パーカーを取り返す
「あっ」
ふと、昼間テント村の中を何の気なしに歩いていた時だった。以前、頭のおかしなじじいに盗られた僕のパーカーが、テント横の木でできた手作りの台の上に置いてあるのが見えた。そういえば、この辺はあの盗っ人じじいのテントのある場所だった。
「よしっ」
僕はそこに近寄り、これ幸いにとパーカーを奪い返した。
「やったぁ」
意外な幸運に僕は興奮する。案外とパーカーも汚れていない。
「ざまあみろ。くそじじい」
ついに取り返した。ついに僕は自分のパーカーを取り返した。
「やったぜ」
予想外にあっさりと取り返すことができたそのパーカーを僕は見つめる。天は僕に味方している。僕はそう思った。やはりちゃんとお天道様は見てくれているのだ。僕はそのまま、意気揚々とその場を去ろうと歩き出した。
「ドロボー、ドロボー」
その時、突然背後で大音声が響いた。
「えっ」
振り返ると、そこにあのじじいがいた。あの忘れもしない痩せぎすの屯田兵みたいなじじい。
「ドロボー、ドロボー」
じじいはどこから声を出しているのか、ものすごい奇怪な高音で叫びまくる。それがやたらと周囲に響き渡り、そして、周囲の人間たちの注目を嫌でも集める。
「何言ってんだ。これはもともと僕のだろ」
僕は慌てて叫ぶ。僕は全然悪いことをしているわけではないのに、なんか焦る。
「ドロボーはお前だ」
僕はただ奪われたものを取り返しただけだ。ドロボーはこのじじいなのだ。
「ドロボー、ドロボー」
だが、じじいは狂ったように叫びまくる、広場の住人たちが、徐々に僕たちの周りに集まって来た。そして、白い目で僕を見てくる。
「いや違うんです。これはもともと僕のなんです。それをこいつが盗ったから、それを取り返しただけなんです」
しかし、取り囲む人々の僕を見る目は変わらない。
「あんた人の物盗むなんて最低だな」
取り囲むおっさんの一人がすごむように言った。
「いや、だからこれはもともと僕のなんです」
「しかもこんな年寄りから」
別のおっさんも続く。
「だから、これはこの人に最初に僕が盗まれてですね。ドロボーはこのじいさんなんです。僕は被害者なんです」
しかし、僕たちを取り囲むように集まって来る人々の僕を見る目はさらに鋭くなる一方だった。
「ドロボー、ドロボー」
「おいっ、やめろ。お前が盗ったんだろ。やめろ。ドロボーはお前だろ」
「ドロボー、ドロボー」
しかし、じじいは、壊れた機械みたいに繰り返しそれだけを叫び続ける。
「黙れ」
「ドロボー、ドロボー」
「これは俺のだろう。黙れ、じじい」
「ドロボー、ドロボー」
「いい加減にしろ」
「ドロボー、ドロボー」
しかし、じじいの叫び声に人がどんどん集まって来る。
「どうした」
「なんかあいつがあの服盗ったらしい」
そんなささやきが聞こえてくる。
「いや、だから・・」
もう、理屈の通用する状況ではない。
「うううっ、くっそぉ」
僕は堪らず、持っていたパーカーを叩きつけ、囲みを突破し逃げた。
「まて、コラッ」
僕が逃げると、周囲にいたおっさんたちの一部が僕を追いかけてきた。
「わぁああ」
僕は必死で逃げた。
「まてぇ、ドロボー」
だが、おっさんたちは、なんの義理も関係もない癖に、執拗に僕を追いかけてくる。人はなぜか、人が逃げると追いかけたくなるものらしい。
「何でだよ」
何でこうなるんだよ。
「なんで僕が追いかけられてんだよ」
もう訳が分からない。僕はこの情けない状況に泣きたい気分だった。もう無茶苦茶だった。
「チックショー」
僕はママの店のカウンターを叩いた。
「あのじじい。ぜってぇいつか殺してやる」
そして、ビールを煽る。
「くっそぉ」
そして、コップをカウンターに叩きつけるように置いた。
「またやけ酒かよ」
ママが呆れ顔で僕を見る。僕はその日の夜、ママの店でやけ酒を煽っていた。
「くっそぉ、あのじじい」
もうはらわたが煮えくり返りそうだった。というか煮えくり返っていた。
「ぜってぇ、いつかぶっ殺してやる」
「何物騒なこと言ってんだよ」
ママがさらに呆れ顔で言った。
「でもですね。パーカーを盗ったのはあのじじいなんですよ。それが何で、僕がドロボー扱いされて逃げなきゃけないんですか」
だが、僕はそれくらい腹が立っていた。
「盗られたお前が悪い」
だが、ママはにべもない。
「そんなぁ」
以前にインテリさんにも同じことを言われていた。
「この町はそういうルールだ」
「でも、法律では」
「法律なんかこの町には関係ない。この町にはこの町のルールがあるだけだ」
「・・・」
理屈は無茶苦茶だが、ママの断定した物言いに、僕は何も言えない。
「お前の日頃の行いが悪いからこういうことになるんだよ。行いを改めなさい。日頃の行いを」
「そんな無茶苦茶な」
「そういもんなんだよ。お天道様はちゃんと見てるんだよ」
「・・・」
お天道様がちゃんと見ていてくれているなら、あのじじいを何とかしてくれ。僕は思った。




