謎の女性歌手
「さあ、今日はスペシャルゲストも多数来ておりますよ。さあ、ここからはプロの歌手の方々に歌ってもらいましょう」
司会の女性が力を込めて言う。ホームレスのおっちゃんたちが思う存分歌い、素人のど自慢大会が終わると、今度はプロの歌手の歌が始まった。
「おっ、プロだって」
僕は期待した。なかなかやるじゃない祝い町。僕は祝い町を見直す。
「それでは藤井正美さんです」
「誰だよ」
全然見たことも聞いたこともない、派手な紫色の着物を着た歌手らしき厚化粧のおばさんがステージに上がってきた。そしてマイクを持つ。
「それでは歌わせていただきます。永遠貧乏」
「知らないよ」
「貧しさに~♪負けた~♪」
確かに、ホームレスのおっちゃんたちに比べたら圧倒的に歌はうまいが、歌も歌手も全く知らない人だ。
「誰だよ・・」
僕はもう一度呟く。
「おおっ、最高」
「ねえちゃんいいぞぉ」
だが、ホームレスや日雇いのおっちゃんたちは大盛り上がりだ。ステージ前には、おっちゃんたちの人垣ができて、やんややんやの大喝采が巻き起こる。
「・・・汗」
こういう人が、この町ではウケるらしい。
「そして、続いてはぁ、クールブルーのみなさんで~す」
そして、次に出て来たのが、半分素人でほとんど子どものローカルアイドルグループだった。
「誰だよ・・」
当然、僕は見たことも聞いたこともない。
しかも、これにはまた突然、彼女たちの専属素人応援団が出て来て、祝い町のおっちゃんたちが戸惑うのもそっちのけでステージ前に陣取り始め、そして、彼女たちの歌が始まると、その男たちは特性の法被に鉢巻き姿で、独特の振り付けの踊りを踊りながらステージ前で彼女たちを熱烈に応援し始める。相当練習しているのか、恐ろしいほど統制が取れている。それがさらなる異様さを醸し出し、周囲をドン引きさせる。
「・・・汗」
いい年した男たちが十代の幼い子ども相手に、恥も外聞もなく熱狂的に応援するその姿に、この町のおっちゃんたちもドン引きする。中には四十代五十代の頭部のかなり後退した男もいる。
「なんかすごいね・・汗」
「はい・・汗」
僕とももちゃんも唖然とした。
その後も大体出てくる歌手はみんなそんな感じだった。
「・・、プロの歌手って、なんかめっちゃローカルな演歌歌手とめっちゃマニアックなアイドルグループばかりじゃないか」
僕は呟くように言った。
「まっ、こんなもんだろ」
隣りのインテリさんが笑いながら言った。
「期待した僕がバカだった・・」
しょせんはやはり、ローカルな祭りだった。
「ついに本日最後の歌手の方になってしまいました」
そこで、司会者の女性が残念そうに会場に向かって言った。なんだかんだ言って、いつの間にかもう最後の歌手になっていた。
「では、この日最後のとりを務めるのは、早崎映美さんで~す」
司会者の女性が大仰に紹介する。
「誰だよ」
だが、やはり全然知らない名前だった。結局はプロといってもアマチュアレベルの知らない歌手ばかりだった。
「もう、他行こうか」
最後の歌手だったが、なんだかもう疲れてきた僕は、ももちゃんを見て言った。
「そうですね」
ももちゃんも同じだったのかその意見に同意した。
「ん?」
だが、ふとステージに上がったその女性を見て、僕は何かを感じた。サングラスをかけていて、顔はよく見えないのだが、なんだか見たことがあるような気がする。
「あの人どこかで見たことあるような・・」
僕は首を傾げる。だが、全然思い出せない。
「どうしたんですか?」
そんな僕をももちゃんが見る。
「うん・・、はて?」
しかし、思い出せない。僕は首を傾げる。
「まっ、いいか、行こ」
「はい」
僕たちは歩き出す。その時だった。会場に彼女の歌声が響き渡った。「!」
僕とももちゃんは思わず足を止めた。
彼女が歌い出すと、その会場の空気が一変した。彼女の歌声は、一瞬にしてその場にいたすべての人たちの胸を鋭く貫いた。彼女の歌は信じられないくらい美しく、力があった。音程がとか声がきれいだとかではなく、心の奥底に響く、染み入るようなそんな歌声だった。
「あの人何者なんですか」
驚き、隣りのインテリさんに僕は訊いた。
「ああ、そういえば、なんかたまあに見るなぁ。この町のイベントなんかに時々来て何曲か歌うたって帰っていくよ。何者かは知らないな。ママの店にもたまにふらっと来てるよ」
「そうなんですか」
「ああ、いつもママの焼きそば食って帰っていくよ」
「はあ・・」
僕はステージに立つ、早崎映美をもう一度見た。
彼女の歌声は、懐かしさと悲哀とやさしさに包まれていた。その歌声にみんな魅了され酔いしれてゆく。歌う曲も演歌のような歌謡曲のようなロックのような不思議なメロディーとリズムの曲だった。老若男女すべてが聞くことのできるそんな曲だった。みんなが、家族みんなが、居間に集まって聞くことのできるそんな歌だった。温かい、人をやさしくするそんな歌だった。
「・・・」
普段殺伐とした、この国のゴミ溜めとまで言われる祝い町全体に、どこかやさしさに似た温かさが広がってゆく。それをみんな感じていた。その場にいた全員の胸に何か温かいものが込み上げていた。
「・・・」
僕も他の観衆のように早崎映美を酔いしれるように見つめていた。その歌声、その歌い方、サングラスから覗く顔の輪郭。それらにやはり僕は何か見覚えがある気がした。
しかし、そんなことを考えることなどどうでもよくなるほどに彼女の歌に僕は惹き込まれていた。僕はそのまま彼女の歌に溶け込むようにその歌に聞き惚れた。




