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98話 廊下戦線

「いい加減、節度をわきまえて行動されては如何でしょうか?」

「はぁっ?!ナニ言ってんの?ウチラは廊下を進みたいだけなんですけど?!」

「淑女としての、自覚の話をしておりますのよ?お分かりになりませんか?」

「益々意味が分かんないんですけど?!自覚とか関係無くない?!」

「ですから、そうやって廊下の中央で広がってお歩きになるのは、見目にも宜しくは無いと言っていますのよ?大体にしてわたくし達、教室に入りたいだけなのですが……」

「あら?どうぞ、入ってくれていいわよ?ホラ、ココ!この横から通って行けば?」

「ふぅ、ホントに理解力と云う物が乏しい方ですわね。それでは、わたくしが道を譲った事になってしまうではありませんか。それでは貴女の為にはなりませんでしょ?」

「はあぁ?ナニ言ってんの?!退けばいいじゃない!いい加減譲りなさいよ!道開けなさいよ!!」

「ですから、貴女の為にと思い言っています。道を譲るのは、立ち位置の低い者からと言うのが道理で御座いましょう?」

「なっ?!ウチラに退けって言ってんの?!ウチラがソッチより下だと?!!」

「先程から、節度をわきまえます様にと、言っています」

「もう存在してない貴族制度の事言ってるワケ?!化石に縋ってるなんて滑稽よね!」

「良識をご存じなければ、恥をかくのはご自分ですよ?」

「貧乏貴族が何を偉そうに!」

「……成り上がりは何処までも浅ましい等と、そしりを受けてもいといませんの?」




 ガチじゃん!まぢでガチファイトじゃん!!怖ぇぇ~~、怖ぇよ、女の闘い怖ぇぇ~~~。

 うわぁ、あんな中入りたくないわぁ。皆が遠巻きに見てるのも合点が行っちゃうよ。絶対あんな中に入って、巻き込まれたいとか思わないものね!わたしも思わない!絶対ヤッ!!



「学園内での行動に於いて、必要な良識は持つべきだと言っているのです。普段から、随分と傍若無人な行動が目立っている様ですが、貴女の言動は、間違いなくそこから外れています」

「……だからって、ソッチには関係無いんじないの?!」

「見ているのは、わたくし共だけでは無いと言っているのです!」

「チッ!!」


 うわっ、この子舌打ちしたよ?!

 ルゥリィ・ディートって子は、見た目だけで無く性格もキツそうだよね。ビキビキッて音が聞こえて来そうなほど顔が引き攣ってるよ?

 コーディリア嬢大丈夫なのか?そんな子にケンカ売っちゃって?

 まぁ、コーディリア嬢も結構気が強そうだモンね。こういう人でないと、ああいう子とガチでやろうとは思わないよなー。

 わたしは思いっきり遠慮したい!


「……ねぇアレって、アムカムの……」

「あ、最大派閥の…………」

「すげぇな、この空気の中、堂々と入って行くぜ……」

「うぉ!三強揃い踏みかよ」


 待て待て待て待て、ちょっと待て!何だソレ?!誰さ?どいつだ?!好き勝手言ってンのはっ?!!

 最大派閥とか言うなし!

 大体!こんな空気耐えてませんけど?!堂々としてませんけどっ?!入って行ってませんけどぉぉっ!!

 ンでわたしを巻き込もうとするな!揃えるなっっ!!

 ほらぁ!2人がこっちをジロリと睨んだじゃんよぉぉ!!



 もう!2人して沈黙しちゃって、チラチラとコチラに視線を送って来るしぃ!そういうのは止めて欲しいんですけどぉ。

 ルゥリィ嬢は、誰コイツ?的な胡散臭い物でも見る様な感じ。

 で、コーディリア嬢は……ん?これは何か期待してる目?

 ンでコレが2人からだけで無く、周りに居る全員から『どう動く?』的な、探る様な目線が刺さってくるんですけど!これも止めて欲しいのよっ?!!

 わたしにどーしろって言うのさっ?!

 あーーーーーーーっもうっっ!!


「……皆さん、どうかされました、か?」


 ニッコリ笑いながら、空気も読まない体で聞いてやったわさ!!

 どうとでもなれだわよっ!!


「……これは、ごきげんようクラウド様」


 お、コーディリア嬢がスッとこちらに身体を向けて、良い笑顔で朝の挨拶をしてくれたゾ。

 今の今迄、醸し出していた剣呑な雰囲気など、どこ吹く風の変わり身の早さだ!


「ごきげんようキャスパー様」


 わたしも負けずに、取って置きの笑顔でご挨拶をお返ししてみたりする。


「まあ!わたくしの名前を憶えていて下さったのですね?!クラウド様!」

「当然ですわキャスパー様。それで……、どうかされたのです、か?」

「いえ、クラウド様がお気になさるほどの事ではございませんのよ?ほんの些末な事でございます」

「そうなのですか?教室へ向かう廊下が埋まっておりましたので、わたくし、何事かあったのかと心配になってしまいました」

「まあ!それでしたらクラウド様、どうぞこちらからお通り下さいませ」


 そう言ってコーディリア嬢とお付きの二人は、道を開ける様に一歩下がってくれた。


 なんじゃコリャ……。


 お嬢様同士の会話が、こんなにも流暢に出来ている事に、自分でも思わずドン引きだ。

 この、わたしの、すっかりハイソなお嬢的な言動は、如何なモンなんでしょか?

 咄嗟に被ったこの皮は、剝がれりゃしないないだろうか?と、実は内面では大汗ダラダラなワケでして……。


 とりあえず、まだ皮は剥がれていない様だ。

 まあ、この辺の事を厳しく仕込んでくれたのはビビとアンナメリーなんだけど、そんな簡単に剥がれてたら、二人に顔向けが出来ないよね。

 っていうか、剥がれでもしたら、その後の二人の顔を想像すると、とてもじゃないけど怖くて簡単に剝がす訳にはイカンのですよっ!


 そんな葛藤を抱えての、覚悟の参戦だったのだけど……、コーディリア嬢は、思った以上にコチラに好意的に対応してくれた?


「ちょっと!どう言う事よ?!ウチラには全然譲らなかったクセに!なんでソイツにはすんなり譲ってんのよ?!!」

「先程からわたくし、『道理』と言う物を教えて差し上げておりました。それはつまりこう云う事を言っておりますの」

「なに言ってんだか分んないんですけどっっ?!!」


 食ってかかって来たルゥリィ嬢に、更に燃料投下してるよこの人!

 で、その燃料ってのがわたしです!!ぃいやぁーー!

 ルゥリィ嬢、メッチャ切れてるやん!

 そりゃ今迄の自分への態度に対して、わたしへの対応が180度真逆だもんね!気持ちは分からんでも無いけどね!

 だからってそうやって、わたしまで睨むのは止めて欲しいンですけどー!!


 何なのコイツわーっ!とか言いながら、シャーーーっとばかりに、わたしに向かって睨みつけて来るルゥリィ嬢の耳に、取り巻きの一人が、ボソボソっと一言二言なにやら呟いた様だ。


「は?アムカム?……最大派閥?」

「……クラウド?コイツが?」


 ルゥリィ嬢が、取り巻きの子に耳打ちされながら、わたしを見てブツブツと何かを確かめる様に、その子に聞き返していた。

 だから、そういう胡乱な目付きで人を見るのは、出来ればやめて欲しい。

 わたしは確かにアムカムのクラウドですけど、最大派閥でも何でもないですからね!


 それにしてもこの子、よく見るとちょっと派手?だよね……。薄くお化粧してる?襟元もちょっと緩めてるよね?スカートも幾分短くないか?!

 確かに、コーディリア嬢に何か言われちゃうのもしょうがないな?この学校の子としては、ちょいと尖がってますものね……。

 でも、こんなの寮監様に見つかったら、確実にアウトだと思うんだけどな?寮を出てからやってるのかな?

 だとしたら、隠れて頑張ってるのかなー、と思わなくも無いけれど、でも……ねぇ?


 まぁ、なんて言うか、この子はギャルっぽい?って事なんだろか?この世界に『ギャル』ってのが居るかは知らんけど!


「……カレン?」

「!!」


 わたしを睨みつけていたルゥリィ嬢が、わたしの後ろにいるカレンを見つけ、驚いた様に声を上げた。

 カレンもその声を聴いて、ビクリと身体が小さく跳ねたのが分かった。

 うん?やっぱりこのルゥリィ嬢と、カレンは面識がありそうだな。


「ちょっと!アンタ、なんでそんなトコに居るのさ?!ねぇ?!!」

「……」


 ン?


「何で、そんなトコに隠れてんのかって聞いてんだけど?!」

「!……」


 ンン?


「ちょっと!聞こえてんでしょうが?!答えなさいよ!カレン!!」


 おいヲい……。


 どういう訳かこの子は、ウチのカレンに威圧なんざをかけて来おる。

 ちょっとこうなって来ると、わたしとしては見過ごす訳には行かないな。


 わたしはスッと、カレンとルゥリィ嬢の間に自分の身体を差し込んで、彼女の目からカレンを隠した。

 ルゥリィ嬢は、驚いた様なわたしを見るが、わたしはとにかく笑顔を崩さない様に努め、ルゥリィ嬢を静かに見つめる。


「な、なによ?」


 カレンに向かい、足を踏み出そうとしたタイミングでわたしが動いたので、ルゥリィ嬢は出鼻をくじかれ、たたらを踏んだ様になった。

 ルゥリィ嬢は、そのままわたしを睨みつけて来たけど、幸いな事に、それ以上前へ進み出ようとはしなかった。


 さてさて、このまま引いてくれれば嬉しいんだけど、そうも行かないんだろうなぁ……。まだコッチ睨んでるし。

 あんまり事を荒げたくないんだけど……、どうしたもんかね。


「ちょっとカレン!アンタこんなコソコソしてて、タダで済むと思ってんの?!!」


 お゛お゛?何だコイツ?

 この期に及んで、まだ更にカレンを威嚇するような物言いするのか?コノヤロぉ…………。






「これはスージィ様、こんな所で何かございましたか?」


 と、そこに唐突に後ろから声をかけて来る者がいた。

 ビビこと、ベアトリスさんである。

 そんで、お待たせしましたって感じの、おすました顔でわたしの左脇に立って来る。

 ミアも一緒にやって来て、私の右側に立った。


 さっきから二人が近くで様子を見てたのは、気配があったから分かってたんだけど、出て来るならもう少し早く来て欲しいよね!

 なんでこんな狙いすましたタイミングで出て来るかな!もう!


 でもこれで、ルゥリィ嬢からはカレンはもう見えないだろう。鉄壁なアムカムガードの展開だね!


 それにしても、やっぱりビビに『スージィ様』とか言われると、くすぐったくてしょうがない!

 この、外面展開への切り替えの良さは流石だと思う。


 この辺は、コリンから前もって「身内だけで話している分には構わないけど、他の生徒の目がある場所では、言葉遣いはちゃんとなさい」と、指導されていたからね。

 なので、ビビもミアも、教室や、ラウンジとか身内しかいない場所以外では、基本わたしの事を『様付け』で呼んでいたりする。これが実にくすぐったい!

 逆にわたしも、先輩であるコリンやダーナを呼ぶときは、『様』を付けて呼んでいるのだけどね。


 コリン相手に様を付ける分にはまだ良いんだけど、これがダーナやカーラ相手だと、『様』を付ける事に、違和感が半端なく仕事をしてくる。

 それを横から聞いてて、堪え切れずに噴き出すアーヴィンの事を、この時ばかりは責められなかった。その後、ダーナとカーラにタコ殴られてたけどね!



 2人がわたしの両サイドへ立った事で、息を巻いていたルゥリィ嬢も、いくらかは怯んだのか口を噤んでしまった。

 隣にいた取り巻きの子が、そこへ何かを耳打ちをしている。


「まずいよルゥリィ、こいつ主席入学者だ」

「もうひとりのデカいのは、魔力量が学年一だって言ってた」

「……チッ」


 うわ、また盛大に舌打ちしたよ、この子!だから人前ではそういうの止めなさいって、女の子なんだからさ!

 ンでどうやら取り巻きの子達は、ビビとミアの事を知っていた様だ。結構情報通なのかな?

 それにしても『デカい』とは何に対しての事なのか?ちょっと問い詰めてみたい所ではあるね!


「いいわ、別に無理にそこを通りたい訳じゃないし!……教室に戻るわよ!」


 そう言って、取り巻きの二人を連れて、その場で後ろを向いて歩き去ってしまった。

 そういえば、彼女たちの教室もこの先なんだけど、どこかに向かおうとしてたのかな?まあ今となってはどうでも良い事だけど。

 ……でも、去り際にカレンに向け、鋭くひと睨み送っていたのは頂けない。ウン、頂けないねあれは。

 それまでシンと静まり返って、周りで傍観していた生徒達からも、ざわめきが広がり始めていた。

 なんか、口々にわたしの事を話している様な気がするが、気にしたら負けだと思うのでスルーしておこう!ウン、スルーだスルー!


 今はそんな事よりも、カレンのメンタルの方が心配だ。カレンは随分動揺していたはずだ。


「カレン様……、大事はございませんか?」

「……あ、は、はい、ご心配おかけして申し訳ございません」


 ほかの生徒達の目もあるので、今は二人とも余所行きの言葉使いだ。


 わたしはカレンに手を伸ばし、大丈夫か聞いているのだけれど、カレンは目を伏せ、さっきからわたしの方を見ようとしてくれない。

 伸ばしたわたしの手も、何故か避けてしまう。

 もう少し言葉をかけようとしたところで、横から声が飛んで来た。


「カレン・マーリン!いつまで呆けていらっしゃるの?!早く教室へお入りなさい!」

「コ、……は、はい、キャスパー様」

「カレン様、また放課後に。お待ちしておりますね」

「は、はい、スージィ様。……失礼いたします」


 コーディリア嬢の言葉にカレンは動き出し、わたし達に一礼すると、そのまま教室の中へ入って行った。

 教室に入るカレンを目で追っていると、ふと、こちらに向けられている視線を感じた。

 そちらに目を向ければ、そこにはコーディリア嬢がわたしを見つめ、姿勢を正して立っていた。

 彼女はそのまま、わたしに向けて頭を下げて来た。


「わたくし共のクラスメイトを庇って頂き、ありがとうございました」

「いえ、カレン様はわたくしのルームメイトでもあります。当然の事です」

「それでも、ありがとうございましたクラウド様」


 そう言って、再び綺麗な姿勢で頭を下げると、彼女もまた、自分達の教室へと入って行った。


 今朝のこの短い時間で、コーディリア嬢に対する印象が、ずいぶん変わってしまったな。最初に会った時は、気が強い、プライドの高そうな子だと思っていたのだけれど、この子は正直で、ただ不器用なだけなのかもしれない……。

 カレンの事が気になるけど、コーディリア嬢なら悪い様にはしない気がする。

 放課後に会うまでに、少しでも落ち着いていてくれると嬉しいのだけれど……。




     ◇◇◇◇◇




「全く!どうなる事かと思ったわよ!!」


 教室に入るなり、ビビが目を剝いてそんな風に言って来た。

 あれ?叱られた?え?結構上手く立ち回れてなかったかな?ちゃんと何事も無く終わったよね?

 こんな勢いで叱られる程の事だった?


「え?ぇ?ちゃ、ちゃんとお嬢様っぽく出来てたよね?よね?!」

「そうじゃなくて!!あんな濃厚な殺気、冗談でも漏らすとかあり得ないでしょ!!」


 はぁ?殺気って何?お嬢様的立ち回りの事じゃないの?

 大体何さ殺気って?いくら何でもそんなモン放つワケ無いじゃん!


「……その顔、無自覚って顔ね?!」

「無自覚も何も、出してないし!」

「はぁ……、まあ僅かに滲み出てた程度だけど、ね!」

「そうだよ、なんて言うか『あ、鍵開けた』って分かった感じ?」


 ミアまでが、ウンウンと頷きながらビビの言う事を肯定している。

 えぇ~?そうかぁ?ナニかが滲み出てたの?

 確かに、ちょいとばかりムッとしたのは確かだけど…………出てた?


「まあ!あの位だったら、普通の子は気付かないでしょうけどね!でも!感度の良い人間なら、それなりに察知は出来ると思うわ!」

「スージィの威圧は、シャレにならないからな」


 立ち合いの時は、それに克つのが最初の一歩だもんな!とか、傍で聞いていたアーヴィンまでが口を挟んで来た。

 えぇー?わたし立ち合いで、そんなハードル出してないし!


「いあ!でも大体にして立ち合いじゃ無いんだから、廊下で威圧なんかしない、よ?」

「アンタが本気で威圧したら、只じゃ済まないじゃない!だから気を付けなさいって言ってるの!」

「そうだぞ、ビビの言うとおりだ!スージィが普通に威圧なんかしたら、その辺の人間なんて簡単に心臓麻痺起こすぞ?」


 うっわ!失礼!

 アーヴィンってば、スッゴイ失礼な事言って来やがったわ!!

 いくらなんでもそこ迄じゃ無いでしょ?!ねぇ?!!


 …………あれ?え?なんで?何でみんなそんな目?

 アーヴィンとビビだけじゃなく、何でミアやロンバートまで、薄く笑って遠い目をするの?

 え?何で?え?…………そ、そうなの?そうなんでつか?


「兎に角!アンタが威圧を放ちそうだったから、大慌だったんだからね!」


 ビビは、わたしが殺気を漏らすまでは、陰からわたしのお嬢様対応の様子を観察しようとしていたらしい。

 ちゃんとわたしが成長していて、一人でも対応できるか見守っていた、とビビさんは仰る。

 そんなモノ、見守らないで良いから、直ぐに助けに入って来てよ!

 だが、雲行きがヤバいと思い、急いでわたしの傍まで出て来たのだそうだ。


「そりゃニコニコしてりゃ良いとは言ってたけどね!流石にアタシも、まさかアンタがニコニコしながら、あんな強烈に殺気を振りまこうとするとは思わなかったわよ!」

「ふ、振りまいてないけど?!で、でも、その……お、お手数をおかけしまし、た?」

「大体にして……、あんな小物相手に、アンタが真っ当に相手してやる必要なんて無いんだからね!正直!アタシが、『お里が知れるチンケな小物よね!』とか言ってやりたかったんだけどさ!!」

「や、やめて!それは止めて!絶対に戦争になるから!!絶対に止めて、よ?!」

「だから言っていないじゃないのさ!」


 ぅわぁ、なんだろ、ビビがケンカ売って、ルゥリィ嬢との口撃戦が展開される図が容易に想像できてしまうよ……。


「まあ!あの小物連中はバカなだけでなく、相当鈍そうだったから、アンタの漏らした威圧なんて、てんで分りもしなかったでしょうけどね!」

「それでも、分かる子には分かってたんじゃないかな?周りには顔色変ってた子、何人か居たよ?」

「……そりゃそうね!この学校に入っているんだから、逆に居ない方がどうかしてるわね!」


 と、ミアの言葉を受けてビビが、ふむ、と考えるような素振りをしてから答えていた。


「兎に角!被れる物は被れるウチにシッカリ被って置きなさい!どうせ時間の問題だろうから!」


 ビビが酷い事を言っている。

 そこまでかぁ?と思い、周りに視線を巡らせば、ミアもアーヴィンもロンバートも、揃ってウンウンと頷いていた。

 やっぱり皆がシドイ!シクシクシク……。


 まあ、確かにいつ迄も猫を被ってられやしないのは、自分でも自覚はしておりますけどね!フンだ!


 そんな事よりも、今はカレンの事だ。

 ルゥリィ嬢の、カレンへの態度が気掛かりなのだ。

 ……やっぱり、ニヴン家の次男の事も含めて、グルースミルの事は少し調べておくべきだな。






     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「ど、ど、ど、どうしましょう?!怒ってた?怒ってらしたわよね?!」

「落ち着いて下さいコーディリア様!大丈夫です、コーディリア様にお怒りを向けていた訳ではありませんから」

「でも、でも!わたくし、あんな押し付けるような事してしまいましたし……」

「大丈夫です!そんな事は気にしてお出ででは無いです!……多分」

「ああ!やっぱり!やっぱり?!」


 教室に入ってからずっと、落着きを無くしているコーディリアを諫めようと、ルシールは尽力していた。

 廊下であった第2組の女子グループとの衝突を、成り行きで第1組のクラウド嬢が引き受けてくれた形になったのだが、その時に彼女が漏らした怒気に中てられて、この始末である。

 確かに彼女が発した怒気からは、自分達が温室育ちである事を叩き付けられ、思い知らされた様な気にさせられた。

 ちょいとばかり、コーディリアが落ち着きを無くすのも無理は無い。


 あの怒りの波動を、第2組のルゥリィ・ディート嬢とその仲間は、何とも感じなかったのだろうか?

 それとも、あの程度の怒りでは、問題に成らない程の耐性を持っているという事か?

 ……いや、さすがにそれは無いか。

 動揺を懸命に押さえ込もうとしているコーディリアとは別に、横に居るもう一人の付き人、自分の従妹の様子を横目で見ながら、『それは無いな』、と首を振る。

 大体にして、あんな一番近くで発せられたのに、何も感じなかったなんてあり得るだろうか?

 きっと彼女達は途轍もなく鈍感なのだな……間違いない!とルシール・ムーアはこの件に結論付けた。


 自分の横に立っている従妹のキャサリン・ムーアに目をやれば、彼女たちが鈍感の極みだと云う事くらい、直ぐに分かると言う物だ。


 キャサリンはルシールの横で物も言わず、いつものクールな無表情を維持しようと必死になりながらも、その眼には涙を湛え、全身がカタカタと小刻みに震え続けていた。

 どれだけ動揺してんのよ!とルシールは突っ込みを入れたくなるが、……しょうがない。

 あれでいて、キャサリンは感性が中々に鋭い。恐らくは、このクラスの誰よりも鋭い感性を持っていると、ルシールは常々思っていたのだ。

 それがこんな状態に陥るとは……。


「大丈夫ですかキャサリン。保健室まで付き添いましょうか?」

「だ、だ、だ、だ、だいじょじょじょぶぶ、で、ですルルルルシールルルル」

「あ、話さなくてイイです。無理に話さなくて良いですから」


 唇をキュッと結んで、小さく首を縦に振るキャサリン。

 自分達は、かなり間近で怒気に中てられたのだから無理も無い、とルシールは思う。

 実際自分もキャサリン程では無いが、あの一瞬、身動きが取れなくなっていたのだから。


 他にも何人か、あの気配を感じた者も居たようだけど、全員では無いのは第2組の子達を見ても明らかだ。

 あれが察知出来てしまうのが、良い事なのか悪い事なのか、今のルシールには分からなかった。

 だが、『この程度の事も察知出来なければ、自分の前に立つ資格は無い』とでも言われている様にも感じていた。

 あれがアムカムの姫の力の一端かと思うと、背中に薄っすらと汗が浮かぶのが分かる。


 そして、気にかかる人物がもう一人。……あの出来事の中心に居たあの子。

 始終、落ち着かなげだったが、少なくとも今は、比較的落ち着いている様にも見える。


「彼女も、心中穏やかでは無いでしょうに……」

「…………」


 ルシールの呟きに応える様に、コーディリアが眉根を寄せ、苦し気にその彼女に向け視線を送る。

 そして、彼女……カレン・マーリンを見詰めるコーディリアの横顔を、その心の内を図る様にルシール・ムーアも静かに見詰めていた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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