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世界最高齢のホームレス

「そういえば・・」

 ママにお弁当のお礼を言えていなかったなと、今日になって気づいた。あのお弁当には本当に助けられた。あの恐ろしい殺伐とした現場で唯一の人間らしいやさしさだった。ママには感謝してもしきれない思いを感じた。

 しかし、あれほどの思いをして稼いだ貴重な七千五百円だったが、結局、また、下らないことにちまちま使っていたら、あっという間に全部なくなっていた。

 僕は、金もなくまた仕事も失い、何となしに祝い町をぶらぶら歩いていた。僕は暇だった。 

 夏だった。セミが鳴き喚き、自然は生命の勢いに溢れかえっていた。空はきれいに晴れ渡り、最高にいい天気だった。しかし、僕には何もするべきことがなかった。情熱を傾けるべきことが何もなかった。

「・・・」

 我ながら情けなかった。ももちゃんはちゃんと大学に通い、自分の夢に向かって走っている。ママは、毎日一生懸命労働している。あののんべぇのママの店の常連さんたちでさえちゃんとみんな働いているのだ。よっちゃんでさえ働いてる。まだ子どもの未来ちゃんでさえ働いている。

「なのに・・」

 なのに僕は・・。

「僕は・・、ん?んん?」

 そんな自責の念に落ち込んでいる時だった。僕は何やら、非日常的なものを目にした気がした。いやそれは気のせいではなかった。目の前の道端に何かが転がっている。それは確かに転がっていた。

「あっ」

 それはおじいさんだった。おじいさんが道端に倒れていた。

「ど、どうしたんですか」

 僕は慌てて駆け寄る。

「大丈夫ですか」

「み、水くれねぇか」

「水ですね。ちょっと待っててください」

 僕は慌てて、水を買いに行った。幸いすぐ近くに自動販売機があった。僕はそこでペットボトルの水を買い、すぐにおじいさんの下に戻った。

「はい、おじいさん水ですよ」

 僕はペットボトルの蓋を開け、おじいさんに差し出す。

「おお、あんがとうよ」

 おじいさんは、ペットボトルを受け取ると、それをぐびぐびとものすごい勢いで飲みだした。相当喉が渇いていたらしい。

「救急車呼びましょうか」

「いや、いい、いい、そんなことはしなくていい」

 おじいさんは激しく手を振る。その様子から察するに、どうも大丈夫そうだった。

「ほんと大丈夫ですか」

「ああ、大丈夫だ」

 よく見ると、ものすごい高齢の感じがする。しかも、ザ・ホームレスといった身なりだ。匂いもきつい。

「家とかはこの近くですか」

「そんなものはねぇ」

 やっぱりホームレスだった。

「おじいさんはおいくつなんですか」

「わしはおめぇ、ああ?俺はいくつだ?」

 じいさんは自分で首をかしげる。

「ああ、そうだ。わしは九十一だ」

「きゅ、九十一?」

「そうじゃ」

「九十一でホームレス・・、世界最高齢じゃないのか・・」

 僕は驚く。

「元気ですね」

「ああ、わしは元気だけが取り柄だ」

 九十代でホームレスはすごい。普通に生きているだけですごいのに、ホームレスをしているとは・・、何者なんだこのじいさん。僕は思った。

「ほんと大丈夫ですか」

「ああ、もう大丈夫だ」

 おじいさんは上体を起こす。おじいさんは、大丈夫そうだった。ちょっとした脱水症状だったのだろう。水を飲むとすぐに回復した。とりあえずよかった。僕は思った。

「何か他に欲しいものとかないですか」

「酒」

「酒ですか・・」

 ほんとに元気だ。

「分かりました」

 僕は、この町のホームレスの大好物ワンカップを買って来た。

「はい、どうぞ」

「おお、兄ちゃんあんがとよ」

 じいさんは本当にうれしそうにそれを受け取った。

「おじいさんは若い時は何をしていたんですか」

 なんか、このじいさんのことが気になり、ふと訊いてしまった。

「若い時?若い時はおめぇ、わしは戦争に行っとった」

 じいさんは早速ワンカップの蓋を開け、それを飲みながら言った。

「戦争?」

「わしは若い時分は戦争に行ったんじゃ」

「そうだったんですか」

「そうじゃ中国に行った」

「太平洋戦争を経験されてたんですか」

 僕は驚く。そうか確かに九十という年を考えれば、若い時はそんな時代だ。

「大変だったんですね」

 僕はおじいさんを、同情するように見た。

「大変?」

 だが、そこでじいさんは、そのしわくちゃの年を取ってしぼんだ丸い顔をものすごい歪め方をして僕を睨むように見た。

「えっ?」

 僕は何かまずいことでも言ったのかと焦った。

「大変?そんな、大変なんて、そんなとんでもねぇ」

 じいさんは激しく右手と一緒に、首を横に振る。

「はい?」

「戦争がなかったらわしは一生童貞じゃった」

「はい?」

 僕は目が点になる。何を言ってんだ?僕は意味が分からなかった。

「戦争はわしを男にしてくれた。戦争は悪いもんだという奴らがいるが、とんでもねぇ話だ。戦争はおめぇ、あんな素晴らしいもんはねぇ。ほんとだぞ」

 じいさんは力強く僕を見つめる。その濁った目の奥に籠る力強さががなんか怖かった。

「・・・」

 このじいさんは、僕が思っていた戦争観とだいぶ違うものを持っているらしい。何やら嫌な予感がした。

「あれゃあ、おめえ、最高の思い出だ」

 そして、じいさんは自分の戦争体験を語り出した。

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