次の日
「明日も来れるか?」
事務所に帰り着き、一刻も早くこの場から離れようと事務所を背に歩き出したその時だった。その背中に梶原さんが声をかけてきた。
「えっ?あ、は、はい」
僕は、思わずはいと答えてしまった。
「絶対行くか」
内心では当然そう思っていた。そして、正に逃げるようにして、僕は事務所を離れた。給料はすでにもらっている。何の問題もない。僕は疲れた体にむち打ち、できうる限りの全力で歩いた。仕事が終わったのに、まったくなんの高揚感も喜びもなかった。
次の日、当然僕は仕事をバックレた。あんなの行くわけがない。「百万もらっても絶対行くか」
僕は一人自分の小屋の中で毒づく。あんなひどい現場なんか近寄りたくもない。
別に電話があるわけでもないし、履歴書すら出していないのだ。まったく問題はないだろう。
だが、相手が相手だけに僕はちょっとビビっていた。
「まさか来ないよな・・」
僕は昨日のいかつい男たちが頭に浮かび、不安に苛まれる。
「うううっ」
というか、体中が筋肉痛だった。
「ああ~」
腕を上げ、ちょっと頭をかくだけで全身のあちこちが堪らなく痛んだ。昨日の肉体労働でのダメージは予想以上だった。
「・・・」
そして、僕は最悪に落ち込んでいた。僕の思い描いていた輝く未来が、一瞬で消し飛んでしまったのだ。この町からの脱出計画もすべてが雲散霧消してしまった。そして、ラララランドも・・。
バラ色の人生設計からの反転に、僕はどん底まで落ち込む。
「こんな時は・・」
こんな時は、酒を飲むしかなかった。僕はいつもよりちょっと早いまだ日の明るいうちにママの店に行った。
「おっ、なんだ今日は早いな。仕事もう終わったのか」
店に入るなり、ママが僕に声をかける。
「・・・」
僕は黙っていつもの席に座った。
「今日もおごってくれるのかい」
源さんがそんな僕にすかさず話しかけてきた。源さんはなんか知らないがいつ行ってもいる。
「今日は絶対ダメです」
僕は強く言った。どれだけの思いをしてこのお金を稼いだと思っているのか。源さんの気楽さに怒りまで湧いて来る。
「なんだよ。昨日はあんなに機嫌よかったのに」
僕の豹変ぶりに源さんが驚き、そして、不満そうに口を尖らす。
「仕事ダメだったんだんだろ」
ママが鋭く言った。
「何で分かるんですか」
「そんなことをお前見てれば誰だって分かるだろ」
「えっ」
僕は隣りのやっさんを見る。
「俺でも分かるわ」
やっさんが笑いながら言った。今日は仕事が早く終わったのかやっさんももうこの時間にいた。その隣りでは、これまたいつもいるなべさんも人のいい笑顔で笑っている。
「俺は分からなかったけどな」
源さんだけが口をとがらせている。
「・・・」
そうだったのか・・。みんなお見通しか。僕はがっかりした。
「お前はほんと分かりやすいな」
ママが笑いながら言った。
「うううっ」
「二日か。まあ、二日持っただけ偉いな」
ママが僕の前にビール瓶とコップを置きながら言った。
「何とでも言ってください。もう、大変だったんですから」
僕はビールをコップに乱暴に手酌で注ぐと、それをあおりながら言った。隣りでそんな僕を見てやっさんが笑う。
「もう、無茶苦茶でしたよ。初対面でいきなり滅茶苦茶ガン飛ばしてくるような奴がゴロゴロいるんすよ。意味分かんないっすよ」
僕はやっさんに愚痴る。
「なんかやたら狂暴で恐ろしい奴らばっかで、やたらケンカ腰だし」
愚痴は止まらない。
「酒のケース落としたら自腹ですよ。何で働きに行って金払わなきゃいけないんすか。無茶苦茶ですよ」
もう怒りと不満が次々と溢れ出て来る。
「まあ、そのくらいですんでよかったやないか」
やっさんが笑いながら言った。
「えっ?」
そのぐらい?まだ、この上があるというのか。僕は驚く。
「変な手配師とか、求人に捉まったら、そんなもんやすまないぞ」
「そうなんですか」
「山奥のタコ部屋とかに連れていかれて、そこに入れられるんや」
「タコ部屋?」
なんか聞いたことがあった。
「ああ、山奥のダムとか道路工事の過酷な現場で働く労働者たちを集めた簡易宿泊所や。そこに入ったらもう最後死ぬまで出られんで」
「そんな大げさな」
「大げさなもんか。死んだ方がましってくらい、早朝から晩遅くまでこき使われて、給料もあらかたピンハネされて、寝る場所は大部屋で雑魚寝。飯は猫まんまにたくあんや。ほんまにボロボロになるまで働かされるんやで。もちろん休みなしや」
ゾーッ
背筋が寒くなった。
「そこに入ったら二度と逃げ出せへんからな。現場は山奥やし、逃げたの見つかったら、もうその場で有無を言わさずボッコボコにされるしな」
「・・・」
「恐怖で支配されるんや。刑務所よりもひどいところや。向こうは労働者なんて、言葉をしゃべる動物くらいにしか思っていないからな」
「・・・」
僕は思わず息をのんだ。
「死んだって、ダムとか山奥に埋められておしまいや」
やっさんは笑顔で言う。
「マジですか・・」
「マジだ。大体、この町の人間は家族とかと縁が切れてる人間がほとんどやからな。探す人間もいない。だから、当然警察も探さない」
「・・・」
普通ならあり得ない話だが、ここ祝い町だったらあり得る話だと思った。
「それにしてもやっさんはほんと詳しいですね。この町のそういう話」
「まあな」
やっさんはへへへへと笑った。しかし、その後、何も言わなかった。そういえば、僕はやっさんのことをよく知らなかった。やっさんはどんな人なんだろうか。なぜこんなにいろいろと詳しいのだろうか。
「明日からまたお前はプーか」
ママが言った。
「プーとか言わないでください」
「プーはプーだろ」
「うううっ」
僕は、ビールをあおった。
「今日はとことん飲んでやる」
「やけ酒だな」
僕はさらにビールをあおった。もう、ほんとやけだった。




