15話 スージィは真実を知る
微妙に修正しております。
神殿と呼ばれた建物は、クラウド邸から南東へ1キロ程下った丘陵の上にあった。
スージィはハワードに連れられ、麦畑に挟まれた神殿までの道を歩いて行った。
連れて来られた神殿は、良くイメージされる荘厳な雰囲気の物ではなく、目立たぬ質素な白い建物だった。
教会の様な高い塔もない。
入口には、見るからに重厚な木製の扉が収まっていた。
ハワードが徐に扉に設えてあるノッカーを叩いた。
スージィはその扉を見上げながら。
(なんか、神殿っていうイメージじゃ無いなぁ…。雰囲気的に公民館?このレリーフが神殿のしるしなのかな?)
そんな事を、扉の上に施されている紋章の様なレリーフを眺めながら考えていた。
やがて重い音を響かせながら扉が開かれる。
「これはクラウド様、今日はどういった…おや?これはまた可愛らしいお連れ様ですね?」
「スージィ、彼はヘンリー、この神殿の神殿長だ」
「はじめ・・・まして・・・スージィ・・・です」
ハワードが中から出てきた人物を紹介し、スージィに挨拶を促した。
「ヘンリー、この子はスージィと云う…。今日、森で保護をした」
ヘンリーと呼ばれた人物は、『森で保護』と言う言葉に片眉を上げ、ハワードとスージィを順に視線を動かした。
「初めましてスージィさん、私はヘンリー・ジェイムスンと申します。こちらの神殿を預からせて頂いております。それでクラウド様、本日の御用向きは?」
ヘンリーはスージィに笑顔で挨拶を返した後、ハワードに顔を向け訊ねた。
「突然で済まんヘンリー、今日はこの子に霊査装置を使って貰う為に来た」
ヘンリーは静かにハワードへ視線を返した後 とりあえず中へ と二人を神殿内へ招き入れた。
ヘンリー・ジェイムスンは、落ち着いた雰囲気を持つ人物に見えた。
白髪の交ざったダークブラウンの髪をオールバックに撫でつけ顎ひげを蓄えていた。
身長も180センチを超え、スージィから見てもかなり高い。
50代中頃と云った所か。
あれ?やっぱり自分ってちみっちゃい?と改めて思い知らされるスージィだった。
装いは白いシャツにライトグレイのスラックスという、およそスージィの持つ神官のイメージとは随分違う。
首回りにはネクタイでは無くローズタイをしている。
ペンダント部分に、外のレリーフと同じモノが彫り込まれているのが神殿関係者の証なのだろうか。
二人はヘンリーに案内され、神殿内の接客室で勧められるまま席に着く。
「お話をお聞かせ願えますか?」
ヘンリーの問いに、ハワードは今日森であった事を手短に伝え、本題を口にした。
「この子を家族の元に帰す為の手段を探りたい。せめて、この子の国の在り処だけでも手がかりが欲しいのだ」
ヘンリーは暫し黙想した後、口を開いた。
「分りました。突然の事ですので準備がございます。暫しお待ち頂けますか?」
「ありがとう。助かる」
人を呼んだヘンリーは、言葉少なく指示を出し再び二人へ向き合った。
「起動と魔力の充填に30分以上はかかります。時間がありますので、少し早いですがお茶の準備をさせました。お茶をしながらお話を致しましょう。スージィさんにはこれから何をするのかご説明差し上げないといけませんしね」
と、スージィに微笑みながら告げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
カップに注がれたお茶を一口啜り、ヘンリーがスージィに問いかけた。
「スージィさんは、肉体とエーテル体の関係はお解りになりますか?」
(エーテル体?なんかオカルトな単語出て来たな。名前ぐらいは知ってるけど…関係って言われても、ちゃんと答えられる程の知識は無いゾ…)
「よく・・・わかり・・・ないです」
「そうですか…ではこれから使う装置に関して、知っておくべき基本的な事をご説明致しましょう」
ヘンリーがニコリとスージィに笑顔を向けた。
「ヘンリーは昔、王都の大学で神学と魔法学の講義をしていたのだよ。良く聞いておいて損は無いよ」
ハワードが同じく笑顔でスージィに教える。
「・・・きょうじゅ?・・・じぇいむすん・・・きょうじゅ」
スージィが驚いた様に聞き返す。
「ハハ、まあそんな呼ばれ方もしていましたかね・・・もう、彼此10年も前のお話しですよ」
そう言ってヘンリーはもう一口茶を啜る。
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人いう存在の構成は『肉体』『エーテル体』『感情体』『精神体』『識心体』『魂』と、大まかに分ける事が出来る。
肉体とは『物質世界』の存在。
『物質世界』とは『霊質世界』の情報が具現化され形作られている物。
エーテルとは『霊質世界』の情報を『物質世界』へ伝達する為の半物質半霊質な存在で、純粋な物質では無い。
『エーテル体』は『肉体』に重なるように存在している。肉体の情報をエーテル体が保有しているからだ。
エーテルは世界に遍く存在し『物質世界』へ常に情報を伝えている。
物質世界全ての情報を内包したエーテルを『アーカシャ』と呼ぶ。
『アーカシャ』は過去に起きた事、現在起きている事、これから起きる予定の事、全ての情報を世界の裏側に折り畳む様に保存している。
深淵にあるアーカシャの記録にアクセス出来れば、世界の真理を知る事が出来ると言われている。
しかし常人がそこへ辿り着く事は出来ない。
その為には尋常では無い魔力、つまり精神力が必要になるからだ。
例え辿り着けたとしても、全ての情報を処理する事は肉体的にも霊質水準でも人間には不可能だ。精々上澄みの情報を窺い見れれば上等だろう。
しかし、肉体に重なるエーテル体へならば、その表層の情報ならそう難しい事ではない。
肉体の形状を目で測るのと同じように、エーテル体の形状を霊的視点から測れば良いのだ。
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「今回行うのは、そのエーテル体を霊査すると云う物です。まぁ解るのは名前や年齢、肉体の状態程度なのですが…」
と、ヘンリーが苦笑しつつ話を締めた。
「それと『どこで生まれたのか?』も判ります…今回、クラウド様が求められた理由ですね?」
ハワードが無言で頷き肯定を示した。
スージィが ほぉぉ と言う顔でヘンリーを見つめる。
「分るのは、この基準点からどの方向に、どれ程の距離の場所で生まれたか?と云う程度なのですが。これは身元不明のご遺体等を検分する時に有効な情報なのです」
なるほど とスージィは思う。
名前と肉体年齢、生まれた地まで分れば身元は分かったも同然だ。
ご家族を捜せればご供養もできる。確かに神殿の仕事っぽい。
(まぁ警察の仕事だとも思うけど、その辺の役割分担ってのも違う世界の事じゃ分んないよなぁ…)
でも、恐らくはココの生まれでは無い自分の場合どうなんの?どんな風に結果が出るんだろ?と、ちょっと興味が引かれてしまう。
「どうですか?エーテル体の事は多少はお分かり頂けましたか?」
「はい・・・とても・・・おもしろい・・・きょうみ・・・です」
「それは良かった。もしご興味がおありなら、今回は直接関係は無かったので省きましたが、『感情体』『精神体』『識心体』『魂』の繋がりについても、何れお話し致しましょうね」
「はい・・・ぜひ・・・きょうみ・・・です!」
そうこうする内、扉がノックされた。
「お待たせ致しました。どうやら準備が整ったようです。思った以上に時間がかかってしまいましたが…どうぞこちらへ」
2人はヘンリーに案内され、別室へと向かった。
そこは他の部屋にも増して装飾の無い部屋だった。
窓は西側に付いているのだろうか、午後の日差しが差し込んでいた。
八畳ほどの部屋の北側に、大きなパイプオルガンの様な物が設置されている。
そのオルガンの上部には、パイプの様に真鍮色の大小の筒が林立していた。
そしてそのオルガンの前、ほぼ部屋の中央に黒い革張りのチェアーが置かれ、簡素な丸テーブルがチェアーを挟み、オルガンの反対側に置かれている。
そのテーブルの上にはブロックを積み重ねたような台が置かれ、そこにA3版程の大きさの石板が横向きで立て掛けてあった。
石板の周りは額のような枠で囲まれ、四隅にクリスタルのような透明な鉱石がはめ込まれている。やはり全体的に造りは質素だ。
床にはチェアーを囲む様に、机とオルガンを繋ぐように何本もの細い溝が刻まれていた。
部屋の中には若い神官が3人、しきりにオルガンやテーブル上の機材をチェックしている。
「コレを両手に着けて、此方へお座りください」
スージィは椅子の前で暫し座る事に躊躇いを見せている。
そんなスージィの様子を察したヘンリーが耳元で…。
「大丈夫ですよ、普段は床の魔法陣を直接使うのですが、今日はスージィさんがお使いになるので革椅子をご用意致しましたので」
遺体を寝かせた椅子に座る訳では無いですよ…と暗にスージィに伝えた。
スージィは安心した様に、にへらっと笑顔を作った。
ハワードがスージィの肩に手を置き 大丈夫だよ と微笑みかける。
スージィは頷いてチェアーに腰を落とした。
チェアーに座り受け取った物を見て、改めて眉をしかめた。
(メリケンサック?これで誰かを殴れと???)
「それを其々の指に嵌めてから軽く手を握ってお待ちください」
形は確かにメリケンサックだ、しかし握りの部分が筒状になっている。
形状としては自転車のハンドルに指管を取り付けた様な形だ。
スージィはそれを握り装着して、力を抜きチェアーに身を預けた。
「それでは、始めさせて頂きます。クラウド様はコチラの椅子へ」
ヘンリーはハワードにテーブル前の椅子を勧め、自らはパイプオルガンの前へ立ちそれの操作を始めた。
良く見れば鍵盤に当たる部分には、イコライザのレバーの様な物が並んでいる。
それを微調整する様に一つずつ動かしていた。
すると、それに呼応する様に、上部に突き出る無数のパイプの様な物が一つずつ光を帯び始めた。
やがて光が床の溝にも流れ始める。
光はスージィの座るチェアーにも届き、その周りを囲み輝きを増して行った。
(うみゅ、なんか温かくなって来たかな…ちょっとこそばゆいけど気持ちは悪くない…ん?なんか周りが慌ただしい?でもまぁ危機感は感じないしクラウドさんも居るから平気かな…。な~んかぬるま湯に浸かってるみたいで心地良いなぁ。あれ?もう30分ぐらい浸かってる?まだ10秒くらいだっけ?…なんか時間の感覚が…変)
「やっと準備が整いました。申し訳ありません、かなり手間を取ってしまいました」
ヘンリーの言葉にフッと意識が現実に戻った。
どうやらチェアーに座ってから、既に一時間以上経っていたようだ。
ハワードが心配気な様子で此方を見ている。
「貴女は相当な量の魔力をお持ちなのですね…フィードバックで小さな魔法陣がいくつか焼き切れてしまい、交換作業に時間を取られてしまいました」
スージィはオルガンの傍に、幾つか筒が転がっているのを見つけた。
細い物で鉛筆程の物、太くてもマジックペン程の太さの物が5~6個、真鍮色の筒の真ん中辺りを黒ずませ床に転がっている。
ヘンリーからこれは『積層筒型魔法陣』と言う物だと教えられた。
この筒の中に小さな魔法陣を幾つも積み重ねる事で少ないスペース、小さな魔力で高い効率で力を導き出せるのだそうだ。
「取敢えず結果が表示されました。ご覧になりますか?」
ヘンリーはそう言うと、スージィの座ったチェアーをテーブルのある方へ廻し向けた。
テーブルの上の石板には、何かの文字らしき物が整然と並んで表示されているが…スージィには読めない。
その事を伝えると。
「なるほど、お名前が表示されていますよ。『スージィ』さん。ファミリーネームは無いのですね。身長153㎝、体重は…この先は守秘義務が課せられますね…。13歳、女性。身体能力、魔力共に大変に高い潜在値をお持ちのようです。出身地とその場所は…距離方角共に表示が出ない…これは…」
「ヘンリーちょっと待ってくれ。表示が出ない…とは、どういう事だ?」
「はい、恐らくはココには存在していない地なのだと思われます…恐らくですが…その可能性は感じておりましたが、まさか本当に…」
「説明してくれヘンリー!お前は一体何を言っているんだ?」
ハワードとヘンリーが、そんな会話のやり取りをしていた。
だが一方、当のスージィの内面はそれどころでは無かった。
(じゅーさんさいですとぉぉーーーーーーっっ!?うっぞぉぉぉーーーーーーっっっ!!!ちゅーぼぉーーや無いですかっっっ!!!!
どぉーーー見ても成人してるっしょ?!このボディ!!
うえぇ!?未成年?子供ぉ?マジかぁっ!?どこのトレイ〇ー・ローズよっ!?
うぉぉぉっ!するってぇーとなんですかい?32のオッサンが13歳の少女の身体悪戯したのと同義っすかっ!?洒落になって無ェェェっ!犯罪やないかっ!!
い、いや!これ本人だしっ!セーフだし!!でも犯罪臭がハンパねぇーーーーーっっ!!
はぁぁぁぁ…ハワードさんやソニアさんの反応は正しかったって事ね……。
……わたしは…13歳……うはあぁぁぁぁぁぁぁぁ……)
心象を漫画的な表現でするならば…目は真ん丸く白目で見開かれ、顎は盛大に下方に落ち、顔と背景には縦線が入りまくり、滝のような大汗を流している所である。
未成年であったという衝撃的事実に、翻弄されまくっている状態だ。
そんなスージィの内面の嵐とは関係なく、ハワードとヘンリーの会話は続く。
「スージィさんの事をお伺いするに、いくつか符合する部分がありましたので…もしや?とは思っておりました」
「符号?何に符合するというのだ?」
「その前に…スージィさん。もう少しお付き合い願えますか?」
「あ・・・は、はい」
精神がどっか行きかけていたスージィが此方側へ戻された。
「これから幾つか質問させて頂きます。私の質問には全て『はい』でお答えください」
「わ、わかり・・・ました」
スージィがコクリと頷く。
「まず、貴女は成人していますか?」
「はい」
石板の四隅に付けられた鉱石が赤く輝く。
「貴女の名前は『スージィ』ですか?」
「はい」
鉱石は光らない。
「貴女は男性ですか?」
「はい」
少しドキリとしたが
鉱石が赤く輝く。
「この様に事実と違う答えを返すと鉱石が赤く輝きます。これはエーテル体の情報と齟齬があった場合に反応するのです。これは、貴女自身が知らなかった、或いは気づいていない事に対しても正しい事実が得られます」
ほおぉぉ とスージィが感心した様に声を漏らす。
「もし差支えなければ、スージィさんのご家族についてお伺いしてもよろしいですか?」
(あ、クラウドさんが心配そうにこっち見てる…そか、最初から家族の事気にかけてたもんな…親が無事なのか?とか知りたいんだろうな…でも、実際のところどうなんだろ?)
スージィの身体は元はゲームキャラだ。当たり前の様な両親は存在していない筈だ。だが、今自分は此処に居る。ならば此処には親と云う物は存在している事になるのか?只単に『居ない』で終わるのか?自分でも知らない『親』が存在しているのか?それともリアルでの情報が当てはめられるのか?少し興味のある事案だ。
「はい・・・どうぞ・・・きいて・・・ください」
スージィは調べて貰う事にした…結果。
スージィは両親の顔も知らず、複数の血の繋がらぬ兄妹と一緒に祖父に育てられた…という結果が導き出された。
(そー来たかぁ…これゲーム内で作ったロールプレイの設定じゃん!そーー来るのかぁ!なるほどぉ…あ、クラウドさんを沈痛な面持ちにさせちゃった…あぁ逆に申し訳ない!そんな顔にさせちゃうなんて、こんなのホントは設定の筈なのに…でもそれが『事実』になっていると言う不思議!あぁ~~ん!どうしよ!?えぇーーい!笑ってしまえぃ!!)
スージィは小首を傾げながら、ニコぉ~~っと精一杯の笑顔をハワードに向けて投げかけた。
ハワードは少し困った様に微笑みをスージィに返す。
「随分と時間を取ってしまいました。スージィさん、お疲れになったでしょう?」
「ありが・・・とう・・・ござい・・・ます・・・まだ・・・へいき・・・です」
ヘンリーがスージィを労わる様に問いかけ、スージィはその気遣いに微笑んで答えた。
「では、これが最後です。よろしいですか?」
スージィが頷く。
「スージィさん貴女は…この世界の住人ですか?」
「!・・・はい」
鉱石が赤く輝く
「…そうですか」
「ヘンリー…どういう事だ?」
「彼女はこの世界の者では無い…と云う事です」
「お前は何を言っているんだ?ヘンリー!そんな荒唐無稽な事が…!」
「予兆は御座いました…デイパーラの異変」
「…その事とスージィがどう繋がる?この子が森に現れたのは異変より前だ!関連性は薄かろう!」
「異変が起きる数日前より、イロシオ大森林の深部で幾つもの大きな魔力の乱れが…大型魔法が発動された様な波動が観測されています」
「なんだと!?そんな報告は上がって来ていないぞ!」
「はい、異変後もまだ魔力の乱れは確認され続けました。計測は続行中でございますので」
(うはぁぁぁ…!あっさり異世界転移者とかバレテーラ?人と接触して半日も経たずにバレるとかこれなんかのスキル?しかも…魔力の乱れってのは、アタクシのやらかしたヤツで御座いましょかっ?!はうぁうあ…。そんな事よりもっと楽しいお話しましょーよー!ほら!今夜は鹿だって言ってたじゃぁーないですかっ!鹿ですよ?鹿のステーキ!!お前は鹿だ!鹿になるんだっ!ン?違うか?あれ?なんだっけ??)
スージィの精神が、現実逃避して再びどこかへ行こうとしている。
「…何と云う事か」
「イロシオ大森林は尋常ならざる魔力が渦巻く場所。何かの切っ掛け一つで、どんな事が起きるのか判りません。200年前の勇者の顕現に代表される様に、イロシオ大森林では暫し別世界からの来訪者が確認されています」
(うぉぉ!いきなり勇者伝説!?唐突ぢゃありませんのっ?!そんな話があったなんて知りませんわよっ!尤も!知る由も無いんだけどねっっ!!?ってか、なんか話がおかしな方向へ行っていませんか!?お二人ともぉ!!)
勇者の単語で妙な戦慄を覚えるスージィを余所に、ハワードとヘンリーの話は更に進む。
「確かな記録が残っているのは『勇者』と呼ばれる者と、その随行者だけだ!それ以外には何ら確証は無い!与太話の類だ!この子と関係するなどありえん!!」
「この10年間で私は3体のご遺体を確認しています。見知らぬ装飾、見知らぬ文字。そして霊査に依る出身地不明の結果。魔力の乱れが異変の予兆、予震のような物であるとすれば…魔力の巨大な渦が空間を歪め、別次元へと繋がったとて何ら不思議ではございません」
「だが!それらを今回のスージィと結びつけるのは短絡的すぎる!!」
「ですが結果は肯定を示しています。クラウド様、これは測定された事実です」
「…仮に、そうだとして、お前はこの子が何だと言いたいのだ?」
「クラウド様、イロシオ大森林の環境は過酷です。その深層の只中へ、突然普通の人間がたった1人で放り込まれればどうなりますか?」
「…瞬く間に命を落とすだろうな」
「では、この村の者ならば?」
「余程の者でもない限り、深層で1人でなど素人と幾らも変わらんよ!」
「ならば、その地で1人、幾日も生き延びる者を何と見られますか?」
「…………」
「恐らく、イロシオへは遥か昔から数多くの人々が別天地より迷い込んでいたのでしょう…しかし、誰もイロシオの過酷な環境を生き延びるだけの力を持ち合わせていなかった。ですが、その障壁を超えられる者が居たとしたら…」
「それが200年前に現れた存在だと?…ヘンリー。お前はスージィが現代に顕現した『勇者』だとでも言いたいのか?」
ハワードとヘンリーは鋭く視線を交わした後、揃ってスージィに視線を移す。
(くっはあぁぁぁぁ!!
ない!無いですからね勇者とかっ!!やめてえぇぇっっ!!)
二人の視線を受けたスージィは両手を腿の上にチョコンと置いて、妙に綺麗な姿勢のまま大真面目な顔で、首だけ左右に激しくプルプルと振り回す。
「・・・ない!・・・ない!!・・・ない・・・です!!・・・ゆうしゃない・・・の・・・ですっっ!!!」
そんなスージィの様子を見た二人は、再び顔を見合わせ表情を崩してしまう。
「…スージィには敵わんな」
「全くです…」
突然相好を崩した二人を見て、スージィは不審げに小首を傾げた。
「クラウド様、私は今日と云うこの日、この巡り合わせに立ち会えた事に感謝しているのですよ」
「…ヘンリー?」
「仮にです、もし仮に、彼女がイロシオ大森林を生き抜く事が叶わぬ者なら、ここにはいらっしゃいません。また、クラウド様と出会う事が無くとも同じです…」
「その場合、ワシもココにはおらんだろうがな…」
「ご存知の様に霊査装置が正常に稼動する為には、被験者が心を開いている必要がございます。スージィさんが我々に不信感を抱いていれば、ここまで霊査は成功していません。これはお二人の信頼が、既に確立している証だと私は感じております」
「スージィは素直な子だ…」
「そうですね、お話をさせて頂いてそれは分りました。ですがお二人の繋がりは出会われたばかりとは思えぬ深さを感じます。そう、まるで魂で結ばれた縁がある様な…」
「…ヘンリー…お前は…」
「神の理を伝える者として、私は偶然と云う物を信じておりません。全ては必然である…と」
「………」
「スージィさんが何者であろうとクラウド様との縁は本物であると私は感じております。くれぐれも大切になさいますように…失礼いたしました、差し出がましい口出しでした。お許しください」
「…ヘンリー…ありがとうヘンリー。しかと胸に刻ませて貰う。すまなかった」
「おっと、いけませんスージィさんを放って置き過ぎですね。解放して差し上げないと」
「それはイカンな、余り放置すると、またこの子の腹が抗議の声を上げてしまう」
それは大変ですね、ははは と笑いながらスージィの傍らまで二人揃ってやってくる。
スージィは何の話をしてるんだろ?と黙って聞いていたがハワードの最後の言葉で
な、何言い出すのクラウドさん!!
と目を剥いて、赤い顔で口をパクパクさせながら無言の抗議をしていた。
ヘンリーに手を取られチェアーから立ち上がりながらも、口を尖らせハワードに抗議の目を向けるスージィ。それをハワードは困った様に微笑みで返している。
「スージィさん、お疲れになったでしょう?暫くあちらでお休みください。今、お茶と、良ければチェリーパイも御座いますので用意させますが?」
チェリーパイの単語でスージィの目が喜び色に染まる。
「ちぇりー・・・ぱい!?」
「ほぉ、デイジーのチェリーパイかね?」
「はい、妻が昼前に焼き上げて行きました」
「それは僥倖!彼女のチェリーパイは村一番だからな!」
ふあぁぁぁぁぁぁ…と声にならない溜息がスージィの口元から漏れ出す。
「では参りましょう。直ぐに用意させますからね」
スージィの機嫌はすっかり良く成った様だ。
ヘンリーに連れられ嬉しげに部屋を後にした。
ハワードがそれを眺めながら二人の後に続いて行く。
神殿を出たのは、それから随分時間が経ってからだ
「イカンな、かなりと陽が傾いている。夕食には帰ると言って来たからな、ソニアが心配しているぞ」
二人は麦畑に挟まれた道を、家に向かい並んで歩いていた。
「きっと張り切って鹿を調理している筈だからね、遅くなると折角の料理が冷めてしまうかもしれん」
「それは・・・たいへん・・・かえる・・・ましょう・・・はやく!」
「それにしても、チェリーパイをしっかり食べた後で夕食は大丈夫なのかね?」
「あまい・・・もの・・・べつ・・・はら・・・いう・・・のです!」
「それは知らなかったよ」
と笑いながら二人は家路を急ぐ。
ハワードの左側を歩くスージィがフっと足を止めた。
ん?どうした?とハワードがスージィを見やる。
「クラウドさん・・・クラウドさん!・・・・クラウドさんっ!!」
スージィが切羽詰った様にハワードを呼んだ。
「どうしたんだスージィ!何かあったのか!?」
何事か?とハワードが慌ててスージィへ体を向ける。
スージィは傍のハワードの袖を両手でギュッと掴み
「・・・きんいろ・・・うみ・・・もえて・・・ます」
西の空を身動きもせず目を大きく見開いて、ひたすら見つめていた。
斜陽の光が眼前に果て無く広がる小麦畑を照らしていた。
起伏を繰り返し大きく波打った小麦の穂が、地平の彼方まで広がり大海原の様に続いている。
風に吹かれる穂先の揺らぎが、さざ波の様に広がっていた。
それは黄金色に燃える空の元、見渡す限り悠久と広がる金色の海。
「・・・きれい・・・」
スージィはその黄金色の景色を瞳に映し、身じろぎもしない。
「・・・・・・ゆめ・・・みたい・・・」
「夢ではないよ…」
スージィの零した言葉にそっとハワードが答える。
ハッとした様にスージィはハワードを見上げた。
見上げてくるスージィの目を見つめ、ハワードは優しく微笑む。
スージィは再び黄金の世界に目を向ける…と、つつーーっと一筋の涙がその大きな瞳から零れ落ちてきた。
ハワードが驚きの声を上げた。
「どうしたんだスージィ?なぜ泣いている?」
「・・・え?・・・ないて?・・・わたし?・・・」
スージィは自らの手を頬に当て、手が涙で湿りを帯びた事を知る。
「・・・な・・んで?・・・ないて・・る?」
零れる涙のままハワードに問いかけた。
「・・・スージィ」
今度はハラハラと涙が次々零れ落ちてくる。
「・・・な・・・んで・・・こん・・・な・・・」
スージィはハワードにしがみ付き、唯々涙を零し続けた。
「どうした?!スージィ!具合が悪いのか?どこか痛い所でもあるのか!?」
ハワードが慌ててスージィの肩を掴んだ。
「イ、イカン!ソ、ソニア!ソニアに!!待っていなさいスージィ!直ぐ家まで連れて行く!!」
ハワードはスージィを急いで抱え上げ、家へと続く道を走り出した。
スージィはハワードの腕の中で、その瞳に黄金を映しながらハラハラと涙を零し続けていた。
衝撃の真実発覚!実はスージィは13歳だったのです!!