振り出しに戻る
「なんだ、結局また無職か」
「はい・・」
インテリさんは、なぜかどこか嬉しそうだった。
「まっ、期待はしてなかったけどな」
ママが言った。
「・・・」
返す言葉もなかった。
「誠さんかわいそう」
ももちゃんが、心底同情するように僕の横顔を見つめる。
「この町の人間は期待しても絶対裏切るから。お前も気にするな」
「うううっ」
全然慰めになっていなかった。しかも、僕は完全にこの町の人間として認識されている。
「うううっ」
また、振り出しに戻ってしまった。思い描いていた全ての夢が、ラララランドも、この町からの脱出も、元の生活も全てが泡と消えた。僕の人生の行き先には再び真っ暗な断崖絶壁が立ちふさがった。
「まっ、何があったか知らねぇけどさ。これ食べて元気出せ」
出てきたのはママの焼きそばだった。
「はい・・」
僕は、半分やけになって、焼きそばにがっついた。でも、やっぱり、ママの焼きそばはおいしかった。
「おいしい」
「泣かなくてもいいだろ」
「はい」
でも、涙が溢れて止まらなかった。
「ツケなんかいつでもいいからさ」
ママがやさしく言う。
「ふぁい」
涙でうまく声が出ない。
「ずっとこの町にいればいいだろ。この町だって案外良い町だぞ」
インテリさんが言った。
「そうですよ。ずっといてください」
ももちゃんが励ますように言う。
「ふぁい」
僕はもう涙が止まらなかった。
「あれっ、僕のパーカーが無い」
朝、共同の水道場から顔を洗って戻って来ると、僕のパーカーが無くなっていた。近くをぐるりと探してみたが全く見つからない。確かにテント脇の石の上に置いておいたのだが、それがちょっと顔を洗っている隙に忽然と姿を消していた。あれは、僕がこの町に来る前からずっと着ていた愛着のあるパーカーだった。
「僕のパーカー知らないですか。ここに置いといたんですが」
「さあ、知らんな」
近くのテントのおっさん訊いてみたが、つっけんどんな答えが帰って来ただけだ。まったく手掛かりすらがつかめない。確かにあそこに置いておいたのに、まったく意味が分らなかった。僕は辺りを必死で探し回った。
「あっ」
ふと顔を上げると、目の前を歩くまったく知らないおっさんが、僕のパーカーを着て普通に歩いていた。
「おいっ、それ俺んのだろ」
僕はすかさずおっさんのとこに飛んで行って、怒鳴った。
「な、何、盗ってんだよ」
僕はあまりのことに、怒りと興奮で口がうまく回らないほどだった。
「これはあっしのです」
おっさんは、変な訛りのある妙なイントネーションで言った。
「嘘つけ、どう見てもこれは俺のだろ」
「あっしのでやんす」
「嘘つけ、サイズだって合ってないだろ」
おっさんは小柄でやせ型で、僕のパーカーはだぶだぶだった。しかも、全然似合っていない。
「いい加減にしろ、返せ。バカにしてんのか」
「あっしは農民出なもんで」
「はっ?」
「あっしは農民出なもんで」
「何言ってんだよ。いいから返せ」
「農民出なもんで」
「おいっ、いい加減にしろ」
「農民出なもんで」
おっさんはペコペコとしながらも、人をバカにしたようにこのセリフを繰り返すばかりだった。
「おいっ」
僕の怒りは頂点に達した。
「それは俺んのだ。脱げ」
僕は叫び、おっさんに掴みかかった。
「あっしは田舎の農民でなもんで」
しかし、おっさんは相変わらずの調子で、全然脱ごうとしない。
「いい加減にしろ。脱げ」
僕は怒りに任せて絶叫した。
「もう諦めろ」
突然、肩を掴まれ振り向くと、インテリさんだった。
「でも、これ僕のですよ」
僕の興奮は収まらなかった。
「ここじゃ盗られた奴が悪いんだ」
「はいっ?」
「ここじゃ盗られた奴が悪いんだ。諦めろ」
「そ、そんな・・」
「諦めろ」
インテリさんが僕を見る。
「・・・」
僕はおっさんの胸倉を掴んでいた手を離した。
「ほらっ」
インテリさんは広場の片隅に僕を連れて行くと、缶コーヒーを買ってきてくれた。
「なんなんすかあいつ」
しかし、僕はまだ興奮冷めやらない。
「ああいうおっさんはここらじゃそこかしこにいる。その中でもあのおっさんは手癖が悪いって有名なんだ。小兵ってあだ名で、その辺にあるもの何でもかんでも盗って行っちまう」
「そうなんですか」
「ああ、ここらじゃ要注意人物だ」
「それにしてもほんと、むかつくわぁ。クソッ」
思い出せば出すほど腹が立ってくる。
「まあ、気持ちは分るけど、ここでは盗られたらもうどうしようもない。盗られた奴が悪いっていう暗黙のルールなんだ。だから、諦めるしかない」
「う~ん」
でも、怒りの収まらない僕はなんか納得できなかった。
「くそぉ~、だから嫌なんだ。だから嫌なんだこの町は。クソッ、絶対こんなとこから脱出してやる」
もう踏んだり蹴ったりな自分が悲しくなって来た。せっかく、この町から出られると思っていたのに、それどころか、思いっきりドツボにはまってしまっている。しかも、大事なパーカーまで盗られてしまった。
「まあまあ、この町だって慣れたら良いとこだぞ」
「どこがですか」
僕はインテリさんを見て、即答で叫んでいた。




