悩み相談
「あのぉ」
僕はおずおずと映見さんを見る。
「ん?何?」
映見さんがビールを飲みながら横目で僕を見る。
「いや、悩み聞いてくれるって、さっき・・」
「ああ、そうだったわね」
映見さんはさっそく忘れている。
「で、何?あんたの悩みって」
映見さんは単刀直入に訊いてくる。
「そう面と向かって、率直に訊かれると話しづらいんですけど・・」
「うん、いいからおねえさんに言ってごらんなさい」
「は、はい・・」
僕は、映見さんの勢いに押される形で話し始めた。
「ある日突然、仕事をクビになって、その帰りに彼女のうちに行ったら、彼女も変なロン毛の男に取られていて、それで、自分のアパートに帰ったら、アパートが重機でバッキバッキ取り壊されていて、家財道具とか僕の全財産一切合切突然全部瓦礫と化していて・・」
なんだか自分で話していて、あまりに無茶苦茶だと思った。こんなことが、本当に一日で起こったのか、当の本人ですらなんだか信じられなかった。
「それで、大家が祝い町でも行けって・・それでこの町に来て、それで変な海苔男に、なんかヤクザなところに連れて行かれて、それでこの町でホームレスになって・・」
なんだか自分で話していて泣けてきた。あまりに自分がかわいそ過ぎる。なんなんだこの転落人生。
「何とかホームレスを脱出しようと、働こうと思ったんですよ・・、でも、なんかすごい野獣みたいな狂暴な連中のいる、すごい現場ばっかりで・・、なんか、うまくいかなくて、結局いつまで経ってもこの町から脱出できないんです・・、どうしたらいいんですか、僕・・」
僕は本気で参っていた。本当にどうしたらいいのか分からなった。僕は人生の迷いのどん底にいた。
「何でこの町を脱出しなきゃいけないの?」
映見さんが僕を見た。
「えっ」
まさかの返しに僕は映見さんを見返す。
「私この町好きだけどな」
「えっ」
「いいじゃん、この町」
「えっ、いや、よくないでしょ」
「なんでよ。私この町好きよ」
「いや、映見さんが好きとか、そういう問題じゃ・・」
映見さんがこの町が好きとか嫌いとか僕には全然関係ない。
「ここにずっといたらいいじゃない」
「いや・・、それは・・、ないかと・・」
「なんでよ」
「何でって言われましても・・」
「この町いいじゃない」
「えええっ」
僕は唸ってしまう。僕には何がいいのかさっぱり分からない。小汚いホームレスはいっぱいいるし、ヤクザはいるし、アル中や薬中もゴロゴロいる。変な人も多いし、ガラの悪い人間も多い。
「この町にずっといたらいいじゃない。生きていけてんでしょ」
「ま、まあ・・、それはそうなんですけど・・」
「じゃあ、いいじゃない」
「いや、そういう問題じゃ・・」
どうも話が全然噛み合わない。
「私もこの町でホームレスやろうかしら」
「えっ」
映見さんはなんかとんでもないことを言い出す。
「うん、いいかも」
「いや、絶対だめでしょ」
「なんでよ」
映見さんが僕を見る。
「何でって・・」
僕はそんな映見さんの顔をまじまじと見返す。映見さんはものすごい美人なのに、その容姿とは裏腹にものすごく変わった人だった。
「おもしろいと思うけど」
「全然おもしろくないですよ」
「そうかしら」
「そうですよ」
どうも感性がまったく合わないというか、映見さんは世間の常識からズレまくっている。
「あんたがおかしいんじゃないの」
「いや、絶対に映見さんがおかしいですよ」
「そうかしら」
「そうですよ」
絶対に僕の感性の方がまともだ。
「まあ、いいわ。ていうか、なんか他に悩みはないの。もっと、おっきくて、難しいやつ」
「えっ」
「なんかおもしろくなってきちゃった」
「ええっ」
いや・・、今のも僕の中ではかなりおっきかった・・、というか、まだ全然解決していない気が・・。
「なんか悩み相談おもしろいわね」
「えっ」
しかし、映見さんは一人ノッていた。
「ほら、早く次の悩み言いなさいよ」
「え、いや・・」
というか、一個目はあれで終わりなのか・・?僕の中ではまったく解決していないのに、映見さんの中ではあれで解決らしい。
「・・・」
映見さんに悩みを相談したことが間違いだったと、この時、遅まきながら僕は気づいた。
「何?」
「えっ」
「早く言いなさいよ」
「いや、ですから、僕はどうしたら・・」
「だから、この町にいたらいいじゃない。はい、次」
「ええっ、それで終わりなんですか」
やっぱり、映見さんに相談したのが間違いだった。
「次の悩みはもっとちゃんとしたのにしてね」
「今のだって滅茶苦茶ちゃんとしてたじゃないですか」
しかし、映見さんはもはや僕の話など聞いていない。
「うううっ」
僕はこの町から永遠に脱出できないのか・・。
「誠さん」
その時、突然真横から声をかけられた。
「あっ、ももちゃん」
横を向くと、ももちゃんの丸い顔が僕の顔を覗いていた。
「どうしたの?」
僕は驚く。
「たまたまこの公園の横を通りかかったら、誠さんが見えたんです」
「そうなの」
すごい偶然だった。
「でもないか」
祝い町は、結局、狭い町なのだ。
「彼女?」
映見さんが、ももちゃんを見て言った。
「いえ、ちが・・」
「彼女だなんてそんな」
僕が否定する前にもももちゃんが思いっきり大声で照れながら言った。その声で僕の否定する声がかき消されてしまった。しかも、なぜかももちゃんは僕の腕を思いっきりバシバシ叩く。
「あんたもやるじゃない」
「えっ、いや・・、ちが・・」
「もう、そんなぁ~、恥ずかしいですぅ」
またももちゃんの照れる声に、僕の否定の声がまたかき消される。
「あんたも一緒に飲みなよ」
「はい」
映見さんはそのまま全然僕の話を聞かず、ももちゃんが僕の隣りの座ると缶ビールをももちゃんに渡した。
「大学生?」
映見さんがももちゃんに訊く。
「はい、今日は、たまたま授業が早く終わったんです」
「へぇ、そうなんだ。大学生なんだ」
映見さんがあらためてももちゃんを見る。
「この町に住んでるの?」
「はい、この町でテント生活しています」
「ほらっ」
その瞬間、映見さんが僕をどや顔で見る。
「ええっ」
「ほらっ、やっぱあんたがおかしいんじゃない」
映見さんはうれしそうに僕を指さす。
「ええええっ」
「この町いいわよねぇ」
映見さんがももちゃんを見る。
「はい、いい町だと思います」
ももちゃんが同意する。
「ほらっ」
また映見さんはどうだと言わんばかりに勝ち誇ったドヤ顔で僕を見る。
「いや、絶対、いい町じゃないですよ」
「やっぱり、あんたがおかしいのよ」
しかし、映見さんの中では、すでに僕がおかしいということが確定していた。
「そんなことないですよ」
「やっぱり、あんたがおかしかったのよ」
僕が何を言ってももはや映見さんは聞いちゃいなかった。この場では少数であろうと、二対一では、勝負にならない。
「うううっ」
世間一般では絶対にこの二人の感性の方が圧倒的におかしいはずなのに、僕は負けを認めざる負えなかった。




