105話 お昼の決闘
アーヴィンの宣言を受けて、ニヴン家の次男達、随分驚いたような顔してるな?まさか、本気でアーヴィンが決闘を受けるとは思っていなかったとか?
いや、さすがにそれは無いよねぇ、あそこまで煽っておいてさ。
まあ、アーヴィンは次男に煽られて決闘を受けた訳では無いんだけどもさ!わたしが威圧ったからなんだけどもさ!
「アーヴィン……一切手を抜かず、迅速に事を済ませ、その上で、十分に加減は間違えないよう、に」
「…………凄ぇハードル上げて来て無いか?」
どうせだからダメ押しぎみに圧っておく!うむ、仕合うからには存分に力を見せて差し上げなさい!
生半可な内容だったら、アムカムの女達が許しゃしませんの事よ?!
「イベントの会場は、此処で良いのかしら?」
そんな風にアーヴィンにプレッシャーをかけていると、鈴を転がしたような楽しげな声が聞こえて来た。
このテーブルの周りに野次馬として集まっていた人の塊が、まるで海が割れるとでもいう様に左右に引き、道が開かれて行く。
そこへ、満開の薔薇の花を背面一杯に背負い、一歩足を踏み出す毎に、その花弁が辺りに舞い散り踊る様な幻視をさせながら、何人もの取り巻きの方達を連れられて、こちらに来られる方が居た。
それは、キャロライン・ゴールドバーグ元公爵家御令嬢その人だった。
生徒達が開いた花道を、華やかで雅なオーラを纏い振りまきながら、キャロライン様がこちらに近付いて来る。
脚を進める度に、キラキラと煌めく光の粒が花弁と一緒に宙を舞っている様だ。勿論幻視だが!
「あら、キャリー、ごきげんよう」
「コリンもごきげんよう。それで?催し物はまだ始まっていないの?」
「もう!珍しくサロンから食堂に降りて来たから、どうしたのかと思えば……」
「だってぇ、イベントが始まりそうだと聞いて、もう居ても立っても居られなくなっちゃたんですもの!」
「何を言っているんだミス・ゴールドバーグ!そんな遊び半分で来られては……」
「あら、フリッツにナンシー!お昼だと言うのに大変ね。いつもありがとう、頑張ってね」
「……!お、恐れ入りますキャロライン嬢」
「あ、ああ、お気遣い感謝する……、い、いや!そうでは無くてだな!!」
そんなキャロライン様に気軽に声をかける人が居た。ウチのコリン姐さんだ。
そしてそして、やっぱりこの眼鏡の先輩は苦労人な方だ。
普段からキャロライン様に振り回されているのだろうと、今の遣り取りだけで窺えてしまう。
まあ、普通に考えて、この方を御せる人がそうそう居るとは思えないんだけどね!
アーヴィンも、眼鏡の先輩お二人がタジタジになっているのを見て、少し引いているな。
ん?次男が小さい方の眼鏡女子の先輩を見て驚いている?最初から居たんだけどな。居る事に気が付いて無かったのか?
まあ、小ちゃい人だからね……って言ったら失礼か。
「先日ぶりねスー?ご機嫌はいかが?」
顔を引き攣らせぎみのアーヴィンを、横目で面白そうに眺めながら、キャロライン様はわたしの方に足を向け、声をかけてくださった。
わたしは直ぐに席を立ち、カーテシーを以ってご挨拶をさせて頂く。
わたしが席を立つのに合わせ、ビビ、ミア、カレンも立ち上がり、わたしに続いて頭を下げた。
「ご機嫌麗しゅうございます、ゴールドバーグさ……」
だけど、挨拶が終わる前に、キャロライン様はズズイッと前に出てきて、わたしの鼻先にそのお顔を近付けた。
「キャリーよ!キャリー!そう呼ぶって約束したでしょ?スー!」
「ぁ、で、ですが、ここでは……」
「キャリー、でしょ?」
「あ、えー、キャ、キャロラインさ……」
「キャリー」
「キャ、キャリー……さ、ま」
ぁふあ、めっちゃ顔が近いわ!近すぎる!こんな圧で迫られたら、逆らえ様もないわさ!
キャロラインさ……じゃなくて、キャリー様!は、やっぱり危険なお姉さんだ!
「……ふふ、いい子ねスー」
「ふぎゅみゅ?!」
「へぇー?いつの間にか、随分ウチのスーと仲良くなってるじゃないか?」
「うふふふ、そうよ?私達お友達になったんですもの!」
ぎゅぎゅーっ!とキャリー様に抱き締められ、変な声が出た!
それを見たカーラが、少し目を細めながらキャリー様を問いつめる様に声をかけたけど、キャリー様はそれに怯みもせずに楽しそうに笑っている。
カーラだけでなく、ジェシカやアリシア、そんでミアまでが凍てつく波動を発していると言うのに!
それを物ともしないキャリー様の胆力がスゲェです!キャリー様が引き連れて来られたお姉さま方も、みんな目を丸くされているよ?!
「もう!キャリー?余り、みんなを揶揄うのは止めて欲しいんだけど」
「あらコリン、私そんなつもりは無くてよ?それで、手続きはコリンが進めていて?」
コリンが、手に持った書類をパタパタと振りながら、キャリー様を諫める様に声をかけた。
キャリー様はそれを見ると、わたしの頬に手を当てながらわたしから離れ、コリンの近くへとテーブルを回って近付いて行く。
ここまでのキャリー様の行動を見ている人達の、その反応は様々だ。
実に色んな思惑感情を内に抱き、複雑な人模様が出来上がっている様だ。
キャリー様の存在感の凄さが窺える。この学園で、一体どれだけの影響力を持っておられる事やら……。
当のキャリー様は、実に楽しそうな笑顔で、お連れの方達を引き連れてコリンの元へ向かっているけどね。
「とりあえず、双方決闘をする意思は確認できたわ。後は当人同士に申請書を提出して貰って、委員会が承認すれば直ぐにでも始められるわ」
「まあ!素敵!」
「『決闘』の動機は『互いのプライドを守るため』で良いかしら?」
「宜しいんじゃないかしら?酷く下らない理由だけど、『決闘』の動機付けとしては定番ですものね」
「貴方たちもそれで良いわね?動機なんて、その程度のものでしょ?」
辛辣っ!キャリー様もコリンも実に辛辣っ!!
コリンが持っていた書類に記入をしながら、キャリー様とこんな会話の遣り取りをしている。
それを聞いているカーラ達は苦笑を浮かべ、次男の顔は引き攣り、アーヴィンは諦めた様にため息を吐いていた。
始終粗野だった次男も、コリンやキャリー様方先輩には、荒い態度はしていない。
流石にこの不作法者達も、キャリー様の事は存じ上げているのだろう。あのルゥリィ嬢でさえ、キャリー様が近付くと、次男の袖を掴んで幾分顔色を悪くしてるものね。
「おいハッガード。お前、本気でこの決闘を受ける気なのか?」
「本気も何も、宣言しましたので」
「あんな煽りを、いちいち真に受けるとは……」
「いえ、あんなのは別に気にもなりませんが?」
「では何故受けた?!」
「強いて言えば……人命救助?すかね?」
「なんだそれは?」
「後は当人同士のサインを貰わないとね。はい2人とも、ここに名前を記入して頂戴」
書類を整え終えたコリンが、ここへサインを入れろと、アーヴィンと次男の前にそれを突き出す。
次男はその書類をひったくる様に取り、荒々しくサインした。
アーヴィンは、渋々ながらも諦めた様にサインをしている。
「……はい、良いわよ。後は、承認を貰うだけ。キャリー、お願いできる?」
「勿論。……はい、これで良いかしら?」
「ありがとうキャリー。後は会長のサインがあれば完了だわ」
「……二人とも、仕事が早過ぎやしないか?」
「あら、アンソニー!ちょうど良いところへ」
「まあ、会長!偶然ですね」
「二人とも分かってて言ってるよね?確信犯だよね?」
「何を言っているのかよく分からないわ、アンソニー」
「全くですよ会長。私たち、普通に仕事をしているだけですよ?」
見る間に書類を片付けて行く二人に声をかけたのは、生徒会長のアンソニー・ラインバーガー様だった。
ラインバーガー様に気が付いた周りの女子が、忽ち色めき立つ。
そらそうだよね。なんと言っても女子人気ナンバーワンの会長様だものね!
それにしてもこの一帯、一気に顔面偏差値上がったな。
学園一の美貌を誇るキャリー様が、その中心にいるのは勿論なんだけど、そのお付きのお姉様方も美人揃いだ。
四人の先輩と二人のメイドさん。このメイドさんは先日のお茶会でサロンにいた人達だな。ウチのアンナメリーと同じく、キャリーさまお付きの方なんだろうな。
やっぱ公爵家だけあって、専属メイドも二人もいるんだろうね。このメイドさん方も当然お美しい!
更にラインバーガー様を筆頭に、生徒会の皆様も美形揃いだ!まるでこの辺一帯に、光の柱が立ち昇っているみたいだよ!
で、ラインバーガー様は、流れる様に書類を処理して行く二人に胡乱な目を向けたけど、当の二人にはサラッと往なされている。
それにしても、コリンとキャリー様、やっぱりこの二人友達だったんだな、凄い息があってるから、なんかそんな気はしてたんだ。
ああ!でもラインバーガー様!この方も苦労人な方だったのか?!
ってか、キャリー様だけでなく、コリンも振り回す側?!
「会長!申し訳ございません!自分達が居ながら、この様な不始末を!」
「大丈夫だ。気にしないでくれ、フリッツもナンシーも良くやってくれた」
「ですが!この様な事態を招いたのは、自分の不徳の致すところ!」
「そんな事はないよ、2人は良くやってくれている。何時も面倒ごとに当たって貰ってるんだ。本当に感謝しているよ」
「勿体無いお言葉です!会長!」
何でだらう、『部下を労う上司の図』の筈なのに、何故か『慰め合う被害者同士の図』に見えてしまうのはどうしてなのでせう?
「アンソニー!アナタも早くサインを入れてくださらない?」
そんな生徒会の皆様の遣り取りなど気にも止めず、キャリー様がラインバーガー様に書類を突き出した。
「……構わないけどね。でも、他の者達の承認がまだの様だけど?」
「わたしが審議委員長ですもの。他は後閲で問題無いわ」
「成程、確かにね。それで、決闘する場所は決まっているのかい?」
「第三構堂がこの時間は空いている筈です。既に使用申請書は作成済みです」
「……う〜ん、でも今からだと、午後の授業に食い込んでしまうのではないかな?」
「あらアンソニー!今始めないで、いつ始めると言うの?そうでしょう?ねぇ貴方。時間はかからないのでしょう?」
「!……はい。5分は必要は無いかと」
キャリー様に突然話を振られて、アーヴィンは一瞬ビビったクセに、そんな様子はおくびにも出さず、胸に手を当てながらシラリと答えていた。
何だその騎士っぽい振る舞いは?アーヴィンの癖に!アンタそんなキャラじゃ無いじゃん!
それを見ていた野次馬の女子の中には、ほぉ……、って感じで、ため息を漏らしてる子なんかが居たりする。
ダメよ騙されちゃ!これ、アーヴィンですからね?!
「て、てめ……、ふ、ふざけやがって……」
それを見ていた次男はと言えば、顔の青筋を更に増やしてヒクヒクしてる。
そらそうだよね。アーヴィンに、5分で終わらせる、って言われちゃってんだもの。
でもね、止めろよ?抑えときなよ?
キャリー様や、ゴールドバーグ様の前で暴れたりしたら、アンタ本当に洒落にならなくなるからね?
眼鏡の先輩もそう思ったのか、次男の肩に手を置いて何か耳元で小さく囁いている。
そうすると、次男は肩を震わせ、苦虫を噛み潰した様な顔をした。
「良いわね貴方。期待できそうよ」
「……恐れ入ります」
誰だ?コイツ。
全然アーヴィンらしく無いゾ!これもやっぱりビビの仕込みの成果って事なのか?!
まあ、確かにキャリー様に対して、いつもの態度で話されたら困るんだけどさっ!
すると、そのアーヴィンと、殺気を駄々洩れにしている次男の前に、ラインバーガー様が静かに歩み寄って来た。
「後日日を改めて、と云う事も出来るが……、君達もこれで良いのかい?」
「問題ありません」
「今この場で叩きのめしてやる!!」
「……よし、分かった!では後の事は我々に任せて貰うよ。ミス・クラウドも、それで構わないかな?」
「え?ぁ、ハ、ハイ!お手数ですがよろしくお願い致し、ます。ラインバーガー様」
シッカリと見定める様にして、二人の意思確認をした後ラインバーガー様は、なんでか分んないけど、わたしにまで確認を取る様に聞いて来た。
まあ確かにアーヴィンはアムカムの者ですけどね!
アムカムの者が皆様にご迷惑おかけしちゃってますから、クラウド家の娘としては、よろしくお願いするしかない訳なのですけどね?!
「これでこの決闘は正式に受理された!此処からの仕切りは、生徒会執行部が行う!ナンシー、第三講堂の使用準備を頼む」
「承知しました」
「講堂の使用許可は、生徒会の優秀な書記が、既に処理を済ませていてくれたからね」
「ありがとうございます、会長」
「フリッツには進行及び審判をお願いしたい、頼めるかな?」
「お任せ下さい!」
「救急の人員も準備させないとね。急いで神学科に連絡を……」
「私がいるわよアンソニー」
「ああ、ジェシカ。君が居たね。ここは頼めるかい?」
「任せて。ちょうど良い機会だから、2回生の実習に使わせて貰うわ。神学科!医療班の生徒を集めて!緊急実習よ!!」
「ふむ、素晴らしい。さすが『鉄の爪の聖女』ジェシカ・カーロフだ」
「……ちょっと?」
「あ、すまん……」
◇◇◇◇◇
それから二人は執行部の眼鏡のおっきい先輩、フリッツ先輩に連れられて食堂を後にした。
その後はもう生徒の大移動だった!『わあっ!』とばかりに声にならない声が食堂内に響いて、生徒達が第三講堂へと移動を始めたのだ。
学園の生徒達って、娯楽に飢えているのかしらね?ちょっとコチラが引く位の盛り上がり方だわよ。
第三構堂は、食堂の西口から出て本校舎側に進むと、校舎北側にある多目的ホールだ。
石造りの古い重厚な建築物で、昔この土地を神殿庁が管理していた頃に建てられた物の一つなのだそうだ。
色々なイベントや集会で使われるこの講堂一階のホールも、今回は座席が全て片付けられ、磨き上げられ、鏡面のような仕上がりの大理石の床を露にしている。
二階にも座席があり、三列になっている座席には100人以上が収納可能なのだ、とコリンが教えてくれた。
建物は東西に長く、中の広さは幅が15メートル程、長さは凡そその倍、約30メートルってとこかな?大体小学校の体育館ってな感じの大きさだ。
体育館と大きく違うのは、やっぱりその内部の装飾だ。元神殿関係の建物だけあって、荘厳だけど落ち着きのある造りをしている。
天井には丸く大きな天窓があり、お昼の暖かな光をホール内に溢れさせていた。
生徒達が次々と講堂内へ押しかける中、この決闘の主役である二人も、ホール中央へと姿を現した。
二人は、その制服の上に何やら身に付けていた。
身体には厚手の丈の短いチョッキの様な革防具、なのかな?
手にはグローブ、脚にはブーツ、そして肘当て膝当てを付けている。
頭には、白い色のボクサーが付けるヘッドギアの様な物を被っていた。
そして二人の手には、其々ブロードソードの様な木剣が握られている。これで完全装備って事なのかな?
多分生徒会の人達なのだろう、二人のその装備具合を、色々とチェックしている人達が居る。
それにしても、観戦に来ている生徒達の騒めきが凄いな。生徒会の人が、二人に装備に不具合が無いか聞いてる様なんだけど、殆ど聞き取れない。まったく、どんだけ盛り上がってんのさ?!
「今度こそテメェに俺様の力を思い知らせてやる!覚悟しやがれ!!」
「……ああ、精々頑張らせてもらうさ」
「けっっ!!」
「いいか?お前たち、最後にもう一度確認をするぞ」
支度を終え、中央に向かい立つアーヴィンと次男の間で、フリッツ先輩が二人に向かい声をかけた。
「これは『決闘』だ。試合の様に判定や一本先取、時間制限等のルールは無い。相手が負けを認めるか、戦闘不能に陥るまで続けられる。分かっているな?」
これが決闘をする事を、フリッツ先輩が止めていた理由なんだろうね。試合とかと違って、大怪我をする事もあるぞ、と仰りたいのだと思う。うん、厳しそうな見た目なんだけど、結構優しい方なんだろうな。
「勿論、これ以上は危険だと判断した場合は、速やかに決闘を止める事になる。その場合の勝敗は此方が判断する。良いな?」
「ああ!構わないぜ」
「了解です」
「ではレイリー・ニヴン!アーヴィン・ハッガード!両者の決闘を、この生徒会執行部、フリッツ・ラインバードが此処に見届ける!双方構えよ!!」
ホールの中央で、5メートル程の距離を開けて立っていた二人が、先輩の声で構えを取る。
次男は、両手で持った剣を真っ直ぐ立てて右側で構えた。剣術の基本的な構えの一つだね。
対するアーヴィンは、右の剣を肩に担ぐように構え、左手を前に突き出した。うーむ、首を置いてけとか言い出しそうだ。
「覚悟は良いな?…………はじめっ!!」
「ぅらあぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁーーーーっっっ!!」
フリッツ先輩の始めの合図とともに、次男が剣を振り被り叫びを上げながら、勢いよく走り出す。
その勢いのまま、振り被った木剣をアーヴィンに叩き付けるつもり……なんだろうな、あれは。
もう、ダメダメにも程があるぞ。
腰は落ちてない、脚運びはバラバラ、身体の軸もブレまくり、そして何より足が遅い!ほんの5メートル程度の距離に、なんでこんなに時間かけてんの?ドタドタとした足音が聞こえて来そうだよ?!
対するアーヴィンは、微動だにせず次男の接近を待っている。
軽く開かれた左手は、前につき出しピクリとも動かしていない。
漸く自分の間合いに到着した次男は、そこで更に木剣を振りかぶって……、そこから、飛び上がった?
何故飛んだ?!何故そこまで走って来た勢いを止めてまで、ダダンッとばかりに床を蹴って跳び上がった?!
ンで、そのままアーヴィンに向かって振りかぶった木剣を振り下ろす。
何ちゅうか、隙だらけが過ぎませんかぁ?ボディを狙いな、ボディを!とか言われちゃいそうよ?!
更に振り下ろされた剣筋も、ヘロヘロしてて遅くて虫でもとまりそうだ。
何でここまで酷いの?逆に感心するわ!学園って、こんなもんで入学できちゃうわけ?!
確かに、アムカムの人間と比べちゃイケないと、いっつも耳にタコが出来るほど言われてるけどさ!これは……ねえ?あんまりじゃない?
大体にしてだ、アーヴィンは既に基本職である『ソードファイター』になっているのだ。
それに対して新入生なんて、よくて『ノービス』だって話なのだから、その差は歴然だ。
一般の『ノービス』の戦闘値なんて、精々0.5前後程度の物。ノービスにすら至って居なければ、0.2もあれば良い方だ。
ましてやアーヴィン達は、基本職とは言っても、その戦闘値は標準の値には収まっていない!
そんなんでよくもまあ、アーヴィンに自信タップリで挑んで来れるもんだよ!
次男の木剣はアーヴィンの肩口を狙い、袈裟に振り切るつもりなのだろう。木剣が迫るがアーヴィンは微動だにしない。
アーヴィンを狙って振り下ろされた次男の木剣が、アーヴィンの首元に迫る。
その時、それまで微動だにしていなかったアーヴィンの左手が、僅かばかり内側に動いた。
そして一息の間、その左手が勢いよく外側に向け、振り、開かれる。
バチンッ!と硬質の物が叩かれた様な音が辺りに響いた。
それは、アーヴィンが次男の振り下ろした木剣の腹を、左の裏拳で派手に弾き飛ばした音だ。
次男の木剣が突然、異常な軌道で外側に弾き飛ばされ、剰え自分の身体までもその勢いに引かれ、右に流されて行く。
次男が目を見開いた様だけど、今何が起きているかなど理解も及んでいないだろう。むしろ、この時点で目を見開くだけの反応が出来た事は、褒めるべき事かもしれないね。
アーヴィンは、自分が開いた左手の動きに、合わせて乗せる様に身体を回し、右手に持った木剣を、次男の左脇に向け振り抜いた。
ブオオォッッとばかりに風を巻く音が聞こえた後に、鈍い衝撃音が辺りに響く。
アーヴィンが剣の腹を、次男の脇にぶち込んだ音だ。
「か゜ゃい゛ょっっーーーーー?!!」
どうやって出したのか良く分からない珍妙な音を口から吐き出し、次男が壁に向かって吹っ飛んで行く。
空中で身体を捩じり回転させながら、4~5メートル程飛んだ後、顔面から着地して、更にそこからもんどりうって転がって、壁に叩きつけられ漸く停止した。
ああ、これは立ち合いの時、アーヴィンが気の抜けた打ち込みをして来た時に、わたしが良くかましてやるヤツだ。
わたしがやる時は、振り下ろされたアーヴィンの剣腹に、わたしの左手で持つ剣の柄頭で打ち払い、そのまま手首を返して、こちらの剣腹をアーヴィンの脇腹へ叩き込んでいるのだ。
その後アーヴィンは14~5メートル吹っ飛んで、壁に激突すると「痛ェッ!痛ってぇえっっっ!!」とか喚きながら転がりまわるんだけど……。
村の外の人はどうなんだ?ちゃんと加減しろ言うたし、まぁ……ちにはしないよね?
あ、脚がビクって動いた。とりあえずは生きてるな。
「そ、それまで!勝者アーヴィン・ハッガード!!」
審判である先輩の勝利宣言と共に、シンと静まり返っていた講堂の中、轟っとばかりに生徒達の歓声が響き渡った。
うん、ここまでで凡そ開始から6秒程か?
『秒殺し』だね、アーヴィン!
◇◇◇◇◇
「レイリー!レイリー!!大丈夫なの?!ねぇ?!レイリー!!返事してよレイリー!!」
「離れなさい新入生!急いで防具を脱がせて!同時に状態確認!!」
「右眼窩周りに打撲痕。意識はありませんが、呼吸は安定しています。脈拍、1、2、3……」
「左第8、第9、第10肋骨に亀裂骨折が認められます!」
「眼窩、頬骨、鼻骨に損傷は無いわね?頭骨内部にも出血は……無しか」
「せ、先輩!カーロフ先輩!右手が……」
「あらら、弾かれた時の勢いで外れちゃったのね……。手根骨の位置を整えないとね。橈骨、尺骨に問題は無いわね?靭帯には損傷があるから、『癒し』をする時はそこも意識して」
「はい!」
「あなたは肋骨を接ぎなさい。骨にズレは無いからそのまま接骨の『癒し』をかければ大丈夫よ」
「は、はい」
「そしてあなたは顔に『癒し』ね。頭骨に大きな損傷は無いけど、眼窩周りや頬骨にはそれなりにダメージはあると思うから、ソコは意識するように」
「はい」
「さあ!このまま担架に乗せて医務室に運ぶわよ。なるべく静かにね」
「「「はい!」」」
「…………」
「アナタも、泣かなくても大丈夫だから……まあ2~3日は青痣くらい残ると思うけどね。ホラ、付いて行って上げなさい」
「……はい」
「骨にひびは入れても内臓にダメージは無し、か……。『一切手を抜かず、十分な手加減』、ね。……結構なお手並みだわね、アーヴィン?」
いつもお読みいただき、ありがとうございます!