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戦う牧師

「誠さん」

「ん?」

 ももちゃんの声がしてその方を見ると、ももちゃんがあの城型の段ボールハウスに住んでいる芸術家のところで、優雅にコーヒーを飲んでいた。

「誠さんもどうですか」

「うん」

 僕も、入れてもらうことにした。

「どうぞ」

 僕がテーブルに着くとあの病的に色白の芸術家の青年が、僕の前にコーヒーを置いてくれた。相変わらず、生気のない弱弱しい青年だった。

「ここのコーヒーおいしいですよ」

「うん、おいしい」

 僕はさっそく一口啜った。

「前に、僕もインテリさんと来たことがあるんだ」

「そうだったんですか。私はよく来てごちそうになるんです。私のカフェ代わりかな」 

 そう言って、ももちゃんは笑った。

「そ、そうなんだ・・」 

 案外、ずうずうしいんだな。ももちゃん・・。

「どうぞ」

 青年が、焼いたフランスパンにサーモンのペーストをのせたものを、テーブルに置いた。

「わあ、おいしそう」

「ほんとにカフェみたいだな」

 僕たちは手に取った。

「おいしい」

「うん、おいしい」

 非常に繊細な味で、本当に高級カフェなんかで出来てそうなものだった。

「あ、そうだ。やっぱり、戸籍が無くても学校は行けますよ」

 ももちゃんが言った。

「えっ、そうなんだ。よかった」

「戸籍も行政書士に相談すれば作れるそうです」

「そうなんだ。よかった」

「どこの学校に行くかとか、それはまだ考えなきゃいけないんですけど、小学校から行ってないんですよね」

「うん」

「でも、多分、今から行くってなると夜間中学くらいしかないと思うんですよね。もちろんそこでも基本的な読み書きは習えるんですけど」

「そうなんだ」

「小学生から行くっていうのはちょっと、多分色んな意味で難しいと思うんです」

「そうだよね」

「現実的にはやっぱり、夜間中学になるかなって思うんですよね」

「そうか」

「ところで誰なんです?その子」

「えっ?」

「私も会って色々話とかもしたいですし」

「いや、あの・・」

「?」

 もう隠せないと思った僕は、観念してさゆちゃんのことを話した。

「ああ、あの教会にいた子ですか」

 ももちゃんは、大きく頷いた。

「うん」

「あの子、そんな事情があったなんて知らなかったな。すごいですね。誠さん、あの子の悩みを聞いてあげてたんですね」

「う、うん」

 僕の下心はばれていないようだ。とりあえずほっとした。

「そう言えばあの子なんかかわいですよね」

「ん?そうかな」

 僕はまたすっとぼけた。

「なんか不思議な魅力があるというか」

 ももちゃんはやはりするどい。

「う~ん、そう言われてみればそうかな」

 僕はとぼけてわざと首を傾げた。


「ん?」

 ももちゃんと別れて教会に行くと、何やら教会の中が騒がしい。僕は恐る恐る教会の扉を開けた。すると、中でおばさん牧師とホームレスらしきおっさんが何やらもめていた。

「また酒飲んでんのか」

 おばさんがおっさんに向かって怒鳴った。

「ううっ」

「また飲んでんのか」

 おばさん牧師の勢いに、おっさんは防戦一方といった感じだ。

「お前は、お前は、また酒飲んで、どうしようもない奴だ。どうしようもない奴だ」

 おばさん牧師は、容赦なく持っていた分厚い本で、おっさんをバシバシ叩く。多分あれは聖書だ。

「ほんとにどうしようもない奴だ」

「うるっせぇ」

 しかし、さすがにおばさんのきつい物言いに、おっさんもキレた。おっさんが、おばさん牧師に挑みかかるように迫る。

「なにおう。なにおう」

 しかし、おばさん牧師は、まったくひるまない。逆にそんな酔っ払いのおっさんに挑みかかるようにかかんに立ち向かう。

「・・・」

 しかし、そのやり方、立ち向かい方が、どこか変だった。

 ついにおっさんとつかみ合いになった。さすがにこれには近くのおっちゃんたちも止めに入る。

「なにおう。なにおう」

 しかし、おばちゃん牧師は鼻息荒く意気は盛んだ。まだまだやる気満々である。

「・・・」 

 どこか変わった人だとは思ったが、やはり相当変わった人だ。

「あれがさゆちゃんのお母さんだもんな・・」

 さゆちゃんの重なる生い立ちの不幸を思わずにはいられなかった。しかし、この環境であの可憐な少女が育ったことを思うと、それ自体が奇跡だと思った。

「やっぱ 神様はいるのか・・」

 僕は神の奇跡を感じた。 

「戦う牧師ってね。有名なんだ」

「!」

 その時、すぐ背後で声がして振り返ると、インテリさんだった。

「戦う牧師・・」

「ああいうのは、この辺じゃ名物の一つだよ」

「・・・」

 この辺では、しょっちゅうおっさんとあんな感じで戦っているのか・・。

「彼女は一回、地方紙だけど、新聞にも載ったし、ドキュメンタリー番組でテレビにも出たんだよ」

「へぇ~、そんなに有名だったんだ・・」

 しかし、戦う牧師とはよく言ったもんだ。僕にはただの変なトンデモおばさんにしか見えない。

「あらっ、ようこそ」

 その時、おばさん牧師が僕を見つけ、さっきまでのすごい剣幕が嘘のようにあの怖いくらいの満面の笑みで僕たちに近づいてきた。

「お友だちですか」 

 インテリさんを見て言った。

「は、はい」

「ようこそ」

 近くで見ると、その過剰な愛想笑いはさらに強烈だった。

「あの・・、ちょっと疑問があるんですが・・」

 僕はふと疑問に思ったことを訊いてみようと思った。

「はい、なんでしょう」

 おばさん牧師は、あの怖いくらいの顔面いっぱいの満面のにこにこ顔で僕を見る。

「あの神様は全知全能なんですよね」

「はい。そうです。神様は完全なんです。完璧なのです」

「だったら、なぜ、完全な人間を最初から作らなかったんですか」

「・・・」

「そうすれば別に何の問題もなかったわけですよね。別に罰する必要も試練を与える必要もないわけで・・」

「・・・」

 おばさん牧師の顔から、笑みが消えた。

「それは、神に深いお考えがあってのことです」

「ふ、深い考え?」

「はい、それは神様にしか分からないことです。人間ごときには計り知れないお考えなのです」

「あの、だったらなぜ・・」

「あっ、どうもぅ」

 しかし、おばさん牧師は、続ける僕の疑問から話を反らし、新しく教会へ入ってきた女性信者の方へと、またあの顔面いっぱいの満面の笑み作り、行ってしまった。

「・・・」

 僕はその変わり身に、立ち尽くすしかなかった。

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