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仕事の後の一杯

「ふぅ~」

 やっと、一日の仕事が終わった。

「じゃあ」

 僕はももちゃんを見る。

「はい」

 ももちゃんが僕たちに手を振る。後はももちゃんと夜間の担当の看護師さんに任せて、僕たちは小田医院を出た。

「さっ、ママの店に飲みに行こうか」

 小田さんが僕の肩を叩く。

「えっ」

「おごるよ。今日はよく手伝ってくれたからな」

「は、はい」

 正直、すぐにでも帰って寝たかった。それほど心身ともにくたくただった。久しぶりに朝から夕方までフルに働いたからというのもあるが、それ以上になんだか精神的に疲れ切っていた。


「どうだ労働の後のビールはうまいだろう」

 ママが僕を覗き込むように見る。

「はあ・・」 

 確かにうまかった。しかし・・、なんだか今日見たことのショックが大きくて僕はげんなりしていた。

「はははっ、今日はショックが大きかったかな」

 そんな僕を見て、隣りの小田さんが笑った。そして、その隣りの竜二さんも笑う。

「はあ」

 僕は、ため息みたいなそんな返事しかできなかった。

「どうしたの。彼?」

 源さんがいつもの席から首を伸ばす。

「労働したんだよ労働を」

 ママが言った。

「へぇ~」

 源さんが感心する。

「・・・」

 たった一日労働しただけでそこまで感心されるのか・・。逆になんか悲しくなってきた。

「まあ、でもちゃんと一日やり切ったんだ。お前は偉いよ」

 ママが言った。

「はあ」

 だが、僕はそれにも生返事しかできなかった。

「ほら、もう一杯飲め。これはあたしのおごりだ」

 いつも厳しいママが、やさしく新しくビールを出してくれる。

「今日のママはやさしいね」

 やっさんが言った。

「なんだかさ。ダメ息子もったいみたいでさ。なんだかうれしいんだよ。ちゃんと一日仕事やり切ったって聞いてさ」

 ママはそう言って、ちょっと涙ぐみながら僕を見る。

「ダメ息子て」

 僕が呟く。

「しかも一日働いただけでって」

 バカにし過ぎだ。

「まあそう怒るなよ。ママは君のことを心の底からかわいがっているんだよ」

 小田さんがフォローする。

「はあ」

「じゃあ、俺仕事あるんで」

 その時、竜二さんがまだ店に来たそうそうなのに、突然立ち上がる。

「えっ、仕事?」 

 僕は立ち上がった竜二さんを見上げた。

「竜二くんはこれから仕事なんだよ」

 小田さんが言った。

「えっ」

 僕は驚く。もう夜の九時を回っている。

「彼は深夜の道路工事のアルバイトで生活費を稼いでいるんだ」

「ええっ」

 そうだったのか・・。それにしてあれだけ日中働いたのに・・。

「じゃあ、お疲れさん」

 そう軽く笑顔で手を上げると、竜二さんは深夜のアルバイトへと出かけて行った。

「昼間はボランティアと教会での勉強会。夜は道路工事のアルバイト。すごいね。しかも、彼、休みないんだよ」

 小田さんが、その見送った竜二さんの背中の残像を見るように、感心しきりに言った。

「休みなし・・」

 しかし、元ヤクザで、女性をしゃぶ中にし、犯罪という犯罪をすべてやりつくし、悪の限りをつくしていた人がそこまで変わるのか・・。

「しかも、独自に、薬物中毒や元ヤクザや不良の支援活動なんかもしてるんだ」

「そうなんですか・・」

「人は変わるもんだね」

 小田さんは僕と同じことを考えていたのだろう。そう言ってまた感心する。

「よかったな」 

 ママが僕を見る。

「何がですか」

 僕もママを見返す。

「お前も変われるってことだ」

「僕はヤクザじゃありませんよ」

「毎日朝から働きもせずぶらぶらしてたら、ヤクザみたいなもんだろ」

「全然違いますよ」

「というか、ぶらぶらしててもいいじゃないですか」

 その時、突然声がしてみんなその方を見る。

「あっ、インテリさん」

 いつの間にかインテリさんが来て、さっきまで竜二さんが座っていた小田さんの隣りの席に座っていた。

「ぶらぶらしていてもいいじゃないですか。ゆっくりのんびりと生きる。それもまた一つの生き方ですよ」

「う~ん、そうなのか?」

 ママが首をかしげながらうなる。 

「働くばかりが人生ではないですよ」

「う~ん、インテリの考えることはよく分からんなぁ」

 ママがうなりながら言う。

「君はいいんだよ。今のままで」

 インテリさんが僕を見る。

「えっ、う~ん」

 僕もうなる。僕を肯定してくれているのは分かったが、でも、それはそれで何か違う気がした。今の自分から、変わりたい自分はいた。

「結局、君がどう生きるかだな」

 小田さんがそんな僕の肩を叩き、笑いながら言った。

「はあ・・」

 どう生きるか・・。確かに、僕は今、混沌とした迷いの中にいた。

「君はまだ若い。可能性はある」

 小田さんがまた僕の肩を叩く。

「可能性だけな」

 そこですかさずママが毒を吐く。

「ちょっとぉ、なんかママ毒があるなぁ。やさしいママは最初だけじゃないですか」

 結局、今日もいつものママだった。


「まあ、またいつでもおいで。大歓迎だよ」

 深夜、ママの店を出ると、そう言って小田さんが僕の肩をポンっと叩く。

「は、はあ・・」

 そして、片手を上げると、小田さんは夜道をまた小田医院へと帰って行った。

「・・・」

 僕はその背中を見送った。そして、僕は、その背中を見つめながら、小田医院へはもう絶対に行かないだろうと思った・・。

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