夜の公園
早崎映美のステージが終わり、一等商品が、電動マッサージチェアというホームレスのおっちゃんたちがもらってもまったく使いようがないという、祝い町大ビンゴ大会に移行すると、僕とももちゃんはそのビンゴ大会に参加するというインテリさんを残し、ステージを離れた。インテリさんはあのマッサージチェアが欲しいのだという。
そして、僕たちはぶらぶらと屋台の並びを歩きながらお祭りを見て回った。様々な屋台を覗き、金魚すくいをやったり、射的をやったり、綿あめを食べたり、久しぶりになんだか、嫌なことをすべて忘れ、子どもの時みたいにお祭りを楽しんだ。
「楽しいですね」
金魚すくいでもらった黒の出目金を入れた小さなビニール袋を手に持ち、ももちゃんが僕に向かって言った。金魚すくいでは、二人ともまったく金魚を獲ることが出来ず、金魚すくいのおじちゃんが、あまりに僕たちを哀れと思って、一番大きな出目金をサービスしてくれた。
「うん」
お祭りの雰囲気はやっぱりよかった。なんとも言えない華やかさと高揚感がある。
「なんだかデートみたいですね」
「えっ」
僕はももちゃんを見る。ももちゃんはなんだかとてもうれしそうに僕を見ている。
「う、うん・・」
「あらっ」
「えっ」
その時、背後から声をかけられ僕は振り向いた。
「あっ、みんみさん」
みんみさんだった。
「おおっ」
浴衣姿のみんみさんだった。
「みんみさん・・、すてきです・・」
僕は感動に打ち震える。浴衣姿のみんみさんは最高にすてきだった。白に、淡いブルーのシンプルな模様の入った薄生地の浴衣。その質素な感じが、みんみさんにまたとてもよく似合っている。髪もアップに結い上げ、何とも言えない堪らない色香が、その姿態からビンビンと溢れるほどに放たれていた。
「すてきです・・、すてき過ぎです・・」
それに、やはり胸が浴衣からでもはっきりと分かるほど、突き出るようにその大きさが膨らんでいる。
「すてきです・・」
僕は茫然とそんな美し過ぎるみんみさんに見惚れた。みんみさんはそんな僕のアホな姿に笑っていた。
「ん?」
みんみさんの浴衣姿に見惚れて気づかなかったが、よく見るとあの高齢の旦那がみんみさんの後ろに立っていた。当然といえば当然なのだが僕はやはり、なんか腹が立ち、露骨にその旦那に敵意を向ける。
「うううっ」
僕はうなるようにその旦那を睨みつける。滅茶苦茶羨ましかった。こんな素敵なみんみさんと二人で歩けるなんて滅茶苦茶羨ましかった。
「じゃあ、お祭り楽しんでね」
「え、あ、は、はい」
そして、みんみさんは旦那と共に行ってしまった。幸せな時間は長くは続かない。
「はあ・・」
僕は一つ大きなため息をつく。みんみさんは美しかった。美し過ぎた。そして、大き過ぎた。
「ん?あ、あれ?」
気づくと、隣りにいたはずのももちゃんがいない。
「あっ」
見ると、路端で振る舞い酒を煽り、屋台のたこ焼きや、イカ焼き、串焼きをしこたま買い込み、次々平らげている。
「ど、どうしたの?さっきたくさん食べたのに・・」
その食べる勢いが半端ない。
「私、腹が立つとお腹が減るんです」
「えっ?」
ももちゃんは、次々猛烈な勢いで食べていく。そこにはものすごい怒りのオーラが漂っていた。
「な、何にそんなに腹を立ているの?」
僕は恐る恐る訊いた。
「知りません」
ももちゃんはやはり相当怒っているようだった。
「ちょっと休もうか」
「はい」
なんとか怒れるももちゃんをなだめになだめ、再びお祭りを見て回っていた僕たちは、お酒に酔い、お腹も膨れ、さすがに歩き疲れ、ちょっと休むため公園に入った。そして、僕たちは公園のベンチに座った。
「ふぅ~、少し飲み過ぎちゃったね」
タダ酒と思って、少々飲み過ぎてしまった。なんだか頭がふらふらする。
「はい」
と言いつつ、ももちゃんは全然平気そうだ。かなりお酒には強いらしい。
「・・・」
ふと落ち着くと、公園内はお祭りの喧騒から離れ、妙に静かだった。
「・・・」
暗い公園。若い男女が二人きり。
「・・・」
途端に、僕は隣りのももちゃんを意識し始めた。意識し始めると、急に会話が止まる。
「・・・」
何とも言えない沈黙が流れる。
「二人きりですね」
「えっ」
僕はももちゃんを見る。ももちゃんは何か期待するような目をして僕を見上げていた。
「う、うん・・」
よく見ると、なんだか座っている位置も近い気がする。すぐ横に、もう触れられる近さにももちゃんは座っている。
「・・・」
あらためて見るももちゃんはかわいかった。浴衣も似合っている。
ゴクリッ
僕は喉を鳴らす。
「ももちゃん・・」
「はい」
ももちゃんがさらにその期待にキラキラと輝かせた顔を近づける。
「・・・」
僕たちは見つめ合う。目を反らすことが出来なかった。後は・・、後は・・。
「兄ちゃん」
「わっ」
その時、すぐ背後から突然誰かに声をかけられた。慌てて振り返る。
「な、何ですか」
「兄ちゃんタバコないきゃ?」
頭ぼさぼさ髭ボウボウのホームレスのおっちゃんだった。
「はい?」
「タバコあったらめぐんでくれろ」
「い、いや、タバコ吸わないんで・・」
「そうか・・、ケチッ」
「いや、ケチって・・、だから吸わないって・・」
だが、ホームレスのおっちゃんは、軽く逆ギレしてそのままズルズルと行ってしまった。
「・・・」
この町にはいたるところにホームレスがいて、しかも、服は汚れて真っ黒、全身日に焼けて色が黒いため、夜はそれが保護色になって闇に紛れて分からない。多分ベンチの後ろの茂みの中で寝ていたのだろう。
「びっくりしたなぁもう」
そう呟きながら僕は再びももちゃんを見る。
「わっ」
ももちゃんは僕を見つめ続けていた。さらにキラキラと顔を輝かせて・・。
「私」
「えっ」
「私、誠さんが」
「うん・・汗」
なんかももちゃんは僕に迫って来る。
「誠さんがみんなから、ダメ人間だとか怠け者だとか言われてますけど、でも私はそんなことないと思うんです」
「みんなからそう言われてるんだ・・、俺・・」
そうだろうとは漠然と思ってはいたが、これではっきりしてしまった・・。
「誠さんは誠さんでいいと思うんです。そういう誠さんが誠さんなんだと」
「う、うん、ありがとう・・」
なんか全然フォローになっていない気がするが・・。むしろ、ダメなところを肯定されているような気が・・。
「それに私はそういう人が、でも好みだったりして、あっ、何言ってるんだろ、私・・」
「・・・」
「私うれしかったんです。誠さんがメガネかわいいねって言ってくれたこと。ほら、まだ出会ったばかりの頃、言ってくれたじゃないですか。忘れちゃいましたかね。私だけ執念深く覚えていたりして、でも、ほんとうれしかったんです。あの時。私、あのバカでかいメガネを小さい頃からバカにされてきたんです。だからすごいコンプレックスだったんです。だから私・・、あの時からずっと誠さんのこと・・、キャッ、ほんと私何言ってるんだろう」
「・・・」
「今日はなんか私、変ですね。お酒飲み過ぎちゃいましたかね。普段こんなに飲まないんですよ。今日は本当に誠さんと二人きりで楽しかったから・・」
「・・・」
「でも私、誠さん本当にいいと思うんです。誠さんは誠さんのままで、誠さんは本当にそのままで・・」
「・・・」
「誠さん・・、私・・」
「・・・」
「私、あの・・」
「・・・」
「誠さん?」
「・・・」
「あっ」
「スーッ・・」
「寝てる・・」
「スーッスーッスーッ」
「もうっ」
ももちゃんが僕の腕を叩く。
今日は本当にお酒を飲み過ぎてしまった。僕はなんとなくももちゃんの声を聴きながら、酔いの中に溶けるように眠りの世界に落ちていた。




