思い出す
「ちょっとふらっとね」
「えっ?」
僕は映見さんを見た。
「さっき何してんですかって訊いたでしょ」
映見さんが僕を見る。
「そうでした」
映見さんは、話しが突然コロコロあっちこっち行く。
「一人で来たんですか」
「時々一人になりたくなるの」
映見さんはぼそりと言った。
「あなたもそういう時ない?」
映見さんが僕を見る。
「はあ・・」
僕は今大概一人だった。むしろ人恋しい。
「そういう時、なぜかこの町にいるのよねぇ」
映見さんは、公園脇のゴミステーションでゴミを漁り、何か収穫物を口に咥え、空を飛んでいくカラスを目で追った。もちろん今日は燃えるゴミの日ではない。が、そんなことはこの町には関係ない。この町のゴミステーションは常に何かのゴミで溢れていた。そもそもこの町にルールなどあってないに等しかった。
「・・・」
じゃあ、僕は邪魔なのではと思ったが、そういう雰囲気はまったくなかった。
「なんで一万円渡したんですか。持ち逃げされるって分かっているのに」
僕は疑問に思っていたことを訊いてみた。
「私なりの慈善事業よ」
「はい?」
「私、募金箱にお金入れるより、直接渡す方が好きなの」
「はあ」
「でも、直接渡すのはなんかいやらしいでしょ?成金趣味みたいで」
映見さんはサングラスの向こうから、僕の顔を覗き見るように見てくる。
「えっ、はあ・・」
正直よく分からなかった。
「私なりに気を使っているのよ」
そして、また遠くを見つめビールを飲んだ。
「はあ」
「こう見えて案外気を使うタイプなのよ。私。変なとこで」
ため息交じりに映見さんが言った。
「じゃあ、ビール買ってこない方がよかったですか」
「ビールはビールで飲みたかったからそれはそれでいいの」
「はあ」
やっぱり、なんかよく分からない人だった。キャラクターも思考方法もなんか常人を超えている。僕の理解を超える人らしかった。
「やっぱりいいわね」
「えっ、何がですか」
また話しが変わった。
「この町」
「えっ」
「やっぱりいいわ」
映見さんはしみじみと言った。
「あんたもこの町がいいからいるんでしょ」
映見さんが僕を見る。
「えっ、いや・・、僕は・・」
僕はこの町になど来たくはなかった。もともと、通り過ぎるだけでも嫌だった。かかわりたくさえなかった。今この瞬間、出れるものなら、今すぐにでもこの町から出ていきたかった。
「自由だわ。この町は」
「・・・」
確かに自由だった。公園の片隅ではすでに真昼間からホームレスのおっちゃんたちが酒盛りを始めている。そして、僕たちも含め、昼間っから酒を飲んでいても、誰も何も言わないどころか、白い目で見られることすらがない。完全に町の空気になじんでさえいる。
「じゃあ、行くわ」
「えっ」
突然、映見さんは立ち上がった。見ると、かなり多めに買ってきたつもりだったが、僕の買ってきたビールをいつの間にかすべて飲み干していた。
「マグロおいしかったわ。ありがと、じゃあね」
映見さんが腰のあたりで軽く手を振った。
「あ、はい」
またふらっと映見さんはどこかへ行ってしまった。
「・・・」
僕はその背中を呆然と見送った。あまりに突然出会い、あまりに突然の別れだった。まだいろいろ訊きたいことはあった気がしたが、結局何も訊けないで終わってしまった・・。
「どうしたんだよ」
一人静かにビールを飲む僕を見てママが言った。
「ええ・・」
その晩、僕は結局またママの店のカウンターにいた。
「・・・」
僕は映見さんとのことが頭から離れなかった。やはり、なんか見たことがある。僕は確実に彼女を知っている。あの声、サングラスの向こうに見える少し下がり気味のきれいな二重のあの目。
「どうしたの?」
やっさんが、そんな僕を見ながら、ママを見る。ママは、両掌を上に向け、肩をすくめる。
「ああっ」
その時、僕は叫んだ。
「わっ、なんだよ」
店にいた全員が驚いて僕を見る。今日は少なかったが、またいつものメンバーがママの店にいた。やっさん、源さん、よっちゃん。カウンターの向こうにはあの家出少女の未来ちゃんもいる。
「なんだよ」
ママが僕に言う。
「思い出した」
僕は立ち上がっていた。
「何を思い出したんだよ」
ママが訊き返す。
「あの人ですよ」
僕は興奮していた。
「あの人?」
「あの人」
「だから誰だよあの人って」
「あの、ほら、祝い町祭りで歌ってた」
「演歌の藤本真紀か」
源さんが訊いた。
「違いますよ。あの化粧の濃いおばさんじゃないです。あの最後に出て来た」
「ああ、あの滅茶苦茶歌のうまかったねえちゃんか」
「そう、映見さんです。あの人が誰か思い出したんです。どっかで見たことあると思ってたんですよ」
「誰なんだよ」
ママが訊いた。
「あの有名なシャンシャン太陽のボーカルですよ。岩崎映見ですよ」
「シャンシャン太陽?」
全員が首をかしげる。
「海外でも活躍している日本を代表する音楽グループですよ」
僕は力を込めて力説する。
「へぇ~、知らないな」
やっさんが呑気に言った。
「テレビにはほとんど出てないんです。でも、その筋では滅茶苦茶有名なんですよ。スタジオチブリの映画のエンディングも歌ってる人たちなんですよ」
「へぇ~、そんな大層な人が、なんでこの町に来てんだよ」
ママが言った。
「そこが分からないんですよ」
僕は再び座った。
「それに僕、今日あの人と六角公園のベンチで二人きりでお酒飲んだんです」
「マジか」
みんな驚く。
「はい、いきなりこっち来いって言われて・・、マグロの刺身も食べました。彼女のおごりで・・」
そういえば、もらった一万円のお釣りを返していなかった。
「その時、僕、全然気づかなったんですよ」
今頃になって気づくとは・・。サインくらいもらっとけばよかった。後悔したが後の祭りだった。
「へぇ~、あの人がそんなに有名人だったとはねぇ」
源さんが感心する。
「有名人だったんですよ・・」
多分、あんなチャンスは二度と来ないだろう。僕はがっくりとうなだれた。




