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温かいコーヒーとスコーン

「僕は絶対にこの町から脱出します」

 僕は恨めし気な目で、インテリさんに向かって言った。僕は一晩中、木の下で濡れた体に震え、眠ることもできず、この人生の理不尽を呪っていた。

「ま、まあ、とりあえず体を温めよう」

 インテリさんは、僕をなだめるようにそう言うと、例の芸術家の青年のところへ僕を連れて行った。

「コーヒーを二つ頼む」

 すぐに芸術家青年は、温かいコーヒーを出してくれた。それを飲むと、冷えた体の芯に何か生命の温かさを注入されたような、エネルギーを感じた。それでもまだ僕の指先は震えていた。

「どうだ。あったまったかい?」

「はい・・」

 コーヒーを飲み終わると、ちょっと落ち着いた感じはあった。

「でも、僕は絶対この町から出ます・・」

 僕は言った。

「まあ、これでも食べて」

 インテリさんがなだめるように言った。目の前に出されたのは芸術さんの、手作りスコーンだった。

「このイチゴジャムをつけて食うんだ。うまいぞ」

 インテリさんがテーブルの真ん中に置かれたイチゴジャムのたっぷり入った木製の器から、木製のヘラでそれを掬い、スコーンにつけてそれにかぶりついた。

「・・・」

 僕もそれに倣い、まだ熱いくらいのスコーンを一つとると、それにイチゴジャムをつけて口に運んだ。

「!」

 うまかった。滅茶苦茶うまかった。焼きたてで、外はカリッと中はふわふわで、そこに甘いイチゴジャムがよくあった。

「うまいだろ」

「はい」

「あそこの自家製かまどで焼いたんだ」

 見ると、広場の片隅に小さな煉瓦造りのかまどがある。

「まだまだあるから、たくさん食べな」

「はい」

 僕はすきっ腹に詰め込むように、夢中で食べた。

 僕がスコーンに夢中になっていると、芸術さんが、静かに僕の向かいに座り、静かに自分で淹れたコーヒーをすすり始めた。

「君のテントもかなりやられたな」

 インテリさんがそんな芸術さんに話かけた。

「はい」

 芸術さんは小さく答えた。

 見ると芸術さんのテントも、僕のテントなんかよりもしっかりとビニールシートで補強してはあったが、それでもはたから見て分かるほど、かなりのダメージを受けていた。

「これから修理します」

 そう答えた芸術さんはさしてテントが壊れたことに対して、気にしている風もない。 

「僕も手伝うよ」

「ありがとうございます」

 芸術さんは静かにそう返した。

「ふぅーっ」

 お腹が満たされると、さすがに僕も少し落ち着いた。

「でも、やっぱり仕事がないっていうのは・・」

 それでも僕の沈んだ心は変わらなかった。

「別に働かなくたっていいじゃない。働かずに生きている連中なんかこの町にはたくさんいるぞ」

「はあ、でも・・、ずっとここにいるわけにもいきませんから・・」

「ここが嫌いか?」

「そういうわけじゃないですが・・」

「じゃあ、どういうわけなんだ」

「・・・」

「もしかして、君はこの町を見下してるんじゃないのか」

「いえ、見下してなんか・・」

「もし、君がこの町の人たちを見下しているんだったら、それは間違いだぞ」

「み、見下してなんか」

「本当にそうか?」

 インテリさんは僕の顔を覗き込んだ。

「・・・」 

 僕は視線を合わせることが出来なかった。芸術さんはコーヒーをすすりながら、静かにそんな僕たちの話を聞いていた。

「人には色んな生き方がある。そこには上も下も無い。ただそれぞれの役割があるだけだ」

 インテリさんの言ってることは分かった。でも・・。

「でも・・」

「君はこれまで働かなくても、お金なしでここまで生きてこれたじゃないか。それはなんでだい」

「・・・」

「それは君が生かされてるってことじゃないのか」

「・・・」

「君はここの人たちや、この町に生かされてる。違うかい」

「・・・」

「もっと言えば、社会の、人々のやさしさで生かされている」

「・・・」

 僕は言い返せなかった。でも・・。

「僕は君が出稼ぎに失敗した時、正直嬉しかったんだ。また君がこの町に戻って来たって。ずっといてくれるって」

「・・・」

「もし、君が元のような生活に戻れたとして、君の思う仕事に就けたとして、君はそれで幸せか。そもそも以前の君は幸せだったのか」

「・・・」

 そう言われると分からなかった。大学もなんだか、自分の居場所じゃない気がしてなんの考えもなく飛び出して、だからといって、働いても結局は、そこに何もなくて・・。確かにお金はあったし、それなりの生活はあったけど・・、でも、僕は・・。

「でも、やっぱり仕事しないと・・」

 僕の目から涙がこぼれ落ちた。昨日からの冷たい辛い一晩が改めて思い出された。

「お金が欲しいんです。お金が無かったらビニールシートが買えません。ビニールシートがなかったら、家が守れません」

 涙は次から次へと流れ落ちた。

「普通の生活がしたいんです。壁があって床があって、雨漏りの心配しなくていい生活がしたいんです」

「そんな、泣かなくてもいいだろ」

「床が・・、壁が・・、水浸しになって」

 僕はなんだかもう、心身共にホームレス生活に限界が来ていた。

「風で家が吹っ飛んでいったんですよ。それを茫然と見ているしかなくて、雨に吹きすさぶれて、それで、もう寒くて悲しくて・・、パーカーだって盗まれるし・・、一晩中僕は・・、もう・・、悲しくて惨めで・・」

「そうか分かった。分かった。君の気持ちは分かった。だから泣くな」

「お金が無かったら、何も買えないし、ラララランドにも行けないし」

「ラララランド?」

「やっぱり仕事しないと、お金がないと」

「分かった。分かった。それはこれから考えよう。とりあえず家だな」

「そう言えばインテリさんの家は無事なんですか」

 僕は顔を上げた。

「うちはツーバイフォーだからな」

「はいっ?ツーバイフォー?」

 何やら訊きなれない単語に僕は眉根を寄せ、インテリさんの顔を覗き見た。

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