豚
「あっ、豚だ」
テント村の真ん中の芝生広場の真ん中に、いつの間にか木で柵が作られていて、その中にでっかい豚が一匹いた。
「どうしたんだろう」
僕とももちゃんはその柵に近づいて行った。
「かわいいな」
僕が手を出すと、鼻をひくひくさせて人懐っこく近づいてくる。
「かわいいですね」
ももちゃんも手を出す。豚はつぶらな瞳で僕たちを見つめる。
「おうっ、お二人さん、今日も仲よろしいのぉ」
そこに熊さんがやって来た。僕たちは振り向く。
「どうしたんですか。これ」
僕は、熊さんに訊く。
「おお、これか」
「はい」
「今朝運ばれてきたんじゃ」
「どうするんです。こんなでっかいの。飼うのは大変ですよ」
「何ゆうちょる」
熊さんが表情を変え僕を見る。
「は?」
「食うんじゃ」
「えっ」
僕とももちゃんは同時に驚く。
「明日のメインディッシュじゃ」
「明日?」
「知らんのか」
熊さんが少し驚いた顔をする。
「何ですか?」
「明日はみんな楽しい祝い町祭りじゃ。はっ、はっ、はっ」
熊さんが胸を突き出し豪快に笑う。
「祝い町祭り?」
「年に一回この町で開かれる盛大なお祭りじゃ」
「ああ、そうか」
そこで、ももちゃんが何かを思い出したように大きな声を出した。
「明日は祝い町祭りだ。忘れてた」
「何やるの?祝い町祭りって」
僕はももちゃんを見る。
「ここに特別なステージを組んで、みんなで飲めや歌えや踊れやで、とにかくおバカなお祭り騒ぎをするんです」
「そうじゃ、夏と言えば祝い町祭り。みんなで朝まで盛り上がるんじゃ。プロの歌手なんかも来てステージで歌ってくれるんじゃぞ」
「えっ、そうなんですか。すごい」
「屋台なんかも並ぶんですよ」
ももちゃんが言う。
確かによく見ると、広場の周囲に何やら、屋台やらステージやらの骨組みが作られ始めている。木々の間には、派手な提灯やら、飾りやら、幕やらも付けられ始めていた。確かに祭りの雰囲気が漂いつつあった。
「へえ~、この町にそんな大きなお祭りがあったとは・・、知らなかった」
祝い町はまだまだ奥が深い。僕の知らないことはまだまだ多いらしい。
「ということはこの豚は・・」
僕はあらためて豚を見た。豚は相変わらず、柵の向こうで僕たちに向かって人懐っこくその鼻をひくひく突き出している。
「そうじゃ、明日のメインディッシュは豚の丸焼きじゃ」
熊さんが胸を張って言った。
「丸焼き・・」
僕は熊さんを見る。
「明日は楽しみにしちょれよ」
「はあ・・」
僕は、もう一度、さっきから柵の向こうで、しきりに僕らに向かって鼻をひくひくさせている、明日の自分の運命など何も知らないそのかわいい豚のつぶらな瞳を見つめた。
「女は見ん方がええぞ」
熊さんが言った。
次の日の朝、ついに豚をさばく時が来た。僕とももちゃんは再び豚のいる芝生広場の真ん中にいた。僕はももちゃんを見る。しかし、ももちゃんはしっかりと豚を見つめていた。
「ええんか」
熊さんが念を押す。
「やっぱり、こういうのは見とかないといけないと思うんです」
ももちゃんは何かの決意を込めた表情で、じっと豚を見つめる。
「よしっ、いい根性じゃ」
すると、熊さんがいきなり、持っていたハンマーで豚の脳天をぶっ叩いた。豚はその一発でぶっ倒れた。
「あああっ」
僕はそのあまりの迫力に思わず叫んだ。
「やだぁ」
ももちゃんは僕のシャツの袖を握り、僕の体に隠れるようにして体を寄せる。気合いを入れたももちゃんだったが、やはり、それはかなり衝撃的な光景だった。
その後、動かなくなった豚は、首の頸動脈をナイフでぶすりと刺され、血が抜かれると、熊さんを手伝いに来たたくさんの人の手で、木で作った枠に縦に吊るされた。そして、ポヨンポヨンとしたその腹が、熊さんの手によって上から下へと豪快にナイフで裂かれていく。すると、その大きな切り口から巨大な内臓の塊りが、ぬるりとこぼれ落ちるように大量に出て来た。それを大きなタライで受け止める。内臓はまだ温かいのだろう。タライの中で湯気が上がっていた。それはあまりにグロテスクな光景だった。
「うう~ん」
その時、僕の隣りでそれを見ていたももちゃんが、気を失ってぶっ倒れた。
「わっ、ももちゃん」
それを僕が寸でのところで抱きかかえるように背中から支えた。
「だ、大丈夫?」
「は、はい・・」
ももちゃんはすぐに気がついた。
「ほんと大丈夫?」
「はい・・」
ももちゃんはゆっくりと起き上がった。
「すみません・・、なんか くらくらと・・」
「僕、人が気絶するところを始めてみたよ」
「私も生まれて初めて気を失いました・・」
豚の解体作業は、そんな僕らを置いて、その後、手際よくどんどん進んでいく。
「それにしても熊さんて何者・・」
あんな大きな豚までさばいてしまう。電気もつける。家も建ててくれる。
「何者なんだ・・」
謎過ぎる。
そして、さっきまでひょこひょこと生きていた豚は、それがまるで嘘であったかのように、巨大な串を口からお尻に通され、焚火の上へとかかげられた。
「・・・」
それはなんとも言えない豪快な光景だった。残酷とも言えるし、壮観とも言える。とにかく今までの僕らの人生の前には決してなかった光景だった。




