家を建てる
「ん?」
何やら外が騒がしい。寝ていた僕は目を覚ます。僕はもそもそとテントの入り口まで這って行くと、入り口のジッパーを上げた。
「ん?」
顔だけ出して外を覗くと、ママの店のいつものメンバーみんなが集まっていた。
「どうしたんですかみんな集まって」
熊さんまでいる。僕は驚く。
「何って、君の家を建てるんだよ」
その中心にいたインテリさんが当然といった調子で言う。
「はい?」
僕は慌ててテントから這い出した。
「家?」
僕はインテリさんの傍まで行き、その横顔を覗き込んだ。
「そう、家」
インテリさんは、僕のテントの辺りを見つめながらやはり当たり前みたいに答える。
「よしっ、じゃあ、始めようか」
そして、インテリさんは僕の反応などお構いなしで、勝手に作業を始めてしまう。
「えっ、いや、あの、始めようって・・」
「君、前、家が欲しいって言ってたじゃないか」
「まあ、確かに言ってましたが・・、でも・・」
僕の戸惑いなどそっちのけで、みんなそれぞれ準備にとりかかり始める。
「それにしても急ですね。突然過ぎじゃ・・」
「丁度、近くで民家の解体があってね。そこで廃材をもらえることになったんだ」
「はあ」
そこへ丁度、木材を積んだ軽トラがやって来た。
「おお、こっちこっち」
威勢よくやっさんが手招きする。そして、みんなで荷台の廃材を下ろし始める。
「・・・」
なんだかよく分からないまま、僕も手伝う。
「まず基礎からだ」
インテリさんが腕を組み、僕のテントのあった場所を見下ろす。
「はあ」
僕は訳の分からないまま間抜けな声を漏らす。
廃材を下ろし終わると、今度はコンクリートブロックを地面に張られた四角い糸の並びに沿って置いてゆく。
「このコンクリートブロックはどうしたんですか」
インテリさんに訊く。
「塀だね」
「ああ、なるほど」
ブロック塀に使われていたものをそのまま持ってきたらしい。よく見ると、形が歪なものばかりだ。壊す時に壊し過ぎたのだろう。
作業は手順よく順調に進んでいく。みんな手際がいい。素人の仕事とは思えなかった。
「なんかみんな手際がいいですね」
「この町の人は建設業経験者が多いんだ。こういう作業は朝飯前さ」
インテリさんが言った。
「そうなんですか」
「源さんは、現場仕事してたし、左官も出来るんだ。熊さんは電気工事士の資格を持っているし」
「なるほど」
それでこの前、僕のところに熊さんは電気を引きに来ていたのか。
「やっさんも大工やってたことあるしな」
「へぇ~、そうだったんですか」
「僕は設計と現場監督ね」
最後にインテリさんが自分を親指で指差し言った。
「う~ん」
そう言われると、なんだかそうそうたるメンバーだ。僕はうなる。
気付けば、あれよあれよという間に、もう家の骨格が出来始めていた。ほんとにみんな手際が良い。役割分担も細かくされて、それぞれがそれぞれの仕事を効率よくこなしてゆく。
「なんか、すごいぞ」
僕はその手際の良さに驚いてしまう。
「おっ、やってるな。俺も手伝うぜ」
そこにベンもやって来た。
「ベンも」
僕は驚く。
「俺は、大工仕事も得意なんだ。軍で野営地を作らされたりしてたからな」
ベンはあの人懐っこい陽気な笑いを浮かべた。
そこから、さらに効率が増した。ベンは体がデカく、老齢にさしかかったとは思えないものすごい怪力だった。人の二人分三人分の木材を平気で運んだり、持ち上げたりする。さらに作業はドンドン進んでいく。
「窓もあるんですか」
「ああ、手ごろな大きさのが何個かあったんでもらってきたんだ」
小さいガラス窓の枠が、廃材の積んである端に何個か置いてある。それを僕とインテリさんは見下ろす。
「段ボール?」
そして、その横には大量の段ボールが積み上がっている。
「断熱材だよ。段ボールっていうのはこれで案外優秀なんだぜ」
「そうなんですか」
「段ボールハウスっていうのはあれでなかなか理にかなっているんだ」
「そうだったんですか」
「うん」
インテリさんが頷く。
「お昼です」
そこへももちゃんとママがお盆に乗せたたくさんのおにぎりとお茶を持ってやって来た。
「おっ、もうお昼か」
やっさんが額の汗を拭いながら言った。気付けばもうあっという間に昼になっていた。
みんなで地べたに車座になって座る。
「なんか、村の共同作業みたいになってきたな・・汗」
僕が呟く。
「はい、誠さん」
ももちゃんが、大きなおむすびを渡してくれた。
「ありがとう」
「朝から、ご飯炊いてママと握ったんですよ」
「そうなんだ。ありがとう」
さっそくいただく。
「うまい」
具はすっぱい昔ながらの梅干しだった。
「久々の労働だから、飯がうまいだろう」
ママが僕に皮肉っぽく言う。
「そういうことをチクチク言わなきゃママもいい人なんだけどなぁ・・」
僕は一人呟く。
しかし、確かに朝は何も食べていなかったし、久々の肉体労働で体を使ったこともあり、堪らなくうまかった。すっぱい梅の酸味が、疲れた体に効く。
「おいしいよ。ももちゃん」
僕はももちゃんを見た。
「うれしいです。誠さんにそう言ってもらえて」
ももちゃんは、本当にうれしそうに笑った。
「二人の新居にはちょっと小さかったかな」
そこへやっさんが、はやすように僕たちに言った。
「ん?」
僕はやっさんを見る。やっさんの言っている意味が僕には分からなかった。
「やだぁ~、何言ってんですか」
しかし、ももちゃんは、そう言って笑いながら隣りのやっさんの背中を思いっきり叩く。
「ぐぼっ」
やっさんはその勢いで、食べかけのおにぎりを吹き出した。そこでみんな笑う。
和やかなお昼の時間が流れる。それはホームレスの町とは思えないなんとものどかで平和な時間だった。
そして、その日の夕方、僕の家は完成した。
「・・・」
あっという間に、僕の家は出来てしまった。今までの僕の苦労はいったい何だったのかと思うほどあっさりとそれは出来上がった。
「なんか家というよりは・・、小屋ですね」
それは三畳ほどの木でできた窓のある立方体だった。
「家だよ。立派な」
そう言いながらインテリさんは笑っていた。でも、確かにこれで雨の心配も風の心配もしなくていい。
「しかし・・」
しかし、なんだかこの町からまた一歩出られなくなった気がして、なんとも言えない不安が僕を襲う。底なし沼のように、出よう出ようともがけばもがくほどはまっていく、無間地獄のように、僕はこの町にはまり込んでいる。そんな気がした。
「ももちゃんのも建ててやろうか」
インテリさんが僕の隣りのももちゃんを見た。
「私はテントが好きです」
ももちゃんはきっぱりと即答した。
「・・・」
やっぱり、ももちゃんは変わっている。僕はそんなももちゃんの横顔を見つめた。
「じゃあ、俺たち帰るからな」
その時、やっさんが僕たちに声をかけた。
「あっ、今日はありがとう」
インテリさんが慌てて手を振る。
「ありがとうございました」
僕も頭を下げ、お礼を言う。やっさんたちは、それにただ手だけ挙げて、そのまま帰っていった。
「・・・」
彼らは僕のために集まり、そして、ただ帰っていく。もちろん無償労働だ。
「・・・」
僕はやっさんたちの背中を見つめた。
「どうだいこの町もいいところだろう」
インテリさんが言った。
「・・・」
でも、素直にそう思えない自分がいた。僕は複雑な思いでいた。




