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河川敷の畑

「はいっ、これ」

「あれ、どうしたのこれ」

 目の前に立つももちゃんの手には、抱えきれないほどのいっぱいの夏野菜があった。

「これ私が作ったんですよ」

「えっ、作った?」

「そう、畑で。完全無農薬ですよ」

「畑?」

「河川敷に秘密の畑があるんです。ふふふ」

 祝い町のすぐ隣りには、向野川という大きな川が流れている。

「そうなの?」

「はい」

「へぇ~、すごいね。そんなこともしてるんだ」

 僕は感心しつつ、ももちゃんの抱える夏野菜の中から真っ赤なトマトを一つ手に取った。

「結構楽しいですよ」

 ももちゃんは嬉しそうに言った。本当に楽しいのだろう。

「誠さんはビタミンとミネラル取った方がいいですよ。すごい不足してる顔してますもん」

「うん」

 僕はトマトをさっそくかじった。

「うまい」

 生きている味がした。僕は、最近こういうものを全然食べていない。だから死んだような生活なのか。そんな考えがふと頭をよぎった。

「じゃあ、私大学あるんで」

「あ、ああ」

 ももちゃんは、そう言って、たくさんの夏野菜を置いて、さっさと行ってしまった。

「・・・」 

 今日も何もすることのない僕は、仕方なくトマトをかじりながら、当てもなく辺りを彷徨うように歩いた。

 祝い町は今日も平和だった。真っ黒く日焼けしたホームレスのおっちゃんたちは、いつものようになにをしているのかもそもそと蠢き回り、焚火の周囲では、昼まであるのにさっそく酒盛りが始まっている。辺り全体にはもうこびりついたような何ともけだるいというか、自堕落な日常が流れている。しかし、それに対しまったく悲観的な、否定的な空気は全くない。

 もちろん、平日の昼間に学校にも行かず、働きもせず、ぶらぶらしている僕を変な目で見る人間は誰もいない。やはり祝い町は今日も平和だった。多分これからも永遠にここだけはこんな感じで平和なのだろう。

「ん?」

 その時、何かそんな予定調和の中に、ある種異様な異質な存在が目に入った。それは前にインテリさんと見かけた外人さんだった。身長が百九十はあり、かなりでかい。年はだいぶいってそうだったが、横にもかなり肉がついていて、小柄なホームレスのおっちゃんたちの中で、その姿は異様に浮き立つ。

「何をしているんだ?」

 外人さんは、何か大きな袋を持ってどこかへ歩いてゆく。僕はなぜか気になり、いや、ただ暇だったからということだったのかもしれないが、そのバカでかい外人さんの後を付けていった。

 外人さんは僕が後ろをつけていることにまったく気付く様子もなく歩き続ける。外人さんはそのままどんどん歩いて行き、遂に祝い町を出てしまった。

「どこまで行くんだ」

 僕は訝しく思いながらさらに後をつけた。外人さんは祝い町のすぐ隣りの向野川の河川敷までやって来た。ここの河川敷は広々としていて、公園やグラウンドのようにもなっている。ジョギングや散歩、自転車に乗る人や、野球やサッカーをしている人まで、いつも大勢の人で賑わっている。

 だが一方、橋の下や、河川敷の端の木の下には、ここにもホームレスの人たちのテントが立ち並んでいる。そして、河川敷のあちらこちらで青空の下、ホームレスたちがどこから拾ってきたのか雀卓を囲んでいたり、どこから仕入れて来たのか、バーベキュー禁止の立て看板の隣りで堂々と火を熾し、焼き肉をしながら酒盛りをしている。

「・・・」

 そんな呑気な光景を見ていると、ホームレスも中々気軽でいいような気がしてくる。

 外人さんはさらに河川敷の中ほどまで歩いて行くと、川のすぐ際に鬱蒼と生えるの丈の高い草むらの中に入って行った。それについて僕も入って行く。

「あっ」

 草をかき分けかき分け進むと、急に目の前が開け、そこには畑が広がっていた。

「ここか・・」

 ももちゃんが言っていた畑というのは、多分ここだろう。そこは思ったよりも大きく、そして、大胆だった。

「絶対、不法占拠だよな・・汗」

 許可など絶対取っていないに違いない。というかこんなところに畑を作る許可など出るわけがない。

「うっ」

 その時、突然背後から急にものすごい力が僕を羽交い絞めにした。それはものすごい力だった。僕は一体何が起こったのかまったく分からず、頭が真っ白になった。

「お前は誰だ」 

 すぐ背後から声がする。

「ぼ、ぼふは」

 しかし、首を絞められ声が出ない。だが、力はどんどん強まっていく。

「うううっ」

 意識が遠のいていく。

「マジで死ぬ・・」

 僕は思った。

 すると、突然、強烈に絞めつけていた首への圧力が緩んだ。

「ごほっ、ごほっ」

 僕は解放され、その場に膝をついた。

「すまなかった」

 男が謝って来る。顔を上げると、あの外人さんだった。

「つい、誰かにつけられていると思って・・」

「・・・」

 実際、僕はつけていた。

「君は祝い町の人間だな。時々見かける顔だ」

「はい・・、ごほっ、ごほっ」

 まだ、喉が痛い。

「ほんとにすまなかった」

「い、いえ」

 悪いのは僕の方でもある。

「悪かった。俺はベンだ」

 ベンはその大きな手を差し出した。僕も手を差し出すと、その大きな熊みたいに分厚い手が、ものすごい圧力で僕の手をプレスするように握り込む。

「仮の名だがね」

 デカイ体に似合わずなんとも愛嬌のある顔で言った。 

「本当の名前は捨てた。故郷と一緒にな」

「・・・」

 言っている内容とは裏腹に、妙に陽気にベンは言った。

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