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小百合ちゃんの願い事

「私、学校へ行ってみたいんです」

 小百合ちゃんは、本当に恥ずかしそうにか細く言った。

「学校?」

「はい」

「大学ってこと?」

「いえ・・」

「・・・」

「私、学校に行ったことがないんです」

「えっ?」

「行ってみたかったんですけど・・」

 僕にはよく理解できなかった。

「学校に行ったことがないって・・、高校?」

 そう言えば、さゆちゃんはちょうど高校生くらいだ。

「いえ・・」

 小百合ちゃんは、恥ずかしそうに首を横に振った。

「?」

 僕にはなんだかよく分からなかった。

「学校に行ってみたいんです」

 小百合ちゃんはもう一度言った。

「・・・」

 大学でも高校でもないってことは、中学で不登校になったとかなのか?

「中学?」

「いえ・・」

 さゆちゃんは恥ずかしそうに言う。

「学校自体に行ったことがないんです」

「えっ!」

 僕は驚いた。

「じゃあ、行きたいっていうのは、学校そのもの・・、つまり小学校からってこと?」

 小百合ちゃんは小さく、恥ずかしそうにうなずいた。

「・・・」

 今の時代、そんなことがあるのだろうか。僕は驚きで茫然としてしまった。

「私もなの」

「えっ?」

「私も、ちゃんと読み書きが出来ないの。お母さんに教わったけど、でも、すごく基本的なことで、それ以外のことはよく分からなくて・・」

「・・・」

「だから、学校でちゃんと学びたいんです」

 切実な目で、小百合ちゃんは僕を見る。

「そうか・・」

 しかし、さすがに小学生からっていうのはちょっと無理だろうな。僕は思った。

「学校とか役所の人とかに相談してみればいいんじゃないかな」

「私、戸籍が無いんです」

「えっ」

 僕は更に驚いた。

「戸籍がない・・?」

 戸籍が無いことの意味すら僕には分からなかった。しかし、それがこの今の日本社会の中で生きていく上で、とても根本的に重要なことであることは分かった。

「・・・」

 こんな子もいるのか・・。戸籍がなく、小学校すら全く行ったことがない・・。生まれた時から、普通の人が普段意識も考えもせず、当たり前に持っているものを持っていない・・。

「だから、学校は行けなかったんです」

「そうだったのか」

「学校って楽しいんでしょ」

「えっ」

「だってみんな楽しそう・・」

「う~ん、それは人それぞれじゃないかな・・」

 僕はあまり学校に良い思い出はない。僕は考え込んでしまった。

「学校に行ってみたいんです・・。それが私の夢・・」

「・・・」

 少し頬を赤らめ、恥ずかしそうにうつむく、そんな小百合ちゃんのささやかな夢を、僕は叶えて上げたいと強く思った。しかし、あまりのことに、僕にはどうしていいのか分からなかった。

「どうしたらいいんだ」

 いきなりの難問に僕は困った。

「分かった。誰かに訊いてみるよ。何とかするよ」

「ありがとうございます」

「ほ、他には?」

「あと・・」

 僕は、最初からすごいのが来たので、更に凄い難問が来るのではないかと少し恐れた。

「ん?」

「あと・・」

「なんだい」

「私・・」

「うん」

「あだ名が欲しいんです」

「あだ名?」

 僕は少し拍子抜けして小百合ちゃんを見る。小百合ちゃんはさっきよりも更に恥ずかしそうに頬を赤らめ、俯いていた。

「私すごく憧れてたんです。みんなあだ名があるでしょ」

「うん」

 そうか、僕らが当たり前だと思っていることが、小百合ちゃんには当たり前ではないんだ。

「私、小さい時からずっと憧れていたんです。みんな友だち同士気安くあだ名で呼び合うでしょ。なんかいいなって、ずっとうらやましくて」

「そうだったのか」

 そんなささやかな夢をずっともっていたなんて・・、改めて小百合ちゃんを本当にかわいいと思った。

「さゆちゃん」

「えっ」

「さゆちゃんていうのはどう、ちょっと単純すぎるかな」

「ううん、そんなことないです。いいです。さゆちゃん、それでいいです」

 さゆちゃんは目を輝かせた。

「そう、よかった。じゃあ、さゆちゃんは、今日からさゆちゃんだ」

「はい」

 さゆちゃんは本当にうれしそうに僕を見て笑った。僕もそんなさゆちゃんを見るのが堪らなくうれしかった。

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