再びあの人と
「人生っていったい・・」
僕は、あまりに続く、この怠惰な日々と、ダメな自分に苛まれそんなことを考えるようになっていた。特にすることもない僕は、今日もとぼとぼと当てもなく祝い町の町内を彷徨うように歩いていた。
「ノイローゼなのかな・・」
出口の見えないホームレスな日々。最近、僕は、なんだか精神的に不安定になってきているように感じていた。
昨日、ママにこのことを言ったら、「お前がノイローゼになるような玉かよ」とか言われて終わりだった。
「はあ・・」
僕はため息をついた。これからどうしたらいいんだ。祝い町脱出計画も完全に頓挫していた。
「僕はどうしたらいいんだ」
お先真っ暗だった。
「よっ、青年」
「ん?」
突然、声をかけられ僕は振り向く。
「あっ、映見さん」
映見さんだった。
「どうしたんですか」
僕は滅茶苦茶驚く。サングラスをかけたり帽子を被ったりと、少し変装はしているが、あの特徴的な端正な顔がそこにある。
「またちょっとふらっとね」
「ふらっと・・」
この町は女性がふらっと来るところでは全然ない。というか逆に来てはいけないところだ。
「一人ですか」
「一人よ」
映見さんは当たり前みたいに言う。この町は日本で一番治安が悪く、犯罪率の高い町と言われているところだ。
「・・・」
やはり、この人はなんかすごい。というか何か大事な線が一本切れている感じがした。
「青年は何か悩み事?」
「えっ」
「背中が暗かったぞ」
「そうですか」
「ええ、あんたのとこだけ背中に暗い影が差してたわ。こんなに空は晴れ渡っているのに」
「えっ、ほんとですか」
「ほんとよ」
「・・・」
マジか・・。今の僕は本当にやばいかもしれない・・。僕は不安になった。
「お姉さんが悩みを聞いてあげようか」
「えっ、ほんとですか」
「ほんとよ」
映見さんが、少しおどけたように僕を見る。
「マジかぁ」
生きていればいいことも突然湧いて来るものだ。あの映見さんが、僕の悩みを聞いてくれるなんて、普通あり得ないことだ。話ができるだけでもラッキーな人だ。
「その前に」
「その前に?」
意味ありげに映見さんは僕を見る。
「あっ、またビールでも買ってきましょうか」
僕は瞬時に映見さんが何を言いたいのかを察した。
「おっ、気が利くわね。青年。頼むわ」
映見さんが僕に一万円札を渡す。正直このおつりが目当てだった。
「バナナはいらないからね」
さっそく走り出す僕の背中に映見さんが言った。
「えっ、あ、はい」
「柿の種でいいから」
「はい」
「あとスルメ」
「はい」
僕は近くのスーパーに走った。
「買ってきました」
僕がビールを買って帰って来ると、映見さんは出会った場所の近くの公園のベンチに座ってくつろいでいた。
「早かったわね」
そう言うと、さっそく、買い物袋からビールを取り出し飲み始める。
「おつりはとっていて」
「ありがとうございます」
やっぱり、映見さんは太っ腹だった。
「青年も飲みなよ」
「はい」
僕も映見さんの隣りに腰かけビールを袋から取り、そのプルトップを開ける。
「はい、リクエストの柿の種です」
僕は徳用の大袋の柿の種を差し出す。
「サンキュー」
それを映見さんが受け取る。
「これがうまいのよね」
さっそく袋を開けると、そこに手を突っ込んで、柿の種をポリポリ、満足そうに噛み砕く。
「何でこんなにおいしいのかしら。これ考えた人天才ね。おかきとピーナッツ。この組み合わせはすごいわ」
映見さんは柿の種一つにしきりと感心している。
「確かにそうですよね。この組み合わせは天才的ですよね」
あらためて考えると確かにそうだった。僕も映見さんと同じように柿の種を食べながら感心してしまった。
「癖になるわね」
「はい」
柿の種は一回食べだすと、ほんとにとまらなくなる。僕たちは、時折ビールを飲みながら、柿の種をポリポリポリポリしばし食べ続けた。
「その時計いいですね」
ふと、映見さんの腕の時計に目がいって僕は言った。
「でしょ。けっこうしたのよこれ」
映見さんが、僕に見せるように右腕を上げる。ピンクの文字盤をしたスマートな形状の、いかにも高そうなブランド品の時計だった。
「ふぅ~、これはやっと今月でローンが終わったわ。これは私の物」
「はあ・・、ローンですか」
「そう、これもローン、これもよ」
映見さんは、自分のサングラスや服を指さす。
「えっ」
僕は驚く。
「これは、後七か月。これは一年ね」
今度はイヤリングとネックレスを指さした。
「そんなに・・」
有名人なのに、以外とお金がないのだろうか。それとも買い物依存症か何かなのだろうか。僕は不思議に思う。
「お金はあるのよ」
「えっ」
「わざと分割払いにしているの」
「えっ」
なぜ?一括払いの方が安いはず・・。それをなぜわざわざ・・。僕は訳が分からなかった。
「長い長いローンを払い終わった後のあの堪らない達成感が好きなのよ」
映見さんはそう言って僕を見る。
「えっ?」
「長い長いローンを払い終える。その快感がたまらないのよ」
映見さんは身悶えるように言う。
「・・・汗」
やっぱり、映見さんは変わった人だった。
すごいお金の使い方だ・・。でも、ある意味それが一番の贅沢なお金の使い方なのかもしれない。僕は思った。




