三級を持っているそうです。
だから充填が出来るから魔力電池の魔力が尽きても安心なんだって。
でも、ハワードさんだけでなく、ソニアさんやエルローズさんまで魔法が使えるというのは、ちょっと驚きだったね。
そんで、この資格って、主要都市や王都で取れると云う事で、主要都市の高等校へ入れば魔法技能の授業でそのまま取得出来たりする。
レベルの高い学校になると、入学試験が通れば資格取得になるのだとか!
なのでこの村では、高等校の進学率はほぼ10割なのだそうだ。
そういう訳で今、村に居る子供達は誰も魔法道具を起動できない。
夏休み明けから進学するカーラ達は、次に帰って来るときは有資格者になっているらしい……。
別にちょと全然悔しかったりしないんだからねっ!





