労働問題
「日頃の行いをちゃんとしなさい。ちゃんと労働をするとかさ、しっかり労働するとかさ。がんばって労働するとかさ」
ママの説教は続いていた。
「結局、ママはどう転んでもそこに行きつくんすね」
「だってそうだろう。働いてお金をためれば新しいパーカーが買えるだろう」
「まあ、そうですが・・」
確かに正論だった。しかし、何かズレている感じがした。
「なんか発想が昭和なんだよなぁ・・」
「労働に昭和も平成もない」
「まあ、そうですが・・」
世代間ギャップに理屈は通じない。
「はいっ」
その時、未来ちゃんが突然僕の前にビール瓶を置く。
「えっ?あの、これ・・」
僕は未来ちゃんを見る。
「よっちゃんからよ」
未来ちゃんが言った。僕がいつもの右端の席に座るよっちゃんを見た。すると、よっちゃんはあの不器用な両目ウィンクを僕に何度も送って来る。
「はははっ・・」
僕は引きつりながら笑顔を返す。
「ありがとう」
僕は引きつった笑顔のまま、よっちゃんにお礼を言うと、遠慮なくビールをいただいた。
「お前は、恥ずかしくないのか」
ママがマジメな顔でマジマジと僕を見る。
「何がですか」
僕が顔を上げ、ママを見返す。
「よっちゃんだって働いてるんだよ」
「えっ」
僕はよっちゃんを再び見た。よっちゃんは今日もセーラー服姿だ。そのセーラー服姿で働くよっちゃんの姿を思い浮かべた。
「まさかね」
「なんだよ」
ママが不審げな目で僕を見た。
「いえ」
「障碍者就労所の給料は安いんだよ」
「はあ」
「なんの罪悪感も湧かないのかい」
「えっ、何がですか」
「毎日毎日人におごってもらってさ」
「みんなやさしいなって」
ママの店に行けば、ツケで焼きそばが食べられ、誰かしらが、ビールをおごってくれた。僕はそんな常連さんたちのやさしさにべったりと甘えていた。
「それだけか」
「はい」
「はあ」
ママが大きくため息を吐く。ママは心底呆れていた。
「こんな幼い子だって働いてるんだぞ」
ママは隣りに立つ未来ちゃんの肩を抱くようにして叩く。未来ちゃんは笑顔で僕を見る。なんか充実した顔をしている。
「う~ん、ていうか、本当は働いちゃいけない年でしょ」
僕はうなりかけたが、ふと気づいてツッコむ。
「お前はしっかりとこの町に染まっとるな」
ママが言った。
「染まってません」
僕はそこだけはすぐに反論した。
「この町にいるとどんどんダメ人間になっていくんだ。ホームレスも三日やったらやめられないってね」
「・・・」
この時、突然、龍二さんの働く姿を思い出した。強烈な自己嫌悪が襲ってくる。自分はなんてダメなんだろうと思った。
「・・・」
「どうしたんだよ」
ママが突然ふさぎこむ僕を見る。
「僕はどうしていいのか」
「だから、働けよ」
「いや、それはでも・・」
「いいから働けよ」
「う~ん」
僕はうなり、結局、それしかすることもなくビールを飲んだ。
「・・・」
僕もこのままではダメだと思っていた。僕だって変わりたいと思っていた。働きたいとは思っていた。しかし、しかし、この一度堕落した生活の中で、そこから這い上がるのは、あまりに落ちた谷が深過ぎて、上を見上げただけで、心が折れた。そして、それに、ただ単純にそういうことではなかった。そうじゃない。言葉にできないけど、そういうことじゃない。ただ働けばいいとか、そういうことじゃない。甘えとか何とか言われるかもしれないけど、そういうことじゃないんだ。
「こんにちは~」
そこに、聞き覚えのあるかわいい声が響いた。
「ん?」
僕は振り返る。
「あっ、みんみさん」
みんみさんだった。みんみさんは白のタイトなミニのワンピースを着ていた。そして、今日もやはりその胸は大きい。そのボリュームが他の時空を圧倒する。
「みんみさん・・」
僕は久しぶりに見るみんみさんの美しさに感動していた。やっぱり美しかった。堪らなくかわいかった。
「みんみさん・・」
僕の視線はみんみさんに釘付けになった。
「この世に生まれてくれてありがとう」
僕が思わずつぶやく。
「何言ってんだよ」
ママが僕にツッコむ。みんみさんは笑っていた。
「みんみ、久しぶりじゃねぇか」
ママがみんみさんに向き直り、ぶっきらぼうだがどこかうれしそうに言う。
「最近、病院が忙しくてね」
みんみさんが、いつもの左端の方の席ではなく、僕の隣りの席に座った。僕はさりげなくうれしい。
「そうかお前も大変なんだな」
「僕はその病院に入院したい」
「ふふふ」
みんみさんは笑う。
「バカは相手にしなくていいよ」
「あ~あ、お腹空いちゃった、ママ、焼きそばね」
「はいよ」
すぐにママは手慣れた手つきで焼きそばの準備に入る。
「毎日こんなに遅いのか」
ママがみんみさんを見る。時刻はもう十一時を過ぎ、深夜へと向かおうとしていた。
「うん、最近はね。人手が足りなくて」
「そうか」
そう言いながらまた僕をチラチラ見る。
「そうやって無言でプレッシャーかけてくるのやめてもらえませんか」
僕が抗議する。
「お前はみんみがこんなにもがんばって働いている話を聞いても、何にも感じないのか」
またママは話を蒸し返す。
「何を感じろと言うんですか」
「労働についてだよ。労働」
「僕だってね。僕だってね」
「僕だってなんだよ」
「ううううっ」
僕だって、悩んでいるんだ・・。苦しんでいるんだ。
「分かるわ」
その時、みんみさんが天使の声を出した。
「えっ」
僕は光よりも速く、みんみさんを見る。
「そういう時ってあるわよ」
「えっ、みんみさん・・」
みんみさんが僕をかばってくれている・・。僕は感動で涙が出そうになった。
「こんな奴かばわなくていいよ」
そこにママが水を差す。
「私も若い時、なんかそういう時あったわ。そういう時ってあるのよ」
「なんだよ。そういう時って」
「なんかうまく言葉にできないけど」
「僕は分かります」
「お前が分かってどうすんだよ」
「昭和一桁には分かりませんよ」
「昭和一桁じゃねぇよ。あたしをいくつだと思ってんだよ」
「戦後世代には分かりません」
「へぇ~、そんなもんかねぇ」
ママは全然納得していない顔で言う。
「でも、結婚するならバリバリ働く男の方がいいだろ」
ママが試すようにみんみさんを見る。
「う~ん、そうねぇ。確かに、やっぱり働いている男性って、カッコいいわよね」
「・・・」
僕はその一言だけで、コンクリートレベルで固まった。
「うううっ」
僕はうなる。カウンターに置かれた拳に自然と力がこもる。
「だってさ」
ママがしてやったりと言った表情でそんな僕に言う。
「うううっ」
「お前はみんみのことが好きなんだろ」
そして、ママがとどめの一言を僕に突き刺す。
「うううっ」
僕は震えた。
「分かりましたよ。やりますよ、やってやりますよ。働いてやりますよ。やってやろうじゃないですか。働いてやろうじゃないですか」
僕は、バンッとカウンターテーブルを叩くと、立ち上がり啖呵を切った。




