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やけ酒

「チックショー、あのジジイ」

 風邪の治った僕は、さっそくママの店に行き、酒を煽っていた。色々落ち着いてくると、パーカーを盗んだあのじじいのことが思い出されて、思い出し怒りに僕は打ち震えた。

「あれは俺のパーカーなんだ」

 全然似合っていない、だぶだぶのパーカー姿のあのじじいの姿が脳裏に浮かんで離れない。

「クッソーあのじじい」

「その年でやけ酒か」

 ママが呆れる。

「クッソー、あのじじい」

「もう諦めろよ」

 ママが言う。しかし、全然諦めきれなかった。

「もう最悪だよ。パーカーは盗まれるし、家は無くなっちゃうし、もう最悪だよ。最悪だよ俺の人生」 

 怒りに打ち震えているとなんだか悲しくなってきた。

「今度は泣き上戸か」

 ママはさらに呆れる。

「ママ、僕の家なくなっちゃったんですよ」

「それはもう百万回聞いたよ」

 ママはため息交じりに言う。

「ママ、焼きそば」

 僕は泣きながら叫んだ。

「僕にママの焼きそばを食べさせてください」

「はいはい、そう来る頃だろうと思ってたよ」

 ママは、すでに準備されていた焼きそばの材料を焼き始めた。

「荒れてるねぇ」

 源さんが言う。

「とりあえず、その鼻水と涙を拭け」

 ママは僕にティッシュの箱を差し出した。

「ち~ん」

 僕はそれを束で取り出すと、思いっきり鼻をかんだ。

「ほらよ」

 そして、すぐに焼きそばが出てきた。

「ありがとうございます」

 またいつものようにママの店で焼きそばを食べる。やっぱりママの焼きそばはうまかった。

「うまいです」

「鼻水たらしながら言うんじゃないよ」

 ママが言う。そんな僕を他の常連客たちが笑いながら見つめる。カウンターに並ぶメンバーはいつものメンバーだ。奥の席にはよっちゃんもいる。ももちゃんは、みんみさんとの誤解を散々説明したのだが未だに口をきいてくれない。

「なんか最近毎日ママの焼きそば食べてる気がする」

「いいじゃない。おいしいんだから」

 右隣りのやっさんが言う。

「俺なんかここ何十年と食べてきてるからね」

 源さんが言った。

「まあ、そうなんですけど」

「そうなんですけど何?」

 ママが突っかかるように言う。

「いや、栄養のバランスとか・・」

「何が栄養のバランスとか、だよ。うちの焼きそばは、その辺のちんけな栄養学なんて超越した栄養が詰まってるんだよ。だから大丈夫だよ」

「そんな無茶苦茶な」

「無茶苦茶なもんか。実際、あたしなんか、がんで余命半年と言われてから、もう、十年も生きてるんだぞ」

「えっ」

「病気なんてのはな。気の持ちようよ。気の」

 ママが胸を張ってその胸を叩きながら僕を見る。

「医者いかなくて大丈夫なんですか・・」

「医者なんて当てになるかよ」

「そ、そんなもんなのか・・」

 僕はいまいち信じられなかった。

「私看護師なんだけどなぁ」

 その時、店の扉がまたいつもの軽いカラカラという音を立てて開いた。

「あっ」

 ふり返ると、みんみさんだった。

「みんみさん」

 僕は思わず声を出していた。

「現代医学だって、少しは信じてもらわないとなぁ」

「あらぁ、ごめんなさ~い」

 ママがオカマの仕草を強調しおどけたように言う。

「絶対、病院に行こうとしないの」

 みんみさんは僕を見た。

「一回だけ、最初のガンの告知受けた時だけ、無理やり連れて行ったんだけど・・」

「でも実際ちゃんと生きてるだろ」

「それが不思議なのよねぇ」

 いつものようにカウンターの一番端から二番目の席に座ったみんみさんは首を傾げ、本当に不思議そうな表情をした。その時、あの旦那というほぼじいさんも店に入って来て、一番端のみんみさんの隣りに座った。僕はそのじいさんを睨みつけた。

「こらっ、敵意をむき出しにするんじゃない」

 ママが僕を戒める。

「でも、納得できませんよ」

「お前が納得するとかしないとか関係ないから」

 ママがすかさず切り返す。

「ママ、酒」

「ほんとにこいつは」 

 呆れながらママはコップになみなみと日本酒を注いだ。僕はそれを勢いよく煽った。

「みんみさん年いくつ離れてるんですか」

「失礼な事聞くんじゃない」

 ママが僕をたしなめる。

「三十一かな」

「おかしいですよ」

 僕は思わず立ち上がっていた。

「おかしいのはお前だ」

 ママが突っ込む。

「みんみさん僕と結婚してください」

「何酔った勢いで告白通り越してプロポーズしてんだ。この野郎。しかも旦那の隣りで」

 ママの叱責と一緒に、店にいた人たち全員からブーイングを浴びた。

「わわっ」

 そして、ママからはお玉、他の人たちからはおしぼりやら箸やらお皿やら何やらがいっぱい飛んできた。

 みんみさんの旦那さんは、端っこの席で失礼無礼な僕などにいちいち怒りもせず、一人落ち着いてお酒を飲んでいる。

「うううっ、余裕ぶっこきやがってぇ」

 僕はさらなる敵意をむき出した。

「あれ?ももちゃんどうしたの、すごい勢いで食べて」

 ふと左隣りを見ると、ももちゃんがマヨネーズをかけまくった焼きそばをものすごい勢いで食べまくっている。

「私、腹が立つとお腹が減るんです」

 ももちゃんは、口に入れられるだけ焼きそばを頬張っていた。

「あ~あ、怒らせちゃって」

 ママが言う。

「えっ、何が?」

 僕には何のことか全く分からなかった。

「ほんとにバカだね。こいつは」

「だからなんなんですか」

「一生やってろ。そのバカを」

「???」

 僕は本当に分からなかった。


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