この町の機能
「もういいよ。お前は二階に行って寝な。もう遅いぞ」
ママが未来ちゃんに言った。
「でも・・」
「いいから、子どもは寝る時間だ」
「はい」
未来ちゃんはママに言われたことに素直に従い、みんなに軽く会釈すると、エプロンを解いて、裏の扉の奥に消えた。
「でも、いい子ですね」
僕が言った。
「ああ、いい子だよ。あんな子がなぁ」
「あの子がどうしたんですか」
「何度も子ども下ろさせられてんだよ」
「はい?」
ママの言っていることの意味が分からなかった。
「あいつの父親の子だぞ」
「はい?」
サラリーマン客は帰り、客は僕たち常連だけになっていた。
「しかも、小さい時から、奴隷みたいにこき使われて、ろくに学校にも行かせてもらってねぇんだ」
「・・・」
信じられなかった。あんなまだ幼さの残るかわいい子が、そんなこと・・。
「本当なんですか」
そんなことが現実にあるなんて信じられなかった。いや、そんなことがあるなんて認めたくなかった。
「そういうろくでもない親がこの世にはいるんだよ。そういう鬼畜みたいな人間がこの世には本当にいるんだよ。信じたくねぇけどな」
ママはタバコに火をつけながら眉間にしわを寄せ、吐き出すように言った。
「・・・」
僕の知らない世界だった。
「でも、だったら、なんとかならないんですか」
「親権の力ってすごく強いんです。この国では」
その時、ももちゃんが隣りから会話に入って来た。
「親権?」
僕は隣りのももちゃんを見る。
「はい、親の権利です。それが強過ぎて、日本ではなかなか他人は家庭の事情に介入できないんです」
「じゃ、じゃあ、警察とか・・、虐待じゃない」
「警察もなかなか入れないんです。家庭内のことですから、事実関係を掴むのが難しいんです。特に性的な問題は家族も本人も隠そうとしますから。それに民事不介入ですから、基本的に警察は」
「じゃあ、なんか違う・・」
「この国では人も予算も足りなくて、役所の福祉課も児童相談所もうまく機能していないんです。それに、避難できたとしても児童福祉施設自体が虐待の温床になっていたりするんです」
「そうなのか・・」
日本の現状はそんなことになっていたのか。僕は全然知らなかった。
「それにしても、ももちゃんよく知っているね」
僕はももちゃんをあらためて見て感心する。
「はい、色々調べたんです。私なりになんとかしたいと思って」
「そうだったのか」
「私、絶対に弁護士になって、ああいう子たちを救うんです」
ももちゃんは鼻息を荒くする。
「ももちゃんは偉いねぇ」
ママが言う。そして、そう言いながら、ママはなぜか僕をチラチラ見てくる。
「なんでチラチラ僕を見るんですか」
「さあ、なんでだろうねぇ」
そう言って上からな目で僕を見る。
「うううっ」
ママは隙あらば僕にお前はダメ人間だ光線を浴びせてくる。
「でも、でも、なんかないんですか。それじゃあんまりじゃないですか」
「だから、この町があるんだろ」
ママがタバコの煙を大きく吐きながら言った。
「えっ?」
意外な答えに僕は目が点になる。
「この町が、法律や警察ではどうしようもないそういうことを引き受けてんだよ」
「・・・」
「ヤクザ、元犯罪者、家出娘、ホームレス、知的障碍者、エトセトラ、エトセトラ・・」
「・・・」
「どこにも居場所のない人間だって生きていかなきゃいけないだろう」
「・・・」
「だからこの町があるのさ。この町全体が駆け込み寺みたいになってるんだ。まあ、いかがわしい奴も多いけどな」
そう言ってママは笑った。
「・・・」
ホームレスとヤクザの町。昔から良い子は絶対に近寄っちゃいけないと言われていた町。それが祝い町だった。そんな町の機能なんて考えたこともなかった。
「ママもいるしなこの町には」
源さんが言った。
「そうそう」
やっさんが笑いながらそれにうなずく。
「この店に来たら大概のことはなんとかなっちゃうから」
源さんが言う。
「そう、前に熊さんがヤクザともめたって時も、何とかなっちゃったもんな」
やっさんが言った。
「えっ」
僕はママを見る。ママはドヤ顔で僕を見返してくる。
「ママって何者・・」
僕は今までとちょっと違う目でママを見た。
「あっ、そうだ」
「なんだよ」
突然大きな声を出す僕に、ママが少し驚く。
「あの、歌手の人知りませんか。ここにたまに来るってインテリさんが」
「突然話題が変わるなお前は」
ママが驚いた顔で言う。
「すみません、熊さんでなんか突然思い出して」
「歌手?」
「はい、昨日の祝い町祭りのステージで最後に歌った歌手なんですけど」
「ああ、あの人か」
この話には源さんが反応した。
「知ってるんですか」
僕は源さんを見る。
「源さんは情報通なんだよ」
やっさんが言った。そうだった。源さんは色々とこの町の裏事情なんかにもやたらと詳しい。
「誰なんですか。あの人」
「なんで、そんなこと知りたいんだよ」
ママが訊いた。
「いや、なんかどこかで見たことがあるような・・」
「気のせいじゃねぇのか」
「う~ん、そこがはっきりしないんですが、でも、確かにどこかで見たような気がするんですよね・・」
「あの人は、たまにボランティアでこの町に来ているんだよ。イベントで歌うたったり、あと奉仕活動なんかもしてるよ。炊き出しの」
源さんが言った。
「えっ、そうなんですか」
「誰だよ」
ママが源さんに訊く。
「ほら、たまにここにふらっと来て、焼きそば食べてくサングラスかけた東北訛りの女の人」
「ああ、あの・・」
「知ってるんですか」
「知らん」
「何ですか」
僕はズッコケ、ママにツッコむ。
「でも、なんか覚えてるよ」
ママが言った。
「絶対なんか見たことあるんですよね。それにあの歌声・・」
「有名なプロの歌手だったりして」
やっさんが言った。
「まさか」
ママが言う。
「でも、俺もどっかで見たことあるような気がするんだよな」
源さんが言った。
「源さんはまた、幻覚でも見たんじゃないの」
やっさんが言った。源さんは以前に幻覚を見たことがあるらしい。
「ち、違うよ」
源さんが否定する。
「違う、本当に見たことがあるような気がするんだ」
源さんはいつになくむきになって言った。
「まあまあ」
そこにママが間に入る。
「それに偉いべっぴんさんだったしなぁ」
「素顔を見たことあるんですか」
僕が源さんを見る。
「ああ、一度、休憩している時にサングラス外してるとこ見たことあるんだ。すごい美人だった」
源さんは少し興奮気味に言った。
「確かにどこかオーラというか、雰囲気が違うんだよなぁ。大物感があるっていうか」
源さんが首を傾げながら言う。
「それであの歌のうまさだもんな」
「そうなんですよ。あの歌声はただもんじゃないですよ」
僕も興奮気味に言う。
「歌はうまかったですね」
ももちゃんも言った。
「やっぱりなんか気になりますよ」
僕は段々熱くなってくる。
「お前のその気合と情熱を仕事探しにむけたらなぁ」
ママがまた、呆れながら僕にお前はダメ人間だ光線を送って来る。
「ううっ、まあ、それはそれですよ」
「また現実逃避だよ」
ママがさらなる呆れ顔で言った。
「あっ、そういえば、あの日、公園でももちゃんなんか僕に言ってなかった」
僕はふと思い出し、話を反らすため、ももちゃんを見た。
「もういいです」
「ええっ」
またももちゃんはそっぽを向いてしまった。せっかくまた話せるようになっていたのに・・。
「・・・」
僕はまた訳が分からない。僕は何をしたんだ・・。僕は一人茫然とする。
「あ~あ、また怒らせちゃったな。はははっ」
やっさんが笑いながら言った。
「ほんとにお前はダメな男だねぇ」
ママがダメ押しで言う。
「えええっ・・」
僕は戸惑うしかなかった。なんで嫌われてしまったのか本当に分からなかった。




