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汝、悔い改めよ

「俺はまあ、当然だが、何度も刑務所に入った。そんな時、確か五度目の逮捕の時だったか・・、もうなんの罪だったか、自分が何をやらかしたのかももう思い出せないくらいの時だ。親父が死んだ。脳溢血だった」

「・・・」

「その時、妹が拘置所に面会に来た。そして言った。「お兄ちゃんのせいだからね。お兄ちゃんが心配ばっかかけるから、お父さんは死んじゃったんだ」って、そう言った。俺は返す言葉もなかった・・」

「・・・」

「当然、それまでさんざん両親にも妹にも迷惑かけまくってた。小さい時から、むかつく奴を殴ったり、喧嘩ばっかりして、その度に母親は相手方にケーキ持ってあやまりに行ってた。当然、反省なんかしない。またおんなじことを繰り返す。挙句の果てに先生まで殴って、学校から来るなってな。ほんとどうしようもないガキだった」

「まあ、その後はお決まりのコース。バイクに乗ってる先輩にあこがれて、そのまま気付いたら暴走族。そして、子供が遊びを覚えるみたいに、いろんな悪さを覚えた。それからはもう悪も悪。殺人以外は全部やるような勢いだった。それものちにやるんだがな」

「やっちゃうんですね・・」

「まあ、当然、そこでもさんざん家族に迷惑かけまくった。警察沙汰はしょっちゅう。事故も起こすし、怪我して入院とかな。そして、全く反省もない俺はドラフト一位ってくらいの勢いで、ヤクザになった」

「ヤクザにドラフトってあるんですか」

 ママを見た。

「ないよ」

 ママがすかさずツッコミを入れる。

「そっからは、もう止まんないよな。もう悪いことするのが仕事みたいな世界だからな」

 龍二さんは笑った。

「むしろそうすることがいいことみたいな感覚になっていったよな。ヤクザの看板背負って調子もこいてるし、もうほんと止まんなかったよ。まあ、だが、悪いことしてりゃ必ず焼きが回る。売りもんのシャブに手を出したのが、転落の始まり。そっからはもう落ちるとこまで落ちてった。実際、地面にも落ちちまったしな」

 龍二さんは笑った。

「・・・」

 僕は笑えなかった。

「親父が死んだと聞かされた時、薬の禁断症状もあって、俺はどん底だった。身も心もボロボロで、自分が何なのかさえ分からなかった。毎日毎日、訳の分からん幻覚が出て、壁に浮き出た変なオヤジと怒鳴り合ってた」

「・・・」

 龍二さんはそこで笑ったが、やはり僕は笑えなかった。

「そして、俺は狭い拘置所の中で毎日毎日死ぬことばかり考えていた。本当にきつかったよ。もう気が狂いそうだった」

「・・・」

「そんな時、刑が確定した俺は拘置所から刑務所に移された。そこにキリノ神父という人が定期的に来て説法をしていた。それまでの俺は当然、宗教なんて全く信じもしなければ興味もなかったし、神様なんかそもそも眼中になかった。だがその時の俺は違った。あまりに苦しくて、まさに神にもすがりたい気持ちだった。だから、俺はその法話会にふらふらと参加しちまった」

「そして、全く期待していなかったその神父の話に、おれはやられちまった。本当に神父様の言葉が心に染み入るように入って来たんだ。何日も水を飲まずカラカラの体に水を飲んだみたいに、神父様の言葉が全身に浸み入っていった。俺にも救いがある。俺は思った。俺は泣いたよ。柄にもなくな。自分でも信じられなかった。この俺が人の説教を聞いて泣くなんてな。そんなのは心底バカにしてた」

 龍二さんは照れたように笑った。

「それから俺は神父様の説法には欠かさず参加した。そして、たくさんの話と懺悔を聞いてもらった。俺の心はその度に軽くなっていった。俺は救われたよ。だが、俺はある日気づいた。俺が救われても、散々悪いことをしてきた俺の罪が消えるわけじゃない。俺はまっとうになればなるほど、今まで犯してきた自分の罪に対する罪の意識に苦しむようになっていった」

「そこで俺はキリノ神父に訊いた。俺はどうしたらいいのかと」

「・・・」

「その時、キリノ神父は一言こう言われた。汝の罪を悔い改めよ。されば神は許したまわん」

「でも、俺にはどうすればいいのか全く分からなかった。俺はどうしたらいいのか、どう生きたらいいのか全く分からなかった。刑務所生活はそんな悩みの中で過ぎていった。そんな時だった。ある日、聖書の勉強会で、キリストの最後の場面の話になった。キリストは自分の張り付けられる十字架を背負い、ゴルゴタの丘を登った。その場面の話になった時、今の俺とその時のキリストの情景とが重なったんだ。俺はこれだと思った」

「俺は出所すると、角材でバカでかい十字架を作った」

「十字架?」

 そういえば教会の敷地の端にバカでかい古ぼけた十字架が刺さっていたが・・。

「そして、それを同じ元ヤクザ仲間と一緒に背負って、日本中を歩いて回った」

「日本中・・」

「俺たちは歩いたね。雨の日も風の日も、嵐の日も雪の日も。俺たちは歩いた。そこに何か意味があるわけでも価値があるわけでもなかった。それをしたからって何になるものでもなかった。だが俺たちは歩いた。重い十字架を背負ってな」

「・・・」

 その時の壮絶な光景が僕の頭の中に浮かんだ。

「俺たちのそんな奇異な姿を見て、行く先々の人々は俺たちを冷たい目で見た。雨や汗でシャツから浮き立った背中一面に入っている刺青を見て、恐れの目でも見た」

「・・・」

「指をさして笑う奴もいたし、露骨にバカにする奴らもいた。小学生にまでバカにされたよ。時には石もて追われることもあった」

「大の大人が何やってんだって、俺たち自身も思ったさ。確かにこんなことせずにちゃんと働けよって話なんだけど、でも、俺たちはそれを続けた。なんかもう、途中で、俺たち自身がなんでこんなことしてんのか訳分かんなくなっちまったけど、それでも俺たちはそんな馬鹿なことを続けた」

 龍二さんは笑った。

「もしかして、その十字架って、あの教会の脇に刺さってるあのバカでかいやつですか」

「おお、そうだ。それだ。それ」

「あれですか!」

 あんなバカでかいものを担いで・・。

「そして、俺は気付いた。丁度日本一周達成目前って時だった」

 龍二さんが僕の目を見た。

「な、何を気付いたんですか」

「結局、こんなことをいくらやっても、無駄だってことだ」

「そこですか・・、しかも今更・・」

「こんなことをいくらやっても俺たちの罪は消えるわけじゃない。俺たちを見る世間の目が変わるわけじゃない。俺は一生消えない罪を背負ったんだ。その時、俺は気付いた」

「・・・」

「当たり前だ。女をシャブ中にして売り飛ばしたり、売人やってるイラン人たちをボコボコに殴り倒して金奪ったり、借金背負わせたおやじの手首飛ばして、保険金ふんだくったり、腎臓売らせたこともあった」

「やっぱ、すごいですね・・」

 そこまで・・、悪だったのか・・。さすがに僕もドン引きした。

「だが、俺はそいつと一生向き合っていくんだって覚悟を決めた。逃げない。そう決めた。その決して消えない自分の罪と向き合って、生きている限り、罪を悔い改める。それが俺の贖罪なんだって気付いた」

「だから、俺は今ここにいる」

 龍二さんは僕を鋭く見つめた。

「・・・」

 僕にはその話の文脈がよく分からなかったが、龍二さんのその目には何かを乗り越えた気迫と凄みのようなものがあった。

「あっ、そうだ。ママ久しぶりにあれ作ってよ。あっつ熱のやつ」

 すると、突然龍二さんがママを見た。

「あれ食うと元気になるんだよね」

「おっ、そうだな。久しぶりに作るか。材料あるし」

 ママも、うなずいた。

「あれってなんですか」

「それはできてからのお楽しみ」

 ママはいそいそと、料理の準備を始めた。

「?」 

 一体何が出るのだろうか。

「さあ、できたぞ」

 それは、強烈な湯気を立ち昇らせ、真っ赤に煮えたぎるようにぐつぐつと泡立っていた。

「・・・」

 僕は鍋の中を覗き込んだ。

「うをっ」

 ものすごい熱気が顔面を襲う。

「こ、これは」

 それは地獄に息づく悪魔の血流のごとく、真っ赤に煮えたぎるキムチ鍋だった。

「す、すごい・・」

 見るからにすごそうだった。

「おおっ、これこれ」

 しかし、龍二さんは嬉しそうに覗き込んでいる。

「俺はこれを食べると何があっても元気になるんだ。どんなに落ち込んでいる時でもこれを食べると、たちまち元気になっちまう」

「・・・」

 しかし、季節は完全に夏だった。だがそんなことは全く関係なく、早速龍二さんは巨大な蓮華で、キムチ鍋をよそう。

「さあ、食え」

「は、はい」

 僕の前に、龍二さんがよそってくれたキムチ鍋が置かれた。

「・・・」

 僕は改めてそれを覗き込んだ。

「ゴホッゴホッ」

 湯気だけでむせた。お椀に盛られたそれは、まさに小規模な地獄のマグマのようであった。

「・・・」

 僕は恐る恐るまずスープだけを蓮華ですくい、少しだけ口に運んだ。

「うをぉ~」

 入れたとたん、口の中が噴火したみたいに大爆発を起こした。

「ぐをぉ~」

 僕は呼吸もできず、悶えた。バックトゥザフューチャーパート3でドクが酒を飲んだ時みたいに、僕は全身で呻いた。

「あっ、でもうまい」

 でも、うまかった。辛さの奥に、たっぷりとうまみが凝縮していて、そこにスパイシーなたっぷりのニンニクがたまらなく利いていた。

「うをぉ~、辛い~、でもうまい」

 辛い、しかしうまい。よく分からないが、食べずにはいられなかった。

「うをぉ~、でもうまい」

 僕は叫び、そして、味わった。

「まったく、やかましい奴だな」

 叫ぶ僕を見てママが言った。しかし、そう言うママだったが、僕がうまそうに食べる姿をどこか嬉しそうに見つめていた。

「これこれ」

 龍二さんもキムチ鍋をすすると、満足そうに笑みを浮かべる。

 キムチ鍋を食べ、気分良く元気になった龍二さんは、そこから更にその人生の一代記話を加速させていった。

 そこから延々、僕はママの店が閉店する深夜過ぎまで龍二さんの懺悔旅の話と聖書と神様の話を聞かされ続けた。僕はもう途中から酒とキムチ鍋の後遺症で意識が朦朧としてほとんど話が聞こえていなかった。しかし、そんなことはおかまいなく、勢いづいた龍二さんは一人話し続けている。

「・・・」

 キムチ鍋の影響だろうか、体のあちこちが異常にピリピリして熱を持っている。というかなんで、僕はこんなとこで龍二さんの懺悔と壮絶な人生譚を聞いているんだ・・?龍二さんの話をよそに、朦朧とした意識の中で僕は一人考えていた。僕はただあの少女に会いたかっただけなのに・・。

「明日は会えるだろうか・・」

 僕はまだ名前も知らないあの少女を思った。

「神様はいつでも会えるぞ」

 龍二さんが僕の肩を叩いた。

「そ、そうですね。は、ははっ・・」

 僕は苦笑するしかなかった。

「明日こそ・・、明日こそ・・」

 僕は一人心の中で、決意していた。

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