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六角公園

「おっ、インテリさん」

 やっさんが店の入り口をふり返る。それにつられてみんなも振り返る。

「今日は、月がきれいですよ」

 インテリさんがのれんの間から顔をのぞかせている。インテリさんもママの店にやって来た。

「じゃあ、どっか外で飲みなおそうか」

 やっさんが言った。

「いいね」

「いいですね」

 僕と源さんが賛同する。

「えっ、僕来たばかりですよ」

 インテリさんは困惑気味に言う。

「お前はもう飲み過ぎだ。それに金がないだろ」

 ママは僕にツッコミを入れる。

「お金は何とかなります」

「たかるだけだろう」

「ううっ」

「ママも、もう店閉めて一緒にどっか飲み行こうよ。客俺たちだけなんだし」

 源さんが言った。

「ダメ」

「なんで」

「二時過ぎるまでは絶対に店は開けとくの」

「なんでですか」

 今度は僕が訊く。

「まだ客が来るかもしれないだろ」

「いくらなんでももう来ないよ。もう深夜過ぎてるよ」

 源さんが言う。

「人は夜中の二時に一番死にたくなるんだよ」

「そうなの」

 僕が間抜けな声を出す。

「っていうかそれと店を開けとくのと何が関係してるの」

 源さんが訊く。

「そういう寂しい人が、死にたくなった時、ああ、開いててよかったなって、今日は死ぬのよそうって、そういう温かい店を目指してるんだよ。あたしは」

「そんな崇高な志があったんですね・・」

 僕は全然知らなかった。

「本当は二十四時間開けておきたいんだけど・・。寂しい人がたちがいつ誰が来てもいいように」

「昔やってたよね」

 みんみさんが言った。

「えっ」

 僕が驚く。

「そう、一人二十四時間営業」

 やっさんが言う。

「一人!しかも二十四時間」

 僕は思わず叫んだ。

「いつ寝るんですか・・」

「でも一カ月で倒れたわ」

 みんみさんが呆れるように言う。

「一か月はもったんだ・・」

 僕が呟く。

「あん時は大変だったな」

 源さんが腕を組む。

「そうそう、ママ重いんだもん」

 やっさんが言った。

「悪かったな」

 ママが機嫌悪げに言う。

「もうやめてよ。あんなこと」

 みんみさんが言う。

「そうだよ。ママ重いんだから」

 やっさんはそこにこだわる。

「まあ、じゃあ、俺たちだけで先に外行こうか」

 源さんが言う。

「そうですね」

 僕が答える。

「いや、僕、今来たばかりなんですけど・・」

 インテリさんが言うが、もう流れは外に行く方向になっている。

「じゃあ、私たちはこれで」

 その時、みんみさんがそう言って、突然立ち上がった。

「えっ、みんみさんは帰っちゃうんですか」

 僕はすぐにみんみさんを見る。

「またね。ふふふ」

 みんみさんはかわいく手を振り、旦那と二人店を出て行った。

「ううっ、みんみさん」

「未練がましく泣くんじゃないよ」

 ママが言う。

「よしっ、青年今日は朝まで飲もう」

 やっさんが僕の肩をやさしく抱く。

「やっさんはやさしいな」

 ママが言う。

「不潔よ」

 ももちゃんはその横で一人怒っていた。

「じゃあ」

 僕たちは、ママを残し、店を出た。

 僕たちは夜の祝い町を歩いた。夜の祝い町は、静かだった。まるでこの町から人が消えてしまったみたいな静けさだった。そこには社会の片隅に生きる世界の独特の寂しさがあった。

「ママも後で来るってさ」

 源さんが言った。

「どこで飲む?」

 源さんはみんなを見る。

「久しぶりにここで飲むか」

 その時、やっさんが目の前を指さした。

「ここ?」

 僕が指さす方を見る。目の前にあったのは、ママの店から程ない距離にある公園だった。

「おお、いいね。六角公園」

 源さんが言う。

「六角公園?」

 僕が源さんとやっさんを見る。

「そう、ここは泣こうが喚こうが、どんなに騒ごうが、寝ようが、焚火をしようが花火をしようが誰も文句を言わない。この町の象徴的公園だ」

「そんなとこがあったんですか・・」

「知らなかったの。この町の中心的存在だよ」

 源さんが僕を見る。

「知らなかった・・」

 六角公園に入ると、すでにもう、何人かのホームレスらしきおっちゃんたちが寝ていた。小さな焚火も燃えている。しかし、確かに言った通り誰も気にしている様子はないし、それがむしろ自然な状態であるかのような雰囲気だった。

「えっ」

 公園に着くなり、いきなりやっさんが公園のど真ん中で、転がっている木材を集め火を熾し始めた。

「いいんですか」

「だからさっき言ったろ。何しても大丈夫だって」

「そうですが・・」

 そうは言っても公園で焚火というのはさすがに気が引ける。

「じゃじゃじゃじゃ~ん」

「あっどうしたんですかそれ」

 その時、源さんが、後ろ手から日本酒の一升瓶を取り出した。

「ママから」

「えっ」

「さすがママ」

 やっさんが感動の声を出す。

「いつの間に・・」

 僕はママの心遣いの細かさに驚いた。

「さ、飲も飲も」

 源さんが言う。

「はい」

 それにももちゃんが答え、みんな焚火を囲んで車座になった。

「わっ」

 その時、僕の隣りでももちゃんが突然叫んで横に吹っ飛んだ。僕の隣りに座ろうとしたももちゃんを、よっちゃんがその巨体で突き飛ばし、僕の隣りに座ったのだ。

「・・・」

 僕に寄り添うように隣りに座った巨体のよっちゃんは、せわしなくあの両目ウィンクを僕にしてくる。

「だ、大丈夫?ももちゃん・・」

 僕はももちゃんを見る。

「いててて」

 ももちゃんは地面に転がりお尻をさすっている。

「モテモテだな」

 インテリさんとやっさんと源さんが笑う。

「うううっ、他人事だと思って・・」

 恨めし気に笑う三人を僕は見つめた。

「かんぱ~い」

 その後、ママの差し入れてくれた日本酒で、みんなで乾杯した。

「おおっ、うまい」

「おごりだとなおさらうまいな」

 源さんとやっさんは、しきりとママのくれた日本酒に舌鼓をうっている。ももちゃんは、吹っ飛ばしたよっちゃんの巨体に抗議するようにその横で、むくれながら飲んでいる。

「焼きそば食いたかったんだがなぁ・・」

 インテリさんは、店の外に連れ出されたことにまだ納得がいっていない様子だった。

「おっ、そうだ。つまみもあったんだ」

 源さんが、何かビニール袋をがさがさとやりだした。

「それも、ママ?」

 やっさんが訊く。

「うん、はい」

 源さんは、ビニールから取り出したスルメをみんなに配りだした。

「これ、火であぶるとうまいぜ」

 源さんが言うと、みんな真似した。

「あ、確かにうまい」

 あぶったスルメはうまかった。

「日本酒に合うね」

 インテリさんも、満足げに言う。直火であぶったスルメはなんとも香ばしくて、酒がどんどん進んでいった――。 

「ううう・・、みんみさん・・」

 気付けば、僕は、うずくまり子供のように泣きじゃくっていた。

「泣き上戸か」

「そうみたいですね」

 やっさんとインテリさんが囁き合う。

「それにしても出来上がるの早いな・・」

 やっさんが呟く。

「かなわぬ恋。哀れねぇ」

「あっ、ママ」

 全員が声の方を見上げると、店を閉め、六角公園にやって来たママが僕の横に立って、僕を見下ろしていた。

「不潔ですよ。人妻に恋するなんて」

 よっちゃんの隣りに座るももちゃんは一人憤慨している。

「ももちゃん、妬いてるの」

 やっさんがニヤニヤと笑いながら訊いた。

「違います」

 ももちゃんはむきになって叫ぶと、そっぽを向いてしまった。でも、ももちゃんの顔は真っ赤になっていた。

「みんみさ~ん」

「もう、あんたもいい加減にしなさい」

 相変わらずの僕にママが怒る。

「ジャンバーは盗られるし、みんみさんは盗られるし、俺はもうだめだ~」

「みんみはお前のものじゃないだろう」

 ママがツッコむ。

「みんみさん、なんであんな男に」

「お前の方があんな男だろ」

「家はなくなっちゃうし、仕事はクビになるし、彼女は変な男に取られるし、みんみさんは結婚してるし、俺もう、やだ~」

「あたしゃお前がやだよ。何ガキみたいなこと言ってんだよ。まったく」

「まあ、ママも一杯」

 そこに源さんが、コップと日本酒を向ける。それを受け取り、日本酒を注いでもらうと、ママも飲みだした。

「僕も」

 僕もコップを差し出す。

「もうお前はやめとけ」

 ママが言うが、僕はコップを出し続ける。

「今日はとことん飲むんだ」

「しょうがない奴だな」

 ママは、ぶつぶつ言いながらも、僕のコップに日本酒を注いでくれた。


――「ほら立って、もう帰るぞ」

「うううっ、ううっ」

 ママが僕の腕を引っ張るが僕はもう、泥酔し過ぎて上体を起こすことも出来なかった。

「もう、夜明けだぞ。ほら」

 それでもママは僕の腕を引っ張る。

「もう空が白んでるな」

 やっさんが遠い空を見上げる。

「今日は飲みましたね」

 インテリさん。

「もういい、ほっときなよ。死にゃしないよ。ここは祝い町だよ」

 源さんが、僕を引っ張り起こそうとしているママに言った。

「そうそう、野宿者の町だから」

 やっさんがそう言って笑う。

「そっちの方が自然な町だからな」

 源さんも笑う。

「でも・・」

 ももちゃんが僕のすぐ隣りでうずくまり、心配そうな声を出す。

「大丈夫だよ。行こ行こ」

 最後に、そう言って、みんなが去っていくのだけは、覚えていた――。


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