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みんな楽しい祝い町祭り

 ふと、周囲を見回すと、どこから集まって来たのか、ものすごい数の人々が芝生広場に集まっていた。

「どこにいたんだこんな人」

 普段この町では見ない人の群れに僕は驚く。どうやら祝い町の外からも人が来ているらしい。普段恐ろしいとか、治安が悪いだとか、ホームレスの吹き溜まりだとか、犯罪者の巣窟だとか、汚い臭い怖いと散々言われて、白眼視されているこの祝い町だが、この日だけは何か特別みたいだった。この町の周辺に住む住民は、自分の子どもが生まれると、まず祝い町には近寄っちゃだめよ、と子どもに教えるのが倣いだったが、この日は子どもたちの姿も多い。

 夕陽も完全に沈み、芝生広場に生えている木々につるされた無数の提灯の明かりが闇の中に煌々と浮き立ってくると、人々の熱気もあいまって、一気に芝生広場一帯は華やかな祭りの雰囲気に包まれた。

「なんかいいですね」

 ももちゃんがそんな華やぐ祭りの光景を見つめ言った。

「うん」

 僕もそう思った。お祭りというものは、何か妙に人を高揚させる力がある。僕の中にも、何かわくわくと沸き立つものがあった。

 ステージでも何かが始まっている。司会者とおぼしき二人が何やらマイクを使って話し始めている。それによって、さらに祭りの雰囲気が盛り上がってゆく。

「天国じゃ、天国じゃ」

 酒樽の周辺では、さっそく、この町の人口の大半を占めると思われるアル中のおっさんたちが、ぐわはははっと、虫歯だらけの歯を剥き出して、この日ばかりはと普段もたっぷりと酒は飲んでいるのだが、いつも以上に酒を飲みまくっている。

「がはははっ、みんな飲め飲め、ただじゃ、ただじゃ、ただ酒じゃ」

「もう、死ぬまで飲んだるどぉ~」

 おっさんたちは、子どもみたいに大はしゃぎし、みんな最高の笑顔だ。

「なんだ、この野郎」

「なんだとてめぇ~、順番守らんかい」

「お前がとっろいからだろう」

「なんっだとこの野郎」

「・・・汗」

 だが、その横で、さっそく、ろれつの回らない舌で、もめ事が起こっている辺りはこの町らしかった。

 盛り上がる祭りの雰囲気を彩るように、芝生広場の周囲や、その外れそこかしこには様々な屋台が立ち並び、様々なイベントや出し物が並ぶ。大道芸や、南京玉すだれ、バナナのたたき売りまでやっている。

 その光景に、どこか昔懐かしい雰囲気を僕は感じた。

「なんでだろう」

 不思議とノスタルジーのようなものを感じる。

「何だろう。この感じ」

 不思議な感じだった。自分が経験していないはずの戦後の昭和な空気を感じる。そういえばこの町全体が、どこかノスタルジックだった。現代の近代化した社会の猛烈な変化のスピードに取り残されたように、この町は、どこか戦後の匂いを残していた。

「ようご両人」

 その時、背後から誰かに声をかけられた。

「あっ、インテリさん」

 振り返るとインテリさんが立っていた。

「デートを邪魔しちゃったかな」

 インテリさんがにやりとしながら言った。

「い、いえそんな」

 僕とももちゃんは顔を赤くして同時に顔を伏せた。

「インテリさん、豚の丸焼き食べました?滅茶苦茶おいしいですよ」

 僕は照れを隠すため、少し声を大きくして言った。

「いや、俺は菜食主義者だ」

「えっ、そうだったんですか」

 僕は驚く。

「うん、言ってなかったっけ」

「全然聞いてませんよ」

「そうか。はははっ」

 インテリさんは笑う。

「さあ、それでは祝い町祭りの恒例、素人のど自慢大会始まりま~す」

 その時、ステージの方から司会者の女性の大きな声がした。それにつられて、みんながステージの方を見る。

「おっ、始まったな」

 インテリさんもそう言ってステージの方を見た。

「ん?」

 僕たちも何事かとステージを方を見る。

 のど自慢大会と書かれた手作り感満載の横断幕の張られたステージでは、この祝い町祭り恒例の素人のど自慢大会が始まろうとしていた。

「さあ、誰かわれこそはと言う人はいませんかぁ」

「お~し、わし歌うぞぉ」

 司会者が高らかに叫ぶと、さっそく、酔っ払いと思しきおっさんが一人勢いよく手を上げた。

「よっ、いいぞ。とめさ~ん」

「お~、いけぇ~、おっさ~ん」

 会場からは、拍手と歓声が沸き起こる。さっそく大盛り上がりだ。おっさんは両手を高々と上げ、ピースサインを繰り返しながら、意気揚々とステージに上がりマイクを持った。

「何をリクエストしますか」

「拝啓おふくろさんに決まってるだろ」

 なぜかキレ気味におっさんは答える。おっさんの頭の中では自分の十八番をみんなが知っていることになっているらしい。

 そして、スチャラカチャン、スチャラカチャン、と軽妙な前奏の後、じいさんは歌い出す。

「おふくろさ~んよ~♪」

「・・・汗」

 滅茶苦茶下手くそだった。

「いいぞぉ。おっさ~ん」

 しかし、みんな盛り上がっている。もう、なんでもいいらしい。

 そこから次々、ホームレスのおっちゃんたちがステージに上がり喉を鳴らす。やはりどの人もどの人ももれなくめちゃくちゃ音痴だ。しかも、もともと音痴なうえに酒でさらにろれつが回っていない。さらに前歯が無いので、活舌まで悪い。

「ひゅぅ~、ひゅ~、おっさんいいぞぉ」

 でも、みんな盛り上がり、温かく見守っている。祝い町では、みんなホームレスや酔っ払いにもやさしい。 

「あっ、熊さん」

 その時、熊さんが颯爽とステージに上がった。

「ねえちゃん、どすこいごめんやしてを頼む」

 熊さんが司会の女性にリクエストする。そして、曲が始まると、熊さんは歌い出した。

「おおっ、うまい」

 熊さんの拳の効いた昭和歌謡が、会場にいる人々の心をつかむ。

「うまいなぁ、熊さん」

 熊さんはプロ並みに歌がうまかった。下手な歌を聞きまくった後だったからよけいにうまく聞こえた。

「熊さん滅茶苦茶歌うまいですね」

 歌い終わり、ステージを下りて僕たちの方にやって来た熊さんに、僕は興奮気味に言った。

「おお、わしはプロの演歌歌手を目指していたこともあるんじゃ」

「そうだったんですか」

「そうじゃ、志半ばで運に恵まれず挫折したが、中々のもんじゃろ」

「はい」

 プロを目指していたのか。分かる気がした。それほどに熊さんの歌は他を圧倒してうまかった。

「しかし、やっぱり、な、何者なんだ・・」

 プロ歌手まで目指していたとは・・。熊さんの謎はさらに深まるばかりだった・・。


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