現場
現場に着いた。昨日同様港の倉庫だった。
しかし・・、
「・・・」
その雰囲気は、昨日のそれとはまったく違っていた。他の派遣会社からも、いかつい男たちが運ばれて来ていて、そんな不穏な男たちが何十人とぞろぞろと集まり、その場にたむろしている。
明らかに、僕のような人間が近寄っていい雰囲気ではない。
「・・・」
この時、あの社長のじいさんが言っていた意味が分かった。僕はまったく場違いな人間だったのだ。
しかし、当のその社長は、僕たちを車から降ろすと、さっさと、事務所へと帰って行ってしまった。
「・・・」
僕はあらためて男たちを見る。明らかにやばいオーラを目に見えるレベルで周囲に発散している。絶対にみんな仲よく平等にといった、穏やかで友好的な人間などでは全然ない。というかなんなら、殺すぞ的なオーラだ。
逃げ出したかった。というか逃げなきゃと思った。しかし、港からは電車はおろか、バスも出ていない。どこへ行っていいのかも分からない。そして、町までは遠い・・。
「・・・」
仕事が終わるまで、ここで働くしかなかった。
「ん?」
ふと隣りを見ると、近くに立っていた男が僕を睨むように見ていた。
「なぜ、ガンを飛ばす・・」
やはり、なぜか、ここの男たちは何かというとガンを飛ばしてくる。
「何でそんなに攻撃的なんだ」
その意味が僕にはまったく分からなった。
「・・・」
そんなやばい男たちの中で、さらにひと際やばそうな男が目についた。目つき、オーラ、表情、それは野生動物の、しかも肉食系のそれだった。その野生動物のように濁った瞳の奥には、獰猛な暴力と動物的本能のみが宿っていた。目の奥には、普通の人間なら絶対にあるはずの理性や知性の輝きが欠片もなかった。絶対に関わってはいけない人だった。というか近寄っちゃいけない人だった。
「絶対に何人か人殺してる・・」
僕は思った。そう思わせる程のものがその男にはあった。
その男はなぜか、笑っていた。しかし、それが笑っているのではないことに僕はすぐに気がついた。それは怒りと苛立ちで、歯を食いしばり、そのことによって両方の口角が上がり、それによって、笑っているように見えているだけだった。
「・・・」
僕は心の底から恐怖を感じた。
「やばい、やばい、ここはマジでやばい」
あんな人間と一緒に仕事なんて絶対に無理だ。
「マジで逃げなきゃ・・」
僕は切実に思った。だが、やはり、どう考えても逃げられない。僕は昨日までの自分を心底呪った。
「祝い町舐め過ぎだぞ。昨日の俺」
だが、時すでに遅かった・・。
その後、僕は他の男たちと一緒に倉庫の奥へと連れていかれた。着いた場所は倉庫からトラックへと受け渡しをする出荷場だった。
そこには派遣先の社員の男たちがいた。そして、その男たちもまた、派遣の男たちに負けず劣らずいかつい男たちだった。というかさらにすごそうな感じだった。やさしさどころか、人を思いやるとか尊重するとかそんな機能自体がそもそもなさそうな雰囲気だった。
「ああああ――」
その光景に、なんか言葉にならない変な声が僕の口から漏れる。
「やばいやばい」
恐怖は増すばかりだった。僕はとんでもないところに来てしまったことをあらためて実感する。
だが、気づくと、他の派遣の男たちは自分たちの仕事場へと行ってしまい、社員の男の一人とその場で二人きりになっていた。相手は黙っている。
何か、何かコミュニケーションをはからねば・・。相手は派遣先の社員だ。仕事をくれている立場の人間だ、こちらが気を使わなければならない立場だった。だが、その男の太いティシャツから剥き出された腕には、立派なタトゥーが入っているのが見えた。
がんばれ俺。がんばれ俺。意外といい人かもしれないし。僕は自分を奮い立たせた。
「今日は、どんな仕事なんですか?」
僕は精いっぱいの勇気を振り絞り、恐る恐る訊いた。それを聞くだけで僕はもう精いっぱいだった。だが、派遣先の正社員の男は、ガン無視だった。聞こえているはずなのに、口すらも利いてくれないというか、こちらを見もしなかった。
やはり見た目通りの男だった。全然やさしくなんかなかった。
「・・・」
もう最悪だった。最悪過ぎて、意味が分からなかった。
昨日から一転、ここは地獄だった。地獄の底だった。
「おいっ、こっち来い」
突然、僕は同じ派遣会社の一緒に車に乗って来た中の一人の男にそうぞんざいに呼ばれた。僕はその方に行き、彼の後ろについて倉庫の奥へと連れていかれた。
「彼の指示に従って」
たくさんの荷物の乗った棚の並ぶ場所に着くと、それだけを言われた。
「はい」
そして、その仕事を教えてくれる人の前に僕は立つ。
「ど、どうも・・」
僕は頭を下げる。そして、顔を上げ、その男を見た。
「だから、なぜガンを飛ばす・・」
見ると、その男は僕に対してこれでもかと強烈にガンを飛ばしていた。ここでもなんか知らんがあいさつの代わりにガンが飛んでくる。とにかく一切が敵対的だ。
「勘弁してくれよ」
僕は思わず呟く。
「なんで、いきなりケンカ腰なんだよ。意味が分からん・・」
彼らのその価値観というか世界観が僕にはまったく理解できなかった。世間の常識から、完全に遊離した世界に彼らは生きているらしい。僕がこれまで人生経験の中で培ってきた社会常識もモラルも礼儀も道徳観も、ここではまったく通用しないらしい。
「何でこんなにみんな狂暴なんだ」
ほんとに彼らの価値観の欠片も意味が分からなかった。
「あの町は、よい子は絶対に近寄っちゃダメよ」
昔、大人たちがよく言っていた言葉を僕は思い出す。
「そういうことだったのか」
やはり、大人たちの言うことは正しかった。僕はその言葉の意味を経験的に、今体に刻み込むように理解した。




