純粋な思い
「僕は純粋なんです」
僕は力を込めて言った。しかし、僕が力を込めれば込めるほど、周囲は疑いの視線を深める。
「純度百パーセントです」
「みんみを見るなみんみを」
力強くみんみさんを見る僕をママが叱った。
「僕の純粋さを分かって欲しい」
「だからみんみを見るな」
みんみさんは笑っていた。
「彼女はいたいけな少女なんです。僕は彼女を助けたいんです」
「まず助けられるべきなのは、お前の方なんじゃないのか。お前は立派な無職でホームレスだろ」
「僕は彼女を絶対助けるんです」
「ダメだ完全にイってしまっている」
会話がまったく噛み合わないママは、天井を仰ぎ見た。
僕は思い切って、ももちゃんに相談することにした。他の人たちに聞かれたら、また何を言われるか分からないので、僕は、ももちゃんをテント広場の脇の木陰に呼び出した。
「あの・・」
「なんですか。改まってこんなところに呼び出して・・」
「あの・・」
「ど、どうしたんですか」
なぜかももちゃんの顔は赤くなっている。
「あの・・」
「はい・・」
僕があまりにもじもじしているので、ももちゃんまでが緊張しだした。
「他に相談する人もいなくて・・」
「はい?」
ももちゃんは、僕の顔を見た。
「えっ?」
「えっ?」
しばしお互い顔を見合わせる。
「実は・・、こんな子がいるんだけど・・」
僕はさゆちゃんのことを話した。
「ああ、なんだ、そういう話ですか」
「えっ」
「いえ、なんでもないです。私てっきり・・」
「てっきり?」
「いえ、なんでもないです。私の勘違いでした」
なぜか、ももちゃんはちょっと悲しそうな顔をしている。
「どうしたの?僕が・・何かした?」
「いえ、本当になんでもないです」
ももちゃんは大きく首を横に振った。僕は、ももちゃんに何か気に障ることでもしたのかと、必死で考えたが、全く思い至らない。
「戸籍が無くても学校は行けるはずですよ」
しばらく考えていたももちゃんが言った。
「そうなの」
「はい、確かそうですよ」
「そうなのか」
なんだか、明るい希望が見えた気がした。さゆちゃんの喜ぶ顔が浮かんだ。
「戸籍も大丈夫だと思いますよ。行政書士の人に相談すれば何とかなるんじゃないですかね」
「そうなんだ」
「私、大学で調べてみます」
「うん、ありがとう」
ももちゃんは本当に頼りになる。
「本当にありがとう」
「ところで、その人って、どういう人なんですか?」
「えっ」
ももちゃんが鋭く僕を見つめる。
「そう言えば小百合って、前に呟いてましたよね」
ももちゃんが、さらにその巨大なめがね越しに、僕の顔を覗き込む。やはりももちゃんはするどい。弁護士になったらさぞかし凄腕になることだろう。
「う~ん、そうだっけ」
僕はとぼけた。別にとぼける必要もないのだが、なぜか条件反射で僕はすっとぼけてしまった。そんな僕を、疑惑の目で鋭くももちゃんは見つめる。
「・・・」
僕は視線を反らし続けた。
「ほんとですか」
さゆちゃんの目が輝いた。僕はさっそく次の日、教会に行き、さゆちゃんに報告していた。
「うん、まだ確定ではなくて、はっきりしたことは言えないんだけど、戸籍が無くても、多分、学校には行けるみたい。それに戸籍も行政書士の人に相談したら、なんとかなるみたいだよ」
「ほんとうですか」
「うん」
さゆちゃんは本当に心底、ほっとした嬉しそうな顔をした。それを見て僕も心底嬉しかった。
「ふふふっ」
僕は一人ほくそ笑んでいた。
「笑ってるぞ。おいっ」
ママが目に恐怖の色を浮かべ、やっさんたちの方を見る。やっさんたちも恐ろし気に少し身を後ろに反らして僕を見る。今日もママの店には、やっさんと源さん、その奥によっちゃんと、いつものメンバーがいた。
「この町に来て良かった。神様のお導きです」
さゆちゃんの嬉しそうな顔を思い出すだけで、なんだか僕は幸せだった。
「お前、この前はこの町から出たいって言って悩んでただろう」
「何を言っているんです。この町は素晴らしい。僕はこの町に来られて幸せです。神のお導きですよ。ママ。全ては神の思し召しなんです」
「ダメだ。こいつ」
「この町に来て本当に良かった」
「全く変わり身の早い奴だよ」
ママは呆れた。
「神様っていたんですね」
「長生きするよ。まったく」
「でも、神様がいたら君はそもそもホームレスになってないんじゃないのか。そうなる前に神様が救ってくれただろう」
隣りでやっさんが首を傾げながら言う。
「そ、それはですね・・」
「神に目覚めて心洗われたんなら、ちゃんと働いて早くツケ払えよ」
ママが言う。
「神のお手伝いが優先です」
「都合のいい神様だな。まったく」
ママが呆れる。
「神様もいいけどよ。普通の人間のやらなきゃいけないことを普通にしろよ。まずは」
「仕事でしょ。腹が減っては戦はできません。焼きそばください」
「それもツケってか」
「はい」
「まったく、どんどんずうずうしくなってきとるな。こいつは」
ママはさらに呆れた。
「まったくそのうち、洗礼も受けちまいそうだな」
「もう受けました」
「受けたのか!」
全員が同時に叫んで目を剥いた
「ヨハネパウロ誠と呼んでください」
全員が唖然として僕を見つめる。
「ここから出る。出るって叫んでいたのは誰なんだよ」
「えっ、なんのことですか。僕はここで信仰に一生を捧げるんですよ」
「全く、いつまで続くやら」
ママは呆れかえっていた。
「こんばんわ」
そこにももちゃんがやって来た。そして、僕の隣りに座った。
「ところで、お前、神、神って言ってるけど、神が誰か知ってるのか」
ママが僕に言った。
「えっ、・・・」
「神の名前を言ってみろ」
「キリスト・・?」
「バカ、それは神の子供。神はゼウスだ」
「えっ」
「お前何も知らねぇのか。全く」
「なんで、ママがそんなこと知ってるんですか」
そこで、ママはシャツの下から、十字架のネックレスを引っ張り出した。
「あっ」
「あたしもクリスチャンなんですけど。何か?しかも、あんたよりだいぶ先輩なんですけど?」
ママはどや顔で、僕に突き付けるように、十字架を見せつけた。
「ううっ・・」
「あたしはカソリックなの。あの教会はプロテスタントだろ」
「えっ、何ですか。それ」
「お前そんなことも知らずに洗礼受けたのか」
「・・・」
「プロテスタントは戒律厳しいんだぞ」
「戒律?」
「これだよ」
ママは心底呆れた。
「ママもクリスチャンだったんですね」
ももちゃんが言った。
「あたしだって色々あったんだ」
「・・・」
「その中で神様に救われたんだ」
「・・・」
そうだったのか・・。ママみたいな強い人でも神様に助けを求めざるおえない時があったのか・・。僕はママの意外な一面を見たような気がした。




