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159話 可愛い火打石(ミミ・シレックス)

 コリンが来賓室の扉をノックし、わたし達を連れて来た事を告げると、中から入室を促す声が聞こえた。


「どうぞー、お入りくださいー」


 この独特の声はアーシュラ先生かな。

 先生がわたし達を呼んだのだろうか?でも何で態々来賓室に?

 それにコリンは「わたし達にお客様」だと言っていたはず。


 そんな事を考えていると中から扉が開かれた。

 開いてくれたのは、なんとアンソニー・ラインバーガー生徒会長だった!思わずビックリ!

 生徒会長様は「待っていたよ」と涼し気な笑顔を向けて来る。

 爽やかイケメンオーラが眩しいなコンチクショウめ!

 って言うか、なんで生徒会長様まで?!


 招かれた来賓室の中は、さながらサロンの様なつくりだった。

 天井には1メートル位の升目が区切られ、その中には季節の花々が描かれている。

 白い壁の腰板は、細かな彫刻が施され、足元の絨毯は彩り豊かな色合いで編み込まれ、毛足が長くフカフカだ。

 その中央に置かれたローテーブルも大きく、そこに据えられた横長のソファーは、わたし達4人が並んで座ってもまだまだ余裕があるほど大型の物だ。

 相変わらずこの学園の施設は豪華すぐる!


 そしてその横長のソファーには、1組の男女が座っておられた。

 歳の頃は30後半から40代といったところか。仕立ての良い服をおめしで、品のある夫婦といった感じのお二人だ。

 わたし達が部屋に入ると、ご婦人の方が勢いよく立ち上がり言葉を発した。


「ああ!間違いありません!この方達です!」

「アンナ、落ち着きなさい」


 ご婦人に続いて立ち上がった男性が、嗜める様にご婦人の肩に手を置かれる。


「妻が失礼しました。私はジョセフ・バーバラと申します。この度は妻を助けて頂いたお礼をするために参りました」


 お2人はやはりご夫婦だった。

 旦那さんはジョセフ・バーバラさん。

 奥様はアンナ・バーバラさんとおっしゃり、アルファルファ通りでブティックを経営しておられるそうだ。

 なんでも、殆どの品をオートクチュールで仕立てる『可愛い火打石(ミミ・シレックス)』という名の高級店だそうな。


 お店の名前を聞いて、ミアとビビが「おお!」と小さく声を上げた。カレンでさえも驚いた様に目を見開いている。流石にわたしでも聞いた事がある、アルファルファ通りの有名店だ。


 生徒会長は、ご実家とも取引のあるその有名店のオーナーご夫妻とは面識もあり、ご挨拶も兼ねて来賓対応をされていたそうな。

 うーむ、イケメンであるだけで無く、気遣いも出来る男ってか?


 でも、そんな有名店とわたし達、何処かで接点あったな?

 街でお買い物は何度かしてるけど、アルファルファ通りの高級店である『可愛い火打石(ミミ・シレックス)』になど、流石に学生の身分で行けるわけが無い。


 大体、『助けた』ってなんだろ?


「此方は先月の中頃、皆さんが路地裏で暴漢からお助けしたご婦人ですよー」


 ご夫婦の対面に座られていたアーシュラ先生が立ち上がり、わたし達をソファーへ座る様促しながらそう教えてくれた。


 路地裏で暴漢?

 ああ!そんな事もあったっけ。あれっていつだ?

 あれか!双子ちゃん達と初めて会った日?

 思ったより長居してしまって、お店に出勤するのに近道しようと路地裏に入ったんだ。そこで、路上強盗みたいのを撃退したんだった……。


「本日は、皆様にお礼を申し上げたくて伺いました」

「貴女達のおかげで、あたしもジュディもこうして無事でいられます。本当にありがとうございました」


 ジュディさんというのは、あの時暴漢に殴り倒されていたお姉さんの事だそうだ。「今日は連れて来られませんでしたが、彼女も大変感謝しています」とジョセフさんは仰る。


「酷い怪我だったのに何事も無かったようにスッカリ回復して、それまであった徹夜疲れまでが綺麗に消えたようだと言っていたわ」


「ご夫妻は、その後暫くデケンベルから離れていて、君達だと確認するのに時間が開いてしまったんだよ」


 先月、カライズのお隣グラナティ州で、来年春物の為のドレスの品評会があったのだそうだ。

 要するにファッションショーなのかな?


 アンナ夫人はあの日、そのショーの為のドレスを、お針子のジュディさんと市民街にある仕立ての工房で、徹夜で仕上げていたのだそうだ。

 そして工房からその荷を運ぶ段取りを済ませた後、出発の準備の為にお店に向かう途中、賊に襲われたのだと言う。


 慌しい出発前に、ミリアの生徒に助けられたと衛士さんに伝え、留守を守るお店の方達にも探しておく様にと頼んで出たのだそうだ。


「お礼に伺うのに時間がかかって申し訳ありませんでした」

「いえ、彼女達を特定するのに手間を取られたのは学園側の事情です。お引き合わせに時間をかけてしまい申し訳ありませんでした」


 お礼が遅れたと頭を下げるバーバラ氏に対し、特定するのに時間がかかったのはあくまで学園側の都合だと、生徒会長がご夫妻に向け頭を下げられた。

 それを慌てて「頭をお上げください」と夫妻が制する。

 わたしも「会長のせいでは御座いません!」と席を立つ。


「それでせめてものお礼に、あたし共で皆様のドレスを仕立てさせて頂きたいと思いまして……」


 お互いが立ち上がり、わたしと目が合ったアンナ夫人がそんな風に仰った。


 その言葉にわたしとビビ達は顔を見合わせ、そしてコリンを見た。

 コリンは黙ってニコニコしている。

 食堂でコリンが言っていたのはこう言う事かと、もう一度ビビ達と目配せし合う。


「丁度、来週あるパーティーで、この子のドレスだけが無いと困っていた所なのです!」

「まあ!」


 ビビに「この子」と名指しされ、カレンは「え?!」と驚きの声を上げていたが、取り敢えず座っていてね?とわたしはその肩に手を置く。


「来週末ですか…………。よございます!時間がございませんか間に合わせてご覧に入れます!ええ!ええ!あたし共にお任せなさいませ!ジュディも張り切ると思います。手前味噌でございますが、あの子はこの国いち番の針子だと自負しております!お嬢さんの為とあらば、ジュディだけで無く、店の人員総動員して打ち込む所存に御座います!ドンとあたし共にお任せ下さいな!」


 流石に来週のパーティーに間に合わせるのは無茶かな?とは思った。

 せめて出来合いの物をお直ししてくれたら助かるな、と考えてビビも言ったと思うけど、夫人の熱の入り方はそんなもんじゃ無い勢いだ。


 旦那様のジョセフさんはそのお隣で、ウンウンと笑顔で頷いておられる。


 オートクチュールのドレスなんて、仕上げるのに1か月以上はかかるもんじゃないの?

 え?それを1週間で仕上げるって言ってる?


「さ、流石にそんな高価な物は頂けません!」


 オートクチュールを、しかもこの短期間で仕上げると聞いてカレンが慌てて声を上げた。

 まあ、確かに高級店のオートクチュールなんてビビるよね。

 だけど夫人はガンとして「仕立てさせて頂く!」と譲らない。


「確かに私共の扱う品は、一級品であると自負する物で御座います。そうそう安売り出来る物では御座いません。しかし、妻とジュディを助けて頂いたお礼とするなら、話は全く別です。ともすれば2人は命さえ失っていたのですから」


 バーバラ氏は、仕立ての金額などお2人の命には比ぶべくもない。と仰る。

 そこまで言われてカレンも少し言い淀むが、それでもやはり自分には分相応だと首を振る。

 まあ、結構な高価な品だろうからね。

 同じ庶民としてカレンの気持ちもよく分かる。



「カレン・マーリンさん。貴女のその謙虚さは美德であり、学園の教師としてわたしも誇らしく感じるものですよー。ですがー、貴女に向けられる好意をただ無碍にする事はー、その想いも拒む事になるとは思いませんかー?」


 アーシュラ先生が、ニコニコしながらカレンを諭す様に語りかけた。

 見た目は幼女だが、その中には母性溢れる想いをお持ちな先生らしく、丁寧に言葉を綴られる。

 そのアーシュラ先生の言葉に、カレンが何かを思い当たったかの様にハッとした顔をする。


「どうでしょー?此処は一つ、お相手のお気持ちを受け止めて差し上げてみてはー?」


 アーシュラ先生のお言葉に何か思う事があったのか、頑なだったカレンの顔が僅かに和らいだ。


「どうか、あたし共に仕立てさせて下さいな!」


 夫人がそんなカレンの手を取り、素早く握りしめる。

 中々に夫人は押しが強い。更に「是非に!是非に!」と手を握ったまま、カレンを壁際まで追い詰めた。

 カレンは、その熱の籠った夫人の説得に折れたように、壁に背を付け手を握られたまま、目を大きく開いて思わずと言う感じで頷いていた。

 ウン、なんか怖かったんだね。


「勿論、皆様方のドレスも仕立てさせて頂きますよ!」


 夫人が次の獲物(?)を狙うように、グルリとわたし達の方に顔を向けた。

 あ、やっぱちょっとコワい……。

お読み頂き、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言] 妥協無しの物作りに全力出してたらいつの間にか一級品扱いされていたってタイプの職人さんね 仕立て甲斐のある素材を見つけたら、自分のセンスで染めあげないと気が済まないと見たw そんなこだわりに振…
[一言] こんな人居たっけな……(゜ω゜)
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