鶏
「すごいですね」
豚を解体し終わった熊さんの傍に僕たちは行く。何かすごいものを見た気がして、僕たちは興奮していた。
「まだまだこれからじゃぞ」
だが、熊さんは、そんな僕たちを見てにやりと笑う。
「えっ」
熊さんの言葉に僕たちが驚いていると、今度はたくさんの生きている鶏が現れた。
「どうするんです?これ」
僕がそのひょこひょこと歩き回る鶏たちを見下ろす。
「もちろん食うんじゃ」
「えっ」
「よっ」
すると、熊さんは持っていた鉈を、水平に切った。すると、鶏のその小さな首がスポ~ンと飛んだ。
「あっ」
僕たちが驚いていると、熊さんはさらに次々、鉈を水平に切る。その度に、鶏の首が次々、スポーン、スポーンと宙を舞う。まるで羊羹でも切るみたいな力の抜けた気安さで、鶏たちの首は飛んで行く。
「・・・」
僕とももちゃんは脚気にとられ、その目の前の光景を、非現実的な感覚で見つめていた。
首を飛ばされた鶏の胴体の方は、首がなくなったことに気づいていないみたいに、首がないままバタバタとそこら中を激しく飛び回る。
「・・・」
それはまさに地獄絵図だった。しかし、目の前に繰り広げられるその光景にはやはり現実感がなかった。普段見ていない物を突然見せられると、人間の脳という奴はそれをうまく認識できないらしい。
「う、うううん」
「わっ、ももちゃん」
また突然、ももちゃんが、気を失って倒れた。僕は慌てて倒れるももちゃんを背中から抱きかかえる。
「だ、大丈夫?」
「は、はい」
すぐにももちゃんは気がついた。
「なんかくらくらと・・」
「大丈夫?」
「はい・・」
「一日に二回も人が気絶するとこ見たよ・・」
「す、すみません」
ももちゃんは、起き上がった。
「今夜は楽しみにしちょれよ。おいしい、豚の丸焼きと、焼肉を食わせちゃるき」
しかし、そんな僕たちに熊さんは意気軒高に明るく言う。
「はあ・・」
熊さんは、明るく言うが、僕たちは何とも複雑な気持ちだった。
その後、鶏たちはきれいに羽をむしられ、内臓を取り出され、僕たちがよくスーパーで見る形へと解体されていった。
「豚の丸焼きってなんか豪快だね。こんなの始めて見たよ」
鶏の解体も終わり、やっと落ち着いた僕たちは、焚火の上でこんがりと焼き上がっていく豚を、どこか放心したように見つめていた。
「・・・」
僕たちは、なんだか、今までの世界観を思いっきり百八十度ひっくり返されたような、今までに味わったことのない感覚に陥っていた。今までは、すべての生き物が生きていることは当たり前で、死ぬことはどこか遠い世界の非現実的なお話だった。だが、それが今目の前で現実のこととして繰り広げられたのだ。
「あっ」
その時、ももちゃんが突然何かを思い出し、声を上げた。
「どうしたのももちゃん」
僕は驚いて、ももちゃんを見る。
「そういえば、去年は牛の丸焼きがありましたよ」
「う、牛?」
「はい」
「去年は牛だったのか・・」
さらにすごかった。
「牛もここでさばいたのかな・・」
そこが気になった。
「でも、すごいおいしかったです」
「そうなんだ・・」
確かに牛の丸焼きという言葉だけを聞くとおいしそうだ。僕も食べてみたかった。
「ところで誠さん」
「ん?」
「今夜はお祭りには行くんですか」
「ああ、うん。別に予定もないしね」
僕は少し考えてから言った。
「そうですか」
そこで、ももちゃんは、意味ありげに微笑んだ。
「?」
僕はその微笑みの意味がよく分からなかった。
「それじゃ、またお祭りで会いましょう」
そう言って、ももちゃんは笑顔のまま僕に手を振り行ってしまった。
「・・・」
僕は、何かそんなももちゃんを不思議に思いながら、その背中を見送った。
その日の夕方、宵闇の中、ついに祝い町祭りが始まった。
芝生広場のそこかしこに、ドラム缶を半分に切ったコンロが置かれ、中で真っ赤に炭が燃える。その上に網を乗せ、次々と肉や野菜が置かれ焼かれ始めた。
「おおっ、うまそう」
僕は思わず声を上げる。肉の焼けるいい匂いが辺りに漂い始める。雰囲気もいい。夏という得体の知れない生命をやたらと活気づけるエネルギーに、宵闇の涼しさが吹き抜ける。
「いい匂いですね」
その時、僕のすぐ横で声がした。
「あっ、ももちゃん」
見ると、ももちゃんだった。ももちゃんは浴衣を着ていた。白地に桃色の花の模様の入った浴衣だった。そして、いつものバカでかいメガネを外し、きれいにメイクをし、髪もきれいにアップに結い上げている。
「か、かわいい」
僕は思わず呟いていた。それを聞いて、ももちゃんは頬を赤く染めた。その表情がますますかわいかった。
「・・・」
僕はしばしそんな大変身したももちゃんを茫然と見つめる。
「ママさんがしてくれたんです」
ももちゃんが恥ずかしそうに僕を見上げる。
「・・・」
女の子はこんなに変わるものなのか。僕は驚いた。
「おっ、別嬪さんじゃな」
そこに熊さんが来て、ももちゃんを見る。
「やだぁ、熊さん」
ももちゃんは思いっきり照れる。
「でも、ほんとかわいいよ」
僕も言う。
「ありがとうございます」
ももちゃんはますます頬を染めた。
「さあ、どんどん食べぇ」
熊さんがコンロの網の上で焼き上がる焼肉を手で示し言った。
「これ食べていいの?」
僕が訊く。
「当たり前じゃ。どんどん食べぇ、全部ただじゃ」
「えっ、そうなの。なんかすごい」
僕はコンロの上の焼き肉を見た。
「酒も飲み放題じゃ」
熊さんが両腕を広げ、広場全体を指し示す。
「マジで!」
見ると、日本酒の四斗樽がそこかしこに置いてある。その隣りには、巨大な水槽の中の氷水に浮いたビール缶が浮かんでいる。
「全部タダなの?」
「そうじゃ」
「マジか・・」
「マジじゃ」
「この金はいったいどこから・・」
「そんなせこいことは考えんでええ。とにかく今夜は思いっきり飲んで食って笑ったらええんじゃ」
そう言って、熊さんは紙のお皿と割り箸を僕たちに渡した。
「は、はい」
それにしてもこの町はやはり謎が多い・・。僕は思った。




