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じいさんの戦争体験の続き

「中国人は何人殺したかなぁ。もう訳分かんねぇくらい殺したなぁ」

 普通のなんてことない話みたいにじいさんが呟く。

「なんで殺すんですか」

 僕はもう半ギレで訊く。

「そりゃ、おめぇ、そりゃ・・、おめぇ・・」

 じいさんは最初勢いよくキレ気味に言ったが、後が続かなかった。

「とにかく殺すんだ。中国人は殺すんだ。そういうもんなんだ。チャンコロは殺すもんなんだ。邪魔だべ」

 そう言って、じいさんは僕を見てくる。

「・・・」

 意味が分からなかった。じいさんも自分がしたことの意味が分かっていないのだろう。よく分かっていないというような顔をしている。

「機関銃でよ。こう、支那人たちをよ、片っ端から撃っていくんだ。そりゃもう気持ちいいなんてもんじゃねぇぞ」

 じいさんは目を輝かせて言う。

「虫みてぇにバタバタバタバタ倒れていくんだ。もう見事なくらいバタバタバタバタ倒れていくんだ」

 じいさんは子どものように興奮し、うれしそうに言う。僕は反対に反吐が出そうだった。

「そりゃおめぇ、その辺は死体の山だ。中国人の死体の山だ。ありゃ、すごかったな。足の踏み場もなかったな。しょうがねぇからその上を歩いていくんだ。あいつらの死体の上を歩いていくんだ」

「・・・」

「なんかでっかい、なんて言ったかなおっきい河があんだ」

「揚子江ですか」

「ああ、そんなような名前じゃった。そこがなもう死体の山だ。ほんとにバカデケェ河なんだ。海みたいにデケェんだ。海軍の軍艦が入って来れるくれぇデカいんだ。それがおめえ、死体で溢れてんだ。もうほんと死体で埋まってんだ」

 じいさんは目を剥き出して言う。

「それでもおめぇ、中国人はうじゃうじゃいるでな。そんで、もう、機関銃で撃っても撃ってもきりがねぇから、じゃあどうすべぇってなってな、弾もったいねぇしな、今度は巨大な倉庫に何百人て中国人集めてな、そこに火をつけるんだ」

「・・・」

「みんなまる焼けだ。げはっ、げはっ、げはっ」

 じいさんは楽しそうに笑う。

「ドンドンすげぇ音で鉄の扉を叩くんだ。人間てのは死ぬとなったらすげぇな。ありゃ。すげぇ音だった。ドンドンドンドンもうキチガイめてぇに叩いてたな」

「・・・」

「それでも焼け残って生きてるのがいるんだ。それを、いちいち銃剣で突いてな、殺していくんだ。ありゃめんどくさかったな」

 じいさんは顔をしかめる。

「その辺歩いているとな、股にビール瓶突っ込まれてたり、竹やりが突き刺さって死んでる女の死体もあったな。ありゃ傑作だった。あはっ、あはっ、あはっ」

「・・・」

 何が傑作なのかまったく分からなかった。

「赤ん坊なんか、誰かが下から銃剣で突き刺してな、高い、高い~ってな」

「何でそんなことするんですか」

 僕はキレ気味に訊く。

「そりゃおめぇ、おもしれぇからだ。みんな笑ってた」

「全然おもしろくないですよ」

 僕がそう言うと、不思議そうにじいさんは僕の顔を覗き込む。

「みんな笑ってたんだぞ」

「・・・」

 だめだ。僕は思った。

「なんでそんなに殺すんですか」

「あたりめぇだろ。そんなことは。当たり前だ。中国人は殺すもんなんだ。あいつらはゴミだ。俺はそう教わった。それに、あいつらが生きてたら俺たちの食いぶちがなくなっちまう。あいつらにやる餌なんかねぇんだ」

 滅茶苦茶力を込めてじいさんは言う。

「中国人、あんなのは家畜と一緒だ。犬畜生と一緒だぁ。殺していいんだ。殺していいんだ」

 妙に興奮してむきになってじいさんは言う。

「蚊やハエと一緒だ。そんなもん殺しても何とも思わねぇべ」

 そう言って自分の頭をパチッと叩く真似をした。

「・・・」

 僕はあまりの理屈に言葉もない。

「何人殺したんですか」

「そんなもん覚えちゃいねぇよ。そんなの覚えちゃいねぇ」

 なんでキレているのか分からなかったが、キレるようにしてじいさんは言う。

「おめぇ、子どもの時殺した虫やカエルの数覚えてっか?よく殺したべ。小さい頃遊びで」

 じいさんは僕をまじまじと見てくる。

「・・・」

 僕は言葉もなかった。僕の中に何を言っても無駄という諦めがあった。

「ほんと無茶苦茶やった。でも、捕まらねぇ。むしろ褒められるんだ。中国人殺すと褒められるんだ。げへっ、げへっ、げへっ」

「・・・」

「あいつらはそういう生き物なんだ」

「・・・」

 意味が分からなかった。

「本当に何も言われないんですか」

「まあ、たまあに憲兵に怒られっけどよ。まあ、やめとけよ。ぐらいだな。言われんのは」

「・・・」

「逆にちょっと疲れて休んどったら、何でお前は盗りに行かんのじゃって、上官に怒られんだ。ほんとだぞ」

 じいさんはまた目を剥き出して僕を見てくる。

「ほんと、無茶苦茶やった、無茶苦茶やった。今、日本でやってみろ。すぐ捕まっちまうぞ。わしゃ、それで三回捕まった。いや四回だったかな。五回だったかな・・」

 じいさんは一人何度も右に左に首を傾げる。自分の犯した犯罪の数すら覚えていないらしい。

「まったくおかしな世の中だ」

「・・・」

 おかしいのはお前の頭だ。

「わしはただ、好きなように生きてるだけなのに、なんで怒られんだ?女を犯して何が悪いんだ?」

「・・・」

「俺のイチモツはほんとデケェんだぞ、ほんとだぞ。兄ちゃん」

 じいさんは僕の顔を真顔で覗いてくる。子どもでも身につくような基本的な社会常識や道徳観念が、まったく身についていないらしい。

「ただ、生きたいように生きてるだけだ?なんでダメなんだ?」

 まだ言っている。本当に分からないらしい。

「あの頃が懐かしいのぉ。わしはあの頃に戻りたい。あの頃に戻れたらどんなに幸せだろうなぁ。本当になんでもやりたい放題じゃった」

 じいさんはうっとりとした表情で言う。

「また戦争やらねぇかな」

 じいさんは本気で呟く。

「・・・」

 本当になんの反省もないらしい。

「何で戦争終わらせちまったんだ?」

 じいさんが僕を見る。やはり、その顔は真顔だった。

「・・・」

 もう、ほんとに言葉がなかった。

「戦争はよかった」

 じいさんはそれをしきりと言う。

「わしなんかもう物心ついた頃から、殴られてばっかりだった。お前はバカだ。バカだって言われてなぁ。なんでそんなこと言われんのか分からんかったが、家ではおやじにお前はバカだと殴られる。学校じゃ先生にお前はバカだと殴られる。休み時間には同級生にお前はバカだとに殴られる。家に帰れば、近所のじいさんにお前はバカだと殴られる。もう、いつもいつも殴られてばっかりじゃった。でも、おめえ、軍隊入ったら、最初の一年は同じように殴られてばかりだったが、その次の年から、新米をいやっちゅうくらい殴れるんだぞ」

 じいさんはその濁った目を僕に剥き出して言った。

「このわしが人を殴れんだぞ。信じられっか。殴っても相手はなんも言ってこん。じゃから、もう、死ぬほど殴ってやった」

 そこでまたじいさんはその虫歯だらけの汚い歯をむき出して笑った。

「なんで殴るんですか」

「殴りたいから殴るんだ。理由は何でもいいんだ。目つきが気に入らねぇとか、お前はバカだとか」

「・・・」

 周囲の人間がバカだバカだと言う気持ちが分かった。こいつはほんとにバカだ。

「まあ、殴り過ぎて、新米の片目をつぶしちまったこともあったがな。がはっ、がはっ、がはっ」

「・・・」

「あん時はまた怒られたな。げはっ、げはっ、げはっ」

「・・・」

 本当にこいつはどうしようもなくバカなんだなと僕は思った。

「世の中には、本当にどうしようもない屑野郎がいるんだよ」

 僕は以前ママの言っていた言葉を思い出していた。

「中国人はなんでも言うこと聞いたわい。どんな無茶なことを言ってもへらへら笑ってたわ」

 じいさんは笑った。

「・・・」

 そりゃ銃を突きつけられれば、そうなるだろ。

「中国人をな、鉄板の上に置くんだ。そしてな、下から火を焚くんだ。するとな、熱い熱いって、ぴょんぴょんぴょんぴょん飛び跳ねるんだ。それがもう最高なんだ。みんなで腹か抱えてゲラゲラ笑ったな」

「・・・」

 全然笑えなかった。

「ありゃおもしろかった」

 じいさんは当時を思い出して笑う。

「やさしさとかはないんですか」

「ねぇねぇ、そんなものはねぇ」

 じいさんは激しく顔の前で右手を振る。

「女、子どもだと思って情けをかけたバカがいたが、そいつはその女と子どもに鉈で頭かち割られて死んだ」

「・・・」

「だから、中国人は容赦なく殺す。それがあそこでは正解なんだ」

「・・・」

「中国人はそんな生き物なんだ。だから、殺すんだ。情けなんかかけちゃいけねぇ。あいつらはやさしくするとすぐつけ上がる。どうしようもねぇ連中なんだ。あいつらはどうしようもねぇんだ。そうなんだ」

「・・・」

 認めたくはないが、それが戦争の現実なのかもしれなかった。

「戦争が終わって何年かたった頃だったか、戦場で一緒だった奴に偶然会ったんだ。ほんと偶然でなぁ。そのままそいつと一緒に飲みに行ったんだ。そしたら、そいつは、おめぇ、急にめそめそ泣き出してなぁ」

 急に何かを思い出したみたいにじいさんが話し始めた。

「夢に見るんだと」

「何をですか」

「中国人さ。自分が殺した中国人たちが追いかけてくるんだと」

「・・・」

「バカな奴だ。何で追いかけてくるんだよ」

「おじいさんは追いかけて来ないんですか」

「追いかけてなんか来るかい」

 じいさんは半ギレで答える。

「わしの方が追いかけたいくらいだ」

 そして、またじいさんはうれしそうにげはげはと、その独特な笑い方で笑う。

「・・・」

 僕はその横顔を見つめる。そこには、微塵も罪悪感の影もなかった。やっぱり、どこまで行っても最低な奴だった。

 絶対にろくな死に方はしない。こんな奴は畳の上でもベッドの上でも死なない。こうやって路上で野垂れ死んで行くんだ。死んじゃいけない、こんな奴がベッドの上でなんかで死んじゃいけない。僕は思った。

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